第240話・悩乱とのこと
翌日の午後七時。バイトは休みだったため、大学が終わると約束もなしにまっすぐ帰宅。目標のXb20になるまで今日も今日とてレベル上げだ。
夜時間になっているせいか、
「月見酒なんてのも乙な気がするけどな」
スィームルグ状態のワンシアの背中に腰を下ろしながら、ふと風情につぶやく。気分はあれだな、アラビアンナイトのアラジンで、スィームルグは魔法の絨毯といったところか。
最近リアルでは季節外れの残暑で寝苦しかったから、ゲームの中とは言え、季節相応の冷気をまとった夜風は意外に気持ちがいいものだ。
「未成年なんだからお酒なんて飲めるわけないでしょ?」
オレの冗談に、ジンリンが待ったをかけた。
「そこはほらノンアルで」
もしくは子ども用のシャンパンでもいいじゃない?
「ノンアルでも商標的には酒類に分類されるの。そもそもアルコール依存症患者の治療施設だとアルコールがある商品は使えないんだって。味醂とかお醤油とかって安いものだとアルコールが入っているからね」
「…………っ」
幼馴染からのマジレスに思わず噴出す。いや、むこうは真剣に怒ってるんだろうけど。
「それに、ケツバさんのところで言ってたよね? 重度のアレルギーだとたとえ嘘の料理であったとしても……って聞いてる?」
さて、そんな会話をしながら、ソロでいけるかどうか試してみるかと、北の沼地に向かっているときだった。
「んっ?」
ワンシアが視線を地面のほうへと向け、疑問をもった吐息を吐く。
「なにかあったか?」
目的地まではまだもう少しかかると思うのだけど。
「いえ、聞き覚えのあるプレイヤーの声がしたものですから」
ワンシアのモンスタースキルかどうかはわからないが、どうやら半径五〇メートルくらいまでなら音の判断ができるらしい。
ちなみに現在、他のプレイヤーに見つからないよう、五十メートル以上の高度で飛んでおり、範囲外だったからなのか、声の判別はできていないようだ。
「オレの知り合い?」
そう聞き返してみると、
「ですね。降りて確認してみましょうか?」
「あぁ、頼む」
ワンシアははばたきを休め、急降下していく。
「どわっとぉ?」
いきなりのことで、オレはバランスを崩し、ワンシアの背中にしがみつく。
「みゃう?」
妙な嬌声をあげるな。なんか余計なところを触ったんだろうかねぇ。
「魔法盤展開ッ!」
ちょうど地上との距離が一〇メートルほどに迫っていたとき、ワンシアが言っていたとおり、見覚えのあるプレイヤーがワームと戦闘をしているのが見えてきた。
「これでとどめぇ!」
そのプレイヤーは魔法武器で得意の弓矢を創造し、風の矢をワームの急所に命中させた。
弱点属性だったからか、それとも風をまとわせた攻撃だったのか、とどめをさされたワームの、一メートルはあるだろう大きな体躯がみじんぎりのように散らばっていく。
「よし。レベルアッ……プ?」
年相応の、ほがらかな声をあげながら、セイフウは空が仄暗くなっていることに気付き、空を仰いだ。
「ふぇぇ?」
目が点になっているけど、まぁそういう反応だよなぁ。……などと思っていたのだが、
「シャ、シャミセンさん? えっ? なに? なんですかそれ? もしかしてワンシア以外にテイムモンスターを手に入れたんですかぁ?」
と、おどろいたのは一瞬だけで、その後はオレが乗っているワンシア(スィームルグ状態)に目を輝かせていた。
あれ、そういえばワンシアがスィームルグに変化できるようになったのって、メイゲツが擬似妊娠をした一件の前からなんだけど、なんであぁいう反応なんだっけ?
「えっと***、セイフウさんはまだこの状態のワンシアを見てないんだけど」
オレの左肩に乗っているサポートフェアリーが苦笑を浮かべるように言う。あぁ、そういえばそうだった。
「
そんなセイフウの反応に若干ドン引きするワンシアに言われ、オレはセイフウの元へと降り立った。
「うし、戻れワンシア」
オレがパチンと指を鳴らすや、スィームルグ状態のワンシアのからだがパッと白く輝き、元の狐の姿に戻った。
「あぁ、ワンシアの変身スキルだったんですか」
セイフウは、正体がワンシアだとわかるや、あからさまに残念そうな声と表情を浮かべていた。なんか子供の夢を壊したような気がして心が痛い。
そんなセイフウは狩人のような
その姿が星天遊戯での白水さんが着ているコスチュームと重なって見えてしまい、
「なんか、白水さんみたいだな」
彼女にそのことを指摘してみた。まぁ星天遊戯でも二人とも職業が弓士だから似通うことはあるんだけど。
「あぁやっぱりそういう反応しますよね。メイゲツや本人からも言われましたし」
本人って、白水さんか。
「まぁ新しい法衣を作ったときにシュエットさんにお願いしたのがこういうデザインでしたし、ステータスも器用値を重心において設定してもらったので文句はいえませんよ」
セイフウは苦笑を見せながら、
「それで、さっきワンシアが変化していたモンスターですけど、あれって星天遊戯のモンスターじゃないですよね? NODでもまだあぁいうのは見たことがないんですけど」
と、話題をワンシアの変化についてシフトを変えた。
「もしかしてチートとか?」
凝視するように、オレを睨むセイフウ。
「あぁっと、どう説明したらいいかねぇ」
実は運営が昔やっていたMMORPGのデータがリンクしていて、その影響で使えるようになった……と言ったところで、法螺吹き話のなにものでもないだろうし。
「まぁいいですよ。多分シャミセンさんだからって言われるとなんか納得してしまうので。そもそもジンリンさんがいる時点で可笑しいですから」
なんか勝手に納得された。まぁ今はそれでもいいか。
「ところでどこかに向かっていたんですか?」
「あぁちょっと第三フィールドに行けるようにはなったんだけど、レベル的はまだ不安要素があってな。北の沼地に行ってレベル上げをと思ったんだけど……、それよりなんかめずらしいな、いつもだったらメイゲツとパーティーを組んでいるもんだと思ったんだが」
フレンドリストを見てみると、めずらしくメイゲツはログインしていない。
「あ、メイゲツでしたら今日はマーチングバンドの練習で遅いんですよ。帰ってくるのが七時半くらいみたいで、ママが迎えに行ってます。パパは今日もお仕事で遅いみたいです」
「ってことは、今家にはセイフウが一人ってことか?」
「そこはご安心を。家におじいちゃんがいますから」
まぁ一人じゃないだけまだ安心か。
「そうだ。***、セイフウさんもレベル上げに誘ったら?」
なにを思ったのか、サポートフェアリーがそんなことを言い出した。
「オレは別にかまわないけど」
セイフウを一瞥してみるや、
「オレとしてはここでレベル上げをしておきたいところですし、そのシャミセンさんが行こうとしているところって、セイエイさんやハウルさんから聞きましたけどフィールドボスがいるところですよね? それならやっぱりメイゲツと二人で一緒にクリアしたいって思ってますし」
セイフウはセイフウで予定もあるだろうし、先に行くとあとで文句とか言われるんだろうなぁ。
「特典としてスィームルグに乗れる権利を与えましょう」
「わぅっ!」
セイフウ本人が断っているのに、誘おうとしているジンリンにしびれを切らしたのか、「調子に乗るな」と合成獣が吠えた。
「ぴゃうっ!」
それにおどろくや、ジンリンは慌ててセイフウのふところに隠れていくのだが、
「ちょ、ちょっとジンリンさん? い、いきなりどこにはいって?」
虫が服の中に入ったように、セイフウが慌てふためきだした。
「しゃ、シャミセンさんっ! 取ってぇ! 取ってくらしゃいっ!」
なんか余計に奥の方に入ったか、もしくは背中の方に入り込んでしまったか、セイフウはジタバタとマントを脱ぎ取り、背中をオレの方に向ける。
「あぁっと、ジンリン。相手が嫌がってるんだから出てこい」
「あのねぇ***っ! ボクが大の犬嫌いなの知ってるはずだよね?」
ワンシアがおおきく吠えたのがよほど堪えたのだろうけど、さすがに高校生にまでなっておきながら、駄々をこねるようなことじゃないだろ。
まぁ小学生の時、通学路にいた小型犬に思いっきり噛まれたトラウマがあるのは知ってるけども。
まさかおとなしいポメラニアンを撫でようとした瞬間、指先三寸まで
「妾はたしかに【狐狗狸】ですから【
ワンシアはそんなジンリンの言葉に傷を負ったのか、その場に伏して前足で頭を抱えている。あぁもう。
「それはいいですから早く取ってくださいっ! みゃう? ちょ、あたし背中よわ……っ?」
「どうかしたのか?」
なにが起きたのか、さっきまで狼狽えていたセイフウが急におとなしくなった。
「ブラのホックが外れたんですけど?」
セイフウが震えた声で涙を浮かべながらオレを見る。
「ちょっと待て、ゲームの中なのに、ブラのホックが外れるわけないだろ?」
「えっと、ほらベッドの上で寝転がりながらやってるものですから、ちょっと上半身をじたばたさせていたらその弾みで取れちゃったみたいで」
「えっと、ごめん」
ジンリンがひょこっと首元のほうから顔をのぞかせる。あやまる以前に、いいかげん出てこんかいお前は。
「あ、ちょっと! そんなところで喋らないで」
立ち上がろうとしたのが悪かったのか、それとも立ち上がろうとしたときにジンリンが喋ったのが悪かったのか、セイフウはバランスを崩し、オレにのしかかってきた。
「
「まぁ、別に重くはないから大丈夫だけどな」
うん、前にもこんなことがあった気がするので、セイフウのからだに触れないよう、しっかりと両手を広げて受け止めるように倒れこんだ。
「いたたた……」
オレの胸元に倒れこんできたセイフウは、頭を抱えながら起き上がる。
「……まぁ、そうなるよね?」
ジンリンがいつの間にかオレの頭の上に乗って、ためいき混じりにつぶやいていた。
チラリとセイフウの方に視線を向けると、ぶつかった衝撃で片方の胸当てがズレ落ちており、彼女の膨らみのある胸が、本来は見えないはずのものまで露出していた。
それならそれで、まだいいのだが、
「なんで見えてるんだ?」
オレはジンリンをにらむように見据えた。
普通はインナーとか着けているものじゃないの?
「そこは……ほらさっきのセイフウさんが言っていたことが関係してるんじゃないかなぁ」
えっと、たしかブラのホックがはずれ…………。
「おい待て運営」
もしそうだとしたらあれか? 本人がブラのホックが外れたことが頭にあったから、それがリンクしてPCも同じ風になってるってことか?
「えっと、***は目を瞑ってね。さすがに幼馴染がロリコンだとか犯罪予備軍だとか言われるのはいやだからね」
まぁ言われるまでもないんだけど、というか一瞬見ただけだからノーカンだよな?
あと、毎度のことだからもうツッコまんけども、ロリコンじゃないからね。
「とりあえず、一発ぶん殴っていいですかね?」
セイフウが冷たい声を発する。完全に自分の状態に気づいているようだ。
「セイフウさま、偶然なんですからそこは穏便に……って、そもそもこれってジンリンさまが悪いのでは?」
ワンシアが苦笑を見せながら、問題の矛先をジンリンに向けた。
言われてみればたしかに。そもそもジンリンがセイフウの服の中に入り込まなきゃ良かっただけの話であって、オレは二次災害に遭ったようなものだ。
「まぁ気を取り直して……***、ここら辺のモンスターを倒すのにしません?」
そんなオレとワンシアの憤りを感じ取ったのか、ジンリンが苦笑を見せて逃げようとしたが、
「「それで赦されるようなら、GMは
ジンリンに対する同じ言葉の叱咤が、草原に響き渡った。
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