第292話・半月とのこと


 話を元に戻そう。

 そう、誰かが言った気がするが、それが誰なのかは定かではない。

 オレかもしれないし、ビコウか、テンポウか……はたまたジンリンか――。

 とにもかくにも、話を元に戻すべきなのはみな同じ気持ちだったのだろう。


「とにかくわかったことは、魔女がやった方法は、そもそも運営スタッフじゃないとムリな話というわけですか」


 ビコウの言葉に、テンポウがけげんな顔つきで、


「VRギアに登録されているアカウントID管理と、二重アカウント防止の対策上、そうしないと初期化されないのはわかりますけど、でもギアの初期化作業って、そちらからの遠隔操作になるんですか?」


 そうたずねると、ビコウは首を横に振った。


「めんどくさいけど、直接会社にメールを送って、それから初期化用のプログラムが入ったPC用のアプリケーションが入った圧縮ファイルを送ってもらうの。これはプレイヤーが使用していたVRギアのアカウントIDとソフトを起動するためのプロテクトコードが入っていて、えっとたしか六十文字はあったかな」


 多くない? てっきり一〇文字とかそこらへんだと思っていたんだが。


「おおくないですか? それって」


 テンポウも、予想していなかったらしく、目をパチクリとさせていた。


「わたしとしては、そもそも大金をはたいて購入したゲーム機の初期化をするほうが疑問だけどね。そりゃぁシステムが壊れてフォーマットせざるを得ないならわかるけど、パソコンと一緒でそんな頻繁にHDDの初期化なんてしないでしょ?」


 まぁビコウがいいたいこともわかる。

 保存しているHDDの容量が足りなくなったら、別のメディアに保存して、HDDの容量を増やすわけだしな。


「そもそも、二重アカウント防止にしたのだって、裏アカウントを懸念しての方法だからね。人っていうのは表裏一体だから」


「表向きは良い人でも、裏では……ってことですか」


 テンポウが、うむと肩をすくめる。それを見て、ビコウは「そういうこと」と応えた。


「でもそれで有料にしたのはどうしてですか?」


「あぁそれは簡単。VRギアのデータを初期化するってことは、アカウント自体も削除するってことだからね。そもそもメールに送られたユーザーのデータからVRギアのアカウントデータを検出して、ユーザーが使わなくなったアカウントを、ネットワークを通じて、アカウントを使っているVRギアからの反応がなかったら、そのアカウントはこちらから削除している。つまりそのためのシステム管理費として、一〇〇〇円を登録しているクレジットカードから引き落としたり、携帯会社からの請求書に加算するかたちで請求してるわけ」


 それを聞いて、オレははてな……と首をかしげた。


「ちょっと待て? ってことは元々からできていたってことじゃ?」


「いや、その方法を使ってもアカウントデータが使用されているVRギアに直接動かすみたいなことはできませんよ。パソコンとかスマホのサポート管理で、セキュリティー会社のパソコンからユーザーのパソコンを遠隔操作することはありますけど、それはあくまでユーザーがお願いして、直接見ている状態でないと使えないわけですから。勝手に使ったら、それこそお縄ものですよ」


 そういいながら、ビコウは両腕の手首を合わせ、軽く吊り上げられたような素振りを見せた。

 ウイルスの入ったメールを開いたことで、パソコンがのっとられ、勝手に動かされてしまうというのはよくある話だ。

 だけど、ビコウの話は、そもそも修理とか操作方法を教えてもらおうと、サポートに連絡をしたさいに、遠隔操作をしてもらって、内容を教えてもらっているに過ぎない。遠隔操作に関しては、かなり厳しい法律がなされているようだ。


「そういうこともありますから、こちらから直接的に動かすことはできないんですよ」


 ビコウは、わかりましたかと言った目でオレやテンポウたちを見据えた。


「でもそういうプログラミングはあったんだよな?」


「まぁ、ユーザーがあつかえないってだけで、ギアのシステムには最初から入ってましたよ。といっても、アカウントそれぞれに管理コードが入っているので、また同じプロテクトコードが使えるというわけではありませんけど」


 つまり、なんども初期化できる環境ではないということか。


「逆に考えて、それが管理できるトロイの木馬みたいなウイルスを魔女が使っていたとしたら?」


 ジンリンの言葉に、ビコウがいぶかしげな目を妖精に向けた。


「いやシステムのセキュリティーは接続していたら自動更新で最新の状態だからね。でもトロイの木馬かぁ……」


 ビコウは、あごにか細い指を絡めるように考え込む。



「そういえば、アタシのパパが使っているパソコンにウイルスが入っていたみたいで、結構てんてこまいしてたなぁ」


 テンポウが、眉をしかめるように言う。


「セキュリティーソフトとかは入れてなかったの?」


「入れてはいたと思いますけど、なにぶんアタシが小学生のときで、MMOができるほどのVRギアがあったわけではなかった時でしたからね」


「でも剛さんって、結構神経質なところあるでしょ? そんな簡単にウイルスに引っかかるとは思えないけど」


 ビコウが肩をすくめるように聞くと、テンポウは眇めるように、


「いや、いきなり壊れたみたいなんですよ。仕事の伝票を表計算ソフトで打ち込んでいるときに、いきなり帽子をかぶった笑った顔が画面いっぱいに現われたみたいで、さいわいお店のデータは別のUSBメモリーに保存しているので、すぐに抜き取って被害を食い止めましたけど、パソコン本体に入っていたOSとか表計算ソフトとかの再インストールで一日かかってましたよ」


 と答えた。

 テンポウは、たぶんウイルスでそんなことがあった。そういう軽い気持ちで話をしたのだろう。

 だが、ビコウとジンリンにとっては、それは違ったかたちとして捉えていたようで、二人の顔が呆然としたものとなっていた。


「どうかしたのか?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 いうや、ビコウは虚空にウィンドゥを表示させ、キーボード上のデバイスを表示させた。


「誰かにメッセージを送ってるのか?」


「NODのGM、ムツマサさんに、運営アカウントを使ってメッセージを送っているんです。そもそもトロイの木馬の特徴に『システムに必要なものと勘違いさせて、潜伏させている』ものもあるってのをきいたことがあったので」


「ちょ、ちょっと待って! それって、つまりは」


 テンポウが、ギョッとした声をあげる。


「そう。剛さんのパソコンがウイルス感染したのも、そのトロイの木馬の特性が発動したってこと。システムも結局は人間が作ったものだから蜘蛛の糸みたいに抜け道はあったかもしれない。いくらセキュリティーをしっかりしていても、穴はかならずあるのよ」


 タンッ……と、キーボードを叩き終えた音が聞こえるわけではないが、ビコウは指をはじくようにキーボード状のデバイスを打ち終えた。


 ……しばらくして、


「――やっぱり、システム管理の部署もそれだけは細心の注意を払ってはいたんだ」


「ムツマサさんはなんて?」


「メッセージには『トロイの木馬の特性上、システムに潜伏し、時期がきたらプログラムを発動させて、データを消去するものもあれば、別の人間がシステムを乗っ取るための窓口として動くことがある』みたいです」


「それじゃぁ、パパのパソコンがいきなりウイルスに感染したのって」


「トロイの木馬の特徴……システムに潜伏して時期を待っていたってところでしょうね」


 それをきくや、テンポウはテーブルに顔を突っ伏した。


「あれ? でも、そもそもパソコンならわかりますけど、VRギアって自動的にウイルスの削除作業がされているはずですよ。自己責任ですけど、ブラウザソフトで危ないページには入れないようにプロテクトがかけられていたと思いますし」


 ジンリンが、おそらく自身もゲームの中のプログラムだという自覚をもっていたからなのか、首をかしげるように言った。

 たしか内蔵されているセキュリティーソフトのタイムスケジュールで管理されているんだっけか。


「たしかに普通に使っている場合なら、それでいいんですよ。でも……そのウイルスがゲームのアイテムの中にあったらどうします?」


 ビコウはひきつった笑みでかえす。



「その手があったかぁっ!」


 愕然とした声で、オレは頭を抱えた。


「えっと? どういうことですか?」


 テンポウが、目を点にして、あたふたとした声で聞く。


「いい? セーフティー・ロングが管理しているVRゲームは、かならず最初のログインのときに、ユーザーが所有しているVRギアのHDDに保存されているゲームがインストールされているフォルダの中にあるキャッシュやプレイングキャラの情報が保存されているデータファイルの検出をおこなって、不正なプログラムや編集がされていないかを確認するの。それがクリアできてはじめてゲームをプレイできるのよ」


「それは、なんとなくわかりますけど」


 テンポウはビコウの説明を聞きながらも、納得のいかない顔を浮かべる。


「ただね、これってあくまでログインするときの話で、ログアウトした後のことは、蚊帳の外なのよ」


「――えっ?」


 ビコウの言葉に、テンポウの目が点になった。


「つまり、次にログインするまでのあいだは、そのデータがHDDの中に残っているってことだよ」


「いや、それはわかりますよ? キャッシュって、そもそも次にデータを読み込むときに、時間がかからないように保存されているってことくらいは。でもそれだったらセキュリティーで削除されるんじゃ?」


「本来はそうなんですけど、逆に考えるとVRゲームをしているときのキャッシュファイルにウイルスが感染しているどころか、そもそもウイルスを潜ませているデータが、ゲームの中にあることが問題なんですよ。セキュリティーソフトが安全だって判断したら、削除されることはないですからね」


 ジンリンの言葉に、テンポウはようやく、ことの大きさを知ったようだ。顔面蒼白とし、


「それって、魔女はその気になれば誰でも殺せたってことになるんじゃ?」


 と、戦慄わなないた。


「いや、そうとは限りませんよ。本当に誰でも殺せていたのなら、もっと最初の時期から問題になっていたと思いますし」


「ジンリンの言うとおりだ。魔女がやったことはあくまでVRギアのHDDを壊すことによって、重課金プレイヤーの精神を殺して、自殺に追いやることが、そもそもの目的だったってことだ」


「たしかに、それはわかりますけど」


 テンポウが肩を落とすようにオレを見る。


「でも、無課金は無課金で、やっぱりゲームに費やした時間は戻ってこないわけですから」


「あぁっと、別に回避方法はあるわよ」


「どんな方法ですか?」


 首をかしげるように、ジンリンがビコウに問いかけた。


「そんなの簡単よ。ゲームに使っているフォルダを別のHDDに保存するの」


「いや、それって大丈夫なの?」


「なにがですか?」


 オレの言葉に、心猿は言い返す。


「いや、そういうことをすると不正アクセスみたいなことになるんじゃ?」


「あのぉ、そもそもちょっと毛が生えたくらいの素人プログラマーがいじれるほど脆弱したプログラムじゃないですし、アカウントが停止されない限りは、VRギアに登録されているプロテクトコードはインストールしたゲームの起動プログラムの中に入っているので、実質キャッシュファイルがなくても、ログインはできるんですよ」


「えっと……?」


 ビコウの説明に、テンポウとジンリンが眉をしかめる。


「スマホのアプリって、大量のデータを保存することで容量を食うことがあるでしょ? それがどうしても納得いかなくてね、データの保存量を最小限にして、あとはキャッシュで保存できないかって、VRギアのシステム設定をしているときにフチンやムツマサさんに相談したことがあったのよ」


「でも、それって難しいんじゃ? ほらゲームのデータをHDDに保存して、読み込みやすくしているわけですし」


「そうだけどね、でもしょっちゅうその場所に行くわけじゃないし、イベントクエストのデータとかあったら、かえって邪魔なだけよ。そういう理由で、フチンやプログラム管理の部署のスタッフにお願いして、アプリを起動させるプログラムと、画面を投影させるためのシステムプログラム、戦闘やキャラの動作のシステム、キャラのデータと、できるだけ最小限にしたわけ」


 それこそビコウは立腹とした顔で言い放った。

 ちなみに、ビコウが言ったのはあくまで星天遊戯での話なのだが、ほかのゲームも、考えによっては、無駄なファイルが多すぎるんじゃね? という理由で、ビコウの言う、ブラウザゲームみたいにキャッシュを保存させて、それを読み込んだほうが節約になるよね。ということになっているらしい。

 そういえば、昔のゲームは容量の問題で、タイトル画面を文字だけにしたって話を聞いたことがあったな。

 最近のゲームは、膨大な容量を使うから、かえってHDDを食ってしまう。ならいっそのこと、基本データだけは最小限にしようということなのだろう。


「あぁ、それはボクも思ったなぁ。使っていたパソコンのスペックが頭悪いってこともあったんだろうけど、HDDの容量もそんなに大きくなかったし」


「外付けを買えばよかったんじゃ」


「キミみたいに、高校に入ってからすぐにバイトをはじめて、ふところに余裕があったわけじゃないからね」


 妖精が愚痴をこぼすようにオレを睨んできた。

 失敬な、今もそうだけど、当時も学費の足しとか携帯代を払わされていて、そんなにお金が残らんかったぞ。(通信費と光熱費は家全体のことだから、いくらかカンパはしていたけど)


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