第286話・孤島とのこと


 午後八時。夕食を終え、大学でのレポートを粗方かたづけたオレは、ビコウたちとの約束を履行するために、NODにログインしていた。


「それって、本当なの?」


 現実で、ビコウたちと会話したことを、当事者でもあるジンリンに説明するや、彼女は今にも倒れそうなほどに青褪めた顔でオレを見つめていた。


「なんで****がそんなことを? そもそもなんでそんなことがわかるの?」


 ジンリンが、本当に恐ろしいものを見たような声と、目をカッと見開き震えた顔で、オレに問いかける。

 当時、漣が死んだことは、その日のうちにニュースで流れてはいたし、クラスメイトどころか、学校中に広まった。

 もちろん、それは彼女の目が届く範囲でのできことだったし、報道も、もしかすると警察の人が対応してくれたのか、【都内某所の高校二年生】とだけで、漣自身の名前は流れていない。

 にもかかわらず、ニネミアはそれを漣だと特定した。

 とはいえ、これはあくまでオレが見たものであって、もしかすると、別の報道では名前が曝されていたのかもしれない。


「だ、だってボク――****とはVRギアのテストプレイで一緒になっただけだよ? それにたしかボクが自殺したのは、高二のときだったから、****とは学校がまず違うし、クラスメイトだったらまだしも、なんで自殺したのがボクだって特定ができるのさ?」


 ジンリンが、顔を震わせ、半狂乱したように俺を見据える。


「それはオレもわからねぇよ。ただビコウがいうには[特定されやすい人間というのは、その人間にしかない、ちょっとした癖でもわかってしまう]って話だ」


「そ、それがいったいどういう……」


 声を荒げていたジンリンは、ゆっくりとくちもとに手を添える。


「もしかして……」


 けげんな顔でオレに視線を向けなおした。


「あぁ、自分がしでかしたことだからなんの言い訳もできないが、つまりはジンリンの本名をサイレント・ノーツの中でオレが曝していたときに――いたんだよ、その中にニネミア****が」


 考えられるとしたらこれしかない。

 なにせ、いじめられる原因を作ったあとに、漣……エレンは野良パーティーを組んだプレイヤーからVRギアのテストプレイヤーをやってみないかと誘われている。

 つまり、漣をVRギアのテストプレイに誘ったニネミアは、エレンが漣だということを知った上で誘った。


「――っと、こういう考えなんだが」


「平仄は合っているね。ボクがVRギアのテストプレイに誘われたのはまさにその時あたりだよ。でもひとつ疑問点がある。なんで****はボクの住所を知っていたの?」


「前々から知っていた……ってことじゃないか?」


「前々から……か」


 妖精は納得のいかない表情を見せる。


「***、そういえば昨日GMから言われたことは覚えてる?」


「なんか言ってたっけ?」


 そう返答するや、妖精から嘆息をつかれた。


「キミさぁ、そもそも玉帝がVRギアを作ろうとした理由はなんだったのか忘れたの?」


 そういわれ、オレはアッと口にする。


「[障害を持っている人に色をみせようとしていた]」


 そう応えると、妖精はちいさくうなずいてみせる。


「でも、それがどうかしたのか?」


「考えてもみてよ。五感になんの障害を持っていないボクたちからしたら、それこそすごいって思うくらいだけど、本当に全盲の人にVR世界を見せることができたとしたら、それこそすごいことなんだよ?」


 ゲームの中の感覚がある時点ですごいと思うんですが?

 それに、そもそもそういう方法だって、視覚をつかさどる神経に刺激を与えることで見せるみたいなことをムツマサが言ってたじゃない?


「でもジンリンが言いたいことはわかる。つまり玉帝が作ろうとしたのは誰もがただの,,,、ひとりの人間として楽しめるゲームってことだろ?」


「極端に言えばね。つまり玉帝が作ったこのVRギアを着けてプレイしている人は、障害とかそういう隔たりみたいなものが何もないんだよ。あるのはプレイヤーの単純な実力スキルだけ。それもたぶんがんばればどうにでもなる」


「でも、それはあくまで五感に障害を持っている人に対してだ。脳に障害を持っている人だっているんだぞ?」


 そう指摘すると、ジンリンはうなだれるように、


「言葉足らずだった。そういう人もいるんだよね」


 と反省する。まぁ反省するだけまだいいと思う。


「それで、やっぱり問題は****のことだけど」


「お前の能力で調べることはできないのか? いちおうプレイヤーなんだろ?」


 その問いかけに、ジンリンは首を横に振った。


「あれから、魔女の正体がわかってから何度も確認はしているんだけど、ログインしたっていう形跡がない。たぶん――本気で切れたキミを見て怖気ついたのかな?」


「それで済めば、こっちは楽なんですけどね」


 肩をすくめるように答える。妖精も苦笑を浮かべるだけで何も言わない。

 本当に、どうして魔女はあんなことをしているんだろうか。

 その理由が未だにわからない。いやわかったところで理解はしたくないがね。



           ◇ ◇ ◇ ◇



 どうやって第三フィールドに行けばいいのかを、ケツバに問い合わせてみると、


[フィールドで魔法のほうきに乗ると、フィールドマップに拠点の行き方を示す矢印がでるから、それに従え]


 という返事が来た。

 というわけで、エメラルド・シティから少し離れたところで、ビコウたちが来るのを待つのである。


「あ、来たみたいだよ」


 ジンリンの声に誘われたかたちで振り向くと、セイエイとテンポウの二人しか来ていなかった。


「……セイエイ、ビコウは?」


「お、おねえちゃんなら、いまは星天遊戯でバトルデバッグのお仕事してる。ログインしようとしたときにフチンから手伝ってほしいって呼ばれたみたい」


 オレは、苦笑を浮かべるセイエイにそう聞きながら、


「ほかの子も誘ったと思ったんだが」


 テンポウに視線を向けた。


「ハウルはたぶんお父さんに怒られているんじゃないですかね? ほら、いくら親戚の人の家にいたとしても、帰ったのが七時半どころの話じゃなかったみたいですし」


 ナツカと白水さんは、おそらく仕事で――だろうし。

 まぁ別にいいか。


「それとシャミセン、今日は第三フィールドの拠点に行ったら、そのまま宿屋でログアウトするから」


「んっ? それは別にかまわないけど?」


「あ、私も宿題とか終わらせないといけないので、セイエイちゃんとおなじになります」


 セイエイに続いて、テンポウもそういう。まぁ一緒に行こうと誘った手前、オレからは何もいえない。


「といっても、オレも第三フィールドの拠点に行ったら、セイエイたちと同様にログアウトする気ではあるけど」


 とりあえず、先に進もう。話はそれからだ。



「「「魔法盤展開ッ!」」」


 右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


【CWYV】


 まず、スタッフを魔法のほうきに変化させる。それにまたがり、ふたたび魔法盤のダイアルを回し、


【ODJTNQK】


 ほうきを浮かばせると、上空30メートルくらいで止まった。


「あれ? そんなに高くないな」


 スィームルグ状態のワンシアに乗ったときよりも高度が低い。


「たぶん、制限がつけられているんじゃないですかね?」


 ほうきに乗ってあがってきたテンポウが、オレの横に着く。


「はやく行こう。この前シャミセンが自分でやったからわかるけど、JTがもったいない」


 猟犬の言うとおり、魔法のほうきにはJT消費という制限時間タイムリミットがある。


「魔法盤展開ッ!」


 【JYT】


 ほうきから落ちないように、手で支えながら、右手に展開した魔法盤を取り出し、【MAP】の魔法文字を展開させる。

 フィールドマップがポップされると、赤色の▲と緑色の△が標示されており、赤色のが示す方角は、第二フィールドの拠点であるエメラルド・シティのほうには向けられていなかったが、逆に緑色の△はそちらを指している。つまりは赤色のほうは行ったことのない拠点の方角と考えるべきだろう。その矢印ポイントにしたがって舵を取る。



 しばらく▲のポイントに照準を合わせながら飛んでいると、何人かのプレイヤーが魔法のほうきに乗って行き交っているのが見えてきた。


「みんなケツバのところで受講してるのか?」


「それはいいけど、なんかプレイヤーのほとんどが日本人だからかなぁ……、みんな左側通行してるんだけど」


 なんかどこかに線引きがされていて、それに沿っているかたちだろう。

 たぶんエメラルド・シティに向かっているほうが右側。それ以外は左側と捉えるべきか。


「おねえちゃん、間違えなきゃいいんだけど」


 セイエイが、片眉をしかめたような声で言う。


「あれ? なんで間違えるんですかね?」


 テンポウが首をかしげるのを見て、


「お姉ちゃんが住んでた台湾とか中国の道路って、基本的に右側通行だから」


 あぁなるほど……と言おうとしたのだが、


「でも歩行者って、基本的にみんな信号無視が当たり前で、横断歩道にバリケードが出来ても、そこが壊れたら直さないでそのままって感じらしいから」


 オレが口をはさむ前に、セイエイがためいき混じりに言う。

 叔母と同様、日中混血児であるセイエイでも、生まれたときから日本育ちだから、結構眉唾物のように話をする。


「日本でもありません? ちょっと車が来てないから、短い幅だったら走って通ろうとする人って」


「まぁ大丈夫じゃないか? いちおうスクーター持ってるんだし」


「おねえちゃん、毎朝大学に行くときはわたしと一緒に咲夢の車で送ってもらっているし、帰りもバスとかで帰ってくる。アルバイトがある時は帰り道が一緒のシャミセンが駅まで送っても、それからは咲夢が迎えに行っているから、スクーターとかほとんど宝の持ち腐れになってる」


 それ、免許を取った意味がない気がするんですが、どうなんですかね?


「まぁ話はそこまでにして、はやく行ったほうがいいわよ」


 ジンリンにそう急かされ、オレとセイエイ、テンポウの三人は、一路第三フィールドの拠点[カラヴィンカ]へと向かうのだった。



 第二フィールドの陸と海の境目が見え、そこから一面紫の海が広がる。

 それからしばらくして、六方星の形をした孤島が見えたのだが、


「***、なにかあったの?」


 視線をその孤島に向けていたのを、妖精に指摘される。


「んっ? あ、いや……あそこに孤島みたいのがあるんだけど」


 指をその孤島に向けるが、


「んっ? シャミセン、そんなのどこにもないけど?」


 と、話に耳をかたむけていたセイエイが首をかしげるように言った。


「あれ? 見当たらない?」


 オレにはハッキリと見えているのだが、


「マップにも、そんなところ載っていませんよ。現在一面海の状態です」


 テンポウも、ほかの二人と同様、オレが指で指している孤島は見えないらしい。


「はてな? でもたしかにあるんだがなぁ」


 今でもしっかりとその孤島が認識できている。


「ちょっと待ってろ。すぐに戻る」


 魔法盤を取り出し、


【CDJJZQ】


 召喚の魔法文字を展開させ、ワンシアを呼び出す。


「お呼びですか? 君主ジュンチュ


「ちょっくら飛び降りるから、すぐにスィームルグに変身しろ」


「へっ?」


 仔狐状態のワンシアを胸に抱え、ほうきから飛び降りる。


「ちょっ? ちょっと君主ジュンチュッ!? すこしは心の準備くらいさせてくださいいいいいいぃっ!!」


「ちょっ? シャミセンさぁん?」


 上空からテンポウの声が聞こえたが、今はワンシアをスィームルグに変化させるのが先だ。


君主ジュンチュ、あとで説明してもらいますよぉ!」


 ワンシアは、オレの胸から飛び出し、くるりと一回転するや、雄々しい姿の神鳥へと変化した。

 その背中の上に着地する。


君主ジュンチュ、いったい何を見つけたんですか?」


 ワンシアがけげんそうな声で聞いてきた。


「あぁ、じつはな――」


 その先を言おうとしたとき、ドスンッという何かがワンシアの上に落ちてきた音とともに、ワンシアの体がかたむいた。

 その落ちてきた正体を一瞥しながら、


「……なんで落ちてきたの?」


 と片眉をしかめながら聞いてみるや、それをした猟犬は――、


「なんかシャミセン、おもしろそうなの見つけたみたいだからついてきた」


 らしい。ほんと興味があることになると危険とか考えないよねキミって。


「スィームルグの上に落ちなかったらどうするつもりだったの?」


 たぶん、水面に叩きつけられてデスペナ確定だったと思うんだが。


「その時は、テレポートでシャミセンに合わせる」


「そ、それはやめておいたほうがいいよ。テレポートはあくまで対象の座標にあわせているから、最悪空の上ってこともありえるし」


 以前、ローロさんが同じことをして落ちそうになったものな。


「気をつける」


 さすがの猟犬も、それを聞いてわがままは言わないようだ。というかいえない状況でもあるか。


「そういえば、一人残ったテンポウは――」


 不意に上を向いてみると――


「のぉわぁあああああああああああああアッ」


 何を思ったのか、テンポウも落ちてきた。そのままオレの体の上へと着地する。


「……いつも思うけど、なんでこう***の周りって向こう見ずな人が多いんだろうか」


 ジンリンがあきれたような声で言うけども、こっちとしては早くどいてほしい。

 あと視界が真っ暗で何も見えんし、そもそもなんか顔のところが生暖かい気がする。


「テンポウ、そろそろシャミセンの顔からおしりどけたら?」


「ふぇぇ?」


 セイエイが言うには、どうやら着地したときに、テンポウのおしりがオレの顔に乗っかっているらしい。

 んなこたぁいいから、猟犬の言うとおりに退いてほしいのだが。


「す、すみません」


 案の定、テンポウはオレから少しはなれ(スィームルグから落ちない程度に)たところで平謝りをする。


「いや、大丈夫」


「それはそうと、君主ジュンチュは何を見つけたんですか?」


「あぁ、そこに六方星みたいなかたちをした孤島が見えないか?」


「まだ言ってるの? そんなの影も形も見当たらないんだけど」


 ジンリンがそういうのだが、


「あれ?」


 と、セイエイがキョトンとした顔でオレの腕を引っ張った。


「シャミセンの言ってるのって、あれのこと?」


 セイエイが指差した方角には、たしかにオレが先ほどから言っている六方星の孤島。


「えっ? どういうこと?」


「もしかして、角度で見えなくなるとか?」


 それっていったいどんなものなのかね。


「ワンシア、場所はなんとなくわかるな」


「近くに行けばわかると思いますけど……先に拠点に行ったほうがよろしいのでは」


 たしかにワンシアの言うとおり、今は第三フィールドに辿りついて、拠点に着いたほうが無難であり、普通ならばそうだろう。

 しかし……。


「「「ジィイイイイイイイイイイイイイイ」」」


 猟犬と木母と、そして歌姫の三人から、それこそ行ってみたいオーラがビシビシと感じ取られるんですが。

 あれだな。RPGの本編ルートで迷った挙句、横道にそれたらそっちのほうが面白かったみたいな。

 そしてオレは、こう思う。

 ほんと、オレの周りの女の子って、なんだかんだでみんなゲームが好きだよなぁ。



            ◇ ◇ ◇ ◇



 その孤島は、近付くにつれ、その全貌が明らかとなっていく。

 島の周囲は荒れ狂っており、崖は聳え立ち、波によって抉られたようになっている。海路からでは決して入ることができない造りのようだ。地図にもないということは、本来ゲームの中にはそもそも存在してもいなかったのだろう。

 六方星に作られた島のかたちも、この地形からできたものだったのだろう。

 島は樹木で覆われ、人の影も形もない――。

 そう人の影などどこにもない――。



 そこは運営スタッフですら見失うほどの小さな楽土。

 NODの元となっているMMORPG[サイレント・ノーツ]のデータの奥に残っていた、小さなクエストの舞台となった地の獄。



 幼き魔女は絶望を知り、愚僧な魔獣使いは己の脆弱を嘆く。

 これから始まるは魔女の嘆き。



 誰もがいつわりのやさしさを望む。そのほうが楽だから。

 誰もがいつわりのよろこびを望む。そのほうが幸せだから。



 だからこそこわれるべきなのだと魔女はうたう。



 いつわりの世界にすべてを費やした人間ほど、現実を拒むのだから――。


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