バグで構成されたゲーム世界の女神と俺

腹筋崩壊参謀

前編

『おはようございます、勇者様』


 今日も俺は、いつも通りの優しく美しい声で目を覚ました。


 もし起きたら別の場所にいて今までの事は全部夢だったことに気づき『日常』に戻れる、なんていう甘い考えは今日も現実になる事なく、俺の体はいつものベッド、いつもの空間の中にあった。

 そして俺の『隣』には、昨日と同じく笑顔で見つめる美女の姿があった。


 溜息をつきながら返事をした俺に、体の具合が悪いのか、とその美女は美しい声で心配そうに尋ねてきた。

 正直、もう俺は心も体もガタガタだった。ほんの僅かな虚しい希望でしか、正常な心を保つ事が出来ない状況であった。だけど、その事を正直に言っても何ら解決にはならない事を、俺は嫌と言うほど認識していた。今の俺にとっては、この美女に心配されるという毎日こそが、受け入れるしかない現実なのだから。


『朝食の用意が出来ていますよ。いつでも降りてきてください♪』


 優しい笑顔を見せる彼女の傍にある窓から見える景色を見て、俺はまた思い出していた。

 取り返しのつかない事をしてしまった、あの時までの日々を。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 全てのきっかけは、ずっと昔――何百、何千日も前の俺が購入した1本のゲームだった。


 十数年以上前に発売された所謂レトロゲームの類なのだが、以前からずっと気になっていたソフトだった事もあり、ネットオークションで手に入れた時はとても嬉しかった。発売されて月日が経っても評価が高く、中古でもなかなか出回らないと言う作品だからである。運が味方をしてくれたお陰で手に入れることが出来たこの宝物、真面目にプレイしない訳にはいかない――その時の俺は、こんな事を心の中で思っていた。


 このゲームの内容は、大雑把に言うとオードソックスなRPGファンタジーものであった。プレイヤーが勇者を色々と操作し、各地に眠るダンジョンを攻略しながら世界の覇権を狙う魔の者たちを倒す、と言う内容なのだが、途中で魔王が味方になる辺りから物語が急展開し、真の黒幕がまさかの存在だったり最後に使う武器が予想外のものだったり、ネットで何度ネタバレを見ても十分に楽しめる素晴らしい内容だった。


 しかし、ゲームをプレイしていく中で困った事態が訪れた。

 このゲームはストーリー自体が終了しても様々な裏ボスが登場したり新たなダンジョンが構成されたり、いつまでも無限に楽しめるような嬉しい内容になっているのだが、問題はゲーム内で使う『お金』であった。開発者がゲームバランスの確認を怠ったのか、それとも上級者向けだからこそ厳しめに設定したのか、裏ボスや新ダンジョンを攻略するための強い武装やアイテムを入手したりする際には、通常のゲーム内容よりも何十倍ものお金が必要になったのである。

 勿論各地のダンジョンを何度も攻略すれば金は溜まるしレベルも上がるのだが、その分敵も非常に強力になっており、一筋縄ではいかなかった。NPCとしてお供をする仲間たちの死や自分自身の死を何度も経験しなければならず、非常に面倒な作業だった。


 だからこそゲームの製作者はやりこみ要素として組み込んだのかもしれないが、次第に俺には鬱憤が溜まってきてしまった。

 一体どうすれば、この面倒くさいやり方を無くす事が出来るのか、と。



 そして俺は、『バグ』の誘惑に負けた。何かよい案が無いか、この事態を打破できる方法は存在するのか、ネットで探し始めてしまったのである。このゲームがそれなりに有名だった事も災いし、俺はすぐにこのゲームに秘められたあるバグに纏わる情報を発見してしまったのだ。



 その具体的な内容を語る前に、このバグに関わるアイテムと人物を紹介しておく。


 このゲームには、黒幕が次第に明らかになってきた辺りのイベントで『女神』を助ける、というものがある。魔王やその手下と初めて共闘して挑むダンジョンで黒幕の手下によって危機に陥った彼女を最下層の小部屋から救い出し、世界そのものを平和に導くきっかけを作る、と言う重要イベントだ。

 そして、無事その戦いが終了し、魔王側との和解も果たした女神から、プレイヤーにあるアイテムが渡される。

 危機に陥った時に使えばいつでも彼女が舞い降り、俺たちプレイヤーに協力してると言う効果がある、聖なる草で編まれたリング状の髪飾りだ。

 一応その後のザコ戦でも使用できるのだが、その時は傷を癒している最中の彼女しか呼べず、大して戦力にならない。ラスボスとの戦いで強制的に危機に陥った時、このアイテムを使って完全復活した『女神』を呼び出す、と言うのがゲームの通常の流れである。



 そして、ここからが本題なのだが、実はこの女神を召還するアイテムにはある秘密が隠されていた。

 『女神に纏わる品物』と言う立派な箔があるこの髪飾りは、商人などへ物凄い高値で売ることができるのである。それこそゲームクリアまで一度もお金を稼がなくても良いほどに。

 しかし、当然ながら一度売ってしまうとゲーム内で手に入れるのは不可能であり、ラスボスとの戦いも非常に困難なものとなってしまう。敢えてそれを望む上級者もいたようだが、生憎俺はそのような『マゾプレイ』は趣味ではなかった。ゲーム開発者もうっかり売ってしまう事態は想定していたらしく、商人は本当に自分がこんなものを頂いていいのか、と何度も遠慮してくる仕様となっていた。文字通りの『裏技』だったのである。


 だが、ゲーム内で大量の金が必要となるゲームクリア後の日々から見ると、この秘密には非常に惹かれるものがあった。そして、同じような事を考えていたプレイヤーは非常に多かったようである。

 そして、俺以外の誰かが、ゲーム内にあるバグを発見した。

 クリア後に挑めるダンジョンの一つに、『過去の「戦い」をもう1度経験できる』と言うものがある。ダンジョン内の戦いやラスボスとの決戦を現在の装備で追体験出来るものなのだが、あくまで再現できるのは『戦い』のみであり、1度しか手に入らないアイテムを再び獲得したり、同じイベントをそのダンジョン内で経験する事はできない仕様となっていた。

 だが、そのバグを起こしてしまえば、全く同じイベントを何度も何度も経験できると言うのである。



 本当に大丈夫なのか、信用に値する情報なのか――半信半疑で俺はその情報通りにゲーム機を操作し、もう1度ゲームを再開した。

 そして、件のダンジョンに挑んだ俺は――。



『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』



 ――あの美しい女神の言葉をもう1度見る事となり、そしてあの髪飾りをもう1個手に入れる事に成功してしまった。

 そして当然、俺が真っ先に向かったのは、このアイテムを高値で買ってくれる商人であった。



 これで金に困る事はない、思う存分ゲームが出来る事となる――そう嬉しがった俺は、その後何度もこのバグを起こさせ、その度に女神を呼ぶ草飾りを手に入れ続けた。気づけばゲームの中で活躍する俺=勇者の懐は、大量の資金で満ち溢れるようになっていた。


 ここで止めてしまえば、今の俺のような状態にはならなかったかもしれない。


 しかし、何度も女神の元を訪れるうち、俺の中に金目当てとは別の感情が宿っていた。さらりとした美しく長い髪、谷間や横乳、太股を見せ付けるような清らかながらも大胆な衣装、そして優しさと凛々しさを併せ持った美貌――俺はこの『女神』と言うキャラクターに、特別な感情を抱いてしまったのだ。

 ネットで検索しても彼女に同じ思いを描いた者は多く、いかがわしいイラストも多数存在するほどであった。



 何度もバグを繰り返す作業も面倒臭い、気軽にあの女神と会って、例のアイテムも簡単にもらえる方法は無いか――その欲望のまま、俺は色々とボタンを押したり、ネットを検索したり様々な方法でこの願いをかなえるやり方を探し始めた。

 そしてある時、俺は偶然にもこのゲームに隠されたもう一つのバグを見つけてしまった。



『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』


 この言葉を残して一旦女神が消えた後に複数のボタンを数秒押しっぱなしにすると、実際にはそのルートを通る事がない道を通る事が出来る。

 しかしその中で見えない壁に囲まれる形で身動きが取れなくなるため、瞬間移動をしようとすると――。



『ありがとうございます、勇者様』



 ――なんと、あの女神を助けた直後のシーンに戻る事が出来るのだ。



『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』


 その結果、俺は僅かな時間で何度も女神の愛らしい笑顔と大量の金に代える事が出来るアイテムを手に入れてしまったのである。



『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』

『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』

『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』

『これは、私からの感謝の印です。貴方たちが危機に陥った時、これを使えば私はいつでも駆けつけます』

『これは、私からの感謝の印です……



 何度同じ台詞を聞いても、何度同じイベントをこなしても、俺は一向に飽きが来なかった。

 女神の外見は勿論、声も仕草も、何もかもが俺にとってドツボだったのだのかもしれない。


 何十回、何百回と続けるうち、いつしかゲーム内の金の量はインフレし、どれだけ敵のレベルが上がっても呆気なく勝利し、無限に強い武器を購入する事が出来る、言葉通りのチート状態になっていた。だが、俺がゲームを楽しむ目的は、既に同じバグを何度も引き起こさせる事でこの女神のイベントをこなす事へと変わってしまっていた。

 もしこの時ゲーム内に起きていたある異変に気づいていたら――いや、気づいていたとしても、もう俺は気にしなかったのだろう。今だからこうやって後悔できるようになったが、その時の俺は完全にゲームの中の女神に『恋』――冷静な判断を失わせる状態になっていたのかもしれない。



 どうしてこの時、俺はゲーム内に作り出してしまった最悪のバグに気づけなかったのだろうか。



『勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』勇者様♪』



 俺自身が、バグで満ちたこのゲームそのものの世界に来てしまう前に……。

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