第279話・静穏とのこと
「オレが――いじめられていた?」
オレは、ジンリンを見つめながら凝視するように聞き返していた。
「な、なに云ってんだよ。オレがお前をからかっていたから、クラスのやつらが調子に乗ってお前をいじめだしたんじゃ」
自分でもわかるくらいに声が震えている。
「逆だよ……。キミがボクをいじめているって勘違いしたクラスのみんなが、キミを無視したり、殴ったり、あることないこと周りに言い触らしたりしてたんだ」
ジンリンは、肩を落としながら、視線をオレからそらす。
「一種のすれ違いだったってことですか?」
白水さんが憔悴したような声でジンリンに眼を向けた。
それに対して、ジンリンはうなずいてみせる。
「たぶんそれだと思います。彼がボクにしたことなんて、ほんとうちょっとした小山の大将が大好きな女の子に自分を振り向かせようって行き当たりばったりのその場しのぎの悪戯くらいだったから」
『それは私も直接シャミセンさんから聞いていますし、そのときはなんか可愛いことする人だなぁって思ってたんですけど』
チャット先のテンポウが、苦笑を交えたことを言う。今はそんな状況じゃない気がするのだが?
「でも、それならどうしてオレはお前がみんなからいじめられていたなんて勘違いをしていたんだ?」
そもそも根本的な勘違いをしていたようだし。
「それは、キミ自身がボクをいじめていたって思っていたからじゃないかな。それとボクのお父さんが家を出て行ったことと重なった」
ジンリンはスッとオレの目の前に顔を近づける。
「ケツバさんのところで言ったよね、違うって。ボクはキミのせいでいじめられていたんじゃない。ボクをからかっていたその報いで、
オレは、両足の骨が崩れていくように、その場にひざまずいた。
「な、なんだよ……それ――」
「で、でも……どうしてそんなことが? 普通はいじめられていた人がさらにいじめられるようなものな気がしますけど」
白水さんがどう口にすればいいのかわからないような口調でたずねる。
『そうですよ。それになんでその時にジンリンさんがシャミセンさんをかばうというか護らなかったんですか?』
「そんなのあなたに言われるまでもないわ! でもねぇ、ボクはボクでお父さんのことで頭がいっぱいだった。たぶん彼もそれを知っていたからこそ、あえてボクを当事者にはしようとしなかった」
テンポウの言葉に、ジンリンは怒りをあらわにする。
「大好きな人が目の前でいじめられるって、どれだけつらいかわかる? でもボクが彼を助けたら、今度はボクが本当にいじめられるんですよ? ただでさえ辛いのに、これ以上辛い思いなんてしたくないでしょ?」
あぁ、そうか……。それが彼女の本音なのだ。
「……っ!」
自分の失言に気付いたのか、ジンリンは「あっ」と声を荒げた。だがもう遅い。
「えっと、ちがうっ! 違うの――」
慌てた口調で、オレに抗議を謳う妖精だが、
「いや、いい。というかいろいろとスッキリしてきた」
オレはてのひらを彼女に翳した。
「スッキリしたって?」
「この際、オレがクラスのやつらにいじめられていたなんて事実はどうでもいい」
「どうでもいいわけないでしょ! キミ毎日どんだけ男子から殴られていたと思うのさ! まぁだいたいは外に呼び出されていたみたいだったけどさ」
「――っ? あのさぁジンリン? お前なんか忘れてない?」
オレが、キョトンとした顔でジンリンを見据えた。
「えっと、なにが?」
そんなオレの表情に、ジンリンはけげんな表情をみせる。その意図に気付かないようでは、歌姫もまだまだですな。
「オレ、小学校のときなにを習っていたのか覚えてる?」
「ふぇっ? そりゃぁキミのお祖父さんがやっている柔道やら空手やらの総合格闘術に――あっ!」
ジンリンは気づいたようだが、
「えっと、いったい何があったんですか?」
と、白水さんはまだ気付いていないようだった。
「えっとですね、たぶんこれはどこの道場でも一緒だと思うんですけど、『素人に手を出す』のは禁止なんですよ」
「そ、それじゃシャミセンさんはそのいじめっ子たちの暴力を甘んじて受けていたってことですか?」
まぁそうなるな。やり返そうと思えばやり返せるのだが、それではむこうの思う壺だ。まぁじいちゃんたちみたいに殺気をぶつけるなんて芸当はまだできていなかったけど。
「だから妙に勘違いしていたってことか?」
「それはそれでひどい気がするけどなぁ」
ジンリンは怒ったような、あきれたような顔を浮かべる。
「まぁそもそもお前がみんなに人気があったことのほうがおどろきでな」
オレもオレで、笑うべきか、自分の勘違いに苦笑すべきかどうか迷っていた。
『あぁ、なんかシャミセンがジンリンさんのことをどう思っているのかわかった気がします』
そんな中、ボイスチャット先のテンポウが妙なことを口走った。
「オレがジンリンをどう思っていたか?」
片眉をしかめながら、そうたずねる。
『ようするにシャミセンさんとジンリンさんの関係は友達以上恋人未満みたいなそういう近いものにあったから、シャミセンさんはジンリンさんがクラスのみんなから人気があったことに気づかなかったんじゃなかろうかと』
テンポウがそう推理したらしいのだが、
「そうだったの?」
と、当のジンリンが首をかしげているぞ。
「オレに聞くなよ」
まぁ、漣に悪戯をしていることがばれたとき、オレに降り注いでいた周りの目が異常だったのは妙だとは思っていたが。
「ただ、これでハッキリした。お前……やっぱりVRギアのテストプレイのときに妙なものに当たらなかったか?」
「えっと、そもそもキミの目の前で飛び降りたというか、自殺したことも自覚がないからなぁ」
ジンリンは腕を組みうなる。
「そこなんだよ。つまり今回の事件における投身自殺も、お前がオレの目の前で自殺したことも、全部は同じ
「VRギアから発せられる微弱な電波で運動野に刺激を与えていた……。でもそれは不可能だってGMが直接教えてるじゃない」
なにがなんだか……といわんばかりに、ジンリンは眉をひそめた。
『だけどジンリンさんはゲームの中で記憶を封じられていたから、自分が自殺したことは知らなかったのでしょ?』
「それを言われるとなぁ。そもそもテンポウさんが見たという掲示板がわからない以上、それが本当なのかどうかもわからないわけで」
『まさか自分がたまたまみた掲示板が、それこそ大事の前の小事になってしまうとは思っていませんでしたからね。パソコンの観覧履歴なんて消してますよ』
消していたら元も子もないか。
「ビコウにお願いして、調べてもらうか」
彼女は結構調べものをするの好きそうだし。
「スレッドのタイトルとか――」
『覚えていたら、ここまで悩みませんよ』
声だけでもテンポウが頭を抱えていそうだな。まぁ見えないからわからんけども――。
「まぁボクが自殺した経緯に関してはここまでにして、今は魔女がどう出てくるかなんだけど……」
ジンリンは「んっ?」と、小首をかしげた。
「どうかしたのか?」
「あ、いやね……そもそも魔女がやっていたことって、NODのベータテストのときからだって聞くけど、そもそもテストプレイヤーに選ばれるのって結構な倍率じゃない?」
たしかに、ザンリが事件を起こし始めたのは、NODのテストプレイ期間のときに起きたと、ジンリンやスタッフであるケツバたちから聞いているが、そもそもの根本的な問題は、VRギアのテストプレイが行われていた時点で起きていたみたいだしな。
「応募したことがないからなんとも」
チラリとジンリンを見る。
「お前がテストプレイヤーに選ばれた経緯は覚えてないの?」
「ボクはサイレント・ノーツで野良パーティーを組んだプレイヤーから、今度セーフティ・ロングからVRMMORPGの発表と、それを動かすためのVRギアのテストプレイヤーが募集されるらしいからって誘われたんだけど、まぁそのときはさほど興味がなかったんだよね。当選するとも思っていなかったしさ。――まさか勝手に応募されていたとは思ってなかったけど」
「いや、ちょっと待ってください? そういうのって普通個人情報がわかっていないとダメなのでは?」
ジンリンの告白を聞いてか、白水さんが目を、それこそ二倍にしたかのように見開いた。
「そう。だからテスト用にVRギアが家に届いたときはちょっと怖くてね……本当は辞退したいなって思ってもいたんだけど……」
そう話をしているジンリンの
『そこはかとなくジンリンさんの気持ちがわからないわけでもないですけど』
「オレでも気持ち悪いって思ってることが起きてるなら、普通は辞退とかするだろうに」
オレとテンポウの声が、たぶんジンリンの行動にあきれたといわんばかりに頭を抱えている気がした。
「だってねぇ***っ! ボクはさぁゲームが好きなんだよぉっ! そんな人種がさぁ、ゲーム会社の新作ゲーム機の発表に先駆けてそれをプレイできるって聞いたら、口から手が出るくらいやりたいって思うじゃない!」
うわぁ、なんだろう。今すごくとある二人に今のジンリンの言葉に同意するかどうか聞きたくなってきた。
◇メイゲツからメッセージが届きました。
◇送り主:メイゲツ
◇件 名:調査報告
・シャミセンさんがお聞きしたいことをパパに聞いてみました。
・パパの話では、その方は星天遊戯ではソロメインでやっているみたいですけど、どうも高度な隠匿スキルを持っていたという噂をオフ会の後で耳にしたようですので、あまりそれ以降は接点を持たないようにしていたらしいです。
・自殺のニュースに関して、その人のことを話そうとしなかったのは、高度な隠匿スキルを持っているプレイヤーは、それを看破するくらいの鑑定スキルを持っていないと、PKかRNかどうかもわからないらしいので、どこからか恨みを買っていた末にではないからしく、このことに関してはこれ以上話しそうにないです。
・お役に立てなくてすみません。
うむ、オレが思っていた以上に、あのプレイヤーは裏があったらしい。あと最後の一文は余計だと思うが、素直に謝るあたりいい子だと思う。
【了解、調べてくれてありがとう。こんどなんかおごるからリクエストあったら送ってきて】
と、メッセージを送っておこう。
すると、しばらくして――。
【それでしたら、今度シャミセンさんとビコウさんが働いている居酒屋のドリンクバーの割引券を二枚ください】
という返事が来た。別にそれはいいけど、もうすこし現金(お金じゃなくて物という意味で)なものを要求しないのだろうか。
それではオレの気分が晴れないので、今度ふたりが店に来たときにスィーツをおごるかね。それくらいのことをしてもらったわけだし。
「そういえば
今、オレはハッキリとクリーズのことを口にしたのだが、なんでこれがNGワードに引っかかるのだろうか?
「***、さっきなにを言ったの?」
「いやな、
後頭部をかきながら、さてどうしたものかねぇとあぐむ。
「えっと、とりあえず何のことを言ったのかを教えてくだされば、知っていれば私たちのほうで解釈は出来るかと」
白水さんにそういわれ、
「っとですね、前に白水さんにお話した、セイエイがその
「私が持っている【B】の魔法文字を使って、セイエイちゃんにブラックリストの魔法を使わせてほしいとお願いしたことでしたよね?」
オレが言いたいことに、白水さんは気付いてくれたようだ。
「たしか、そのときのプレイヤーが****という」
ハッと、白水さんは手を口に添えた。おそらく、彼女もクリーズのことを口にしたのだろう。
「あぁ、ボクもなんとなく***が言いたいことがわかってきた」
「そういえば、ジンリンさんの言葉の節々にNGワードが入ってますけど、いったいなんのことを言っているんですか?」
『なんでもシャミセンさんの
「あぁ、綾姫さんやハウルさんがよくシャミセンさんのことを『煌兄ちゃん』と口々に言ってましたけど、それに近いものですかね」
テンポウが白水さんの疑問に答える。それに対してなるほどと白水さんは得心したようだ。
「どうもそれに関してはボクにはNGワードとして扱われているみたいなんですよ。NGワードだと何を言っているのかわからない部分がありますからね」
「その割にはシャミセンさんは理解できているみたいですけど」
チラリと、オレのほうを見てそうたずねてきた白水さんに対して、
「好奇心旺盛な猟犬いわく、『ジンリンがオレの名前を言っていると思うときは、なんとなく声が柔らかい』――らしいです」
そう答える。それを聞いて、はてなと白水さんは首をかしげたが、
「あぁ、彼女だったらそういうふうにとらえているかもしれませんね、素直に思ったことを受け取る
セイエイの性格を知ってか知らずか、そう苦笑を浮かべるのだった。
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