第241話・勧誘とのこと


「ところで、ちょっと聞いてもらっていいですか?」


 ジンリンのせいで乱れてしまった法衣をなおしていたセイフウが、ふとオレに視線を向けながら問いかけてきた。


「なんの話?」


「星天遊戯をやってるクラスの子から聞いたんですけど、最近自分のギルドに誘おうとしているプレイヤーがいるそうなんですよ」


 セイフウの言葉に、ジンリンはすこしばかり腑に落ちない表情で、


「それは別に、脅迫や嫌がらせをされたり、強制的なものではない限り、運営としては話を聞く以外に対応はできないかと」


 ジンリンの言うとおり、人道から外れたような行いじゃない限りは、運営も手は出せんよなぁ。ビコウもPKとかに関しては基本的に肯定してはいるけど、やりすぎているプレイヤーに対しては、ボースさんやコウマさんと一緒に、お仕置きをしているらしい。

 一般的なプレイヤーは、PKを倒すことができれば経験値をもらえるのだが、ビコウにその権限がない。

 そのわりには、たしかボースさんがレベルマックスになった理由は、PKにお仕置きをしていたかららしいけど、まぁ、ビコウはビコウでいやだったんだろうな。

 まぁ、話を戻して、単にそのプレイヤーが管理しているギルドのメンバーが少ないからっていう理由もあるんじゃなかろうか。


「それだけなら話はそこで終わりなんですけど、その子、まだゲームをはじめたばかりのころに勧誘されて、そのギルドに入って二週間は経っているのに、いまだに初期装備のままなんです」


「単純にお金がないんじゃ?」


「さすがに二週間もやっていれば、すこしはいい武器や防具を買うことができますし、初心者ならローロさんのところに行けば、ある程度は作ってもらえるんですけど、それを教えても、『できない』って断られてしまって」


 はて、最初にローロさんが経営している鍜治場に行った時、オレみたいな初心者プレイヤーがいて、安いお金で依頼を受け付けていたし、依頼者のレベルを考えて助言とかしてたな。

 オレもセイフウと同じ立場だったら、まず最初にローロさんを紹介しているだろうし、セイフウの判断は間違っていない。


「その話、もう少し詳しく聞かせてくれませんか?」


 ジンリンが険しい視線をセイフウにぶつける。


「えっと、『ギルド運営のためにお金が必要だから、メンバーは一定のお金を納めないといけない』って言ってました」


 要するに積立金か。ギルドを大きくしたり、武器を強化させることだって、結局はお金が必要になる。

 オレもナツカのギルドには色々と世話になっているし、依頼料もいくらかは払っている。

 実を言えば、中規模からギルドハウスか、もしくはそれに伴う魔法のテントがもらえるみたいだが、維持費や土地代なんかが惹かれているらしい。


「んっ? だからセイエイやテンポウたちって、ギルドを持ってなかったのか?」


 みんなレベル30以上はあるのだが、ギルドを作るにもまずクエストをクリアしないといけないらしいが、セイエイは基本的にギルドに所属しないほうが色々なギルドの依頼を受けられたりで動きやすいし、あまり人と喋るのが苦手だからという理由。

 テンポウは人付き合いが面倒らしく、ケンレンはプライベート優先だから、ギルドの管理はあまりできない状態だ。

 ビコウは……そもそも半分運営側のプレイヤーだから、そもそもギルドが作れないどころか、入ることすらできないらしい。



「たしかにそれは必要なことかもしれませんけど、だからといってプレイヤーの阻害になるようなことはできないはず」


「ナツカのところはどうなんだ?」


「白水さんがためしに作ってみたアクセサリーをプレゼントしてくれたり、ナツカさんのつてでローロさんに武器の作成をメンバー割引でやってもらえたりしてくれますね」


 セイフウは言葉を一度とめる。


「戦闘に関してもアレクサンドラさんが丁寧に教えてくれますし、オレはメイゲツとよく組むことが多いんですけど、レベルが低いうちは世話好きのメンバーがサポートに入ってくれて、アイテムはみんなのもので、手に入れたお金の九割は自分のふところにしまっていいと言っていました」


「あれ? お金を納めるのは一緒か」


「そこはまぁ、必要経費に回すと言ってましたし、特殊なクエストがあったり、手に入りにくいドロップアイテムの情報があると、セイエイさんやケンレンさんたちに依頼メッセージを送って、その依頼料に使っているみたいです」


「メンバーから集めたお金で私腹を肥やしているってわけではないか。セイエイの力を借りないと手に入りにくいってことになると、余程強いモンスターからってことになるだろうし」


 はて、なんかとてつもなく引っ掛かりがあるんだが?


「はてな、話をセイフウのリア友に戻すけど、要はそのお金がナツカのところと比べて、税収が高いってことか?」


「……もしくは、ルールの抜け穴を潜って、ゲームを始めたばかりの低レベルプレイヤーにしか与えられない特典みたいなものに目をやっているか」


 ジンリンが妙なことを言う。


「えっと、最初のころは経験値が二倍になる『EXPポーション』を運営からもらえて、楽にレベルが上がるが、これは……まぁ、違うだろうなぁ」


 腕を組み、唸るように頭を抱えるオレ。たしかPKに遭ってもそのアイテムだけは盗めないようにしていると、ボースさんから聞いたことがあるし、そもそもそういう便利なアイテムは初期のころに使って経験値の足しにしていたはずだ。

 実を言うと、ビコウたちからそのアイテムの存在を言われるまでしらんかったし、ログインボーナスでもらえるアイテムを確認するだけで、プレゼントボックスの中身を見てなかったしね。


「ということは、どういうことだってばよ?」


 そのギルドがなんの目的でそんなことをしているのか、まったくわからん。

 ここは運営側の人間でもあるビコウにメッセージで、ログインしてなかったらメールで聞いてみるか。

 フレンドリストを確認してみると、どこかに出かけているのか、ログインはしていないようだ。


「あれ? セイエイもいないのか」


 ほとんど毎日ログインしているあの子のことだ。

 この時間だったら、すでにログインしているはずだと思ったのだけど、リストには<ログアウト>の文字が出ている。

 しかたない、メールでたずねてみよう。



 † † † † † † † †



「…………」


 ワンシアを一瞥するように見下ろすと、彼女は片耳を器用にぴくつかせた。


「モンスターですか?」


「それもありますが、数的には四つですね。それともうひとつ――」


 探索系スキルを持ったモンスターって、こういう時に便利だよなぁ。

 ポップされたモンスターの数は五体ってことになる。ここは経験値の肥やしになってもらおう。

 ――かと思ったのだが、ワンシアはその音がしたほうに視線を向け、


君主ジュンチュ、『君子危うきに近寄らず』という言葉がありますが」


 と、焦燥とした声色で唸った。


「なんだ? ヤバいのでもいるのか?」


 遠目には確認できんからなんとも。

 ビコウやセイエイみたいに、火眼金睛かがんきんせいのような遠くが見えるスキルが使えればいいのだけど、そういうシステムはまだないらしい。

 前に白水さんが凸レンズをふたつ使って、簡易望遠鏡使っていたけども、あれは、まぁ、あの人のプレイヤースキルだからなぁ。


「……そのうちの一匹がペロ、、ミトロヒア、、、、、なのですが」


 マジかぁ……、ジンリンから聞いた話だと、攻略アイテムを持っていない以上は遭遇しない方がいいと忠告を受けているモンスターだ。現段階で、その対処法はまったくない。

 しかも残りの四匹はその近くにポップされているらしく、



 ◇ルラキシンミャ/Xb9/属性【水】

 ◇ルラキシンミャ/Xb6/属性【水】

 ◇サンドラゴン/Xb5/属性【地】

 ◇フラムコルボー/Xb9/属性【風】



 と、夜目が使えるワンシアがモンスターを確認するや、その情報が、オレのほうにもポップされた。


「あれ? 前に遭遇して***がデスペナにあった後、第二フィールドまではペロ・ミトロヒアがポップされないよう、スタッフに連絡を入れていたはずだけど」


 ジンリンが、はて……と首をかしげる。

 が、次第に、般若のように険しい、憤りを思わせる顔色に染めた。


「もしかして、修正アップデートし忘れてる? もしくは初見どころか条件ありで死ぬけど、逃げられないわけでもないから消さなくてもよくね? とか思ってあえて消してないとか?」


「運営仕事しろぉっ!」


 そりゃぁ逃げられなくはないのだろうけど、初見殺しもいいところ、むしろ術にかかったら、まな板の上の鯉だったぞ。

 そもそもこのゲーム、掲示板経由はまずネタバレ禁止で情報交換が制限されているから、ペロ・ミトロヒアのことを知らないプレイヤーがおおいんじゃなかろうか。


「えっと、どれだけヤバいんですか? そのペロ・ミトロヒアって」


 オレやジンリン、ワンシアの焦りように、どれだけやばいモンスターなのかを察したのか、セイフウが困惑した口調で聞いてきた。


「攻撃魔法で倒そうとしても反魔力スキルを使って、防御力無効でダメージを返してきます。プレイヤーを混乱させることもできますね」


「ビコウが星天遊戯で、相手を撹乱するときによく使っている【縮地法】とかのテレポート系が使える」


「ペロ・ミトロヒアの咆哮を三回聞くと問答無用で死にます。どんなに離れていても音を聞いただけでカウントが入ってしまいます」


「それってどう足掻いても、今のわたしたちには対抗の糸すらつかめないくらい絶望しかないんですけど? パンドラの箱みたいに希望は入っていないんですか? なんでシャミセンさんってそういう厄にまみれてるんですか? ほんとうにぃ!」


 ジンリン、オレ、ワンシアの順番に、ペロ・ミトロヒアの説明を聞くや、セイフウは悲鳴をあげた。

 あとテンパっているせいか、オフでの一人称が出ているぞ。



「オォオオオオオオオオオオオオ」


 なんか聞こえたんですけど? 野獣の咆哮みたいなやつ。

 チラリとワンシアを見下ろす。そのワンシアもオレを見上げていた。


「妾は違いますよ?」


 ワンシアが、オレが本人に聞きたいことを予測していたのか、それに対しての返答を口にした。


「そんなやたらめったに吠えないもんね?」


 ジンリンに吠えたのだって、彼女のわがままに嫌気がさしてのことだっただろうし。


「これでもいちおうは気品ある花魁をイメージしてありますから、あのような品のない吠え方はいたしませぬ」


 仔狐状態で胸を張られてもなぁ。


「ここは逃げた方がいいな」


 他にポップされているモンスターは倒せなくもないが、近くにペロ・ミトロヒアがいる以上、油断して死ぬ可能性が大だから、手が出せないし、もったいないけど死ぬよりははるかにましだ。


「魔法盤展開」


 右手に魔法盤を取り出そうとしたのだが、



 ◇魔獣の咆哮により、魔法盤の使用ができなくなりました。



 なんか見ちゃいけないログが出てきたんですけど?

 つまり、魔法盤がなければ、当然魔法が使えず、ワンシアをスィームルグに変化させるにも、一度空高く飛んで、落下しているときじゃないと変化できないわけで……。


「……どげんしろと?」


 八方ふさがりって、このことを言うのかしらね?


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