第206話・大禿鷲のこと


 さて、セイエイがログアウトしたのを確認したオレは、


「さて、これからどうしよう」


 と悩んでいた。

 一応レベル上げも考えてはいるのだけど、一人気ままにフィールドに出て経験値を稼いでいるともなれば、純粋無垢なドーベルマンから噛み付かれそうだし。


「魔法盤で使えるような奴ってないかね?」


「バトル以外で……ですか?」


 ジンリンが首をかしげる。それ以外になにがある?


「あんまり英語得意じゃないんだよなぁ」


 戦闘も、しっている単語を使っているようなものだ。

 魔法盤を取り出し、ジッと円盤を見つめる。

 円盤にふれさえしなければ魔法文字展開の制限時間がかけられることがなく、また持っていない魔法文字は円盤の表面に映し出されない。

 ジンリンが見せてくれたキーボード状にした魔法文字の一覧もわかりやすいといえばわかりやすいのだけど、やっぱり円盤で見たほうがわかりやすい。



「たとえばそうですね。飛行機を想像してみてください」


 ジンリンが、ふぅとためいき混じりにヒントを出してきた。

 飛行機? あっとまずプロペラがあって、人が乗るところがあるだろ。それから羽がないと空気抵抗がおかしくなるな。


「うん、想像できたけど……」


「飛行機を想像したまま魔法文字を展開してください」


 意気揚々と言いますけどね、ジンリンさんや。


「飛行機って、英語でなんて言うんだっけ?」


 空港はエアーポートっていうな。ってことはエアーが入るのだろうか?

 とりあえず、最初に思い浮かんだAIRの魔法文字を展開させていく。



 【YNV_】



 さて、ここからどう展開すればいいんだろうか。


「あれ? 煌兄ちゃん、そんなところでなにやってるの?」


 と、オレを呼ぶ声が聞こえ、オレはそちらへと視線を向けた。

 そこにはマントを羽織ったハウルの姿があり、魔法盤を展開させているまま考えに耽っているオレを、けげんな表情で見下ろしている。


「いや、ジンリンが飛行機の英語をうんたらって話でな」


 魔法文字展開の制限時間が切れ、最初の三文字はそれこそ泡となって消えた。うーんJTがもったいない。



「飛行機かぁ……たしかプレインじゃなかったっけ?」


「プレイン? でもそれってたしか『優しく、、、話しなさい』とか、『簡素な』って意味じゃなかったか」


「それは【Plain】の方でしょ? 私が言っているのは【Plane】のほうだよ」

 まぁハウルが嘘を言うとは思えないし、たしか中学の時に英検を取ったことがあるとか言ってたな。


「魔法盤展開」


 従妹に英語の綴りを教えてもらい、もう一度飛行機を想像しながら、魔法文字を展開させていく。



 【TXYQF】



 展開させた魔法文字が認識されたのか、左手に持っているスタッフに光が集まり、ポンッと大きな音がなった。


「んんぅ?」


 足元に現れたでたらめな飛行機らしきものを見て、オレは思わず首をかしげた。

 たしかに、オレが想像していたとおり、第二次大戦に出てくるような、プロペラを鼻につけた戦闘機みたいなものなのだが、人が乗れるような大きさではないし、そもそも両翼のサイズもちぐはぐ。とてもじゃないが飛べるようなシロモノじゃない。


「もしかして、魔法武器を作る時と同じで、MFUの数値にもよるけど、プレイヤーの想像力も関係するってこと?」


 ハウルが視線をジンリンに向けて言った。もしそうだとしたらよほど凄いことだと思うぞ。


「もしかして……魔法盤展開っ!」


 なにか思い浮かんだようで、ハウルが魔法盤を取り出すと、



 【GNEF】



 と四文字の魔法文字を展開させた。



 オレの時と同様、ハウルが持っているワイズの先に光が集まり、地面に向かって光が放たれる。

 そこに出てきたのは、自転車なのだけど……。


「後輪とペダルのあいだにチェーンがないな。しかもブレーキがないし」


「競輪用の自転車……はさすがにムリがある?」


 競輪用の自転車にはブレーキがついてなくて、止まるまでずっとレーンを走っているそうだ。

 でもそれはさすがに無理があるぞ。


「もしかして乗り物を魔法で作り出すことも可能だけど、細かい構造を想像できていないと……もしくは把握できていないと自転車でも作るのが難しいってこと?」


Exactlyそのとおりでございます


 ジンリンがそう答えていく中、


「構造が簡単な、たとえばイカダはつくれるってことだよな?」


 オレはジンリンに聞いてみた。


「たしかに構造上、丸太と束ねる糸だけで材料は少ないですし、想像は簡単でしょう。でも……イカダを英語でなんて言いますか?」


 悪戯っ子ぽい魔性の笑みで言い返すジンリン。

 う、それを言われるとなぁ。

 やばい日常会話で英語なんてほとんど使わないから、基本的に高校とか大学受験で覚えたくらいの知識しかない。

 そういうもんだからでイカダの英単語なんて知っているわけじゃないし。



「【Raftラフト】じゃなかったっけ?」


 ハウルの答えに、ジンリンが固まった。


「あ、知ってた?」


「知ってました」


 えっへんと胸を張る従妹を尻目に、オレはジンリンを見すえる。


「ぐぅぬぬぬぬ」


 と恨めしそうにハウルを見てるけど、別にくやしがることじゃない気がするぞ。たまたま知っていただけだろうし。



「それで煌兄ちゃん、今日はなにか予定とかある?」


 ハウルが、手持ち無沙汰と言わんばかりに聞いてきた。


「いちおうセイエイとなにかクエストがないかって北の沼地を探す予定だけど、ハウルは?」


 そう聞き返してみると、


「うーん、テンポウさんと約束をしていたんだけど、ちょっと家の手伝いが忙しいから抜けられないみたいなんだよね」


 と指を口に添える。その表情は困惑の色に染まっていた。

 まぁテンポウの実家は喫茶店だし、自営業とはいえしょっちゅう休店することもできないってところだろうな。

 しかしまぁ、この反応は……。


「もしかして、ハウルも放課後学校で遊ぶ約束していたとかか?」


「えっ? なんでそんなこと聞くの?」


 オレは、セイエイから聞いたことをハウルにも伝える。


「あはははは……私も道場に籍は置いてあるけど、学校が家から遠いからあんまりやってないんだよねぇ。たまに休みの日とかテスト勉強で早く帰宅出来た時は小学生を指導したりもするけど」


 うん、それはいいけど、勉強は? という野暮な質問はしないでおこう。


「祖父ちゃん、普段優しいけど、怒る時はほんと怖いからなぁ。オレがいた時は遅刻した塾生に向かって区内十周してこいとか言ってたし、そうじゃなくても、遅刻するというのは怠けている証拠だとか言ってたし」


 うんうんと、腕を組みながらうなずくオレ。


「まぁ、学校の用事で遅くなったとかはあったけど、それを言うのは中学生からだったからね。ほら、小学生ってクラブ活動もある程度は時間の把握とかできるでしょ? 遅くても六時前には校門が閉まるしね」


 ハウルはそう言うや、サイモン&ガーファンクルの『コンドルは飛んでいく』を口遊んだ。


「それって最終下校のお知らせの時に流れていた音楽だったよな? それって今も流れてんの?」


「今もみたいだよ。たまに小学生の塾生が、元が英語だからかでたらめな歌詞で歌っているし。そういえば私や綾姫もそうだったけど、煌兄ちゃんも同じ小学校だったんだっけ?」


 お互いの家が目と鼻の先だったからか、自然と小学校の時だけは同じ学校だった。なので必然的に学校で流れていた音楽に関しても、オレからしてみても馴染みがあるのだ。


「私としては同じアーティストなら『冬の散歩道』でもいい気がしますけどね」


「ジンリン、さすがに早く家に帰りましょうって促している時に、イントロが激しい曲はどうかと思うぞ」


「というかなんだろうね。ヘタしたら学生内の格差社会のストレスでうさぎの血を抜き取ったものとか出てきそう」


 オレとハウルがジンリンにツッコミを入れていく。



「まぁ、それは置いといて、どうします? このままセイエイさまをまたれるよりは、すこしハウルさまとココらへんで少しでもレベル上げした方がいい気がしますけど」


 それはすこしオレも思ったのだけど、ハウルはどうなんだろうか。


「……それって要するに私は本命が来るまでのバーターってこと?」


 なんかすごく不機嫌だった。


「そういう意味じゃないんだがなぁ」


 さて、どうしたものか。

 ――などと考えている時だった。


「うわぁああああっ!」


 突然悲鳴が聞こえ、オレとハウルは咄嗟に魔法盤を取り出し、いつでも魔法文字が展開できるように態勢を整える。

 こちらへと駆け寄ってくる一人の魔術師。どうやらプレイヤーのようだけど――。

 そのうしろに大きな、全長十メートルをゆうに越すハゲワシが低空飛行で追いかけていた。


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