第278話・虚妄とのこと


 エメラルド・シティまで歩いていくこととする。


「しかし、聞けば聞くほど妙なことが起きているみたいですね」


 うしろを歩いていた白水さんが、小走りでオレの横へと並ぶ。その時、右手を耳に翳していた。誰かとボイチャでもしているのだろうか。


「妙なことって?」


「NODで起きていることです」


 なんでそんなことを知っているのかねぇ……、白水さんにそのことを話したわけじゃないんだが。


「キミさぁ、なんか口走ったとかない?」


「いや、それはたぶんないと思うけどなぁ」


 首をかしげながら答えるが、まったく思い出せん。


「白水さんに話したことなんて、セイエイがクリーズに嫌がらせを受けていたから、彼女が持っている【B】の魔法文字をセイエイに譲渡してくれるようお願いしたのと、お前がネットでイジメられていたことくらいだぞ」


 オレの言葉に、ジンリンは、「あきれた」と頭を抱えた。


「キミさぁ、まぁ言っちゃったことはしようがないけど、もうすこし考えて口にしようよ」


「それは反省してます」


 でも知られたのがフレンドだけでよかったともいえるし、まぁ他言するような人たちじゃないでしょ。


「……もしかして、テンポウさんがボクがキミのせいでイジメられていたのも?」


「いや、それはテンポウが先に知っててな――」


 オレは、ジンリンにあの夜のことを話そうとしたが、ちょっと待て?

 あの時は掲示板のことよりも、それをテンポウの前で掲示板に書かれていないことを彼女に話していただけだ。


「なぁジンリン、お前がオレの目の前で投身自殺をしたのは高校二年くらいの時だったよな?」


「まぁ、ボクがVRギアのテストプレイヤーをしていたのがそのときだったから……」


 ジンリンも、オレの言葉に妙な感触を覚えたのだろう、さっきまで苦笑していたかんばせが、見る見るうちに青褪めていく。


「***っ! テンポウさんに連絡をして! キミが彼女とボクが自殺をしたっていう話をしたときの、そもそもの話題のタネになっている掲示板の書き込みレスがいつ書き込まれたやつなのか! たしかにVRギアのテストプレイはしていたけど、そもそもテストプレイヤーの名前なんて、一般的に発売されたゲームならまだしも、ボクが飛び降り自殺をしたなんて事実を、なんで関係のない人が書き込んでるのさ?」


 ジンリンが燥急とした口調で叫んだ。


「ど、どうかしたんですか?」


 それを隣にいた白水さんが目を見開く。


「あっと、すみません――というか誰と話してたんですか?」


「ちょっと***っ? いまはそんなこと聞いてる場合じゃッ!」


「えっ? 先ほどテンポウ,,,,さんがログインしたらしく、そのパーティーのお誘いに……」


「「まさかの本人いたぁっ?」」


 オレとジンリンの驚倒とした声が重なった。



『えっと、あの……先に言っていいですか?』


 ボイチャで応答しているテンポウの声が、それこそ唖然とした声に思える。


『私、白水さんがソロでプレイしているならパーティーを組みませんかってボイスチャットでお話をしていただけなのに、どうしてその隣にシャミセンさんがいるんですかねぇ?』


「偶然なんだけどなぁ」


 オレは肩をすくめるように答える。まぁ声しか聞こえないのでどう反応しているのかはテンポウにはわからんのだけど。


「そ、そんなことより! テンポウさんがボクのことをシャミセンさまに話したのはいつだったんですか?」


『えっと、たしかまだNODがサービス開始して間もないくらいだったから――九月三十日だったと思います』


 よく覚えてるなぁと、素直に感心。


『それで、シャミセンさんやジンリンさんが訊きたいっていう、私が見た掲示板のことですけど……ごめんなさい』


「どうかした?」


『あの時、シャミセンさんには言いましたけど、私その掲示板を流し読みしていたので、いつ書き込まれたのかっていうのは知らないんですよ』


 それだったら、その掲示板のURLを教えてくれればいいんじゃないかね?

 そんな風なことを考えていたのが、オレの肩に座っている妖精が気付かないはずもなく、


「あのねぇ***? そのスレッドのタイトルで検索できることもできるだろうけど、大体過去ログに保存されているか、その申請をしないでスレッドが消失しているかのどちらかだと思うよ」


 肩を怒らせたように口を尖らせた。


『お役に立てなくてすみません』


 それこそ頭を下げるようにテンポウは謝した声を発する。


「いや、もしかしたらって思っただけだから気にしないで」


 そうなだめたところで、テンポウは納得しないだろうな。

 ただここでひとつ疑念が生まれたのは事実だ。


「しかし、そもそもその掲示板に書き込んだ人は、どうやってジンリンが自殺したのを知ったんだ?」


「自分のことだけど、自殺したとかって知らなかったからね。……そのことでニュースとかにはならなかったの?」


 そうジンリンが訊いてきたので、オレはうなずいてみせた。


「ただ、『女子高生が飛び降り自殺をした』ってことだけしか報道はされていなかった」


 たぶん警察の人が機転を利かせてくれたのだろう。

 普通……といっては可笑しいのだけど、自殺をした人間の本名が世間にさらされるなんてことはよくある話なのだが、ある程度状況を把握して、あえて匿名で報道されることもある。


「それじゃぁ、実際にその方が自殺をしたことを知っているのは」


「そいつの家族と友人くらいだろうな」


 ただその友人も、おそらくだがオレと斑鳩――仲のよかったハウルたち姉妹だな。


『ということは、そもそも第三者がジンリンさんの自殺の原因を知っていたってことになるんですかね』


 テンポウが、声だけでも肩をすくめたような口調だということがわかった。


「そんなことってできる?」


「知り合いなら……と言いたいところですけど、その状況ですと葬儀も近親者,,,で行われたのでしょ?」


 白水さんの、人の顔の皮を剥奪するような声に、オレは思わず俯いた。それがすべてを語っていたのだろう。


「***っ……」


 ジンリンが、オレの名前を言ったような気がした。



              ☆



「うっしゃぁゲットォッ!」


 漣と母親が暮らしているマンションの踊り場で、連は高校二年生だというのに、それこそ小学生のようにはしゃいでいた。


「ずいぶん楽しそうだな」


 テスト勉強で眠気がひどいからか、ツッケンドンな態度を取る。腕時計を一瞥すると午前九時だった。


「こんな時間に呼び出すな……」


「あれ? もしかして寝不足?」


 漣がオレの顔を覗き込みながら聞いてきた。


「眼の下にクマで来てるよ」


「あぁ、まぁテスト勉強でな――」


 本当はサイレント・ノーツを午前までやっていたのだが、そのことはおくびに出さないでおこう。


「それで、いったいなにをゲットしたんだよ」


 鉄門がスポーツ刈りの後頭部をぽりぽりとかきながら、漣を見据えながらたずねた。

 そんな彼に、漣は仁王立ちになっては、それこそ演説をするように胸を張った。


「ふふん、聞いておどろけ、実はですねぇ――ボクは今度発売される――――――」


 突然、漣の言葉が途切れた。


「っ? どうかしたのか」


 オレは、たぶんこのときに違和感に気付くべきだったんだと後悔している。


「えっと……うん、ちがう……これ――わたしじゃない――ボクじゃない――オレ――わたし……違う、いやだ――痛い」


 漣は頭を抱え、うずくまるようにからだをまるめていく。


「おい? 漣――?」


「違う――違う……それ私じゃない――それは私がやったんじゃないの……なんで? なんで私がそんな目にあわないといけないの――」


 パッと立ち上がるや、漣はオレを見据えた。

 その眼は――恨み辛みが膨れ上がった生き人形のように、ジッとオレの瞳の中の奥まで……オレの心の内を見つめていた。


「あははははははははっ!」


 突如として、気狂いのごとき甲高い笑い声を上げながら、漣はパッと駆け出した。


「お、おいっ? 漣っ!」


 それに気付いた鉄門だったが、



 ――グチャ……



 という、なにかが叩きつぶれた音が足元から聞こえてきた。


「お、おい……なんだよ? 今の音――」


 鉄門が、たぶんそんなことを言った気がする。


「いま、なんか変な落としたぞ? おいナズナっ!」


 鉄門がオレの肩を力強く掴みかかる。


「あ、ああ」


 想像なんてしたくなかった。

 現実だとわかっていても、それを認めたくなんてなかった。

 だが、結局は眼にしてしまうのだ。


「きゃぁああああああっ!」


 間をおいて、誰かの――たぶん階下で暮らしている女性の悲鳴が聞こえてきた。


「くそぉっ!」


 鉄門は、オレを突き飛ばすようにして、階段の下へと走っていった。

 オレはそれをいまだに彼女が口走った心の叫びが耳に離れなかった。



 ――どうして、私が煌くんの変わりにいじめられなきゃいけなかったの?



              ☆



 オレは、その時のことを、それこそ裁判の証言として話すように語った。


「ちがう……」


 震えた声で言ったのは、ジンリンだった。


「でも、オレはお前にそういわれたんだ。たしかにオレは、オレのせいで*はみんなからいじめられて、それに重なってお前の親父さんが蒸発して」


「ちがうからぁっ! ちがうちがうちがうちがうちがうっ!」


 オレの言葉を拒絶するように、ジンリンは髪を振り乱す。


「なにが違うんだよっ! だってそもそも小学校でお前がいじめられたのは、オレがお前をいじめていたのが原因だったじゃないかぁ!」


「その時点で、キミは勘違いしているんだよ」


 ジンリンは、オレの言葉を押し殺させるほどの大声でせき止めた。


「ボクはキミが大好きだったし、キミもそうだったじゃないっ! どうしたらボクがキミを気に留めるかわからないから、子供みたいな悪戯ばかりしてたじゃないか! だからボクも甘んじてその悪戯を受けていただけだよ! それに……小学校のとき確かにお父さんが借金をつくったり、余所で女の人を作ってその人と蒸発したのは事実だよっ! 高校生になって、キミと一緒にネトゲーしていたときに、キミが間違って僕のことを本名で言ったことだって、本当のことだけどさぁ!」


 ジンリンはオレを見据えながら、その涙で赤くなった瞳を向けた。


「小学校のとき、みんなからいじめらていたのは――ボクじゃなくて、キミだったじゃないかっ!」


 その言葉に、オレは全身が避雷針になったような気がした。


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