一番近い距離になる話


 「ひっ! さ、サユコお姉さんっ……!」

 「あら、冷たい脚ね。でも大丈夫、私が温めてあげる」 


 布団はごそごそと動き、その中では『カケヤ』の脚が、『サユコ』の冷たい脚に絡みついていた。太ももの付け根まで、離れられないようにがっちりと。


 「ほら、カケヤくん……。これはなぁに? 当ててみて」

 「なっ……! こ、これっ、これ、はっ!!」

 「この硬くなってるのは、私の体の……何?」

 「……!!」


 カケヤは慌てて布団をめくり、先程から太もも辺りに触れている硬い異物を確認した。するとそこには、サユコの派手なピンク色のショーツを突き破りそうなくらいに肥大化して苦しむ、男の証明があった。精神は女性でも、サユコの肉体は若い雄として立派に発情している。

  

 「うふっ、ふふふっ……! すごいわね……。力なんて入れてないのに、こんなに大きくなってる。ねぇ、ほらもっとよく見て? カケヤくんの体が、サユコお姉さん大好きって言ってるの」

 「や、やめてくださいっ!」

 「無理よ。私の体に欲情する、あなたの体が悪いの。可愛い大きさなのに、こんなにガチガチになっちゃって……。うふっ、嬉しい」

 「うぅっ、うわっ……!」


 サユコは脚を絡ませ、股間で勃起しているそれを、カケヤの太ももにぐっと押しつけた。


 「はぁ、はぁ……ねぇ、もっとくっつきましょう……? お互いの体温が分かるくらい」

 「こ、これ以上はっ、む、無理です」

 「勇気を出して。元に戻るためにも、私を抱き締める練習は必要なんだから。あなたが頑張ってくれたら、私もあなたをしっかり抱きしめられるわ」

 「うぅ……。こ、こうですか……?」

 「そう、そのまま手を私の背中に回して。ふふっ、いい子ね……」

  

 カケヤはゆっくりとサユコに近づき、脇の下に腕を回した。恥ずかしさで顔を真っ赤にして、ぎゅっと目をつぶっている。サユコは、男物のTシャツの中ではち切れそうになっている豊満な乳房が、自分へと近づいてくるのを見て、怪しい笑みを浮かべた。


 「わぁ……。私の胸、大っきい……」

 「こ、これでいいですか? サユコお姉さんっ!」

 「……どこを向いて言ってるの?」

 「だ、だって、その、僕、どうしたらいいのか」

 「私の体で、そんな情けない声出さないで。目を見て話して」

 「き、気持ちがいっぱいいっぱいでっ、も、もう離してもいいですか!?」

 「……」


 むすっと、不満そうな顔をしている。

 

 「ふーん。じゃあ、いいわ」

 「す、すみません。サユコお姉さ……」 


 ばふっ。


 「ひゃああぁあああっ!!! なっ、なぁっ!? 何!? 何で!?」


 『カケヤくん』は、『サユコお姉さん』の大きな胸の谷間に、顔を埋めた。突然のことに『サユコお姉さん』はびっくりして悲鳴をあげ、思わず自分の胸を見た。


 「はぁ、はぁ。んふっ、んふふふ」

 「あわわっ、は、離れてぇっ!!」

 「いや」

 「だ、駄目ですっ! こんなことっ!! うっ、あぁっ……」

 「すぅー、はぁー。柔らかい……。ここで眠っちゃおうかしら」


 カケヤは引き剝がそうとしたが、ぎゅっと締め付ける男の力には勝てず、そんな抵抗には構わないサユコは、もぞもぞと胸の中で動いた。


 「僕、普段は……しっかり者のお兄ちゃんだけど……心の中では、女の人の裸のこと……ずっと考えてるんだ……。はぁ、はぁ……」


 サユコの……『カケヤ』のセリフだ。声色を変え、カケヤが絶対に言いそうにないことを言わせている。


 「ひゃあっ! なぁっ、何言ってるんですかっ!?」

 「僕……サユコお姉さん……大好き……」

 「さっ、サユコお姉さんはあなたですっ! やめてくださいっ!!」

 「……」

 「胸から、顔を、……んうっ、は、外してくださっ、いっ」

 「……キス」

 「えっ……!?」

 「して?」

 「なっ、そ、そんなっ!」

 「大声出さないで。静かにキスして」

 「……!!」


 サユコは胸から顔をあげ、ここまで一度も見せなかった真剣な眼差しで、カケヤをじっと見つめた。カケヤは驚きながらも、その瞳からサユコの本当の気持ちを感じとり、それ以上騒いだりはしなかった。


 「サユコお姉さん……?」

 「お願い。私を、このまま独りにしないで」


 「……」


 「目を閉じて、待ってるから……」


 *


 出会ってから、僅か数十時間。

 彼女に出会う前のカケヤは、今夜は兄弟みんなと晩ご飯を食べ、仲良く遊びながらTVでも見て、そして風呂に入った後はいつも通り自分のベッドで眠るのだと、そう思っていた。

 彼に出会う前のサユコは、今夜は自分で作った夕食を自分で食べ、風呂に入った後はベッドの布団の中でいつものように、孤独を感じて疲れるまで泣きそして眠るのだと、そう思っていた。


 現在の二人の距離は0センチメートル。精神と肉体は交錯し、口の中で互いを激しく求め合っている。16も歳の離れた大人と子供ではあるが、入れ替わりという本来起こり得るはずのない不思議な現象が、余計な背景を薄暗くし、男と女という現実だけをアロマキャンドルのように淡く照らし出した。


 「んむっ……んっ、ぷはっ……!」

 「はぁー、はぁー、んふっ……」

  

 いつしかカケヤは、サユコに覆いかぶさるような体勢になっていた。二人の間にぎゅっと挟まれていた大きな胸は、キスが終わるとまた元気を取り戻し、体の動きに合わせて少し揺れた。


 「はぁ、はぁ、……ずじゅっ。あっ、よだれが」

 「いいわ。そのまま私に頂戴……。初めてにしては、なかなか上手いじゃない。……んくっ」

 「経験豊富な、このサユコさんの体のおかげかもしれません」

 「あははっ、また紳士ぶって。お姉さん、そういうのには弱いんだから……」

 

 サユコは、全身の力が抜けていくのを感じていた。一つの山場を超えたという達成感により、『カケヤ』の肉体に蓄積していた今日一日の疲労が、解放されてしまったのだ。まぶたは重くなり、声は次第に小さくなっていく。


 「ごめんね、カケヤくん。無理矢理、こんなことさせて。私のわがままに、付き合わせて」

 「いえ、そんなことは……!」

 「ふふっ、優しい……。私の……理想の……お兄ちゃん……」

 「サユコお姉さん……?」

 「眠たくなっちゃった……。まだ、カケヤくんと……やらなくちゃいけないこと……あるのに……」

 「きょ、今日は寝て下さいっ! その体は、すごく疲れてるはずですからっ」

 「そうね……おやすみなさい……。次は……もっと……気持ちいいこと……」


 サユコは言葉を言い終わる前に眠りに落ち、カケヤはキャンドルの明かりを静かに消した。そして、平静を保ったまま自分も眠ろうとしたが、布団の中の自分の体を見て、カケヤは愕然としていた。


 (な、なんだろう……これ。サユコお姉さんの体が、また何かに反応を……)

  

 * *


 翌日。

 二人が目を覚ますと、時間はとっくにお昼を過ぎていた。それぞれシャワーを済ませて服を着替え、サユコが作ったご飯を食べ終わるころには、もうカケヤが家に帰るべき時間になっていた。


 「じゃあ、言われた通り、あなたのお家に帰るわね。カケヤくん」

 「は、はい。すみません、僕の代わりに」

 「うふふっ、いいのよ。こんなの普通は体験できることじゃないし、楽しまないと」

 「みんなのこと、よろしくお願いします。僕もがんばって頭の傷を治して、すぐに元に戻れるようにしますから」

 「そんなこと、しなくていいのに……」

 「えっ? 何か言いました?」

 「ううんっ、なんでもないわっ! 何かあったら連絡をするわね。それと……あなたの方は、どうするの?」

 「えっ? 僕ですか?」

 「そうよ。私の体で、また……するつもりなんでしょ? 昨日みたいなこと」

 「い、いやっ!! いえっ!! もう絶対にしませんってば!!」

 「ふふっ、優しくしてね。それじゃあ、また明日の朝、会いに来るわ」

 「はいっ、また明日……」


 元気に走って行く『カケヤ』の後ろ姿を、『サユコ』は少し不安そうに見送った。

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