君へ。

珈夜れい

Dear~


 ――君へ。

 直接言葉を伝えるのは恥ずかしいし、何よりしっかりと伝えられない気がしたのでこうして手紙に綴ろうと思います。


 君と初めて出会ったのは、校庭にある桜の木の前。ゆらりと静かに舞い散る桜と、ふわりと風になびく君の髪がとても綺麗でついつい見惚れてしまって。僕の視線に気付いた君は不機嫌そうに「……何か?」と僕に訪ねてきたよね。

 それに僕は慌ててしまって動揺した言葉で言い訳してたらさらに君の目は厳しくなって、君は僕に対して堂々と「変な人」と言い残して去って行って、その日は一日中落ち込んだよ。

 次の日、僕が桜の木に向かうと昨日と同じく君はそこにいたよね。

 突然の来訪者に目を向けた君は僕を見て昨日と同じ人と気付いてから変わらぬ厳しい目で「もしかしてストーカー?」と聞いてきた。

 「いやいや違うよ!」と否定しても君の疑いの眼差しは変わらず。でも僕が片手で持っていた小説に気が付くと、はっとした表情になって何か驚いていて。

 声が小さくてよく聞こえなかったけど、何かを呟いた後に君はその場をすぐに立ち去ったよね。その時は何でかなって思ったけど、理由は後で知ることとなって、それに少し驚いたのを今でも覚えてる。


 季節は夏になって、毎日輝き続ける太陽や暑さにもうんざりしていた僕だけれど、桜が散った後の木の前にはやはり君がいて、お互い話はそうそうしないけどそんな時間が、場所が、いつの間にか僕の中で当たり前になっていたんだ。

 いつしか君も僕に心を開いてくれて、お互いのことを話すようになったよね。僕が年下だと知った時の君の表情は今思い出してもついつい笑ってしまいます。どうやらその時まで僕のことを大学生かと思っていたらしいからね。君の一つ年下、高校二年生だとは思わなかったみたいだけど、それは僕が老けて見えるってこと?(怒)なーんて。

 君が病気でここに入院しているのはなんとなく「そうなんだろう」と思っていたけど、詳しいこと、その時は教えてくれなくて少しだけ寂しさを感じました。

 でも、出会ってたかだか二、三か月の人間に話すようなレベルのものではないというのは伝わったよ。きっと、この時からもう君のことが好きになりかけていたのかもしれない、と今だからこそ思う。

 ある日僕は君を地域のお祭りに誘ったのを、覚えていてくれてるかな? 大きな花火も打ち上がって、君と一緒にそれを見に行きたい、って。

 「……行けないわ」と、君が言った時の悲しげな顔は今でも鮮明に覚えてる。

 出歩いても病院の敷地内が限度。外出届は特別な時以外は認められない、と。

 しかしそうなると花火を見ることすら難しくなる。この病院の立地的に花火の音は聞こえてもそのものを見ることは他の建物が邪魔で見ることができない。かと言って無理に外出届を出すことや、病院スタッフの目を盗んで無断外出するにしても君の病気も知らないしここまで厳しく医者から言われているのなら相当なものなのだと、僕には君を連れだすことはできなかった。君の命の責任を取ることなんて当たり前のようにできないし、何より君が苦しんだり傷付いたりする姿を見たくないから。

 いつもの君とは違う、どこか儚げな「ありがとう」という言葉は、僕の胸を深く抉った。僕はただ君の笑った顔が見たかっただけなのに。

 そしてお祭りの当日、変わらず僕は君に会いに来ていた。ただいつもと違うのは時間が結構遅かった、というところだろう。君は大して気にしていないようだったけど、これからその顔が笑顔に変わるのが僕には楽しみで仕方がなかったよ。

 その日の夜、僕は君の手をとって屋上に上がった。「見つかったら怒られるよ」と心配そうに言う君に「大丈夫だよ」と言って僕はそのまま屋上の扉を開けた。

 ――その瞬間だった。

 綺麗に夜空を弾ける花火が僕らの目の前に現れたのは。

 君は突然のことに驚いて、終わるまで無言でじっと花火に魅入っていて、そんな君の顔を見れただけでも僕には満足だったし、今回頑張った甲斐もあったということだ。

 「どうしてここに?」と不思議そうに聞く君に僕は説明した。

 立地的に屋上からじゃないと花火が見えないから、当日の花火が打ち上がる時間、一時間だけ屋上に立ち入る許可をとったこと。ほとんど毎日病院に来ているのを知っていた看護師さんの助力もあって何とかその条件で許可をもらえたんだ、と。

 僕の言葉にぽかんとしていると、次第に理解したのか溢れんばかりの笑顔で僕に「ありがとう」と言ってくれて。この「ありがとう」はあの儚げに言った「ありがとう」よりも比べ物にならないほど嬉しい、最高の言葉だったよ。


 季節は秋になって少し肌寒くなり、桜の木に行くことも殆どなくなって君の病室に直接赴くことが多くなったよね。

 その頃にはもうお互い気心の知れた仲になって、多分クラスの友達よりも君と仲が良くなっていた気がする。

 秋には僕の通う高校でも文化祭に時期となり、前に比べると君に会いに行ける日が極端に少なくなってしまって、でも君は「気にしないで」と言うけれど、どこか悲しそうに笑う君の顔が頭から離れなくて。できるだけ君に会える日を増やしたのを覚えているよ。

 そんなある日、珍しく君は僕にお願いしてきたよね。「私、文化祭行きたい」って。僕としてはその言葉はうれしかったけど、君は特別なことがない限り外出許可が出ないと言っていたから難しいんじゃないか、と当日まで思っていたけどなんと、君は一般公開の日にお母さんと一緒に来てくれたよね。

 ちょくちょく顔を合わせていた君のお母さんは僕にお礼を言ってきた。病気になってからわがままを全く言わなかった娘が初めて自分からお願いしてきたって。それが嬉しくて、娘を少しでも変えてくれた僕に感謝してる、って。

 僕はただ自分がやりたいようにやっていただけで、もっと言えば好きな子のためにやっていたことだから感謝されるようなことはしていないんだけどね。流石に君のいる前で言うのは恥ずかしかったから多少言葉は濁したけど。

 君と一緒に回った文化祭は、今までで一番の文化祭のように感じた。君のお母さんは僕が君を変えてくれたって言っていたけれど、君が僕を変えてくれたのだと、僕自身はそう思う。


 季節はあっという間に冬。体に悪いからと君と桜の木を見に行くことはなくなったよね。すっかり寒くなって、病院内は暖かいけれど君は暖かそうなカーディガンを羽織っていて、その姿がまた可愛くて凄くドキドキしたよ。

 丁度その頃に君は、僕に自分の病気のことについて話してくれた。

 ――私の命はもう長くない、と。臓器移植をしないと少なくともあと二年ももたないと。でもドナーはいまだに見つかっておらず、もう諦めている、と。

 そう言って何とも言えな表情をしていた君を見るのがつらくて、苦しくて。気が付いたら僕は君のことを思いっきり抱きしめて無意識の内に言葉が出てしまったんだ。

 ――「君が好きです」、って。

 そしたら君はぎゅっと、強く抱きしめ返してくれて「私も、大好きだよ」って言ってくれて、人生で一番嬉しかった。

 キスの味は甘酸っぱいってよく聞くけど、僕らの初めてのキスの味は、ほんのりしょっぱかった。そのあとに目を赤くした君の笑顔に、僕はまた惚れた。


 それから一か月が経ち、ある日君は嬉しそうに話してくれた。

 ――「ドナーが見つかったの!」

 嬉しそうに笑う君に僕まで嬉しくなって、でもそのあとに君は泣いた。「まだ生きていられる……。未来の、この先の話もいっぱいできる」って。

 死ぬのは誰だって怖い。もちろん僕だって怖い。命は、一つしかないのだから。だから皆、つらくても、苦しくても、懸命に生きている。誰かのために、何かのために、生きている。

 それはきっと、今この手紙を読んでいる君が一番実感していることだと思う。


 君がこの手紙を読んでいるのは、全てが終わった後のことだと思います。

 君の手術は成功して、それから定期的な検診があるけれどこれから日常生活に戻れる。それはとても素敵なことなんだ。だから、そこにもう僕がいなくても、君ならいっぱい友達を作れる。君を大切にしてくれる素敵な恋人にも出会える。幸せな未来が、君を待っている。

 元々ね、考えてはいたことだったんだ。

 君と出会ったあの日、桜が舞い散る木の下で会ったあの日。その時点で既に僕は余命一年を切っていた。

 ずっと病院に来ていたのも、もちろん君に会うためでもあったけど、自分の病気の検診でもあったんだ。

 僕はもう助からない。だからせめて、この命を誰かのために使いたい。

 そう思っていた時に君の病気のことを知って、少しだけ時間はかかってしまったけど君に僕の命を繋げることができた。それだけでもう、僕が生きた意味は充分にあったんだ。

 優しい君はすぐには受け入れられないかもしれない。この手紙だって僕が死んでから君に渡るようにしたものだ。それまでの間は、もしかしたら君は酷く後悔していたかもしれない。

 でも、そんなことはしなくていい。

 僕の願いは、君が幸せになること。君が君の人生を歩んで行ってくれること。

 ――君が、笑顔でい続けてくれること。

 それだけでもう、僕は充分だ。思い残すことはない。

 あとせめてもの願いに、頭の片隅にでもいい。僕という人間が君と過ごした時間を、どうか忘れないでほしい。


 君のことが世界で一番大好きな僕より。





 「……何よ、これ」


 彼が死んで二週間。私の元に彼の遺族から一通の手紙が届いた。そこには彼の字で、彼と出会った一年のことが書かれている。

 読み進めていくごとに彼と過ごした時間が鮮明に思い出されて、気が付けば私の頬をいくつものとめどない雫がつたっていった。

 一番最初に思い出されるのは、私があの桜の木に通い詰める理由となった日の事。

 その日はたまたま、気分転換にそこに行った。でも先客がいたのだ。

 その人の前髪が邪魔をして顔はよく見えなかったのだが、木を背にして読書しているその姿を、不覚にも美しいと感じてしまったのだ。

 その日以降会うことはなかったけど、そこに行けばまた会えるのではと信じて毎日桜の木に足を運んだ。

 すると今度は髪の短い男がやってきた。最初の印象はあまり良いものではなかったけれど、二回目に男が訪れた時にその手の持つ小説を見て理解した。

 ――ああ、彼だったのか、と。

 それからほぼ毎日会いに来てくれた彼に徐々に心を開いていき、気が付けば彼のことを好きになっていて。彼の方から「好きです」って言ってくれた時は、まるで天にも昇るかのように気持ちが高まったのを覚えている。

 ああ、でもそうか。そうだよね。もう私一人の命じゃないんだよね。君がいなくなって私の世界は灰色になって何もかもがどうでもよくなってしまったけど、それは私に命を繋いでくれた君失礼だ。


 「私がやることは、決まったよ」


 まずは、学校に行こう。二年ぶりだし、休学扱いだからまた一年生からのスタートだけど、行こう。そしてまずは友達を作るんだ。多くなくてもいい。自分を分かってくれる、私が分かってあげれる、そんな友達を。

 今はまだ彼のことが好きだし、彼以外のことを考えることなんてできないけど、いつか彼と同じくらい好きになれた誰かと結婚しよう。

 そうして今度は、私が命を繋いでいくんだ。

 私の命を。彼が繋いでくれた、この命を。


 「だから私は前に進むよ。ゆっくりだけど、決して早くはないけれど、どうか見守っていてほしい」


 ――君なら大丈夫だよ。


 「え……」


 彼の声が、聞こえた気がした。

 そんなはずはない。けれど、私には充分すぎる言葉だった。


 私はそうして、歩き始める。

 行きつく先が、彼が私に願ってくれたものだと信じて。

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君へ。 珈夜れい @rei_kaya

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