第250話・夏炉冬扇とのこと



『【狂人の森マッド・フォレスト】?』


 ジンリンが教えた、レベル上げにいい場所を聞くや、ビコウとコクランが首をかしげる。


「そんなところ聞いたことないけど」


 まぁそれが普通の反応だろう。オレだって、行っていない場所がないとはいえないが、ジンリンの言葉には聞き覚えがあった。



 【狂人の森マッド・フォレスト】。アイテムや魔法での回復を禁止し、モンスターが出てきたら、たとえ瀕死状態であっても戦闘を繰り返さなければいけないデスパレード。

 死んだらセーブデータからではないMMORPGだからこそできる方法なのだが、当然デスペナもあるので効率よく戦闘をしないといけない。


「短期間でのレベル上げにはいいんだろうけど、いいんだろうけどさぁ」


 怨むような視線をジンリンに向ける。


「いや、言いたいことはわかるけどね。***が単純にゲームが下手なだけでしょ?」


 ジンリンは、オレが聞きたいことを察したように、呆れ顔で頭をかかえる。

 たしかにゲームはヘタクソだ。漣やビコウたちみたいにうまいわけじゃないし、嫌いじゃないからこその横好きだとは自覚している。


「えっと、どういうことですか?」


 そんなオレとジンリンのやりとりを、ビコウがいぶかしげなまなざしで交互にみすえている。


「簡単に説明すると、モンスターが出てきたら回復なしで戦闘を続けないといけないんだよ。さすがに長時間はムリだから大体十時間付き合わされたこともあります」


 サイレント・ノーツを、漣や斑鳩と一緒にやっていたときのこと。

 その日が休みで、特にやることもなかったから、


「今から十時間レベル上げするからね。あ、回復アイテムはボクが全部預かっておくから。回復魔法とか使ったらスイッチしないから」


 と、脅迫ともとれることを漣からされたことがある。

 別に二時間とかだったらいいのだけど、正直半日つき合わされるとは思わんかった。


「ま、まぁそのお陰で一日でレベルが十五くらいあがったけどね」


 いや、集中力が切れると、ひょんなことで死ぬんだなぁって実感。

 それは今に始まったことじゃないけど。


「というか、***って油断しているときが一番死んでる気がするんだけど」


「あぁそういえば星天遊戯で最初に死んだのって」


「NODでも似たようなことでしたよね?」


 ジンリン、コクラン、ビコウと、三者三様に苦笑を浮かべる。


「し、しかたないやん? 星天遊戯は運営のミスでフィールド設定の平均レベル以上のモンスターが出てきたし、NODは油断していたとはいえ麻痺効果を持ってるモンスターにやられるとか思ってなかったからな」


 人の失敗えぐらないで。泣きたくなるから。



「それで、具体的になにをやるの?」


 第二フィールドの南部にやってきたオレやビコウ、コクランの三人は、そこまで連れてきたジンリンを見上げていた。


「あぁ、このあたりにポップされる虫モンスターは『サンロード』という天道虫なんですけど……あぁ、ちょうどいいタイミングで出てきましたね」


 ジンリンが視線をオレたちの背後へと向けた。



 ◇【サンロード】/Xb3/属性【風】

 ◇【サンロード】/Xb5/属性【風】

 ◇【サンロード】/Xb10/属性【風】

 ◇【サンロード】/Xb4/属性【風】



 体長およそ一メートルくらいの、大きなナナホシテントウが四匹ポップされている。

 小さい昆虫ってかわいいのだが、それはちいさいからであって、大きくなるとそれだけで気持ち悪くなる。

 顎をシャクシャクと動かすな。背筋がゾワッてなる。


「んっ? あれがどうかした」


「あの中の一匹を倒してください」


 ジンリンの笑みに、首をかしげながらも、魔法盤を取り出し、文字を展開していくビコウ。



【GDVQCWZVJ】



 ビコウの周りに魔法文字が展開されていき、彼女が右手に持っているスタッフから炎の渦が放出されていく。


「ぐぅげぇえええ」


 四匹の中でXbが一番低いサンロードがその渦に飲まれ、消滅したのだが、『バンッ!』と破裂音が聞こえ、渦が晴れると、そこには倒したはずのサンロードがケロリとした雰囲気で低空飛行していた。


「あれ?」


 攻撃をしかけたビコウは、『倒したはずなのになぁ』と、けげんな表情を浮かべている。


「倒しきれてなかった?」


「いや、弱点属性だし、ビコウの攻撃力なら一撃で倒せなくはないんじゃ?」


 はて、どう見ても弱点属性による恩恵で倒せていると思ったんだが。


「だったら、今度はアタシが――魔法盤展開ッ!」


 コクランがパッと前に飛び出し、魔法文字を展開させていく。



【LXYJFGXYCW】



 コクランのスタッフから炎の突風が吹き荒れる。

 その颶風ぐふうは、ビコウが倒しきれなかったサンロードにぶつかり、火柱を立たせていく。


「さぁ今度こそ」


 期待に満ちたコクランの声を聞きながらも、オレはジンリンを一瞥していた。

 ジンリンの眼は冷酷に近く、ふたたびビコウたちが焦燥することが見えているような、そういう期待の眼差しだった。

 激しい炎は勢いを弱め、消えていく。

 その中にはケロリとしたサンロード。


「あ、あれぇ?」


 コクランが苦笑というか、顔を引きつらせている。

 さっきはビコウが倒しきれていなかったという考えもあったのだが、コクランがダメージを与えたことで、倒しきったと思う。

 だが、眼前のサンロードは、それこそ幻想といわんばかりに、バタバタと羽根を羽ばたかせている。


「あのジンリンさん? これっていったいどういうことでしょうか?」


「あっとですね? この一帯でポップされるサンロードはBNW防御力が低い代わりに、七回生き返ることができるスキルを持ってるんですよ」


 よくよく見てみると、ビコウとコクランが攻撃したサンロードの背中にあった星の数が七つから五つになっていた。

 つまり、二回倒しているということになる。


「ちなみに倒せば倒しただけ経験値は増えるんですけど」


 なに? なんかいやな予感しかしないんですけど。

 ジンリンに意識を向けてしまっていたからか、


「ごふぅ?」


 サンロードが突然羽根をはばたかせ、オレに向かって突撃してきた。


「――ッ! シャミセンさんっ?」


「ッ! なぁらぁ」


 サンロードの背中を、跳び箱の容量で両手を付き、飛び上がる。


「おぉらぁ!」


 そのままの勢いで踵落とし。

 べギィッ……と、サンロードの羽根にひびが入った。


「魔法盤展開」


 混乱に生じて、魔法をぶつける。



【LXYJFEQDIEXF】



 両手に炎をまとわせ、闘拳士ボクサー戦闘態勢ファイティング・ポーズを取る。


「オラオラオラオラオラオラッ!」


 隙を与えず、ラッシュを与えていく。


「星天の時もそうだったけど、シャミセンって職業のセオリーとか完全に無視してるわよね?」


 コクランがあきれたことを言ってるけど、君らは君らでほかのサンロードを倒したほうがいいんじゃなかろうか?


 さて眼前のサンロードのHTが途切れ、倒れたのだが、


「なぁらくそぉッ!」


 起き上がったサンロードがパッとオレに目がけて突撃する。

 さっきよりもスピードが速い。


「ちょ、ちょっとどうなってるの? これぇ!」


 ビコウとコクランが顔を引きつらせる。


「一回倒すたびにステータスが5%ほど上昇するんですよ」


 ジンリンが人差し指を立て、笑みを浮かべる。


「「「そういうことは先に言えぇえええええ!」」」


 オレとビコウ、コクランの叫びがむなしく響き渡る。

 今三回目だから、だいたい15%は上昇してるってことになるぞ?


「倒せば倒しただけ経験値がもらえるんですから文句言わないでくださいよ。それにこれでも良心的だと思いますよ。モンスターを呼び出すスキルを持っているのもいますけど、サンロードは生き返る反面、仲間を呼ぶことはありませんから」


 どっちかといえばそっちの方がいい気がするぞ?

 うまく突風に巻き込めば効率よく倒すことができるし。

 あれだな、強烈な単発攻撃よりも、全体攻撃の方が倒す速度は速い場合もあるんだよ。



 Я



「な、なんとか倒しきった」


「あのぉ、回復魔法使えなかったというか、使う余裕がなかったというか、回復アイテムが使えなかったのはどうしてなのかな?」


 四匹のサンロードを、本当の意味で倒しきったオレたち。

 ビコウはあまりの激務にからだをピクピクと笑わせているし、コクランはコクランで、魂が抜けたようにひざまずいて動こうとしない。


「たしかに回復アイテムどころか魔法も使えなくなっていたけど」


 使えるタイミングとか結構あったが、まるでねらったみたいに回復しようとしているプレイヤーに攻撃をしてきていたし。


「あぁ言い忘れてましたけど、御三方が回復をしようとしたらモンスターが攻撃してくる仕様ですので」


「なにそれ?」


「さぁ、最低でも百匹は倒さないと、第三フィールドを生き残れないくらいですからね。まだまだ先はながいですよ」


 オレたちの悲鳴など聞く耳もたんといわんばかりに、清々しいジンリンの笑顔。

 その背後には、いつの間にポップアップしたのか、四匹のサンロードが、まだかまだかと羽根を羽ばたかせていた。

 漣……お前、やっぱり自分が言っている以上に性格は変わってねぇよ。

 オレの前ではやさしい歌姫だったが、それ以外にはドSだった性格が滲み出てきてるぞ!



 [Ρ][Ζ][Δ] [Μ][Ν][Ψ][Μ]



 *デスペナルティーにより、行動制限を行います。

 *戦闘による経験値獲得値が50%になります。

 *モンスターからのダメージが120%になります。

 *獲得経験値が消去されます。[0/160][1960]

 *所持金が50%撤収されます。[7274K]

 *通常に戻るまで[22:34]



 【シャミセン】/魔獣使い【+25】/7274K

  ◇Xb:16/次のXbまで0/160【経験値1960】

  ◇HT:416/416 ◇JT:816/816

   ・【CWV:25(23+2)】

   ・【BNW:26(24+2)】

   ・【MFU:28(28)】

   ・【YKN:21(21)】

   ・【NQW:51(36+15)】

   ・【XDE:116(102+14)】



 累計二時間連続でサンロードと戦闘する羽目になり、オレのみならず、ビコウやコクランも、ジンリン主催の、『サンロード百匹組手』クエストは、見事達成できずに終わった。

 ちなみに倒した数だが、オレは全体の76%。ビコウが89%で、コクランは58%にとどまった。


「もう少しいけると思ったんだけどなぁ」


 不服そうにつぶやくジンリンが、嘆息をつきながらオレを見下ろす。


「まて、普通に百匹ならまだいいけどな? 全体的に七百匹だろ?」


 一匹につき七回倒しきらないといけないから、そういう計算になるんだがな。

 その76%って、単純計算で五三二匹は倒してるんだぞ。

 結構がんばったんだからほめろ! ほめてください! じゃないとなきそうになる。


「オレが回復系の歌姫スキルを使わなかったらどうなってたか」


「でも結局は負けてるじゃない」


「お前があの時百匹って言っていたのを思い出して、これで終わりかと思ったらあれだよ? よく考えたら同じモンスターを七回倒さないと消えないってのもおかしいよ運営?」


「いやはや、そうは言ってもね、やっぱりそこは考慮しているというか、攻撃方法も突進と浮揚くらいしかないんだから、パターンを読み取れればそんなに難しくはないと思うんだ。ビコウさんなんてそれが判ったからか、遠距離魔法くらいしか使っていなかったし」


 ジンリンが頬を指でこすりながら苦言を弄する。

 デスペナを食らってからしばらくログアウトしていたのだが、ふたたびログインしてみると、その心猿から、


【レベルが四つ上がって、20台に入ったのはいいというか感謝してますけどね。さすがに今回は疲れたというか、一言文句を言わせてください。バカ! マヌケ! ****! さすがのわたしでも限度ってものがありますよ!】


 というむねのメッセージが送られていた。

 最後の部分はNGに引っかかってしまい、読むことはできなかったが、おそらく……そういうことだろう。


「さぁ、明日も同じ要領でレベル上げしよう。目標Xb25!」


 意気揚々と張り切るサポートフェアリー。

 待て! さすがに死ぬ。今回わかったことだが、連続で戦闘をするとストレスや疲れがあいまって、冷静な判断ができなくなってきていた。しかもパターンが単純だから作業見たいなものだったせいか、後半飽きていたんだと思う。

 サイレント・ノーツの時とは違って、脳の微弱な疲れを読み取るVRギアだと、妙に動きにくくなっていた。

 というか明日はバイトでログインできても、そんなにプレイできないと思うんだがなぁ。



 さて、前回ステータスを弄ったのがXb11の時だ。

 それから五つ上昇したので、ステータスポイントの振り分けのダイスロール。



 【<5D5>5+1+1+1+4=>12】



 以上の結果、こういうステータスになった。



 【シャミセン】/魔獣使い/7274K

  ◇Xb:16/次のXbまで0/160【経験値1960】

  ◇HT:432/432 ◇JT:880/880

   ・【CWV:30(28+2)】

   ・【BNW:27(25+2)】

   ・【MFU:29(29)】

   ・【YKN:22(22)】

   ・【NQW:55(40+15)】

   ・【XDE:129(115+14)】



 ダイス目が腐ったこともあってか、全体的にそんなに強くなっていない。

 ただほかのステータスに比べて異常なほどに高いXDE。

 これを見て、


「まさかまた星天遊戯の時みたいなことおきんよなぁ?」


 などと、不安で逆に哂いたくなっていた。


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