第55話 俺はどこにでも行ける

 二人はシェムリアップ川のベンチで最後のひと時を過ごした。


 アヤカさんはJ.Khmer groupで採用が決まったため、今後は働きながら孤児院の支援に当たる予定だ。


また、おぼろげながら、俺にも「やってみたいこと」が見えてきたので、バンコクに戻ったらさっそく動こうと考えていた。


できたてホヤホヤのカップルは付き合って早々、タイとカンボジアの遠距離恋愛になってしまうのだ。


だが、これも「今はそれぞれが置かれた環境でベストを尽くそう」と話し合った末の結論である。


ナオキとの旅の土産話。

シェムリアップで始まる新生活。

二人の将来の夢。


積もる話は尽きないが飛行機の出発は刻々と迫っている。


 俺たちは、うっちーさんの会社に出向いてお礼を伝えた。


「これからアヤカの、あ、いえ、えとシンイチを・・・、よろしくお願いします」


「アヤカさんでいいよ。それよりもさ、こんな美人だと心配でバンコクに帰れなくなっちゃうよなー。まぁ、僕が一番の危険人物なんだけどね。ガッハッハハハ」


     ※     ※


 挨拶を終えた二人は、空港のロビーで別れを惜しんだ。


「近いうちに会いに来るよ・・・」


去り際くらいはカッコよく締めるつもりでいたが、納得のいくフレーズは出てこない。


いざという時、野郎は情けないほど未練がましい生き物だ。


「しっかりしろよ!男だろ!!!」


ロビーに木霊するシンイチの一喝。


そして、アヤカさんはドキリと固まる俺の顔を引き寄せて、額にキスをくれたのである。


気まぐれで現れるシンイチ。彼女に棲む幾人ものパーソナリティ。


あるがままを受け入れよう。


頭の中に引かれたジェンダーの国境が消えた今、


「俺はどこにでも行ける」

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