チップの話 5 困ったときにはまずチップ!

 チップに慣れてくると様々な場面でチップのありがたさを実感するもの。特に、好ましくない状況を一発で解決してくれるチップの働きにはスーパー感謝。まあ、ココというときのスペードのエースです。

 

 旅行中“ちょっと困った”という場面ってありますよね。


 例えばトイレ。海外では一般の人が自由に使えるトイレはめったにありません。なので、トイレは滞在中のホテルや食事のタイミングで済ますことになるのですが、こればっかりは自分の意に沿ってくれるとは限りません。その欲求は予期せず突然にやってくるものでございます。


 そんなときは目についたカフェやバールに飛び込むしかないのですが、ここからがけっこう大変。


 突然店に入ってトイレを貸してくれと頼んだとしても、見知らぬ輩に使用許可を出すフレンドリーな店はカナリ少数派。客でもないのにトイレ使わせる義理などない、というスタンスが一般的。へたすると額に脂汗で他を探すハメに・・。


 でも、トイレを貸してくれというときにいくらかのチップを渡せば大概はオーケーのハズ。チップを少し使うだけで緊急火急の状態は回避。束の間の極楽が待っています。切羽詰まった状況で無事ミッションを終えたときのあの安堵感は何にも代えがたいですよネ。


 そしてこのエース“カナリ困った”ときにも力を発揮してくれます。


 以前、魚屋さん十数名とジュネーブに行ったときの事。


 夜の食事は日本のエージェントに任せであらかじめ予約済み。まあ、スイスですから有名なフォンデュ。


 で、レストランに着きドアを開けたとき目に入った光景はちょっと衝撃的。そんなに狭くはない店内の客全員が日本人。空いているテーブルは僕ら用。これで日本人率100パーセント。雰囲気は有楽町あたりのスイスレストラン・・。


 でも、そこは魚屋さん豪快です。

「いやあ、これだけ日本人ばかりというのは人気の店なんだね!」

 助かりマス。


 日本の業者に任せるとこういうことがたまに起こるんですよね。レストランの予約を頼んで行ってみると日本人団体様ご用達のレストラン。ちょっとねえ・・。


 まあ、愚痴ってもどうにもなりません。とにかく今夜のご飯はココ。テーブルについて食事を開始。


 でも食事は見るからに団体用のセットメニュー。多分、魚屋さんのお腹にはほんのオードブル。ドリンクも乾杯のビールはあっという間にカラ。全員男性で飲み食いは豪快ですからネ。


 当然、追加注文・・なのですがフロアをみると盛り上がる大型団体客の中を料理と飲み物を持って行き来する数人のウェイターさんたち超忙しそう。うーん、イヤな予感。


 案の定、追加注文しようとしてもなかなかつかまらない彼ら。その間にもコチラのテーブルからは料理もドリンクもどんどん減っていき、今や風前の灯火。魚屋さんたちのご機嫌も明らかに下降線。

 けっこうマズイ状況・・。何とか先客の大型団体からウェイターさんたちをコチラ向きにしないとイケマセン。


 こうなればやっぱり奥の手の力技。


 ボス格のウェイターを追いかけてやや強引に呼び止めます。彼、忙しいのに何?みたいな顔。まあ当然。


 でも無視して。

「あそこのテーブルなんだけど、いろいろオーダーしたいからヨロシク」

 と言って手を差し出すと習慣ですから彼も仕方なく握手に応じます。


 でも僕の手の中にあるものを感じた習慣、彼の顔が変わります。それまで能面のように表情がなかった彼がニヤッと笑ってサムアップ。

 いうまでもなく僕の手の中には破格のチップ。


「オーケー、俺に任せろ。すぐそっちに行くけど、取り敢えずなにが欲しい?」

 と心強いお言葉。


 いやあ、それからがすごかった。


 団体客用にウェイターを一人だけ残して、あとは全員コチラのテーブルへ。食事もドリンクもオーダーすると超高速レスポンス。寂しかったテーブルの上も再び料理とお酒が並び始め魚屋さん宴会ジュネーブ編再開。当然、皆さんのご機嫌も右肩上がりということに。

 ようやくひと安心、ちょっと焦りましたけどネ・・。

 

 これもチップというエースのおかげ。特にこういう日本人団体ご用達のお店では効果抜群。

 普通、日本人団体はチップ込みの料金を日本のエージェントに払っています。そこからレストランへというのがおカネの流れ。ですからウェイターのチップはすでにもらうことが確定されています。しかもレストランから。


 つまり、いくら目の前の団体客にサービスしてもチップというキャッシュは、基本発生しないということ。これでは仕事のモチベーション下がります。

 

 で、このジュネーブのレストランの場合、この日は僕たちを含めて全員日本人。つまりウェイターさんたちにとってこの場でのチップは期待ゼロのお勤め。


 そこへ思いがけず握手の手にチップの感触。しかもチラッと確認するとカナリの額のチップ。

 誰だって、すでにもらっているトコロよりはこれから頂ける方にサービスが重くなるのは自然というもの。そりゃ他を放ってコチラのテーブルに殺到するのは当然でございます。


 でも、札束でほほを叩くようで気が引ける?とんでもない。彼らは大歓迎でエンジン全開。ついでにアチラの団体にも機嫌よくキビキビ応対をはじめたのですから結果的に三方良し。


 まあ、大団円でめでたし、めでたし!


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