炎上を防ぐ貨幣価値設定! ~異世界ファンタジーにおける経済描写~

時崎影一/Loon

第1話 円換算の功罪  ~わかりやすければいいってものじゃない~

 異世界ものにおいても、経済という小道具は切っても切り離せない関係です。

 ですが、それをどうデザインするべきか。作品を作る方であれば誰もが悩み、そして楽しみながらデザインしたのではないでしょうか。


 例えば、武器の値段。

 例えば、食事の値段。

 或いは、宿泊費。


 価格の設定によっては、酷評されたり、誹謗中傷を受けたりといった、いわゆる炎上を招いたりする……というのは、皆さん覚えがあるのではないでしょうか。

 なぜ炎上するのか?

 それは一言でいえば「理に叶っていないから」です。

 理屈に矛盾がある。少なくとも、そう感じ取られてしまう。


 なぜ矛盾するのか。或いはそう誤解されるのか。


 多くの例を見て、「異世界の物価を日本円に換算してしまっている」というのが最大の原因なのではないかと思うようになりました。


 つまりは、「異世界の理屈」と「日本の常識」が衝突してしまうのが原因なのでは、と。


 例えてみましょう。

 よくあるような中世ファンタジーを基本とした異世界物の物語があるとします。


 その異世界において一般的な市民階級の人間の、平均月収を仮に金貨1枚としましょう。


 では、この金貨1枚を日本円に換算するといくらになるのでしょうか。


 日本における平均年収は414万(2015年統計情報)、12か月で割って34.5万円。


 では金貨1枚=34.5万円が成り立つのでしょうか。

 考察してみましょう。


 まず元となった平均年収は、あくまでも平均にすぎません。

 職種も年齢も、地域も性別も、何もかもの統計です。

 そのデータを元に金額換算するのは非常に乱暴に思えます。


 では物価を基準に変換したら?

 そうですね、例えば、塩なんかどうでしょうか。

 同じく、塩1kgを金貨1枚と設定してあるとします。

 現代日本で塩1kgの価格は、販売店にもよりますでしょうが、大体115円前後で推移しているようです。


 では金貨1枚=115円……?


 はい、おかしいですよね。

 生産量がそもそも違います。時代が違う、と言ってしまってもいいかもしれません。


 じゃあどうすればいいんだよ!?


 では、そうですね。

 先ほど平均月収の例が出ましたし、そこを基準にして少し下げて、仮に金貨1枚=20万円にしたら……どうでしょうか。

 もしかしたら、先程よりは納得出来る、という方が増えたかもしれません。


 勿論、これは錯覚にすぎません。

 では何故納得しやすくなったかと言えば、若い世代の平均的な月収とされるのが、20万円前後だからです。若い世代には身近な金額であるから共感されやすいという、ただそれだけの理由です。


 ですが、一度納得してしまえば、もうそれだけで作品世界内では金貨1枚=20万円という公式が成り立ってしまいます。作者からしてみれば、仮の説明として、わかりやすく日本円で説明しただけというつもりであってもです。


 そして、そこが炎上の原因となってしまうのです。


 金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10,000枚


 という設定で考えてみましょう。

 金貨1枚=20万円と考えるのであれば、銀貨は100分の1ですから銀貨1枚=2,000円ですね。

 銅貨も銀貨の100分の1なので、銅貨1枚=20円という公式になります。


 ……なんだかここだけ見ると、非常に理に叶っているように見えます。

 何度も言いますが錯覚です。


 では何故錯覚なのか。


 ここからが本題です。

 作品中に以下のようなやり取りがあったと仮定します。

 舞台は中世ファンタジー、剣と魔法のよくある世界だと思ってください。




「……隣町までの護衛を頼みたい。いくらだ?」

「隣町? じゃあ10日ほどだな。金貨1枚で請け負おう」

「高すぎる! いくらアンタが凄腕とはいえ、精々銀貨50枚だろう!?」

「……ならそれでいい。ただ食事はそっちで用意してくれ」

「うーん。しょうがない」




 ……さて、如何でしょうか。

 読まれた方、読んでる間に自動的にこう翻訳しませんでしたか?




「……隣町までの護衛を頼みたい。いくらだ?」

「隣町? じゃあ10日ほどだな。20万円で請け負おう」

「高すぎる! いくらアンタが凄腕とはいえ、精々10万円だろう!?」

「……ならそれでいい。ただ食事はそっちで用意してくれ」

「うーん。しょうがない」




 はい。

 もうおわかりの方もいらっしゃるでしょうが、炎上の原因の一つになります。

 例えば、指摘されるとすればこうでしょうか。


「仮にも凄腕の傭兵を10日間雇って10万円は破格すぎるだろう!?」

「いや20万円でも安い。紛争地域で凄腕の傭兵雇うならもっと必要だ。少なくとも3倍は必要だろう」

「凄腕の傭兵の価値ってwwwwwwwwww」



 指摘事項自体は最もなように見えます。

 ですが、作品世界内は異世界で、時代も文化も何もかも違うというのが抜け落ちてしまっている指摘ですね。ただ、ここで「そこの部分は本筋に関係ないので……」と返すと、更に炎上したりするんじゃないか……とか、ちょっと不安になります。


 こういった指摘が悪いわけでは勿論ありません。

 原因となったのは前述した「異世界の貨幣価値を日本円で例えた」事です。

 これにより、読解するうえで日本での常識が先に立ってしまい、逆に理解を阻害してしまう結果となっているのです。それが読者に余計な混乱を生んでしまっているんですね。


 わかりやすく善意で例えたのに、です。


 このように、異世界の貨幣価値を日本円に換算するのは、混乱を生む一因となってしまいます。

 精緻に設計すれば、こういった混乱は回避できるのですが……。


 では、異世界経済を精緻に設定するべきなのでしょうか。

 経済は数多の専門書が出ていることからも分かるように、複雑怪奇極まりなく、世界一つを設定するとなるとそれはもう膨大な時間が必要となります。


 そこで問いたいのは、「貨幣制度はその作品にとって重要なテーマなのか?」という事です。


 本筋に関係ない部分に時間をかけることほど無駄なことはありませんし、読者も読みたがらないでしょう。そして私見ですが、経済が重要なテーマの作品ほど、日本円に換算するという事はやっていないように見えます。

 精緻に設計すればするほど、矛盾に突き当たるからですね。




 では、どうすれば良いのか。




 結論を申し上げてしまえば、単に小道具として扱う程度であるなら、既存のゲームを参考にしてデザインしてしまうのが最も手っ取り早いと言えます。

 その根拠を、ドラゴンクエストを例にとって考察してみましょう。


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