第59話「異界(12)」
だが鎧姿の親父はボロボロだった。瀕死の状態であるのは疑いようがなかった。
ディアーボどもの怒号が激しさをさらに増す。ずっと小刻みに揺れていた大地がさらに震えだし、その振動が足をつたって全身を這い上がってくる。それでも俺は、恐怖に慄いたりしてはいない。
バケモノどもは、いよいよ襲いかかってくるだろう。
来てみろよ、俺は心の中で言った。こぶしに思いきり力を込めた。
俺のあたまから、そっと左手が離れた。手を下げたまま、鎧姿の親父は俺を見ている。
親父、と俺は言った。返事はない。
だがふいに、無言で俺を見つめていた親父が、一度だけ頷いた。
はっきりと、頷いた。
「親父なんだな」
親父がふたたび、深く、頷く。俺は自分の顔に、自然と笑みが浮かんでくるのがわかった。笑おうと思って笑うのではなく、表情をつくる細胞ひとつひとつが独立して反応したような感じがした。いま俺は人生で最高の笑顔をしているだろうな、俺はそんなことを思い、今度ははっきりと自覚しながら、親父に笑いかけた。
親父の表情はかぶとで見えない。でもわかる。きっとあの不器用な笑みを浮かべているんだろ?
親父は何も言わずに後方へ向き直った。そして俺ではなく、狂気的な叫びを発し続けているバケモノどもに対峙した。
俺は親父のその背中を、最後に、もう一度だけ強く見つめた。
親父、ありがとう、
最後まで一緒に、戦うよ、
声に出さずそう呟き、俺も背後に向き直った。親父に背を向けるかたちで、岩壁に群がる正面のディアーボたちと向かい合う。
俺と親父の決意と緊張が波及したのか、ゼン、そしてケンジも、俺たち二人のそばに歩み寄った。
四人が、互いに背を向け、十字の格好でそれぞれ異形の怪物たちと対峙する。直後に、四方のディアーボたちが、狂おしいほどの殺意を含む絶叫にも似た声を放った。その、これまででもっとも大きな叫びのうねりとともに、連中は自分たちが囲む円の中心にいる俺たちめがけ、暴力的な躍動感をともなって、飛んだ。
迫りくるディアーボの大群が中空をびっしりと埋め尽くす。
その邪悪な怪物たちの肉の壁のすき間から覗く空の向こうに、一瞬、俺は、あの砂漠でゼンと俺を吸い込んだ強い光源を見た気がした。
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