お馬鹿症候群
世界は大きく二分されている。馬鹿と馬鹿でないものに。
「どうでしょうか、先生」
「一応血液検査の結果は出ました。陽性ですね」
「やっぱり……」
母親が青くなって口元を押さえる。
「え、やっぱりって何? 俺どっか悪いの?」
「ケンジ、アナタやっぱり馬鹿だったのよ」
「うん、別に自分が特別頭いいとか思ってないけどさ、面と向かって馬鹿って言われるのは面白くないよね?」
ケンジの反論は至極もっともだ。
「というかさ、冬休み初日にいきなり問答無用でつれてこられて馬鹿扱いとか、正直萎えるんですけど?」
ケンジくんは十四歳、多感で難しいお年頃だ。セラミックナイフのように傷付きやすく、クマのぬいぐるみのように脆い存在だ。つまり頑丈である。
「まぁまぁお母さん、陽性が出たからと言って即座に断定されるものではありません。これは言うなれば、素質があるという程度の話です」
「ですけど先生、この子の中には間違いなく『お馬鹿遺伝子』が存在しているんでしょう?」
「それは間違いありません。この遺伝子を持っている者はそうでない者に比べて思考力と記憶力が二割近く劣るという統計も出ています。先天性愚鈍症候群といいますが、一般的にはお馬鹿病と呼ばれていますね」
お馬鹿な名前である。
「え、そんな遺伝子があるの?」
「そうよ。ケンジの中に、それがあるの。死ぬまで出さないようにしなきゃね」
「大事にとっとくみたいな言い方すんなよ」
「でも先生、発症はしていないんでしょうか?」
「それはまだ何とも言えませんね。総合的に判断しないと。最近の行動で何かこう、気になることはありませんでしたか?」
「最近……そういえば!」
「え、何かあんの?」
ケンジには自覚がない。至極真っ当なインドア系中学生生活を満喫していたハズだ。モンハンとかモンハンとかモンハンとか。
「この子、中学二年にもなって、左手とか右目に何も宿らないみたいなんです」
「いやいや、なにそれ」
「何と、それはおかしいですなっ」
「おい待て。おかしいっていう反応がおかしい」
「普通なら、得体の知れない何かに目覚める頃合だと思うんですけど、そういうのが全くなくて……やっぱりウチの子はどこかおかしいんですね」
「まだそう判断するのは早計です。少し遅れているだけかもしれません。あの楽しさは大人になるための通過儀礼みたいなものですからな。炭酸飲料みたいなものです」
「いや、中二病ってもう流行らないし」
二人がケンジを見る。穴が開くほど見る。かわそうと右にずれると正確に視線が追ってきた。
「ウチの子、やっぱりおかしいんでしょうか?」
「間違いなく発症してますね」
中二病の魅力に気付けないとか頭おかしい。
「馬鹿はどっちだよ……」
こうしてケンジは、晴れて公式に『お馬鹿』であると認定された。日本中で、いや世界中でこの『お馬鹿遺伝子』は認知され、発症を認められ、広がっていく。
僅かにこの半世紀後、世界は馬鹿と判定された人間と真性の馬鹿ばかりになってしまいましたとさ。
めでたしめでたし。
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