第236話・流転とのこと


「あれ? さっきまでNODにいたはずなのに、どうして星天遊戯こちらに?」


 うしろからビコウの疑問に満ちた声をかけられる。

 基本的に魔宮庵に間借りしている一室の借主は、イベントクリアをしたオレとセイエイなのだが、使用許可があれば四人まで使える使用となっている。

 というよりはビコウの場合、スタッフ権限も使えるらしく、この部屋をホームにしているらしい。

 ただね、オレだってたまには星天にだって入るよ。ログインボーナス欲しさに。


「おねえちゃん、お仕事終わったの?」


 姪っ子の言葉に、ビコウは「いや、これからだけど」と言葉を返してから、


「新しくモンスターのデータをスタッフが作成したみたいでさ、そのモンスターがちゃんとシステムどおりに動くかのデバッグをしないといけないのよ。入院していたときは時間とか結構余裕があったんだけど、今は大学に通っていたりしているから時間を作るのが大変でね。社長でもあるフチンが、大学生だからそっち優先にしなさいって言ってくれているけど、バイトとかもあるからバトルデバッグする時間がほとんどなくて」


 と、星天にログインしている経緯を説明しだした。


「あれ? フィールドクエストは?」


 たしか、テンポウと一緒に、ヴリトラの湖に行っていた気がするけど。


「シャミセンさんや恋華から聞いた情報を頼りに挑戦してみましたけど、あまりに理不尽すぎて、テンポウと一緒にデスペナ中です」


「それはまぁご愁傷さまで」


 苦笑を見せながら、ビコウはオレの隣に腰を下ろす。


「それで、三人ともなんの話をしてたんですか?」


「宿題教えてもらってた」


 俺に問いかけたビコウは、オレの代わりにこたえるセイエイを一瞥する。

 オレを呼んだ理由が知られたからか、もはやクエストですらなくなっているな。


「ふぅん、どんな宿題だったの?」


 聞き返されたセイエイは、モーメントの説明をする。

 それを聞いてか、ビコウはすこし考える素振りを見せ、


「フィールドかダンジョンみたいなところにシーソーがわりのオブジェクトをおいて、A側のモーメント幅を変数1、Bを変数2にして、Aにプレイヤーの体重を変数1に乗算させてBに付加されている銅像を動かせるように……いや、それだと少なくとも三〇キロはあるだろうからハンマーフロッグみたいに槌で叩いて――」


「おねえちゃん、それたぶん仕組み的に誰でもクリアできそうだからやめたほうがいいと思う」


「あぁっとそうか。それじゃぁ両扉式のドアの取っ手に鎖がつながられていて、引っ張る力が均一にならないと開かないようにするとか?」


 なんだろう、ビコウとセイエイの会話が、どことなくクイズ番組の問題を考えているデザイナーと、それに対して難しさを調整しているプロデューサーみたい。


「両扉なのになんで開かないんですか?」


 そんなふたりに、綾姫は首をかしげ問いかける。

 たしかに扉を開くというだけなら魔法の鍵みたいなアイテムとか、魔法とかのフラグで開きそうだけども。


「まぁこれも構造力学からだろうな」


 オレの言葉に、綾姫はさらに困却してしまう。



「たとえばセイエイが両開きの扉の取っ手についた鎖を持って、もうひとつのほうを綾姫が持ってお互いに引っ張ったりする。そのとき二人の引っ張る力、物を引っ張る力が均一にならないとフラグがたたずに扉が開かない。これもベクトルの計算になるな」


「つまり私とセイエイさんの力が均一にならないと開門されない?」


 目を点にしながら、綾姫はオレやビコウを交互に見る。


「そうだね。二人が引っ張ったベクトルの量が合わさった力の方角に物が動く仕組みなら面白い気がするけどね」


「あれか? 某龍玉の合身術みたいな感じか」


 あれもたしか力が均一にならないと合体が失敗するって言う設定だったんだよなぁ。

 そんなことをふと思いながら、ビコウに視線を向けてみた。


「まぁ協力プレイは徒党が組める以上合ってもいいかなと思いますけどね」


「だからってこの前のレイドボスイベントはやりすぎな気がする」


 いつもならレイドバトルみたいなイベントだといのいちばんに乗り気のはずのセイエイが、それこそ、苦言を呈するような表情で口を窄めた。


「どんなイベントだったの?」


 ここ最近はNODにログインしていることのほうが多いから、星天遊戯でどんなイベントがあったのかとか知らないんだよなぁ。



「【幽幻ゆうげん水魑みずち】っていうレイドボスイベントでね、最初は槍術そうじゅつ使いの人間だったんだけど、倒したと思ったら赤い鱗の蟒蛇うわばみに変身していきなり口を開いたと思ったら参加していたプレイヤーが一千人中、五二三人を一口だったんだよ。まぁ私はレベル的にもセイエイさんやナツカさんたちの邪魔にならないようにうしろのほうで遠距離支援していたから被害には遭わなかったけど」


 綾姫がそれこそ蛇蝎だかつ(へびとさそり。人が非常に忌み嫌うもののたとえ)のようにイベントで起きたことを言う。


「んっ、槍術?」


 ビコウが綾姫の言葉に違和感を持ったのか、小首をひねり、


「わたし、そのイベントのバトルデバッグをしたし、たしかに槍術……と思わせて本当は二叉に別れた舌で応戦していたから間違ってないといえば間違ってないんだろうけど、だからってレイドボスが変身するなんて聞いてないわよ?」


 どういうこと?

 そんなオレの疑問と同様なのか、セイエイと彩姫はふたりとも片眉をしかめる。


「レイドボスイベントっていうのは基本的に数の暴力みたいなところもあるし、協力すればかならず倒せる設定にはしているんだけどなぁ」


「まぁ最終的にはセイエイさんの【合わせ鏡】で大打撃を与えられたからいいけど」


 ちらりとビコウを見るや、彼女はセイエイを見ながら、


「もしかして蟒蛇のお腹の中に入って青鉾刀で切り裂いたりしてない?」


 とたずねていた。


「え、えっと……」


 叔母の問いかけに視線をそらす姪。ほんと自分に不利なことになると決まって顔を逸らすところは似てるよね君たち。


「あっとビコウ、なにかまずいことでも?」


「別にどんなクリアのしかたでもいいんですけどね、流石に食われて中から攻撃すれば蟒蛇が暴れないのがおかしいなって」


 ビコウは問い詰めるような視線を、セイエイにではなく綾姫に向けるや、


「あ、あはは……はは」


 綾姫は蒼白したようにただただ笑っていた。

 うん、彩姫の苦笑いがすべてを物語っているのだろう。

 もしかしたら蟒蛇に飲まれたプレイヤーの数より、セイエイがやった二次災害のほうが被害が多かったんだろうなぁ。



 Д Д Д Д Д Д Д Д



「それじゃぁ、わたしと綾姫はこれからアイテムをあつめに……」


「それはいいけど、宿題は?」


 フィールドへと出ようとしていたセイエイと綾姫に向かって、ビコウが野暮なことを聞いていた。


「えっと、いちおうしてますし、煌にいちゃんを呼んだのだって、モーメントがなんなのか調べるより聞いたほうが早いかなと思って」


 綾姫はセイエイに視線を向けた。セイエイもビコウからの問いかけにうなずいて答える。


「それならいいけどね。でも二人ともゲーム会社のスタッフが言うことじゃないけど、ゲームだけじゃなくて学校の勉強とか部活動もしてるんだし、ある程度は休憩時間を作っておかないと身体が脆くなるわよ」


「…………わかってる」


 ビコウの説法に、すこしだけ、それこそなんか不満があるように頬を膨らませるセイエイに、オレはすこしだけ違和感を覚えた。


「そうじゃなくても、最近恋華の視力が落ちてるって珠海さんが……」


「もう時間がないから、怒るのはログアウトしてからでいいかな?」


 言い返すようにセイエイは綾姫の手を引っ張って部屋を後にした。



「まったく」


 ビコウはふぅとためいきをつきながら、オレに視線を向ける。


「前は旅行で日本に来たときはフチンやムチンと一緒に兄の家でお世話になっていたときは引っ付き虫みたいに一緒にいたのに、最近はわがままとか文句が多くて」


 その割には笑顔がこぼれてるんだけどな。


「怒ってるんだろうけど、けっこう嬉しそうだな」


「嬉しそうですか……まぁ恋華は文句を言いながらもちゃんとやることはやる子ですから心配はしていないんですけど――」


 ビコウはオレにこたえながらも、愁いに満ちた表情で視線を落とす。


「ただあんまり学校でなにがあったのかみたいなことって話そうとはしないんですよ。今は綾姫がいますから友達がいないってことはないんだろうけど」


 あれか、セイエイが小学生のときに、自傷を病むほどのイジメに遭っていたから、また学校でそういうことが起きているかもしれないっていう懸念を持ってるんだな。


「それなら綾姫にそれとなく聞いてみるか」


 セイエイは性格的に周りに迷惑をかけたくないからっていう理由で自分だけで解決してしまう癖があるっていうことを、叔母であるビコウが知らないわけがない。

 そのビコウも傷に触るとさらに悪化してしまうと思っているからか余計に不安なのだろう。

 まぁ本人が答えられなくても、友人からどういう感じなのかは聞けるかもしれんしな。


「そうしてもらえると助かります」


 コクリとうなずくビコウを見ながら、


「しかし、イジメねぇ」


 と、オレは頬杖をつくように寝転がった。



「ザンリ……いや、まだ確定しているわけじゃないがNODのスタッフの話だと、マミマミも昔はいじめられていたっていう話だしなぁ」


「マミマミって……、もしかして夢都さんのことですか?」


 首をかしげ、ビコウはオレに問いかける。


「あぁ、なんでもマミマミの父親がVRギアの製作に関わっていたみたいでな」


「あぁっと、たしかに娘さんがいるみたいな話は聞いてましたけど……あれ? 話を戻しますけど、夢都さんがイジメを受けていたなんてうわさを聞いたことないんですけど」


 ビコウがけげんな声で言う。


「んっ? どういうことだ?」


 もしかしてケツバたちの狂言だったのか?


「オレが聞いた話だとマミマミの曽祖父が被爆にあってそれが隔世遺伝でマミマミにその影響がでているみたいなことが理由でイジメにあっていたみたいでな」


「隔世遺伝? それこそ可笑しくないですか? 曽祖父って祖父の父親ですよ? だったら被爆の影響が出るのは息子……この場合は夢都雅也さんが被爆による遺伝子データの損害を受けることになりますけど、その娘は隔世遺伝の対象にはなりませんから影響を受けているようなことはないと思います」


 ビコウは一息おいてから、


「ただ隔世遺伝は祖父から曾孫、もしくは玄孫に遺伝する可能性も否定できない厄介な遺伝ですから、夢都さんがその対象になっていたということも否定できません」


 と言葉をつなげた。どちらもありえるということか。


「でもさぁ、そもそも喋らないと気づかない程度のことじゃないか? ビコウやセイエイみたいに、見た目でわかるようなことでもないしな。オレも言われるまでビコウがセイエイと同じ日中混血児ハーフだとは知らなかったわけだし」


 オレが、それこそケツバたちから聞いたリアルでのマミマミのことについて思った疑問点をビコウにぶつけてみる。


「たしかにそうですね。ただやはり、わたしが中国にいたときの話ですけど、日本や中国、韓国といったいわゆる黄色肌イエローモンキーの人種からしてみても、白人からしてみれば皆同じに見えますが、純血からしてみればすこし違和感があるといったところでしょうか」


 人があつまるところに出かけると、たまに日本に旅行に来ている中国人に出くわすこともあるのだが、結構話し声とか聞かない限りわからないものだからなぁ。


「つまりマミマミが被爆のことでイジメられていたことを考えると、それを誰かが口伝した以外に知る理由はないってところか」


「そういうことになりますね。あと病院にいた時ネットニュースとかで知った話なんですけど、ほとんどの民族は純度100%の純血じゃないみたいなんですよ。ほら、日本だってもともとは中国大陸と陸つなぎになっていたわけですし」


 少なからずとも遺伝子的に中国やモンゴルとかの血も混じっているってことか。



「ただドゥルールさんから聞いたことですけど、クリーズがゲーム以外で誰かに怨みを買われるようなことをしていないかを訊ねたんですが」


 口ごもるってことは、いやなこと以外のなにものでもないってことだろうけど、


「覚悟はできている。知ってることがあれば話してくれ」


「わかりました。というよりNODでは喋れないことでしょうから、ここが星天遊戯のサーバー内でよかったですよ」


 ビコウはふぅ……とひとつため息をつく。

 そして……


「クリーズ……本名【榎本純一】は中高ともに【イジメに加担していた経歴があった】」


 重々しい表情で口をひらいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る