第290話・迦陵頻伽とのこと


 第三フィールドの拠点となる町。その名を[カラヴィンカ]というのだが、


「ジンリンから聞いた話と、なんかだいぶ違うんだよなぁ」


 町の、軽快な温度を肌で感じながら、オレは首をかしげていた。

 たしか、妖精から聞いた話では、修羅道みたいな、殺伐とした雰囲気だと思っていたのだが、もしかして賑わっているだけで、裏では強姦、犯罪、同性愛云々……


「さすがにそれはないか」


 向かい合った建物で吊り上げている提燈の明かりをたよりに、先を歩いているセイエイとテンポウのあとを追う。


「どうかしたの?」


 ジンリンが声をかけてきた。そちらに一瞥しながら、


「いや、おまえから教えてもらった情報から、警戒するべきなのはいつものこととして、なんか拍子抜けしてるというかなんというか」


 そうけげんな顔で告げた。


「あぁ、まぁそういう油断を誘うってのもあるんじゃないかな。ほら賑わっている国ほど裏は悲惨っていうじゃない」


「裏に入ればなんとやらってところか」


 いちおう注意はしておこう。


「そういえば、この町の宿屋ってどこにあるんだ?」


 マップを開こうにも、なんか人通りが多くなってきた。

 プレイヤーが多いのか、というよりは名も決まっていないNPCが、それこそ祭のように海を作っているのだ。

 ジンリンと話をしていたせいもあってか、


「あれ?」


 と、立ち止まり、周りを見てみると――二人の影を見失っていた。

 しかもジンリンもジンリンで、空を飛べるからか、スーッといなくなっている始末。たぶんセイエイたちのところに行っていると思うんだけど。



「魔法盤展開ッ!」


 大急ぎでワンシアを召喚する。


【CDJJZQ】


 召喚の魔法文字を展開させたが、


 ◇魔方陣を展開するために必要なスペースがありません。


 ――ガッテムッ!


 心の中でそう叫ぶ。しかもJTが減ってるし。いやすぐ回復するけども。

 あれか? 前にビコウか、ジンリンから何気なしに聞いていた、転移時にスペースがないと使えないってやつと同じか?

 いや、召喚するスペースがないのはわかるとして、そこまでリアルにしなくてもいいと思う。

 周りを見渡してみたが、人通りが激しく、しかも気をつけないと流されるほどに波は高い。


「ってことは、ひとりで探すしかないか」


 途方にくれながらも、ふと……、


「チャットで呼び出せばいいか?」


 と思い、しばらく歩くことにする。

 ここで立ち止まるより、人波がおだやかになるあたりまで歩く。

 ただ、正直――、


「やっぱり、人ごみって嫌いだ」


 と、独り愚痴りながらため息が出た。



 人波にもまれながら、ツッ……と、誰かとぶつかる。


「っと……」


 そのぶつかった人の手を掴みあげ、後ろ手に回す。


「うわっ……と?」


 身形五尺半ほどの、法衣のフードで顔を隠した人間がうめき声を上げた。


「な、なにをしやがる?」


「いや、いまなんか、わざとぶつからなかった?」


 ローブ……顔が見えんな。ここで曝すのもいいのだけど、なんかわざとっていうよりは、多少のためらいがあった。

 普通、スリだったら、基本的に悟られないことが大事なんだよ。

 ……実際、リアルでスリに遭ってるからね。

 なので、こういう人ごみを歩くときはすごい警戒してる。

 さて、なにを盗まれたかというと、アイテムや装備を確認したが、特に盗まれてはいない。


「……誰の指示だ?」


 特に被害は遭っていないが、ほかに被害がある前に、このローブをどうにかしないとな。


「――なんのことだ?」


 当然といえば当然の反応か、ローブはけげんな声で聞き返してきた。

 ただ、その声が私は犯人ではありませんといった、平然としたものではなく、失敗したとあせりを含んだものだった。

 これだけでも、はじめて……というのが見て取れる。


「とぼけないの。スリになれてるやつはわざとぶつかるけど、そういうのがわからないから、後々になって被害に遭ったってことがわかる。けど、キミは多少のためらいがあった。最初からスリをするのならするとして、覚悟くらいしておけ」


 グイッと、ローブの後ろ手に回した腕を締め上げる。


「いたたたたたたたたっ!」


 その痛みに耐え切れず、ローブは悲痛な叫びをあげた。

 うん、じいちゃんから叩き込まれた締め技って、実際使う羽目になるとは思わんかった。オレがまだ道場に通っていたころ、護身術を習いに、女子高生とかがきていた。まぁ襲われる以前に、襲われるようなことをするなと言いたいが。


「それで、誰からいわれたのかな?」


「ふさげるな! これは俺がひとりでででででででで……っ!」


 うん、結構頑固者らしい。


「別にオレからモノを盗んでも、なにもでないぞ」


「っ! お前、あの有名ないんちき魔術師だろ?」


 ローブが人を睨んだ声で聞いてきた。


「いんちき魔術師?」


「あぁ、星天遊戯で弱いくせに周りのプレイヤーが強くて、調子に乗ってるってやつだ」


「……あぁ、なるほど」


 なぜか納得してしまった。いや、したらいけないんだろうけど、なんか本当に納得してしまった。

 だってねぇ、たしかに幸運値だけはカンストしてるけど、ほかの部分はまったく育っててないからなぁ。弱いといわれても、それはそれで間違っていないし、いんちき魔術師と言われても、まぁ可笑しくはない。


「――だからといって、人からものを盗んでいいという理由にはならん」


 グググッと、ローブの腕を締める。

 実を言うと、柔道の締め技はかたちが決まると、がっちりホールドされて、かけられた人間が自分から逃げよう逃げようとして動くから余計に締まって苦しくなっていく。だからできるだけ技をかけられないようにしている。


「てぇてててててぇてええええっぇてててええって」


 ローブが自分から苦しんでいるのに、こっちがさらに締めていると思っているのか、睨むようにオレを見てきた。


「……話が進まんなぁ――、このまま腕の一本切り落とすか」


「…………っ」


 そうつぶやいてみると、ローブは悲鳴をあげなくなった。

 別に切り落とすわけではないが、間接を折るくらいだ。

 まぁ、ゲームだしね、ちょっとはその痛みを知ったほうがいい。


「さぁ、どうする? 聞いた話ではここで決闘をせずに殺して*********も、レッドネームには――」


 んっ? なんでいまの会話にNGワードが入った?


「っ!」


 パッと、ローブがかがみこんだ。腕をうしろに締められた状態で。


「――!」


 パッとうしろへと下がろうとするが、


「っ、くそ!」


 人の数が多くて、ろくに身動きが取れん。


「――!」


 ローブは体勢を低く取りながら、それこそコンパスのように円を描いた。


「魔法盤展開……」


 左手に取り出した魔法盤のダイアルを回し、


【MDKKFV】


 右手に取り出したワイズを短刀へと変化させ、オレに切りかかってきた。


「っと――」


 ダガーの一閃を避け、ローブの右手首に、左手で叩き落とす。


「…………っ」


 ちいさな悲鳴とともに、ダガーがローブの右手から零れ落ちた。

 ガランという音が夜の街に響き渡る。ダガーを蹴って、ローブが取れないようにする。


「くそぉっ」


【LNVFCWZV――


「おっと……」


 右足で魔法盤を持っている左手を蹴り上げる。


「くそっ! 卑怯だぞ!」


「卑怯もなにも、足が届く範囲で使おうとするからだろうに」


 相手の腕が届く範囲にいるってこと忘れてないかね?


「まぁ、それはそれとして、そろそろいい加減教えてくれない?」


「な、なにを――?」


 オレは、ローブの隠れた顔を覗き込むように聞いた。


「キミにこんなことをさせたやつの名前だよ」



           ◇ ◇ ◇ ◇



 ローブの両腕を背中に回し、縄がないので、そのまま締め技をかけながら、宿屋のほうへと進んでいく。


「……***、これってどういう状況?」


 宿屋の入り口で待っていたジンリンが、あきれた顔でそう聞いてきた。


「さっき、そこでスリに遭いそうになって返り討ちにしてきた」


「はぁ……、まぁ油断していたキミがわるいんだからいいけど」


 頭を抱えながら、ローブを見据えるジンリンだったが、


「こ、こいつぁなんだ? あんた、こいつをどこでてにいれた?」


 と興奮気味。


「…………っ」


 ジンリンが妙に難しそうな顔をするので、


「どうかしたのか?」


 と、問いかけてみる。


「いや、そのね……いちおうその子を開放したほうがいいんじゃないかなぁ」


「また暴れられるのも嫌なんで、このままにしておこうかと」


「それはわかってるけど、いちおうさ……」


 いうや、ジンリンは魔法盤を取り出し、


【IHYNQ】


 鎖を取り出し、ローブのからだを締め上げた。


「あ、最初からそれをすればよかった」


 ポンッと、握り手でてのひらを叩き、感心する。


「うん、普通さ、魔法が使えるんだから、縄の代わりを魔法とかで出せばいいのに、そういうのしてないでしょ?」


「だってねぇ、いちいち出すのめんどくさいし、魔法文字を展開しているあいだに逃げられたら、嫌じゃない」


「――まぁいいけどね」


 ふぅ……と、嘆息をはいている妖精に――、


「あのぉ、もうすこしまともな締め方はなかったんでしょうかね?」


 と、ローブが聞いてきた。

 うん、オレも言おうとは思ったんだ。


「なんで、亀甲縛り?」


 ローブは両手両足の自由を奪われ、宿屋の軒下につるされている。

 見た感じ、SMなんだよなぁ。そういう趣味あったっけ?

 そんな風に思っているのを察したのか――、


「ぐ、偶然こうなっただけだからねッ! こういう趣味があるとか、知識があるとかじゃないからねッ!」


 さすがの歌姫も、大声で否定するしかなかったようだ。



 さて、宿屋から木でできたちいさな丸イスを拝借し、それに腰をかけて、ジッとローブを見上げる。


「あの、これっていつになったら消えるんでしょうか?」


 ローブがジッと、ジンリンを見ながら聞いてきた。


「……そうだね、ザッと29分ってところかなぁ」


「それって、すごく長くない?」


「まぁ、あなたがちゃんと応えてくれたら解放するし――」


 ジンリンは、フワッと浮かび上がり、ローブの顔を覗き込んだ。


「――あら?」


「どうかしたの?」


「いや、さっきから気にはしていたんだけど、あなたってNPC?」


 首をかしげるように、ジンリンがローブに問いかけた。


「あれ? なんでNPCが魔法盤なんて使えるんだ?」


「いや、それは見てないからわからないけどね。でもさっきから簡易ステータスが出てないんだよ」


 言われてみれば、たしかに普通なら名前とXb、それから属性魔法使いの項目が見れていたはずだ。それはNPCとて同じことだ。


「おまえの力で見れないのか?」


「いや、ムリ。普通の状態でも見れないってことは、設定されていないか、なにか特別なクエストをクリアしないとわからないかじゃないかな……」


 ジンリンの話を聞きながら、オレは――、


「名前、教えてくれる?」


 と、やさしく問いかけた。


「――っ」


 ローブは顔をうつむかせ、しばらくすると……、


「ヒロト……」


 と口にした。


「ヒロト?」


 腑に落ちないといった顔で、そう聞き返す。


「あぁ、それ以外――いや、それしか思い出せないんだ」


 と、言っておりますが、嘘ですよね。

 まぁ、普通はそう思って、問い返すのだが、


「ジンリン?」


 ローブ――ヒロトの名前を聞いてから、ジンリンの顔色が悪くなっていた。


「どうかしたのか?」


 もう一度声をかけると、妖精は、それこそおどろいたようにからだをビクつかせ、


「えっと、なに?」


 と、こわばった笑みを浮かべながら、オレのほうへと振り返った。


「『なに?』はこっちの台詞だ。このヒロトがどうかしたのか?」


「べ、別になにもないよ。」


 ジンリンが指を鳴らすや、ヒロトを締めていた鎖を解放した。

 突然のことで、ヒロトは受身が取れず、ドサリとその場に倒れこむ。


「……なんの真似だ?」


 ヒロトは石畳に叩きつけられた顔をあげ、ジンリンに聞いた。


「被害は遭っていないようだし、別に尋問するわけではないからね。まぁまた同じことをしたら、助かるとは思わないほうがいいよ」


 ジンリンが凄みのある口調で、そう言い放つ。


「――ッ!」


 ヒロトは、パッと立ち上がり、逃げるようにその場を後にした。



「なんでわざとにがした?」


 宿屋をチェックインし、マイルームに入るため、階段を上がっていく。町の賑わいもそうだが、宿屋もかなりの人が利用しているようだ。

 とはいえ、プレイヤーはたった一つのドアから出入りするのだけども。


「うん、じつはさ、NODで起きてる事件はテストプレイから続いているって話をしていたよね?」


「そうだけど、それがどうかしたのか?」


「――さっきの、ヒロトっていう人……、プレイヤーでもNPCでもなかった」


「ん? それって」


「さっき、一瞬だけプレイヤーの名前を検索にかけてみたの。このゲームって、NPCに登録されてる名前は使えないって仕様じゃない? それでヒロトって名前を検索してみたけど引っかからなかった。NPCの名前も運営側の人間だから調べることはできるけど」


「それにも引っかからなかったってことか……」


 そう聞き返すと、妖精はこくりとうなずいてみせた。


「たまたま引っかからんかっただけなのでは?」


「それならいいけど、ヒロトなんて名前は結構使う人いると思うけどなぁ」


 ジンリンはけげんそうに首をかしげる。



 階段を上がりきったときだった――。


 ――んっ?


 狭い階段を駆け下りようとしていた、小学校低学年くらいの男の子とぶつかりそうになり、それを避ける。


「っぶねぇな」


 おどろきながらも、その子供はすでに階段を下りきっており、もはや影も形もない。


「まぁ、話は部屋に入ってからでも――」


 遅くはない――。

 そういおうとしたが、口には出てこなかった。

 なんか、すごく目が重い……。


「……っ! ――――ッ!」


 遠くで誰かの悲鳴が聞こえているが、オレの耳には届かず、何を言っているのかわからない。

 横っ腹が熱くなってきた。

 そこに手を当ててみると、



 ……ヌル――。



 という不快な感触が全身を駆け巡った――。

 それと同時に、何かが指に当たり、その痛みが走る。

 そこですべてを理解した。――あぁ、刺されたんだな。

 しかも、毒が塗りたくられていたのか、それがからだを蝕んでいく。――だめだ、意識が――。



 ガラガラと、それこそ新撰組の池田屋事件の舞台で、新撰組浪士に切られるように、オレのからだは階段から転がり落ちた。


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