第207話・屍肉とのこと


「だ、誰かっ! た、助けてくれぇっ!」


 全長およそ十メートルほどの、ハゲワシと思われる怪鳥に追いかけられているプレイヤー。

 攻撃する余裕がないのか、それとも攻撃魔法が展開できないほどにJTが壊滅しているのか、どちらにしろ逃げの一択しかなかったのだろう。

 まぁ、こっちに向かってきている以上、二次災害のなにものでもないのだけど。

 逃げているプレイヤーを助ける? そんなことはしない。

 こっちはこっちで降りかかってきた火の粉を振り払うだけのことだ。



「「魔法盤展開っ!」」


 オレとハウルの声が重なった。



 【CDJJZQ】



 展開した魔法文字も同じだ。

 二人の足元に魔法陣が展開され、オレの魔法陣にワンシアが、ハウルの魔法陣にチルルがそれぞれ召喚される。


「「ワンシア(チルル)ッ! 『咆哮ハウリング』ゥッ!」」


 考えてることがまったく一緒。

 二匹とも、イヌ科のモンスターが持っている、マヒ効果があるデバフスキルがある。

 星天遊戯の時、殲滅系のクエストでは、これでモンスターの動きを止めて、全体攻撃の魔法を使ってクリアしていたのだけど。



「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


 二匹の遠吠えがフィールド全体に響き渡った。


「うごぉっ?」


 逃げていたプレイヤーが、まるでビデオの一時停止のようにピタリと固まった。


「あれ?」


 おい、逃げないとあのハゲタカに食われるぞ。

 すでにこっちからもわかるくらいに眼が光っているし、まさに獲物を取ろうとしているかのような感じだ。


「ちょ、ちょっと煌兄ちゃんなにやってるの? あの人助けるんじゃなかったの?」


 慌てふためいているハウルもそうだけど、オレだってなにがどうしてこうなったとしか言えない。

 そういえば、チルルの『咆哮ハウリング』はどうだったんだろうか、ハゲタカが未だに襲いかかろうとしているあたり失敗したようだ。


君主ジュンチュ、パーティーや、それこそフレンドになっていないプレイヤーが効果範囲圏内にいれば、妾やチルルのスキルを食らってしまうのは至極当然のことだと思われますが」


 飼い犬からもっともなことを言われた。

 そういえば、音による攻撃は聞こえる範囲までが攻撃範囲なんだよな。近ければ近いほど成功率が高くなるのもそれが理由だ。


「あのジンリンさん、この場合あのプレイヤーがモンスターに倒された場合、煌兄ちゃんってプレイヤーキラーになるんですか?」


 あぁ、もはや助からないと判断したんだな。


「まぁ、助かれば大丈夫ですけど、ここで死んだら間違いなくシャミセンさまのせい、、ですからプレイヤーキラーになりますね」


 ジンリンはそう説明してから、


「シャミセンさま、ワンシアに命令してスィームルグに変化させることは?」


 とオレに視線を向けてきた。


「できなくはないけど、失敗したら即死確定の方法だからなぁ」


「どういうこと?」


 ワンシアが変化するスィームルグを見ていないハウルが首をかしげる。


「オレが魔法文字で『FLY』……つまり天壌無窮のフィールドでワンシアを抱えて空を飛んで、ちょうどいい高度になったらワンシアを手放して変化させないといけないんだよ」


「ようするに、その時にワンシアが変化できないと煌兄ちゃんは自然の摂理でデスペナ不可避ってこと?」


「まぁそういうことになるな」


 そういう理由で、ワンシアはオレのうしろに下げて、


「魔法盤展開」


 魔法盤を左手に取り出し、ダイアルを回していく。



 【NIFCWZJF】



 氷の嵐をハゲタカにぶつける。



 【ミストコンドル】 Xb5/【風】



 攻撃魔法が通じたらしく、モンスターの情報がポップされる。

 Xb5……さほど強いとも言えない。


「絶対レベル詐欺だよね?」


 ハウルの言葉に、


「なんでそう思った?」


 と聞き返してみる。


「いや、第二フィールドにいるプレイヤーがレベル5のモンスターを倒せないってのはどうかと思うよ」


 モンスターのステータスもだろうけど、もしくはなにかしらスキル……。


君主ジュンチュ、たとえ話ですが野生の猫がスズメを獲るときは、それこそ俊敏な猫であっても、地面で羽根を休めていて、なおかつ一瞬の隙をつかなければ得るものも得ることはできません。……この意味はおわかりで?」


「ってことは……なるほど、飛ぶことのできるモンスターに遠距離魔法か、羽根を落とすくらいの魔法が使えないといけないってところか」


 神社の鳩は人が近づいてもあまり逃げようとはしない。

 それは単純に餌付けされていたりしているからだ。

 野生の鳥はそもそも警戒心が強いから、逃げられるのがオチだ。



「魔法盤展開っ!」


 ハウルが右手に魔法盤を取り出し、



 【LXYJF CTFYV】



 ハウルのスタッフが、炎をまとった槍へと変化する。


「チルルッ! 『幻燈ミラージュ』」


 そう支持されるや、モデリングされたチルルの身体にブレが生じた。

 わかりやすく言うと、雑誌の付録にある赤と青のセロファンで作った3Dメガネで見る飛び出す絵を裸眼でみているような感じだ。

 ……すごく目に悪い。

 すこししてエフェクトがおさまると、チルルが二匹に増えていた。


「幻影系スキルの基本的なものですね。一度攻撃を受けても無効化できるスキルです」


「なにそれ、すごく便利なんだけど。というかそんなのあったんだ」


「妾の場合は体質的なスキルですし、運が良ければ発動される自然発動スキルですからね。君主ジュンチュが見れるステータス画面に書かれていないのは仕方ないとは思います」


 NODは星天の時とシステムが違っているし、使えないスキルもあるのだろうけど、


「……あれ?」


 ふと、すこしばかりの違和感を覚える。


「ハウル、NODでパーティーを組むのも何回があったし、チルルを駆使していることもあったけど、星天の時にやってた変身スキルを使っての連携攻撃ってしてないよな?」


 いつのまにかハゲタカの懐にとびこんで、炎の槍で攻撃を仕掛けていた。


「ごめん煌兄ちゃんっ! ちょっと説明は後にさせて――というか傍観してないで、攻撃魔法のひとつくらい使ってよぉっ!」


 聞くタイミングを間違えたらしい。口動かすくらいなら手を動かせってことですな。


「魔法盤展開っ!」


 左手に魔法盤を出し、ダイアルを回していく。



 【MZAQTZDV】



 オレのワイズをハゲタカへと投擲する。


「ハウルッ! チルルッ! 追加攻撃考えてるからそこからすぐ離れろ」


 その呼びかけに、ハウルとチルルはパッとオレの方へと避難する。

 その刹那、ワイズを中心に雨雲がモクモクと作り上げられていく。

 そしてハゲタカよりも大きく成長した雨雲から豪雨が降り注ぎ、ハゲタカの全身がずぶ濡れとなっていく。


「ワンシアッ! 『雷鳴』」


 ワンシアの攻撃スキル。言ってしまえばポケ○ンの電気ショックと同じくらいの、電気系モンスターなら覚えていても可笑しくない技だ。ちなみにワンシアの特殊スキルで、モンスターから攻撃を受けるとその技をラーニングできるというのがある。

 これは星天遊戯からのものだったのだが、どうやらこちらでも使えるようだ。

 ただ、通常ではさほど攻撃力のないスキルなのだけど、……水に濡れていたらさてどうなる?



「アギャァアアアアアアアアアアアッ!」


 濡れた身体では、すこしだけの電気でもじゅうぶん大ダメージになったようだ。

 うん、ログには表示されていないけど、自然の摂理を謳っている『セーフティー・ロング』制作のゲーム。

 濡れた手でコンセント触っちゃいけないって、子供の頃から言われたからね。そういう意味では一番わかりやすい追加攻撃ではなかろうか?


「すごっ――」


 ハウルが目を点にして、呆然とした顔で体内を巡廻する電気によって黒焦げになったハゲタカを見据えていた。



 ◇経験値[3]取得しました。

  ・ハウルとの連携値[4]



 ハウルとパーティーを組んでいなかったこともあってか、経験値は倒したオレに入った。ついでにプレイヤーとの連携も。


「ところで、なんの質問をしようとしたの?」


 ハウルが、中腰になりながら、チルルの頭を撫でながらオレを見上げる。


「いや、星天の時によく使っていた、チルルを変身させての連携攻撃をしていないなって」


「あぁそれはね、やらないんじゃなくてできなくなってるんだよ」


 はてな? できないってどういうこと?


「もしかして、チルルのステータスに変化があったのではないでしょうか? 君主ジュンチュとハウルさまはともに星天遊戯からのコンバートですが、チルルの変身スキルは魔獣演武のころからの名残ですし、システムが共通していた星天遊戯だったからこそ使えていたと考えるべきではないでしょう」


 ワンシアの言葉に、納得した。


「ワンシアの変身スキルは、そもそもモンスターデータの時点で使えていたスキルだったから、NODでも問題なく使えているんだと思う。逆にチルルの変身スキルはわたしが魔獣演武で覚えたスキルを覚えさせているようなものだから、こっちでは使えないってことじゃないかな」


 ハウル自身も理解はできているようだ。

 そうなると、この会話はこれ以上しなくてもいいな。



 さて、モンスターを倒したことで、当然アイテムがドロップされるべきだと思うのだが――――。


「まったくの焼け野原――虫っ子一匹見つからないのだけど」


「そりゃぁそうだよね。周りは野原で草もあるし、誰かさんが後先考えずに周りが燃えかねない攻撃魔法を使っているし、そもそも食材アイテムもドロップできたかもしれないのに、ローストチキンみたいにこんがりどころか、焼け煤にしちゃっているし」


 冷めた目でオレを見ているハウル。まさかここまで燃えるとは思ってなかった。

 ちなみに、その中心に置かれているハゲタカだった黒いなにかは、アイテム鑑定ができたのだけど。



 ◇【焦げた食材】

  ◇ゴミアイテム/ランク0

 ・食材を焦がしてしまったもの。なんの役にも立たない。



 説明がすごい雑だ。


「ランク0って……なに?」


 星天の時でも見なかったアイテム鑑定だったため、ジンリンにそれとなく聞いてみた。


「まったく、アイテムとしてなんの役にも立たないという意味です。馬の糞みたいなやつは肥料として役に立ちますけど、焦げた食材なんて、本当にゴミアイテムですからね」


 ジンリンも、ハウルに似た目でオレを見据えている。


「ちなみにちゃんと食材アイテムとかがゲットできた場合はどういうのが手に入れられたんですか?」


 そう聞かれ、ジンリンはすこし考えに耽るかのように首をひねり、


「そうですね。ハゲタカは屍肉を食する鳥ですから、その特性を利用して、ハゲタカの羽根を拵えて作った装飾品には、アンデット系のモンスターからの毒攻撃などを無効化させる効果が追加されやすくなります」


 それを聞くや、


「うん、今度からはできるだけ鳥類モンスターは燃やさないようにしよう」


 とハウルともども気持ちを改めた。

 状態異常削減効果のある装備品とかほしいに決まってるじゃない。

 なんでかって? 一番怖いのって毒とか麻痺とか……ようは動けなくなった時が一番怖い。

 もうね、NODで一番最初のデスペナってそれが原因だったし、今回に限っては星天の時みたいに自動回復できる装備品が今のところないからすごく警戒してるんだよ。


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