第291話・形影相とのこと


 気がついたら、宿屋の一室にあるマイルームにいた。



 *デスペナルティーにより、行動制限を行います。



 ――以下省略。

 いや、まさか宿屋の中で殺されるとは思わなかった。


「注意してたんだけどなぁ」


 ベッドの上で、仰向けになって寝ているオレの胸のあたりで、ジンリンが正座するようにオレを見据えている。


「話には聞いていたけど、なんなの? まったく殺気もなにも感じなかったんだけど」


「それじゃぁ聞くけどさ、腕に止まった蚊を叩くのに、いちいち殺気を出さないと叩き殺せない?」


 妖精に言い返され、オレはけげんな顔を浮かべる。


「いや、殺気は出さないと思うけど。血を吸われてるからそれを退治しているわけだし」


「それと似たようなものだよ。このカラヴィンカという町で暮らしているNPCにとって、人を殺すことはそれと対して変わらないってこと」


 あぁ、だから襲われそうになった時に、殺気もなにも感じなかったわけね。


「それこそ息をするようにプレイヤーを殺しているってことか」


「殺気を感じるっていうけど、ようするにそれも結局は五感からきていると思うんだよ。第六感はわからないけど」


 いくら科学が発展していようと、まだ判らない部分もあるってことか。

 生き物の脳という臓器は、今なお複雑怪奇らしいからな。


「それはそうと、セイエイたちは?」


 ムクッと起き上がろうとするや、ジンリンが慌てた様子で羽根をひろげた。


「あぁ、二人ならさっき言っていたとおり、宿屋で部屋に入ったらログアウトしたんじゃないかしら」


 ジンリンの言葉を信じていないわけじゃないが、フレンドリストを見てみると、セイエイとハウルの二人はログアウトしていた。


「そうか」


 もう一度、ドサリとベッドに倒れこむ。

 天井の、無機質な木の骨組みをジッと見据えながら、オレはマミマミとの会話を思い出していた。


「魔女がいまもあこがれている歌姫のそばに、いまも平然とした顔で寄生しているから……か――」


 なんとなく、マミマミが言いたい事は理解できる。

 オレ自身、ゲームが上手いとは思っていないし、サイレント・ノーツの中でエレンと一緒にプレイしていたことだけじゃなく、ビコウやセイエイたちと言ったトッププレイヤーと一緒に行動をしていれば、周りからは寄生していると思われてもいたしかたない。


「だからって、邪魔はしてないはずだ」


 いや、邪魔はしていないと断言はできない。

 たまにオレの不注意でみんなに迷惑をかけることだってある。

 その時は、素直に深謝するし、同じ轍を踏まないようにしてはいた。


「どうかした? 難しい顔なんかして」


 ジンリンが、首をかしげるようにオレを見据える。


「いや、そういえばオレたちってどうやって第三フィールドに入ったんだ?」


「……ッ? おぼえてないの?」


 肩をすくめるように聞き返す妖精に、オレはうなずいてみせた。


「魔法のほうきで空を飛んでいるときに、第三フィールドの陸地が見えたのよ。その近くに町があって、そこがカラヴィンカだったわけ」


 いまいち、ピンとこない。


「その途中、オレが島を見つけた……なんてことは?」


「なかったけど?」


 ハッキリと否定された。

 ということは、夢――だったのか?



「オレってさぁ、みんなに迷惑かけてるのかね?」


「なにを今さら。面倒なこととかはけっこう自分から首をつっこんでるくせに」


 妖精が、不満気な顔でためいきをつく。


「いや、そういう意味じゃなくてな、たとえばオレがサイレント・ノーツでお前や斑鳩と一緒にいたときに、二人に寄生していたのかって話で」


 そう口にすると、ジンリンは柳眉りゅうびを逆立てながら、


「前にセイエイさんが言ってたよね? 嫌いな人だったら一緒にいたいなんて思わないって。それってさ、あの子だけじゃないと思うよ」


 と、口を尖らせた。


「だいたいさ、ボクが歌姫っていうプレイヤーランクになったのだって、ゲームがへたくそなキミに色々と教えてあげられたらと思って、ゲームを進めていたらそうなっただけだよ」


「それって……」


 首をかしげてみるや、


「あぁ、もうっ! なんでこうキミはいいところで鈍感なのかなぁ? そもそも好きでもない人のためにそんな七面倒な努力をするわけないでしょ!」


 ジンリンがぽかぽかと、オレの胸をたたき出した。


「とにかく、ボクが知るかぎりは、キミが誰かに寄生しているなんて思ってないよ。もちろんただ単純にゲームがへたくそで、みんなの迷惑をかけているっていうなら、そもそもキミみたいなプレイヤーなんかみんな見限ってるよ」


 そ、そこまで言わなくてもいいと思うんだがなぁ。


「でも、そのマイナス部分を引いても余りあるくらい、キミはみんなから信頼されているんだよ。それはさ、昨日キミとパーティーを組んでいた双子を見て実感した」


「んっ? 双子がどうかしたのか?」


 けげんな顔でそうたずねると、ジンリンはちいさくためいきをつくように、


「キミがJT不足のとき、なにをしようとしたのかを双子が聞いて、それを実行したよね? JT不足だって……まぁボクの責任でもあるけど、普通はプレイヤー個人が管理するでしょ?」


「つまり、双子はオレがやりたいことを代わりにしてくれたってことか」


「ビコウさんたちも、それは変わらないんじゃないかな」


 ジンリンは、ちいさく笑みを浮かべる。


「だから、寄生しているとかって思うのは勝手だけどさ、それでキミがみんなに迷惑をかけていると思ったら、たぶんお門違いだと思うよ」


 励ますように言われ、オレは口角を上げた。


「あぁ、ウダウダ悩んでいても始まらんっ!」


 パッと立ち上がり、自分の両頬を叩く。


 時間は午後九時。もしかしたらビコウがNODにログインしているかもしれない。

 そう思いながら、フレンドリストを虚空に表示させ、リストを指でスワイプしていく。


「お、いた」


 運よく、ビコウがログインしていた。


「しかも、ありがたいことに、テンポウとコクランもいるな」


「ビコウさんはなんとなくわかるけど、なんでテンポウさんとコクランさんも?」


 ジンリンの疑いを持った声に耳を傾けながらも、オレは三人に、オレの部屋に来るようにメッセージを送った。



      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 オレの部屋へとやってきた、ビコウとテンポウ、そしてコクランの三人は、部屋の中央に置きなおした円卓に座った。

 オレから見てコクランが対面、テンポウが右、ビコウが左のイスに座っている。


「マ、マミマミと会ったんですか?」


 ギョッとした声で、ビコウがオレに向かって身を乗り出した。

 いちおう、夢というか、意識の裏側(自分で言っていておかしいと思うが、そうとしかいえないのだよ)での出来事であることは説明している。


「チビザル、興奮するのはわかるけど、すこしは落ち着きなさい」


 コクランに注意され、ビコウは頬を膨らませながらも、イスに座りなおした。


「で、でも……なんでマミマミと?」


 首をかしげるようにテンポウが言った。


「しかも、遭遇した場所には、いままで魔女に殺されたとされるプレイヤーが使っていたアバターが死体となって遺棄されていた……」


「今回の事件に関して、すでにデータでしかないマミマミは、人為的なことに関しては手を出していない。しかも――」


「あぁ、マミマミから聞かされた話は、至極単純だったんだ」


「――まさか、殺すとか殺さない以前に魔女に殺された人間はVRギアに保存されているすべてのデータを削除された挙句、自殺していたなんてね」


「でも、なんでそんなことで?」


「重課金にとっては、こっちのほうが現実だってことだよ」


「「「――はぁ?」」」


 それこそ、ふざけるなと言いたそうに、ビコウ、テンポウ、コクランの三人はオレを見据えてきた。


「た、たしかにそういう理由で自殺をしたというニュースは耳にしています。でもそれはあくまでプレイヤーの責任で……」


 それこそ青褪めた顔で、ビコウがオレに詰め寄った。

 彼女にとって、ゲームはあくまで娯楽のひとつでしかない。

 だけど、それが理由で人が自分の命を落とすというのが、どうにも信じられないでいるようだ。


「ビコウが言いたいことはわかるし、オレだって気持ちは同じかもしれない。でもマミマミはこうも言っていた。お前とセイエイも同じ状態だったって」


「わ、わたしと恋華が?」


「ネットの世界に囚われていたかもしれないってことですか?」


 ビコウとテンポウが、けげんな顔を浮かべる。


「でも、マミマミが言っていることは、二人の共通したことを知っている私たちもなんとなくはわかるわね」


 コクランが頬杖をつきながら、口を開いた。


「どういうこと?」


 その当人であるビコウが、いぶかしげな顔でコクランに視線を向ける。


「ビコウの場合は、川に流された子犬を助けるために、自分の身を犠牲にして、川に飛び込んだでしょ? それが原因で、あんたは一年ものあいだ意識不明の植物人間になってしまった」


「そ、それはそうだけど……でも、フチンがVRギアに脳波でも動くように設定してくれていたおかげで、前と変わらずみんなとゲームができてたじゃない」


 それになんの不満があるのか、と言った顔で、ビコウは肩をすくめる。


「それは、ただのフレンドだったアタシたちにだったらいいかもしれません。でも……セイエイちゃんの場合は違いますよ」


 テンポウの言葉に、ビコウは顔を円卓の上に伏した。


「ゲームの中だとね、セイエイは私たちと一緒にいることはあっても、やっぱり一番に頼れるのはビコウ……あんただけよ。そんなあんたが、病院に入院しているのに、普段と変わらない声でゲームに参加している。あの子は現実をわかっているからよかったけど、もしそうじゃなかったら……」


 コクランの言葉に、ビコウは鬱蒼とした顔色で、


「わたしが、あの子を束縛していて、現実じゃなくてネットの中で生きていることのほうが幸せだったかもしれないって思わせていたかもしれないってこと?」


 と、みんなに訴えた。



「なぁ、ビコウ……。星天遊戯のなかで、最初の町の裏山にある隠しダンジョンでマミマミに襲われたことで、オレは現実世界でのセイエイやボースさんに会うことになったのは知ってるよな?」


「あ、はい……」


「その時にセイエイは、左腕に包帯を巻いていた。どう見てもリストカットしているとしかいえないかたちでだ」


「そ、それは、あの子がいじめられていて……ストレス発散のために」


 ビコウが視線を床に落とす。オレはそれをわかっていながらも、


「クラスメイトの綾姫から聞いたけどな、あいつがいじめられるのを見たことはないって」


 と言い放った。


「そ、それはッ! いじめなんて目に見えるものじゃないですよね?」


「セイエイにとっては、いじめられることよりも、目の前で川に飛び込んだお前が、ずっとそのまま遠くに行ってしまうことのほうが怖かったんじゃないのか?」


 オレと心猿の口喧嘩が部屋の中に響き渡った。


「二人とも、すこし落ち着きなさい。議題の概要から逸れはじめているわよ?」


 コクランに宥められたオレとビコウは、気まずい空気の中、イスに座りなおした。

 この場にビコウだけじゃなく、コクランやテンポウを呼んだのは、こういうことが起こりえるかもしれないと思ったからだ。やはりなにかしら制御できる人がいるとありがたい。


「で、でも……シャミセンさん? なんでそんなことをおはなしになったんですか?」


 テンポウが不安そうな顔で聞いてきた。


「そこにいる妖精が、目の前で死んだこととなにか関係があるんでしょ?」


「そうだとしたら?」


「わたしはたしかに、それが原因で植物人間になりましたけどね、そもそも死んでなんか――」


 ビコウの言葉をまたずに、破裂音が鳴った。



「…………」


 あまりにも衝撃過ぎて、オレはおろか、ジンリンやコクランは呆然とし、頬を叩かれ、唖然としているビコウも、それをした一人の少女に視線を向けていた。


「テ、テンポウ……? あんたいきなりなにすんのよ?」


 ビコウがテンポウの胸元を掴みかかった。それこそ今にも殴り返そうとする鬼の形相をして。

 だが、そんなビコウの形相に、テンポウはジッと臆することなく見つめ続ける。


「いまのビコウさんの言葉、セイエイちゃんの前でも、あぁやって嗤った顔で言えます?」


 ジッと、睨みつけるように言い放った。


「……っ! た、立場が違うでしょ?」


「たしかに立場は違うかもしれません。それにビコウさんは意識不明の重態であって、死んだというわけではないし、こうやってまたみんなでオフ会もできるし、会うことだってできる」


「それだったら、別に――」


「でも、もしそれが叶わないかもしれないって不安になっていた人がいることくらい考えてくださいよぉっ!」


 テンポウの悲嘆とした訴えに、ビコウはゆっくりと掴みかかっていたテンポウの胸元から手を離した。


「ビコウ、あんたさぁ無鉄砲なのはいいわよ。でもね自分のやったことに対する責任くらいは取りなさい」


「責任って……」


 コクランを見据えながら、ビコウは言った。


「あの時、セイエイの目の前で飛び込んだまま、犬を助けたのはいいけど、そのまま意識を失って、帰らぬ人となっていたら――」


「恋華がどうしたって言うのよ?」


「それくらい、自分で考えなさいよ――バカザル」


 言い捨てるように、コクランは立ち上がる。


「コクラン……さん?」


 それを見上げたかたちで、テンポウがコクランに声をかける。


「無鉄砲なのは昔から知っていたけどさ、あんただって大切なものを失う怖さを知らないわけじゃないでしょ?」


 ビコウに声をかけると、コクランはそのまま部屋を後にした。



「オレのせい……だよな」


 こんな、どう考えても喧嘩の火種になるようなことを口にしたオレがいうことじゃないかもしれないが、それでも口にしないわけにはいかなかった。


「いえ……それに油を注いだのはアタシですし」


「わたしが冷静に、話をちゃんと考えていれば」


 テンポウ、ビコウと……、二人とも声を細めていた。


「うん、話を聞いていてなんとなくわかったけど、ようするにテンポウさんやほかの人も、もしかしたらって不安があったってことか」


 ひとり、ジンリンが納得したような表情で言った。


「おまえなぁ、ちょっとは空気を読め」


「それに関してはキミに言われたくないけどね。でもさ――死んだ人間が言うのもなんだけど、それって結局取り残された人の利己主義エゴイズムだと思うよ」


「どういうことですか?」


 テンポウが睨むような目線でジンリンに問い質した。


「ボクは自分が死んだことなんて知らないし、シャミセンさまから聞かされて、自分が現実世界にはいないんだなって納得もいっている。でもさ、そうやって死んだ後の現実での話なんてものは、生きている人間にしかできない利己的発言でしょ?」


「そうか……、たしかにジンリンのいうとおり、どうして死んだのかって話をしたところで、死んだ当人にとってはもうなにもすることができないってことか」


 オレは腕を組みながら、唸るように妖精を見据えた。


「そもそもミステリーによくある犯行動機の復讐ってのはさ、実行している犯人の身勝手なエゴイズムじゃない? かたちはどうであっても、実際殺してほしいってひとはいないと思うよ」


「い、言われてみればたしかに」


「それに***がマミマミに聞いた話ってのは、ようするにボクが原因でもあったわけでしょ?」


 そう聞かれ、オレは小さくうなずいて見せた。


「だったら、そもそもお門違い。ボクはあこがれるようなことなんてひとつもしていないし、そもそも強くなったのだって、どこかの下手の横好きを見るに見かねてだからね」


 あきれたといった顔でジンリンは言い放つ。


「マミマミが言っていた。憧れは自分の視野を狭めるって」


 オレの言葉に、ビコウたちは首をかしげる。


「それって、要するにこの人は本当はこうじゃないっていう、自分の中の偶像ができあがってしまうってことですか?」


 テンポウの言葉に、オレは「かもしれない」と頭をたれた。


「でもそれって、よくありません? ほらアイドルとかってイメージが売りみたいなものだから、ファンからのイメージを壊さないようにつとめているみたいですし」


「マミマミが***に言いたかったのは、自分の勝手なイメージを、相手に押し付けるなってことじゃないかな?」


 ジンリンがちいさく笑みを浮かべる。


「たぶん、そういうことなんだろうな」


「んっ? でもそれだとセイエイちゃんの場合はどうなるんですかね? アタシ、あの子のこといまだに信頼されていなかったら問答無用で相手を噛み殺すドーベルマンってイメージがあるんですけど?」


 テンポウが肩をすくめるように言う。

 オレもテンポウの言うとおり、セイエイに関してはそういうイメージがある。

 ただ、それにたいして、


「あぁっと、それ……だから。あの子、興味のないことにはまったくって言っていいほど興味を示さないし、人見知りもあるから友達作りも下手なのよ。まぁ興味があれば前のめりで聞いてくるし、懐くと自分のこと以上に相手のことを気にする子だから。そういうイメージがあっても仕方がないんじゃないかしら」


 と、ビコウが申し訳なさそうな顔で言うのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る