伊能剛杉の異能者揃いの異常な日常

クロタ

真昼の狂騒

奈子は酷く困惑していた。

同じ机を並べる隣席の学友――つまるところ高校のクラスメイトである少年が、先程からぶつぶつと独り言をしているのである。

呟いている言葉の大半は聞き取れなかったが、それでも、言葉の端々から幾度も「右手が疼く……」といった単語が漏れ出て来ているのは分かった。

(どうしよう……。大丈夫かな、伊能くん……)

しかし、奈子の心配を他所に、伊能と呼ばれた少年の独り言は激しさを増していく。

「くらあ! 伊能! さっきからぶつぶつぶつぶつ五月蝿いぞ!!」

ヒートアップしていく独り言に、遂に教壇の上から中年現国教師の雷が落ちた。奈子はほらやっぱり……といった渋面で目を瞑り、現国名物『戒めの白矢ソニック・チョーク』が伊能の額を穿つその音を、身を縮こまらせて待った。


――が。


「……来る」

伊能がそれだけやけに明瞭な発音で言った直後。

教室を飛んだのは『戒めの白矢ソニック・チョーク』ではなく、中年現国男性教師源五郎の怒声よりも野太く野蛮な、聞き慣れぬ男の怒号だった。


「おらあ!! 全員動くな! 妙な真似した奴は殺すぞ!!」


突然の闖入者に誰もが驚愕と恐怖に身体を強ばらせ、恐る恐る声の方を振り向くと、そこにはごつい防弾チョッキを装備した全身黒ずくめの男達が七人、教室の入口から侵入し、生徒達を取り囲むよう円形に陣取り始めていた。その手には当たり前のように、連射式の無骨な銃が握られている。

「き、きゃあああああああ!!」

「う、うわあああああ!? て、テロリストだああああああ!!」

途端、弾けるように大混乱に陥る教室内。パニックのあまり、慌てて皆席を立とうとするが、勿論襲撃者がそれを許すはずがなかった。


パァン!!


「俺ァ動くなと言ったはずだよなぁ……?」

先程声を張り上げた大男が、懐から取り出したハンドガンを教室の天井に向けて発砲した。乾いた破裂音が一瞬で教室内の音という音を奪う。

「警告はこれが最後だ!! 次に動いたりした奴は躊躇なく殺す!! なあに。大人しくしてりゃあ、大切な人質を安易に殺したりはしねえよ。……まあ、いずれにせよ一時間後には三十分毎に一人ずつ殺して行くがなあ!! 」

血に飢えた殺戮者の哄笑に、ある者は震え、またある者は泣きじゃくり始め、あと一時間後には自らの命を散らされるかもしれないと、いたずらに生を弄ばれる絶望に怯え始める。

「くっくっく……。さあて……まずは無能な警察諸君にこの事を伝えなければなあ……?」

先程からみじろぎ一つすらする事なく呆然と放心している奈子も、最早助かるまいと無念の涙を静かに流した。


しかし、誰もが人生の終わりを覚悟し、諦めかけようとしていた時にそれは起こった。


「……、け」


「……ああん? 誰だ今喋ったのは?」

静寂を破った微かな声に、苛立った大男が怪訝な声を発すると、声の主は全く怖気づいた様子も無く、それどころかなんと今度は立ち上がって言った。

「……止めておけ、と言ったんだ。俺の【右手】が力を解放する前に……な」

ここで奈子は今度こそ困惑し切った目でその人物を見た。


そう。立ち上がったばかりか、あまつさえ大男に向けて啖呵をきった声の主――隣の席の少年を。


パァン!! パァン!!


「はっ! 馬鹿が。ガキが粋がるからこうなるんだよ」

少年、伊能の口上を途中で遮るような形で大男は、無造作に突き出したハンドガンを伊能目掛けて二発、発砲した。

「ひ、ぃ……!」

すぐ近くに発砲された奈子は怖気づき、思わず強く目を瞑った。すぐ隣のクラスメイトが殺されてしまった恐怖に目を開けることが出来ずにいたが、聞こえてくるはずの伊能が倒れる音がいくら待っても聞こえてこない。

「え……?」

恐る恐る目を開くとそこには、ついさっきまでの自分達の様に狼狽し切った顔の大男と、未だ平然と二本の足で立つ伊能の姿があった。


――いや。厳密に言えば、姿


「クク……。警告はしたぜ?」


そこには、漆黒の闇を纏わせた右腕を突き出した伊能が、不敵に笑っていたのだ。


「て、テメェは何者だあァァァァァ!?」

大男の慟哭に、獰猛な笑みで伊能は応える。


「俺の名は伊能剛杉いのうつよすぎ。右手に魔神を宿した、普通の高校生さ」


直後、教室内に展開した男達を黒い暴力の嵐が襲った。

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伊能剛杉の異能者揃いの異常な日常 クロタ @kurotaline

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