閑話

 灰色の岸壁。それは行く手を阻むように空に向かって高々とそびえている。岩肌はゴツゴツとしており、見える緑は岸壁を伝い這う蔦たちばかり。若々しい葉の色は太陽光を反射しているかのように輝いている。


「予想以上に、これは大きい……」


 騎士は燃えるような赤毛を揺らしながら、岸壁を仰ぎ見る。頂上が見えないほどなのだから、大きいのは当たり前とも言えた。

 射手は騎士のその様子をちらと見て、「間抜け面」と短く言葉を発する。たまらず、勇者は吹き出した。あまりにも正直な言い様に笑えてしまう。


「……もう少し言い方というものがあるのでは?」

「じゃあ、アホ面」

「意味合いに違いが感じられません」


 もう耐えられないとでも言いたげに、勇者が思い切り笑い出す。岩肌に跳ね返りよく反響し、とても大きなものに聞こえた。

 それを見た射手は「笑いすぎ」と呆れを隠す様子もなくつぶやき、笑われている騎士本人は若干の照れくささをにじませながらはにかんだ。二人とも、気の抜き方が上手いと、勇者は感心した。こういう細やかな会話から、心のスイッチを入れ替えているのだ。これを感心せずにいられるだろうか。


「二人とも、じゃれあいもそこそこにね」

「じゃれてない」

「ええ、戯れです」


 それをじゃれると言うのではなかろうか。出掛かった言葉を飲み込んで、勇者は「それならいいんだ」と、笑みを含んだ声音で応える。


 風が吹いた。さわりさらりと葉が鳴る。


「――さて」


 勇者の小さな声を合図にしたかのように、すっと、一行の空気が引き締まる。

「これから最初の戦いだ。気を抜くなよ」

 騎士と射手が頷いたのを確認し、勇者は一歩、足を踏み出した。

 向かう先は、立ちはだかる岸壁にぽっかりと開いた大きな大きな口の中。少し先も見えないほどの闇に塗りつぶされたそこに、三人は迷うことなく歩んでいく。


「明かりの用意は?」

「もちろん、してありますとも」

「道、迷わないように目印を……」

「言われなくてもやるから」

「えっと、それじゃああとは」


 心配性を発動した勇者を見て、射手は呆れたようなため息を、騎士は慣れた様子でにこにこと微笑みながら「大丈夫」と紡げば、勇者は若干の不安を残しながらも、しっかりと頷いてみせた。


「大丈夫、二人がいるから大丈夫」


 そして笑みを浮かべて見せ、三人は黒く暗い穴の中にと消えていった。

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