第251話・雷峰塔とのこと


「んっ?」


 翌日、大学からバイトへと直行し、業務を終わらせて家へと帰宅したのは、午後十一時をすこし過ぎたころだった。

 部屋着に着替え、NODにログインしてみると、



◇テンポウさんからメッセージが届いています。



 というインフォメッセージが入っていた。あとはいつもどおりログインボーナスに回復アイテムがひとつ入っているくらい。



 ◇送り主:テンポウ

 ◇件 名:今大丈夫ですか?

  ・ビコウさんから、シャミセンさんなら夜の十一時あたりにログインするだろうといわれたので、その時間にメッセージを出してます。

  ・第一フィールドにある【ビルゴス】という古い塔が立っている湖畔あたりでレベリングをしているのですが、ちょっとクエストが難しく、一人じゃクリアできそうにないので、ご迷惑じゃなければご協力をお願いできないでしょうか?



 クエストだったらビコウでもいい気がするが。

 そんなことを思いながらも、まぁ別にちょっと顔を出すくらいならいいだろう。

 テンポウに、了解のメッセージを送っておく。



 ◇送り主:テンポウ

 ◇件 名:Re.Re.今大丈夫ですか?

  ・戦闘力的に考えれば、ビコウさんかセイエイちゃんがいいんですけどね、今の時間だと二人とも寝ている可能性が大きいですから。

  ・あと、ちょっとシャミセンさんの幸運にあやかりたいなと思っている部分もありまして。



 テンポウからの返信に、心ならずとも納得する。たしかに夜も更けているし、セイエイはすでに夢の中だろう。

 ビコウも、あまり夜更かしはしないようにしている。

 ただ、テンポウはテンポウで寝ないのかね?


「しかし、オレの幸運ってそんなに高くないんだけどなぁ」


「***、寝言は寝ている人が言っていいことなんだけどなぁ。自分の幸運値が同レベルのプレイヤーに比べて非現実的だってことをいいかげん自覚したほうがいいよ」


 パッと、SEを鳴らすように現れたジンリンが、人を蔑視の笑みで見つめてきた。


「まぁそこはわかってるけど、オレのステータスって運営が制限してるじゃない」


「星天遊戯からのコンバーターは、高いステータスが規制されていて、NODでのプレイヤー間のバランス調整で弱体化しているのはそうせざるを得なかったのは知っているよね? というかその制限を食らっても数値が80はあるんだからね」


 わめくなわめくな。Xb1のときはたしか60だったからそのときと比べればそんなに増えてない。

 それにステータスはあくまで目安だ。結局ゲームというのはプレイヤーの腕前で決まる。

 よくあるじゃない? 格闘ゲームで強キャラを使っていても勝てないやつがいて、逆にトリッキーなキャラで常勝してる人とか。


「それはいいとして、【ピルゴス】ってどこ?」


「ルア・ノーバから西に九.七キロくらい離れた場所にあるね」


 めちゃくちゃ遠くないですかね?

 マップを開いても、開拓……もとい自分で言ったことのない場所は基本表示されない仕様になっている。

 しかもテレポートを使えばいいのだけど、今現在、オレがいるのは第二フィールドであり、目的の、テンポウがいる場所は第一フィールドになるから、オレが第一フィールドに行かなければ受理されないのだ。


「まぁ別に遠くはないと思うよ。歩くわけじゃないんだし」


 まぁワンシアをスィームルグに変化させればムリじゃないけど。



 さて時間が時間だけに、梅紫うめむらさき色の空が広がっており、煌びやかな満天の星が転々と輝いている。


「ドウダンツヅジって言う花があるんだけど、漢字で書くと『満天星』って書くんだって」


 肩に乗っているジンリンが、指で星をなぞるように言う。


「ほぅ」


「中国の故事なんだけどね、太上老君が仙宮で霊薬を練っているうちに、誤ってこぼした霊水が、地上の木に散って壷状のぎょくになって、それが満天の星のように輝いたことが由来してるんだってさ」


 博識というか、ネットかなんかで調べたんだろうか?


「んっ? 君主ジュンチュ、下のほうでモンスターがポップされましたけど?」


 地上を見下ろしながら、ワンシアが告げる。

 上空三十メートルを飛んでいるので、目下にいるモンスターがどんなのかはわからない。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 先客がいるらしく、プレイヤーらしき雄叫びのようなものが聞こえてきた。

 ワンシアが見つけたモンスターは、おそらく彼らの獲物だろう。

 横取りする気はないのでスルーしたい。



「ッ! 君主ジュンチュッ! しっかりつかまってください!」


 言うや、ワンシアはその巨大な体躯を旋回した。


「おわっと!」


 振り落とされないよう、羽根を掴む。

 瞬間、見えたのはゴオォッと燃え盛る火の玉だった。

 炎はそのまま上空へと昇っていく。


「あっぶねぇ」


 ワンシアが体勢を整え、その場に留まってくれた。


「魔法盤展開ッ!」


 右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



【CIZTF】



 スタッフを望遠鏡SCOPEに変化させ、地上を見下ろす。

 レンズ越しに見えたのは、一人の女性プレイヤーと、その取巻きッぽい、二人の男がモンスターに囲まれている。



 ◇サギニ/Xb15/【闇属性魔法使い】【RN】

 ◇ディーコスチ/Xb15/【闇属性魔法使い】【RN】

 ◇ヴォルガーレ/Xb15/【水属性魔法使い】【RN】



「RN?」


 ケツバの屋敷でおこなわれる魔法の箒の受講に合格したさいにもらえる、属性魔法使いの項目以外に、見覚えのないステータスが表記され、思わず首をかしげる。


「レッドネーム。ようするにプレイヤーキラーのこと」


 ジンリンの説明に耳をかたむけるが、


「はて、それならなんでレッドネームってでないのよ?」


 あと今まで文字は魔法文字に準じていたはずなのに、それだけ普通の文字だよな?


「NPCを殺せばNRNとかになるのか……」


「いや、そっちも【RN】で表記されるみたい」


 みたいって、知らないのか?

 と、そんな視線を向けていたからか、


「いや、いちおう説明するとね、まず第三フィールドだけなんだよ町の中でNPCが殺せるのって」


 あわてた表情でジンリンは補足した。


「プレイヤーが町で殺されないのと一緒ってことか?」


「そうだね。まぁ町の外だと小屋で暮らしているNPCはその対象外になるから普通に殺せるんだけど、それをしちゃうと、二度とそこで依頼されるクエストが受理されないっていう理不尽なことが起きるけどね」


「それゲームバランスが壊れてません?」


 ワンシアが呆気にとられたような声を上げる。


「フィ、フィールドクエストは大丈夫だから。そもそもフィールドにいるNPCは、そんな簡単に殺されるほど弱くないからね」


 そういえば、ラディッシュさんとか、エメラルド・シティの門番の二人にレベルが表示されていたのは、そういうことを仕出かすプレイヤーがいたからだろうな。

 ということは、あの三人はプレイヤーキラーということで間違いないだろう。



「プレイヤーキラーってことは……」


 ここであの三人を倒してもいいってことかしらん?


「あのぉ、テンポウさんから誘ってもらってるのに、油を売って約束に遅れるのは男としてどうかと思うよ」


 オレの口角がかすかに上がる気配を感じ取ったのか、ジンリンがムッとした表情でオレを睨みつけてきた。


「ちなみにさっきの火の玉ですけど、あの中にいるこれ見よがしに胸の谷間を見せている女狐ですけどね」


 攻撃を止めようとするジンリンと、発破をかけようとするワンシア。

 まぁ銃を向けてきたら、それ相応に対処してあげないといけないよね。


「よし、喧嘩を売ってきたむこうが悪いな」


「無視しなさいって!」


「売られた喧嘩は買うのが礼儀ですから」


「礼儀じゃないから! というか無視以外の選択肢なんてないから」


 ジンリンよ、頭をかかえているところ悪いけどな。


「殴られる覚悟がない人間が人を殴る権利などない」


 ワンシアをモンスターと判断して攻撃してきたのだろうけど、それなら自然の摂理として、問答無用に落とし前をつけましょう。



「ワンシァッ! [力气雨リチユイ]・[暴風雪バオフェオンシュエ]」


「オオオオオオオォッ!」


 ワンシアが雄叫びをあげるや、周りを漂っていた薄雲が徐々に集まっていく。言うなれば積乱雲が大気の流れで一箇所に集まり、大きな雷雲へと変わっていくようなものだ。

 まぁ、今回は読んで字の如く。猛吹雪だけどね。


「んっ? なんだい? 急に寒くなって」


 サギニが肩を震わせる。


「サ、サギニッ! ゆ、雪だ! 雪が降っているぞ!」


「くそっ! なんだっていきなり降ってきやがった?」


 突然振り出した雪におどろきを隠せないサギニたちだったが、これくらいでおどろいてもらってはこまる。

 しんしんと降りだした雪は、次第に風雪となり、サギニたちを中心にして渦を巻くように風が激しくなっていく。


「ちくちょうっ! 囲まれたッ!」


 あ、サギニたちが闘っていたモンスターもついでに一緒ですよ。

 経験値ほしいじゃない?


「うわぁ、***って、たまにこういうことするよね」


 ジンリンが苦笑を浮かべる。失敬な、効率がいいといいなさい。

 そういえば、プレイヤーキラーを倒してもお咎めなしだとは思うが、あっちはどうなんだろ? 倒したプレイヤーの名前とか出てくるんかな?


「まぁボクが倒せないわけじゃなかったけど」


「倒しきれなかったモンスターが君主ジュンチュめがけて追いかけてきたとか?」


「まぁそんな感じかな。ボクが全体攻撃のスキルを持っていたからことなくして終えれたけど」


 ジンリンは、ジト目でオレを見るや、


「あぁいうことは普通やらないでしょ?」


 とためいきをついた。


「いや、逃げ切れると思ったんだけどなぁ」


 まさか町から五キロほど離れた沼地にいるモンスターが、それこそ町の入り口辺りまで追いかけてくるとは思わなかった。

 普通、どこかしらであきらめて消えると思うじゃない。



「あれ?」


 暴風雪に囲まれているサギニ一行を見下ろしていたジンリンが、キョトンとした目で首をかしげる。


「ちょ、ちょっとあんたたち! お、押すんじゃないよ」


「ま、まって? おかしくね? 中心に行けば渦が晴れるまで安心だと思ったのに?」


「おいっ! モンスターがこっちに近寄ってッ! ぎゃぁ!」


 カマキリみたいなモンスターが、ディーコスチ目がけて鎌を振り下ろす。


「ちっ! 魔法盤展開ッ!」


 よろめきながらも体勢を正したディーコスチが、左手に魔法盤を取り出すと、



【JFWFZVNWF】



 魔法文字が完成されるや、上空からちいさな隕石がカマキリに振り落ちてきた。


隕石METEORITE……か?」


 展開された魔法文字を見ると、そうなるな。

 ただよく耳にするメテオが正式名称だと思ったけど、メテオライトが正しいんだと。


「い、いちおうメテオでも認識はするんだけど、隕石って大気圏で消失するのがほとんどで、地球に落ちるのはその中のごくまれなんだよ」


 強弱で言えば、正しい単語のほうが強いようだ。



「おひょ?」


 まぁただただそれは何もない状況でならのことだけど。

 隕石は周りの冷気に耐え切れず、急速に冷やされ、砕け散る。

 あれだな、鉄を熱くしたり、冷やしたりするとひびが入るとかそんな原理と一緒。

 そんな中、暴風雪の渦は徐々に細くなっていく。

 まぁダメージがあるというか、そもそもモンスターも一緒に押すな押すなのおしくらまんじゅう。

 冷気でダメージも与えられていたみたいで、じわりじわりと削られていく。


「ちっきちょう!」


 ヴォルガーレが甲高い断末魔が聞こえた。



 ◇プレイヤーキラーを倒しました。

  ・信頼度【+96】

 ◇経験値が入りました[2/160]

 ◇経験値が入りました[4/160]



「んっ? バグか?」


 経験値がはいったのだが、二重で表示されている。


「あぁ、たぶん最初のほうはプレイヤーキラーを倒したさいの経験値じゃないかな。あとは横取りしたモンスターの経験値」


 あれ? それだったらもう少しもらえるんじゃないの?

 あと信頼度がおかしいレベルでもらえたんだけど。


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