第249話・当所とのこと


「なにしにきたのよ?」


 ビコウが、姿を表したコクランに向かって、嘆息をつく。

 知り合いっぽい? いや実際知り合いというか、コクラン=ケンレンなのだろうけど。


「いやぁ、現状ふたりがどう反応するかなぁっと思ってね」


 そのコクランは、カラカラと笑いながら、オレたちのほうへと歩み寄ってくる。


「というか、シャミセン。いい加減弓から手をはずしてくれないかな?」


「んっ? あぁ……」


 そういわれたので、オレは弓から手を放した、、、、、

 パシュッ!

 弓から手を放せば、当然ノッキングポイントを引っ張っていた指から放すことになる。その反動で弦に引っ掛けていた火の矢は放たれ、


「…………――――」


 コクランの首元とフードの中を目がけて、火の矢が貫通した。

 コクランは目を大きく見開き、一瞬なにが起きたのかわからなかったが、即座に顔を青白く染め上げた。



「あ、ごめん」


 いちおう謝っておこう。オレは悪くないけど。


「ちょ、さすがに今のは死ぬ!」


 ヘナヘナと、コクランは腰を抜かしたように膝をついた。


「あっと、大丈夫?」


 ビコウが、苦笑を浮かべながらコクランに手を差し伸べると、それを手に取ったコクランは、ためいき混じりに、


「というかビコウ、あんたもさっきのチャクラムは当たってたんだけどね」


 睨むように言い返していた。


「あ、あははは」


 ビコウは逃げるように視線をそらすが、逃げれてないからな。


「ビコウはまだいいけど、シャミセンはまだフレンド登録してないから、あんたの幸運値だと最悪死んでたわよっ!」


 佳人のように整った顔が崩れる……まではいかないにしても、エンエンと泣かれてもなぁ。まぁ死ななかったのも運がよかったと思ってあきらめろ。



「それにしても、あれ? ケンレンじゃないの?」


「それじゃぁ、ためしにその本名を言えばいいんじゃないですかね?」


 ビコウに言われ、ケンレンの本名である谷川愛理沙を言ってみたが、


「*****」


 と、見事に伏せられた。

 NODのプレイヤーアカウントに登録されているプレイヤーの本名が保護的な意味で伏せられるシステムになったのは、さっき玉帝から教えてもらったし、オレ自身、セイエイの本名を口にしてNGになったことを実感している。……が、ここですこし疑問が出てきた。


「あれ? 前にセイエイがテンポウの名前を言った時は伏せられなかったんだけど」


「あぁ、たしかハウルさんがテンポウと同じ女子高に通っているてのを知ったときにセイエイが教えたんだっけ?」


 コクランが確認するように聞いてきたので、肯定するようにうなずいておく。


「まだコンバートする前だったから適用外だったんじゃないかな」


 ビコウに視線を向けると、ダラダラと大量の汗をかいているわけではないが、そうとしか捕らえられないほどに笑顔が震えていた。


「ちょっとチビ猿。あんたなんか知ってるでしょ?」


 そんなビコウに、コクランが目くじらを立てながら詰め寄る。

 あぁ久しぶりだな、このやりとり。


「あ、あのね……、今さっきシャミセンさんが言っていたことのあと、いや正確に言うと、テンポウとハウルが恋華にお仕置きをする前なんだけど、二人からシステム的にプレイヤーの本名を伏せられないかって申し出があったのよ」


 本来、プレイヤーの本名を口にするというのはネチケットに反する。ハウルやテンポウ以外にも、ただでさえ不特定多数の人間が参加しているMMORPGにおいて、プレイヤーの本名がさらされると、リアルでの生活の妨げになるため、プレイヤーの本名をNGワードにできないかと、NODの運営に問い合わせがあったそうだ。

 その流れで、ビコウが運営スタッフとプレイヤーを兼任している星天遊戯でもプレイヤーの本名はNGワードとして処理されるようになっているそうだ。

 ただ、ビコウが恋華セイエイのことを普段から口にしていることを運営スタッフが知っていたのと、前にビコウ本人が言っていた、そもそも名前が渾名にも聞こえるからだろうから、このアップデートの適用外なんだろうけども。


「つぅーか、ハウルたちのところなら進学校で女子高だからまだしも、セイエイと綾姫のところは普通に共学だからな」


 と、口を尖らせながら、ビコウを見据えた。

 偏見かもしれんが、女子が好んでVRMMORPGをやっている可能性はなくもあらんが、綾姫みたいにクラスメイトか、セイエイを知っている同級生とか学校の生徒がやっていたらどうするのよ。


「あぁそこは大丈夫です。フレンドには聞こえるみたいですけど、それ以外には聞こえない設定になっているようです」


 それなら安心か……。


「はて、それならなんでさっきセイエイのことを本名でいえなかった?」


 疑問が浮上し、思わず首をかしげてしまう。


「あぁ、あくまで周囲に人がいない場合ならシャミセンさんでも本名で言えますよ。さすがにフィールドだとプレイヤーがごまんといますからね」


 ビコウがあわてたように説明する。

 つまりフレンド以外だと普通に使えるというわけか。



「今度試してみようかな」


「それはまぁいいけどさ、二人してなにやってたのよ」


 オレとビコウの会話に割ってはいる形で、コクランが首をかしげる。


「いや、今日はどうしようかなって。まぁレベル上げをすることには変わりないんだけど」


「あぁ、そういえば、二人ともXbが20いってないものね」


 かという自分だって行けてないけど……と、コクランは口元を隠すようなしぐさで笑う。


「星天遊戯ならお勧めの場所とか教えられるけど、NODはほとんど初見でプレイしているからなぁ」


 さてどうしたものかと、ビコウが肩をすくめたときだった。


「それでしたら、逆に魔法盤の熟練値を上げるとかどうですかね? 魔法の効率を上げていけば、表示されているステータス以上の効果を発揮する場合もありますし」


 ジンリンが、教師が黒板に書かれた文章を棒で指し示すような形で人差し指を立てた。


「それとモンスターを倒した場合、二分間新しいのが出てきませんからね」


「あれか、HTの回復時間くらいは待ってくれているわけね」


「わたしとしては間髪いれずに二〇回くらい戦闘したいですけどね」


 ジンリンがせっかくクールダウンを教えたというに、ビコウが物足りなそうに唇をすぼめる。


「それなら短時間で経験値が多く手に入りますし、モンスターの特長とか行動とか色々見れますからね」


 忘れてた。ビコウもビコウで、セイエイと同じ戦闘狂なんだった。


「まぁクールダウンができる分はまだいいんだけどね。どこその誰かが星天遊戯で連続三十三回戦闘しないとクリアできないクエストエリアにムリヤリ連れて行かれて、最悪死ぬ思いしたんだけど」


 ジッと、コクランはビコウを睨むのかと思ったのだが、その視線はオレのほうへと向けられていた。

 はて、オレなにか彼女の気に障るようなことをしただろうか。


「それはいいけど、シャミセン……、それってなに?」


 と、コクランはオレの右肩に腰を下ろしている妖精を指差した。


「あぁっと、シャミセンさん専用のサポートフェアリー」


「はぁっ? なにそれ? なんでそんなのがシャミセンにあるのよ?」


 ビコウの言葉をかき消すように、驚きを隠さないコクラン。


「それってなんかのクエストで手に入れたとか?」


「えっ……と――」


 ジンリンが助けを求めるような視線でオレを見据えてきた。


「えっと、詳しいことはあとで教えるから……んっ?」


 頭をかかえながら、ビコウは虚空に指を滑らせる。

 メニューウィンドウを展開させ、なにか作業をしているようだ。


「はぁ……」


 深いためいき。


「んっ? どうかしたのか」


「あぁいや……、さっき急にフチンとの会話を切ってしまったので、そのことでメールが来てました」


 苦笑を浮かべるように説明するビコウ。急に反応がなくなってしまったので、玉帝が心配したのだろう。


「まぁゲームの中でやり取りしていたので、突然戦闘に巻き込まれたのだろうと解釈してくれました」


 それはいいけど、そろそろどこに行くか決めないといかんし、オレはオレで、そろそろ第三フィールドで動けるほどにレベルを上げたいところだ。


「でしたら、すこしお三方にお勧めな場所がありますよ」


「それってどこ?」


「【狂人の森マッド・フォレスト】です」


 そう口にしたジンリンの笑みは、暗黒微笑ともいえる、狂気を孕んだ禍々しいものだった。


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