後編

 ゲームの世界に転移して以降、俺がやる事は非常に限られていた。

 確かに、今の俺の装備ならどれほどダンジョンのレベルが上がっても呆気なく攻略する事が出来るだろうし、遥か遠くに広がっている海や島へもあっという間に向かう事が出来る。だが、どれほど遠くまで行っても、待ち受けているのは同じ光景ばかりだった。


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 かつて、青く澄んだ塩水で覆われていたはずの海は、既にその面影を一切残していなかった。

 砂浜があった場所も含めて、全てが美しい女神の大群に置き換わってしまったからである。


 大量の水があった場所には、大きな胸や滑らかな腰つきが押し潰されそうになるほどに折り重なった大量の彼女が埋め尽くす空間へと変わり、俺がそこへ向かうたびに遥かな深みから無数の笑い声の大合唱を響かせていた。転移したばかりの頃は、その無数の美女の感触を確かめようと何度もこの海の中に沈みたっぷりと心地良い気分を味わったものだが、今の俺にはもうそのような気力は残されていなかった。寄せては返す無数の女神の波を、ただじっと眺める他にする事が無かったのだ。

 そして、そんな俺の傍らにも、全く同じ美女が次々に現れ続けていた。当然だろう、砂浜を構成していたデータもまた、バグによって次々に新たな『女神』へと置き換えられているのだから。


『勇者様、こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』こんにちは♪』…


 どれだけ俺が無視しようと、女神たちは皆一様に全く同じ笑顔を見せ、俺に語りかけ続けた。心地良さにはしゃいだ時も、あまりの鬱陶しさに追い払おうと攻撃を仕掛けたときも、彼女の反応は全く変わらず、日々数を増やしながら『勇者』を称え続けていたからだ。

 ここにいても、結局は大量の女神を相手にする事しかするべき事は無い、と言う訳だ。


 そして、俺はかつての海や砂浜から溢れ続ける美女で埋め尽くされた空間を去り――。



『あ、勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』…



 ――後から後から溢れ続ける美女で埋め尽くされている別の空間へと進んだ。


 かつてそこには、途轍もない強豪のモンスターたちが待ち受けるダンジョンが存在した。プレイヤーのレベルや様々な実績に応じて敵のレベルが上がり続けるという、ゲームの本編ストーリーをクリアした者に対する腕試しのような場所であった。その仕様もあり、大量の資金を獲得した俺でもこのダンジョンだけは何度も苦戦し、そして成功の快楽を何度も味わう事ができた。


 そして今も、ある意味ではこのダンジョンは俺を試す場所であり続けていた。


『うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』…


 四方八方、壁も天井も一面『女神』の体や顔がびっしりと埋め尽くし、俺の正気がどこまで保ち続けられるかを試すという形で。


 どこまで奥深くまで進んでも、やはり俺の周りには大きな胸を見せ付けるような格好をした美女しか存在しなかった。現れるモンスターも勿論全て女神に置き換わり、攻撃の代わりに彼女を召還できる髪飾りを次々に俺に渡し、ダンジョンを埋め尽くす自分自身の一部に加わっていき続けた。

 女神しかいない世界に対する気持ち悪さが頂点に達した時に、俺はそんな女神をダンジョンの中で攻撃した事があった。極限にまで鍛えた剣や魔法を駆使し、周りから同じ姿形の美女が現れないよう願いながら駆逐しようとしたのである。だが、それは完全に無意味な行動であった。そもそもゲームの仕様上女神に攻撃する事自体が許されていなかったのかもしれないが、俺が攻撃しても女神は消えるどころか、その『攻撃』と言うデータ自体を新たな自分の材料にするかの如く、ますます数を増やしてしまったのである。



『ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』ふふ、勇者様♪』…



 その時から、あらゆるダンジョンは女神を掻き分けて歩くだけの空間に成り果てた。

 モンスターもアイテムも現れず、ただ無数の美人の顔や体が四方八方をぎっしり覆い尽くす場所をひたすら歩き続け、終点にたどり着き――。


『勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』勇者様、来てくれたんですね♪』…



 ――そこで数限りなく溢れ続ける新たな女神を助け、地上へ向かい、そして再びあの髪飾りを女神の数だけ受け取る――それ以外、何もする事が出来なくなったのである。

 しかし、このダンジョンはまだ『ダンジョン』として、俺が歩けるだけの地面や階段が残っているだけましなほうであった。ここから少し離れた別のダンジョンは、既にかつて地面があった場所までもがびっしりと『女神』の顔や体に覆いつくされ、そこから湧き出るかのように新しい女神がダンジョンの入り口を目指して現れ続ける、まるで女神の生産工場のような場所へと成り果ててしまったのだ。いくら俺がうっかり踏んづけようが、いくら壁を破壊しようが、女神は嫌がる素振りを見せるどころかますます嬉しそうな顔になり、その数をただ増やしていくのだ。


 だが、そんな場所でも俺は行かざるを得なかった。

 世界中が女神で覆い尽くされる中でも、『勇者』である俺だけはずっと『俺』のままで居続けていた。それが意味するのは、恐らく俺がこの世界をいつか脱出できると言うデータがまだ残されていると言う事だろう――そんな思いが、未だに俺の心に宿っていたからである。

 何千日何万日、一切歳を取らないまま過ぎていく無意味な日々の中で、この世界に転移した頃の俺とは肉体も精神も変わり果てていたのかもしれない。だが、今の俺にはそれ以外に行動できる原動力は見当たらなかったのだ……。

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