第243話・暴風雨とのこと



「ダメージが通っている?」


 セイエイの攻撃が、ペロ・ミトロヒアに通ったことが、ジンリンは、まだ信じられないといった顔でつぶやいていた。


「やっぱり魔法以外の攻撃はダメージがあるってことか」


 予想的中。以前ビコウが云っていたことだが、このゲームのバトルシステムは通常攻撃よりも、魔法盤を介して、属性を付加させた武器や攻撃魔法を優先してしまうプレイヤーが、第二フィールドでは多く見受けられる。

 無属性なら、通常の攻撃と認識されるだろうが、知能値NQW攻撃力CWVという計算ならば、誰もが魔法属性をつけて戦闘してしまうだろう。

 その欺瞞を、ペロ・ミトロヒアを通じて思い知らせているということになる。

 ということは、ジンリンがペロ・ミトロヒアを、今のオレたちでは倒せないと言ったのは、ステータスが足りないのではなく、反魔法スキルを無効化するアイテムや術をまだ持っていないからと推測できる。


「魔法盤で創った武器って【無属性】?」


「基本的には別の単語を組合さない場合のみ【無属性】になりますね。たとえば【炎の剣】を魔法盤で作製したとします。これですと魔法武器の属性が【火属性】になりますからね」


 セイエイの問いかけに、ジンリンは解説を交えながら説明する。


「【双剣】や連続攻撃が可能な魔法武器に関しても、炎や氷の、属性に関する英単語をつけない限りは【無属性】の魔法武器として受理されるから。ただアイテムや装備品で付加される属性に関しては通常攻撃として受理されるんだよ」


 なるほど。魔法武器の作成にもルールが設けられているわけか。

 大体のプレイヤーは攻撃魔法を付加させた武器を作成するから、それ自体が魔法攻撃として受理されるというわけだな。


「ボクがまだ***やセイエイさんたちが、ペロ・ミトロヒアを倒せないと言ったのは、【無属性】の魔法武器に他の属性を付加させる方法を持っていないからなんだよ」


 言われて、セイエイが目を点にする。

 あ、この子、そんなのおかまいなしに属性を付加させた魔法武器で攻撃してたな。

 うん、オレが前に教えていることを覚えていたのがよかったのか、それとも野性の勘で、直前になって気付いたのか……。

 いずれにしろ、怖いな。



「わたしが星天遊戯で使う【三昧火】みたいなのは?」


「あれって、【火】と【水】の属性を状況に応じて変化させているんだったっけか? 属性がふたつ以上ある場合は……というかまずそういう武器って創れるのか?」


「それはちょっと無理があるかなぁ。【吹雪】のような【水】と【風】といったふたつ以上の意味を持った属性の魔法でも、魔法武器として使う場合は意味的に強いほうが優先されるからね」


 ジンリンの説明だと、【吹雪】は雪が強い【風】で舞うことになるだろうから、属性では【風】に当たるということになる。



「それはいいですけど、目の前のモンスターを無視しないでください!」


 下からセイフウのツッコミが聞こえてきた。


「無視はしていないんだけども」


 地面に叩きつけられているペロ・ミトロヒアがどう動くかはわからないが、気を失っていてくれれば万々歳。

 ただ、ジンリンが危険視している以上、イベントボス的な扱いと思っても……。


「うわっと?」


 すこし、下に目を落とした時だった。

 ガクンッと、からだが沈むような感覚がしたと同時に、セイエイが空中で魔法文字を展開させながら、ふたふりの、ガントレットに四尺弱の剣身をつけた魔法武器を握り締めながら、ペロ・ミトロヒアに向かって落ちていっていた。

 いくら基礎能力値ステータスがこの中で一番良いとはいえ、落ち方が悪かったら一撃で死ぬぞ。


「こ、怖いものしらずって、傍から見ると気狂いとしか思えないね」


 ジンリンが、それこそ唖然とした苦笑を浮かべる。


「本人の前で言うなよ。あれで結構ナイーブなところがあるし、あっけらかんとしてても、内心傷ついていることもあるから」


 たぶんあの猟犬は、こと戦闘においては野性の勘を優先にしているからなぁ。

 まぁそれがあの子の戦闘スタイルだからいまさらって気もするが。

 あれだな。手当たりしだいに試せることを試しているといったところか。

 ただ攻略法がわかれば危険なことをせず、弱点を突いたりといった効率的な戦闘はしているんだけど。

 こりゃ、本当に誰か近くにいないとデスペナ待ったなしだな。


「あぁもう! セイフウッ! そっちに落ちていったセイエイのサポートを頼むっ! あと攻撃は魔法武器だけで属性はつけるな。魔法武器の単語だけで良い」


「了解しました。魔法盤展開ッ!」


 オレの声に反応したセイフウが、魔法盤を取り出すと、



【XZQKGZA】



 と、魔法文字を展開させ、ワンドをロングボウへと変化させる。


「かっ!」


 ペロ・ミトロヒアに狙いを定め、矢を放つ。


「命中はしたみたいですけど」


 セイフウはなんとも煮え切らない声を放つ。ダメージが通っていても、ないようなものだからなぁ。


「【三連撃トリプレット】みたいなやつってつかえない?」


「使えたらとっくに使ってますよ」


 悲鳴に近い声で言い返してきた。


「このゲームって、プレイヤーが不利になることが多すぎません? ワンシアやチルルみたいに体現スキルならまだしも、プレイヤーにそういう項目ありませんでしたし」


「なんかすみません」


 頭の上に乗っているワンシアが、しょんぼりとした声であやまる。


「別にワンシアが悪いわけじゃないからな」


「それも魔法文字で受理する以外方法がないからなぁ」


 つまり補助魔法も自分で探せってことか。

 ……んっ? たしか前にそれと似たようなことをした覚えが。


「なぁジンリン、味方の攻撃力を増加させる魔法を使った場合、魔法武器の属性ってどうなるんだ?」


「属性を加えていないから基本的には【無属性】になるけど――ッ!」


 ジンリンは、「アッ!」と目を大きく開いた。


「NODのシステムが[サイレント・ノーツ]を引き継いでいるし、以前***は敏捷性をあげる魔法文字に成功している」


 オレがやろうとしたことに気付いたのか、竜胆色の長い髪をなびかせた妖精は、不敵な微笑えみを浮かべる。


「それなら、攻撃力を増加させる魔法文字を教えることはできるよ」


「それはなんとも頼りになる」


 正直、英語のスペルなんて覚えていないからなぁ。

 こういうときの歌姫エレンは、ほんと頼りになる。

 右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。


「セイエイ、セイフウ。二人ともペロ・ミトロヒアとの間合いをあけろ」


「「了解ッ!」」


 言うや、セイエイはパッとうしろへと一蹴し、ペロ・ミトロヒアから間合いをあける。

 もともと離れていたセイフウも、すこしばかり間合いをあけ、ふたたび【無属性】での魔法武器が作製できるよう、魔法盤を展開させたまま、警戒態勢を取っている。



 【FQFVKNIZ】



 展開させた魔法文字が受理されると同時に、セイエイやセイフウ、そしてオレのからだをオレンジ色のオーラが包み込んでいく。



 ◇歌姫スキル【エネルジーコ】が発動されました。

  ・シャミセンのCWVが40%上昇しました。【残り00:59】

  ・セイエイのCWVが30%上昇しました。【残り00:59】

  ・セイフウのCWVが8%上昇しました。【残り00:59】



 うし、成功……とは言い難く――、


「なんでわたしだけ上昇値が一桁だけなんですかぁっ?」


 と、セイフウがオレの補助魔法に対して文句を言ってきた。

 数値に関してはほとんどランダムだから、文句を言われてもなぁ。

 最悪上昇値が1%なんてこともあるわけで。


「ぐぅぐぐぐ」


 補助魔法が受理されると同時に、ペロ・ミトロヒアがうめきごえをあげながら、セイエイに狙いを定めながら、ゆっくりとその大きな口径を開いた。


「魔法盤展開……ッ」


 犬の妖精の眼前に立つセイエイの眼に恐れの色はなく、ジッと獲物を狙う猟犬のまなざしで、獲物をその視界にとどめている。


「グゥガァァアアアアアアッ!」


 ペロ・ミトロヒアは後ろ足を蹴って、セイエイに襲い掛かる。



【IXZIEDT】



 その直後、セイエイの魔法文字が展開され、すんでのところでペロ・ミトロヒアの攻撃を横に前転するや、それこそドロップキックするように両足を伸ばし、ガッとクワガタの角のようにしてその首を掴んだ。


「はっ!」


 そのまま掴んだ両足で首をひねるように地面へと叩きつけるや、ドゴンッと、大きな音と地響きが鳴り響いた。



「…………っ」


 その光景を見て、ジンリンが顔をひきつらせていた。


「あ、あのさぁ……このゲームって魔法を使うのが前提なのに、なんで敏捷性増加の魔法を使って、モンスターの攻撃をよけた瞬間にあぁいう芸当ができるの? 失敗したら足食われてたよ」


「あぁっと、たぶん本人はよけた瞬間、あの犬っころにすこしダメージがあればいいやみたいな感じでやったと思うぞ」


 足を伸ばしたところが偶然首元だっただけで、たぶん本人はそんなにすごいことをしたとは思っていないだろう。

 まぁ星天遊戯だと、普段から敏捷性増加の体現スキルを使っているから、こういう芸当を何度かしているんだよなぁ。

 普段の高い敏捷性に、体現スキルで増加させていることに加えて、本人の突拍子もない奇襲もあるから、正直うしろを取られたら負ける。

 ビコウですら負けるって本人が言っていたなぁ。


「おーい、セイエ……ん?」


 セイエイに声をかけようとしたとき、「ピピピピピピ」とどこからか警告音が響きだしてきた。



 ◇【魔法の箒】の使用時間が残り三十秒になりました。

  ・このまま【魔法の箒】を使用した場合、プレイヤーは墜落します。



「あッ、言い忘れてたけど、魔法の箒は基本的に陸から陸への移動手段に使われるスキルだから、一分以上その場に待機したままだと魔法が切れるんだよ」


 えっ、なにその仕様。てっきりJTが尽きるまで使えると思ったのだけど。


君主ジュンチュ、この高さならばスィームルグに変化することができます」


「うし、それじゃ……」


 ワンシアに変化の術を命じようとした瞬間、魔法の箒の効力がきれ、オレのからだはガクンと地面へと放り投げられた。



「……っ! シャミセンさん!」


「シャミセンっ!」


 セイエイとセイフウの声が聞こえる。


「ぐぅおぉおおおお大おっ!」


 オレの眼下には体勢を整えなおしたペロ・ミトロヒアの眼光がオレを定めていた。


「にゃぁろう、魔法盤展開ッ!」


 魔法盤を取り出し、空中でダイアルを回していく。

 ペロ・ミトロヒアがパッと飛び上がり、その大きな口をひろげ、鋭い牙を見せる。

 何人ものプレイヤーを食い殺した血腥い息が、離れたオレの鼻孔をいやらしくくすぐる。


「きたねぇ息してんじゃねぇよ。犬畜生がッ!」



【XYQIF】



 スタッフを三メートルのランスに変化させ、落ちていく重力に身を任せながらその矛先をペロ・ミトロヒアに突き刺そうとしたが、


「くぅっ?」


 すんでのところで、やわらかい風が吹き、オレのからだはその風に流され、狙いがそれてしまった。


「ぐぅがぁ」


 それを見逃すほどやわいゲームではない。

 ペロ・ミトロヒアはからだをひねらせ、両前足でオレの肩を掴み、首元を狙うように口を広げた。



「ぐぅぬ?」


 不意に、ペロ・ミトロヒアは虚を突かれたような鳴き声をあげた。

 オレが、死ぬはずのオレが、まったくそれに動揺せず、なお強がった微笑を見せていたからだろう。


「おい犬っころ……今のオレがお前を倒せないことはよくわかった。あぁまったく通常の攻撃力が歯が立たないってことはなぁ――」


 その負け犬の遠吠えに、犬の精は小さく笑みを浮かべる。

 こいつの中では、オレはただの負け犬としか思っていないだろう。


「だがなぁ、オレよりも――ワンシアを自由にしちまったのはちょっといただけないんじゃないかぁ?」


「――ぎぃ?」


 ペロ・ミトロヒアは「しまった!」といわんばかりの声と表情で、空を仰いだ。

 空には大きな雨雲が浮かんでおり、ところどころ雷鳴が響いている。


「ワンシァッ! [力气雨リチユイ]・[暴風雨バオフェオンユイ]」


 雨雲から激しい雨が降りしきり、風が激しくなっていく。


「ぐぅぎゃぁ?」


 いくら風を操ることができても、それは体勢を整えてからじゃないとムリだろ?

 ならそれ以上の、風の壁を作ってしまえば、身動きは取れないんじゃないか?


「ぐぅぬぬぬ」


 ペロ・ミトロヒアはオレの顔を見下ろし、肩を掴んでいる前足に力をこめる。


「ぐぅあぁっ!」


 その痛みに耐え切れず、オレは悲鳴をあげた。


「冥途の土産にいいことを教えてやる。お前は自分のスキルが属性が付加された攻撃を返すことができるが、だからといって、オレのフレンドプレイヤーはそんなの関係ねぇんだよ」


 オレの眼前に、そしてペロ・ミトロヒアの背後に、首輪を解かれた狂犬が、からだを翻すように現れた。

 その眼光は紅く、まさに獰猛な獣の眼差し。


「シャミセンッ! 攻撃が当たったらごめん」


 一言誤りを入れるや、狂犬は両拳をうしろへと、ためるように振り下げる。

 そして一撃繰り出すや、


「ダァリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャッ!」


 ペロ・ミトロヒアの背中にめがけてラッシュを繰り出した。



 ボキ、ボキ、ボキと骨が砕ける音が、激しい雨音の中かすかに鳴る。


「ごぅげぇぎゃぇ?」


 ペロ・ミトロヒアは、セイエイの連続攻撃ラッシュになす術なく、サンドパッグのように固まる。


「こぉれぇでラァストォオオオオオオオッ!」


 セイエイはぐるりとからだを回転させ、その勢いのままペロ・ミトロヒアの顔めがけて、かかとを振り下ろした。

 ゴギャァッ!

 硬い頭蓋骨が破壊される音が大きく鳴り響く。


「ぎぃぎゃぁああぁ!」


 ペロ・ミトロヒアの断末魔は渦を巻くように虚空へと消えていった。


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