どうしてなの?
藤村 綾
どうしてなの?
メールがエラーで戻ってきてしまった。
彼との唯一のライフラインだった普通のメール。LINEでも、ショートメールでもないだだのメール。
『来週ならおちつくから。電話する』
先週の金曜日の夜、近くのコンビニで待ち合わせをし、少しだけ話した。時間ないからさ。本当にすぐ帰るよ。会うまえに少し脅迫めいたメールを送ったものだから、彼はすかさず電話をしてきたのだ。
脅迫メールの内容は、
《電話くれなかったら、うちにいきます》という内容だった。送信終えたせつな、身体から血の気が引いてゆくのがわかった。こうでもしないと電話などしてくるわけはないと思ったから。だし、別れの言葉をいおうと決めていた。本当にもう、解放してよ。と。
打ち終えて、5分も経っていないのに、彼からすぐメールがきた。
《いま、打ち合わせ中。あと電話する》
メールの文面から苛立ちが滲み出ていた。意図的に仕向けたメール。彼は忙し中、面倒くさそうにメールを打ったと思う。眉間にしわを寄せながらメールを打つ彼の顔は容易に想像できた。
電話はその5分後にかかってきた。
『時間ないからって、顔みて喋る時間はあるんじゃないの? 』あたしはあからさまに嫌味っぽくゆった。彼は、やや間をあけたあと、わかった今どこ?
居場所を訊いてきた。
あたしんちの近くのコンビニにいる。
行くわ。
(本当に時間ないからね)をまた付け足して。
なので、すぐ済むから。待ってる。
あたしは、やや控えめに声をひそめゆった。
コンビニの傍で肩を並べ、顔を合わせた。ひどく疲れた顔をしていた。
「ごめん」
彼はすかさず、頭を垂れた。
垂れた頭のつむじを見つめ、ああ、秀ちゃんがいる。あたしは胸からこみ上げる熱い衝動をこらえることが出来なくて、頭をもたげ、涙が流れ落ちるのを制した。夜空はとても澄んでいた。梅雨に入ったなどと思えないほどに、星がえ、あたしの潤んだ目の中に否応なく食い込んできた。今は星などいらないと思った。
「な、泣くなよ」
「え?」
彼の方に顔を向けたとき、タイミングよく涙が頬を伝った。
「ご、ごめん」
あたしも俯き謝った。泣いてごめんなさい。
「いや、俺が悪いんだから。今度はちゃんとメールするから」
「あ、うん、」
今度って。もう、今度がないように、話をしたくて秀ちゃんを呼んだのに。
「ねぇ」
あたしは、タバコを持っていない方の手をとり、秀ちゃんの目を見た。
「なに?」
「お願い。最後に本当のことをゆって」
あ?秀ちゃんは、首を横にふり、嫁さんに、あやちゃんに、板挟みで、まあ、辛いわ。ぼそりと、口を開いた。
「ごめん」
あたしは、今宵2度目の謝罪の言葉を述べた。そして、一度唾を飲み込んで続けた。
「好きか、嫌いかだけ聞かせて。言葉が欲しいの。それ訊いたらもう、無理ゆわない。お願いだから、お願い」
最後の方になると、涙声になり鼻水が垂れまくっていた。
うーん、唸っている彼は一体なにを考えているのだろうか。好きか、嫌いかの2択だし。はっきりゆってくれるのが、優しさなんじゃないのか。あたしは、言葉をまった。
「ゆっちゃー、いけないだろ。いえないだろ」
「な、なんで。ゆってよ」
タバコを消し、また新しいタバコに火をつけながら、彼は俯きゆった。
「認めたくなくて、いえない」
「え?」
「だから、いえないんだ」
何がいいたいのはわかる気がした。彼は自制をしている。あたしと同じ気持ちなはずだ。
「ゆって」
あたしは食い下がる。
彼は、そうっと、顔をあげて、優しくあたしを見ながら口を開いた。
「……、す、すきに決まってるよ」
キョトンとした顔をしていたと思う。その言葉がずうっと欲しかった。
あたしはまた泣いていた。泣きながら秀ちゃんに抱きついた。
好き。
たった2文字。魔法の言葉であたしの中にある鬱積が崩れていった。
「来週連絡するから」
あたしは、彼の胸の中で頷いた。
夢じゃありませんように。
そうっと、目を綴じこのまま時間が止まればいい。懇願した。
週明け。
メールが届かない。
どうしてなの?
あたしは、とほうにくれる。
エラーで返ってくるとわかっていても、また、メールを送る。
また、頬を濡らす。
もう、疲れた。
ねぇ。なんであのとき、嫌いとゆってくれなかった?
好きという単語より、嫌いという単語のほうがあたしには優しい単語だったのかもしれない。
あたしは、吐き気をもよおし胃液を吐いた。
もう、やだよ。呟きながら、トイレからでれずにいる。
どうしてなの? 藤村 綾 @aya1228
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