短編11.Clock position

カチリ。

腕時計の秒針が鳴った。

短く切りすぎた前髪を弄りながら、私は考える。

果たして君はこの一秒を、どう過ごしているのか、と。

同じ気持ちであればいいと、秒針を追い越した心音を聞き流しながら思う。

……まあ、それすら気恥ずかしくて、私は頭を振ってその思考を追い出すのだけど。

君に会ったら、どう切り出そう。

『こんにちは』?

それとも『久しぶり』?

ああ、どう言ったって恥ずかしい。

君がまた目の前で笑ってくれるのかと思うとそれだけで恥ずかしい。

けれど、もう一度。

その暖かな手に、触れたくて。

その震える体に、抱きしめられたくて。

そんな願望すら、君はいつも通り余裕ぶって見透かしてしまうのだ。

だからきっと、私がこの口から綴る言葉なんて、もはや意味をなさないのだろう。

だから悪あがきのように、私は今、こうやって思考を回している。

せめて余裕ぶった君の顔に、渾身のストレートが叩き込めたらいい。


カチリ。

腕時計の長針が鳴った。

自分が早く着きすぎたのだとわかっていても、なんだか不安になってくる。

もしかして場所を間違えていないだろうか。

スマートフォンの画面をつけては消して、またつけて。

もしかして時間を間違えてはいないだろうか。

腕時計をちらちら見ては、スマートフォンの時計も見ては、首をかしげて。

もしかして、君はどこかで事故に巻き込まれてはいないだろうか。

ため息をついては頭を振って、嫌な予感を振り払った。

私は待つ。いつものように。

やることも、覚悟も決まったから、ただひたすらに、待つ。

この時計の針が回り切る向こうにいる君を、焦がれながら。


カチリ。

腕時計の短針が、鳴った。

目の前に現れた見慣れているけれど見慣れない、おめかしをした君。

私は全力で駆け出した。顔を合わせるのは、一瞬。

両手を伸ばしてその体を引き寄せて。

私は不意打ちの、渾身の、顔面ストレートを叩きこむ。

「会いたかったよ」

茫然とする息を吸い込んで決めたセリフは、大層な照れ隠しだった。

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