第32話『正気ですか』

こんなにも白い道があったのか。

大理石のようにつるつると輝いて

絹のようになめらかな道だ。


目が眩むほどのまばゆい白。

歩くのももったいないほどの照り返しで

自分まで白に染まって

輪郭を保てそうにない。


そうだ。明太子だ。

今日は生の明太子を持っていたんだ。

桐箱に入った明太子をうやうやしく

一切れ取りだす。

薄桃色に輝く粒々が透けて見えた。


いつもカブトムシのために持ち歩いている

細身のピンセットで

おもむろに薄皮を切り裂き、

一粒だけつまみ上げる。


我こそは海のルビーとの自負を

水面下に匂わせながら

あくまで無言を貫く明太子。


それを白鯨船の船長のごときまなざしで

じっと見つめ、耐えること数瞬。

やおら、

つまむ力を緩め、

おもむろに、

ぴっと、

粒を道に落とした。


あきれるほど真っ白い道に

小さな小さな薄桃色の点。


ーー瞬間、鳥肌。


さざめく心を抑えきれず

急いで次の一粒を道に落とす。


落とす


落とす


落とす


落とす!

落とす!

落とす!


狂ったように明太子の粒々を落とし続ける。

等間隔に。

精密に。

三星シェフのように繊細かつ

神のように執念深く。


気がつくと桐箱はからになっていた。

ほっと息をつき、

煌めく粒々を落としてきた

果てしのない道を振り返る。


どこまでも続く純白の道に

薄桃色の点々がざざ、ざあっと

緊密に

等間隔に

ひしめきあって

整列し、

無言のまま

全員、

こっちを見つめていた。


薄桃色の中の目が。

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