バンコクキッド~俺はどこにでも行ける~

綾瀬一浩

第1話 怪しい者たちが集う宿

 ここはバンコクの「ラマ4世通り」をすこし奥に入った日本人宿だ。

1階は食堂で2階から上が宿泊施設になっているこのビルは、胡散臭い日本人が多くすることで知られた老舗の安宿である。


 宿泊初日に共有キッチンで鉢合わせた坊主頭の老人は、ここで暮らし始めて数年が経つそうだ。堀の深い顔つき。白いの袖口からは和彫りの刺青が睨みを効かせている。

このように、ただでさえ異様な雰囲気を醸し出す人物であるが、ひときわ俺が違和感と覚えたのは、3食すべてを自炊で賄っていると聞いたからだ。いくら節約のためとは言え、屋台飯が激安で食べられるバンコクの生活スタイルとしては、いかにも不自然である。外食に出ない真の理由は節約などではなく、できるだけ人目につかぬよう気を配っているという印象だ。

見たところ、とうに70歳を超えていそうなこの老人は、なぜこの宿でひっそりと息を潜め、隠れるように暮らしているのか?

よほど「訳あり」であるのは想像に難くない。

犯罪やアングラビジネスなどに関わってきた、または現在進行形で関わっているアウトローの匂いが鼻をかすめる。


俺は、怖いもの見たさで事情を尋ねてみようかとも考えた。

だが、この宿には他人の出身地や過去の経歴、長期滞在の理由など、「本人から語らなければ訊いてはいけない」暗黙のルールが存在するのだ。

初日からこんな人物を目の当たりすると、どうやら宿という噂は本当だったようだ。

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