貴族の館に独りの夜・・イギリス
大きな門をくぐると手入れの行き届いた広い芝生。
その真ん中をエントランスまでゆっくりと車が進みます。車が止まったそこはお城というか 大邸宅というか、まあ日本でいうと迎賓館クラスのそれは立派な建物。
それもそのはず、ここはジョージ一世以降歴代のイギリス国王が訪れて いるという貴族の豪邸。今はクリブデン・ゲストハウスというホテルになっています。モチロン最高級。
ロンドンからも車で一時間ちょっとの距離。しかもレストランはミシュランスターなので英国社交界御用達の一軒となってイマス。
故ダイアナ妃のパーティーでの姿が額入りでさりげなく飾られているロビーから長い廊下といくつかの階段を通って部屋へ。
部屋はスイートではないけれども相当な広さ。そしてインテリアは貴族が住んでいたそのままの雰囲気でデコレート。この部屋は書斎かな。歴史を感じさせる 机に本棚、そして趣味のよいソファとベッド。本物だけがもつ奥行を感じます。
装いをシャキっとさせてディナーへ。
館内の重厚なインテリアとは対照的に、メインダイニングはまるで建物中の光がすべてここに注ぎ込んでいるかのような軽やかな明るさ。
高い天井には蓮の花のように シャンデリアが開き、優しい色合いの壁や金色のカーテンに縁取られた窓を艶やかに照らしています。
そして窓に切り取られた夜の空には半分だけの月。これがいいアクセント。周到に配置されたオブジェみたい。お月さん、グッ・ジョブ!
席は紳士・淑女でほぼ一杯。これがまた雰囲気を一層華やかに。ただそこはイギリス、華やかなだけでは ありません。
もちろん他の高級レストランのように、上等なお召し物のご婦人たちがこの場を彩っているのですが、そのお相手がまた”これぞ英国紳士” というにふさわしい方々。
パリっとしたスーツ姿にもちょっと堅めの気品がブレンドされています。イギリスというより ”英国”という響きがしっくりくる上質の雰囲気。”格式”という言葉がしっくりきます。
宮中晩餐会のような(といってもモチロン経験ありませんが・・)贅沢なディナータイムを過ごして エレガントな気分も最高潮。
さすがにロイヤルファミリーとはいきませんが、アジアのセレブが知り合いの貴族に招かれた、ぐらいのカン違いは楽しめます。。
この素敵なほろ酔い加減の心地良さ、醒めないでほしいなあ。
”貴族の館”にちょっと緊張していたカタサもほぐれて少し楽な気分で部屋に 向かいます。
お客さんと別れて向かった廊下。ちょっと薄暗い。窓の外は漆黒の闇で風の音だけが流れて少し寂しいカンジ。
僕の他に誰も歩いていないなあ、 そう思ったとき突然背中のあたりがゾクっと。
アッ、僕・・怖がりだったんだ。
よけいなコト思い出さなければいいのに。何もこんなところで。
でも一度そう思うと天井が高く重厚なインテリアは暗く重苦しく感じるし、廊下の大きな窓も暗い部屋で光る鏡のようで不気味。ミシミシいう自分の足音までイヤーな感じ。
しかも部屋までケッコウ遠い・・。
そしてこういうときに限って昼間気づかなかったものが眼に入ります。
薄暗い廊下に並ぶ甲冑の騎士たち。動かないでくださいヨ・・。
さらに暗い小さな階段を下る前に目が合うどなたかの肖像画。じっと見られているような・・。
階段を通り抜けた正面に、 今度は団体サマの肖像画。卒倒しそう。
そーっと通り過ぎようとする背中にたくさんの視線が・・お願い見ないで、と思ったとき突然”バーン”という大きな音が。思わずかがんで目をつぶります。
おそるおそる辺りを見回すと、どうやら近くの部屋のドアが閉まっただけ。まあ、ホテルですからね。
でも心臓が止まるかと思った。できればもうちょっとお静かに・・。
命からがら?部屋に到着。何よりまず電灯。
でも・・思ったほど部屋は明るくならない。
書斎をイメージした薄暗い部屋にはランプに照らされた誰もいないデスク、 その後ろには年代モノの本棚。そして高く暗い天井。
その上いつからか雨が降り出していて、それが風と一緒に窓ガラスを揺らしてヒューヒューと何とも 寂しい音。
そしてありました、壁にはどなたかの肖像画。もうイヤ、中世の皆さんが夢に出てきそう。
ホントこういうホテルに 独りはツライ。
とりあえずテレビをスイッチ・オン。チャンネルは無難にCNN。流れ出てくる光と言葉。これでほっと一息。
少し気持ちが落ち着いたのでシャワーを浴びにバスルームへ。 こちらは大理石を使っていてわりと軽やか。ほっとしますねえこの明るさ。
ここでなら怖い思いをしないで一晩過ごせそうなのに・・。
ベッドルームに戻るとテレビの明るい光と音。いいですね、現代です。これでこそビールでも飲もうって気になります。
そして酔ってベッドに入り気がつけば朝、 となれば中世の貴族の皆様と交流を深めることもなく済みそうです。
平和な朝に向かってビールとちょっぴりウィスキーも入れてベッドへ。電気もテレビ も消して、オヤスミナサイ。
ところが・・寝付けない。
しばらくすると窓がカタカタ揺れる音が 耳に入ってくる。
雨・風だと分かっていてもやっぱり気になります。だんだん眼がさえてくるばかり。
そうしてるうち暗い部屋に目も慣れていろいろなものが 眼に入ってきます。当然、肖像画から注がれる視線も・・。
もうお願いシマスヨ、という気分でテレビをベッドの近くまで動かしてスイッチ・オン。
ぐっすり眠るのはあきらめてCNNとベッドを供に?することに。
結局朝までこの状態。
木枠の窓を開けたときの眩しい朝日がうれしかったこと。終わらない夜はありません。
「さすがに素晴らしいホテルね」
ご一緒したTさんが朝食の席で感心しきりです。
「食事は最高だし、素晴らしい部屋。本当に中世の貴族の気分を味わえたわ」
そうでしょうね。普通は・・。
そしてTさん。
「でも、イガラシさんちょっとお疲れみたいね。昨日遅くまでお仕事?」
うーん、いや、まあ・・ねえ。
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