蒼井くんと安田くん

青山テールナー

第1話 蒼井と安田 その1

「いやー、やっと5限目終わったよ~。やっぱ昼飯の後は眠くなるよな~」


安田がだるそうな声で後ろの席の蒼井に話し掛ける。蒼井はいつものように、ぼーっとした顔で窓の外に目をやりながら答える。


「俺は、いつものように色々と考えていたから、まあ楽しかったよ」

「おお、今日は何を考えたんだ~。言ってみなさい」


安田は金髪をかきながら、蒼井の話を促す。


「いや、猫飼いたいなあ、と思って」

「おお、猫かあ~。良いよな。何か最近ずっとブームだし」


写真家が離島の猫を撮る企画がヒットして、巷には猫ブームが起きていたのだ。


「俺が、飼いたいのは、そんな普通の猫じゃないんだ」

「ほう、と言うと?」

「大猫(おおねこ)なんだ」


安田は大猫と聞いて、太りすぎて壁の穴から顔を突っ込んで出られなくなっている猫を思い浮かべて、思わず微笑んだ。


「ああ、よくTVで『お騒がせ猫』とか言ってるよな」

「そんなんじゃないんだ」


蒼井はすぐ否定する。


「3メートル位の猫なんだ」

「でかっ! でかいな、おい!」


安田は空をうっとりと見つめる蒼井の横顔を眺める。その視線の先には、大猫が映っているように思えた。


「何だ、その大猫って言うのは……。でかすぎない?」


そうだ。と安田は思う。そんな巨大な猫がいたら、気持ち悪いではないか。清少納言も言っているではないか、『小さきものは、いとをかし』と。


その時、蒼井の口の端がわずかに上がるのを、安田は見逃さなかった。笑っている…? こいつ、笑っているのか?


「その猫は、深い良い声で鳴くんだよ」

「深い、良い、声……」


安田は想像する。3Mのふかふかの可愛い猫が目の前にいる。普通なら恐怖を覚える所だが、その猫は「良い猫」なので、穏やかに目をつぶって寝ているのだ。想像の中でその猫に近づいてみると、猫は目を開けて安田を確認した。しかし、安田に危害を加えるつもりはないようだ。


「よう、お、大猫……?」


安田は緊張しながら挨拶する。猫にもその声は届いたようだった。目に意志が宿っている。そして、安田は聞いたのだ。大猫の深くて、良い声を。


「な、な“ぁあああああああああああああああああ」


「おい、安田」


蒼井に声を掛けられて、安田は我に返った。何なんださっきのイメージは。何だか、とても、とても


「良い猫だったろ?」


こいつ……! 蒼井は、まさかこいつは俺の想像の猫を察しているのか? こいつはあんなに良い猫を想像していたと言うのか……?


安田は蒼井への敬意と共に、右手の親指を突き立ててうなづく。蒼井も何も言わずに静かに右手の親指で返事する。


男達は微笑みあった。二人は深い所まで分かり合ったのだ。


「ねー、愛(ラブ)ちゃん。蒼井君達がまた何か訳分からない事やっているよ」

「その名前で呼ぶな、かな! 何で蒼井の事を私に言ってくるんだよ」

「だって、ねえ……」


愛乃は何も言わずに学級委員である高森可南子を睨むので、高森は思わず苦笑いした。


灰田愛乃と高森可南子の登場である。


                            つづく

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