第180話・蚕食とのこと


 霊鳥[スィームルグ]へと化魂したワンシアの背中の上から第二フィールドを見下ろした時、[エメラルド・シティ]から北東へと、五キロほど続く道筋の途中に区切りがあった。


「区切りをつなげていくと蠍座の形になるというのはさっき言った通りだ」


 改めてセイエイとレスファウルに説明する。

 もちろん、オレの再確認も兼ねてだ。


「それじゃ先にわたしがそっちに行ってみる」


 そう言いながら、セイエイは準備運動を始める。


「ワンシアも一緒に行ってくれ。MOBがポップされたら教えてくれるとありがたいしな」


「わうっ!」


 御意……と、仔狐状態のワンシアはうなずくように吠えた。


「パーティーを組んでいる場合、偵察機能があるというのは便利じゃな」


 ジンリンから教えてもらうまでまったく使ったことなかったけどね。


「それじゃ行ってくるね……魔法盤展開っ!」


 ストレッチが終わったらしく、セイエイは左手を空にかざすと、魔法盤を取り出した。



 【IXZIEDT】



 敏捷性上昇の魔法文字が彼女の頭上に展開される。


「ワンシアも敏捷性の魔法をかけておくか」


 オレも魔法盤を展開させ、セイエイと同様に敏捷性上昇の魔法文字を展開させていく。

 セイエイとワンシアそれぞれに状態上昇を意味するオレンジのエフェクトがかかる。


「いくよワンシア」


 一度上空からフィールド全体を見渡しているワンシアが先導する形で走り出し、セイエイはその後を追っていく。

 ものの数秒で、二人の姿形が見えなくなってしまった。



「儂らも先を急がねばな」


「でも、あれからハウルたちからの連絡が来てないな」


 [恵風]を出てから少なくても三〇分以上は経っているはずなのに、いまだに連絡が来ていない。

 オレの方からも五分起きに連絡の催促を送っているのだが、ハウルからはまったく反応が来ていなかった。


「ジンリン、もしメイゲツがログアウトした場合はどうなるんだ?」


 一応フレンドリストを見ると、今現在フレンドになっている中で言えば、バイトをしているビコウと、おそらく仕事をしているのであろうメディウム以外はみんなログインしている。

 つまりはメッセージが読める状況のはずなのだ。


「それに関してはボクも知らないとしか」


「一度[恵風]に戻って――」


「それをしてしまうとパーティーを組んでいるセイエイたちも呼び戻されてしまうのではないか?」


 レスファウルがオレに疑問をぶつける。


「とりあえず先を進んだほうがいいのではないか? 時間も短くなってしまっている。今のところ蠍の尻尾を掴みかけているのはどうも儂ら以外にはおらんようじゃしな」


 レスファウルの言うとおり、周りにもクエストに参加しているのかしていないのかはわからないが、プレイヤーが右往左往している。

 つまりはまだあのデタラメな事実に気付いていないということだ。


「マップを確認してセイエイたちが……」


 マップを開いて、彼女たちの居場所を確認しようとした時だった。



 ◇マッドゴート/Xb10/属性【土】

 ◇フンクアン/Xb10/属性【火】



 MOBの簡易ステータスが画面に二匹分まとめて表示され、オレは周りを見渡した。

 泥色の山羊と、ゆらゆらとカラダを揺らしている猿。

 二匹はジッとオレを見据えている



「モンスターの襲撃?」


「――のようじゃな。まったくまるで狙ったとしか言えん」


 レスファウルとパーティーを組んでいるためか、モンスターのXbは10に固定されている。


「キャッシュッ!」


 フンクアンがパッと飛び出し、オレに向かって爪を突き出す。


「くっ?」


 反応が良かったのか、微傷で済んだ。


「魔法盤展か……っ?」


 なんだ? 急に眠気が――。


「たわけっ! Xb10以上のモンスターには稀にスキルを持っておることを覚えておらんのかっ!」


 レスファウルがすこし間合いをひろげ、そこから魔法文字を展開させていた。



 【JNCW GZH】



 レスファウルが魔法文字を完成させると、彼女の右手には霧を纏った、三国志の張飛益徳の獲物として有名な[蛇矛シェーマオ]を手にする。


「はっ!」


 それを振り回し、フンクアンに攻撃を仕掛けたが、



「ききゃきゃきゃ」


 それを軽々とフンクアンは避けていく。


「うむ、なかなかやるな」


 援護したほうがいいかねぇ? とこっちが邪魔しそうだなと思ってしまうくらい楽しそうなレスファウルの表情。


「シャミセンさま、フンクアンはレスファウルさまに任せて」


 フンクアンから食らった眠気をアイテムで回復させる。

 [薄荷草]というものなのだけど、薄荷の香りと苦味が眠気を払ってくれた。

 ジンリンに言われたとおり、フンクアンはレスファウルに任せることにして、狙いをもう一匹の、マッドゴートへと狙いを定めた。


「……魔法盤展開っ!」



 【ANQM WVNMFQW】



 [サンド・チルドレン]を風をまとわせた三叉矛へと変化させ、獲物を構える。

 目の前で佇んでいるマッドゴートは、ジッと動こうとしない。


「とりゃぁあっ!」


 ならばとこちらから仕掛けてみる。


「……っ!」


 マッドゴートの瞳が光る。

 そうはさせるかと右腕で自分の目を隠す。

 原始的な方法だが、システム上少しのラグがあるようだ。


「おりゃぁっ!」


 三叉矛の切っ先でマッドゴートの右前足を一閃。

 これで体勢を崩すはず。

 ぐんにゃぁり……。

 切ったという感触がなく、なにか――幼稚園の時に粘土遊びをしているような、そういう感触のない感触が三叉矛を握っている左手から伝わってきた。

 体勢を立て直し、マッドゴートへと視線を向ける。

 切り裂いた前右足は路考茶色に変色していた。


「なんだこれ?」


 唖然としていた刹那、切り落とされたはずのマッドゴートの右前足が再生していく。


「ジンリン、これってどういうこと?」


「マッドゴートの特殊スキルである[再生]ですね。周囲に土があるとそれを吸い上げて再生するスキルです」


 それってさぁ、ここだと結構無敵状態ってことじゃないの?


「……とは限らないか――要はコアがあるってことだよな?」


 オレのターンが終わってしまい、三叉矛は元の[サンド・チルドレン]へと戻っていく。


「メェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 マッドゴートが雄叫びを上げ、口からドロ爆弾を吐き出してきた。


「にゃぁろっ!」


 それを避けていきながらも、間合いをできるだけ保っていく。



 【KDCW】



 [サンド・チルドレン]をマッドゴートに向けて魔法文字を展開。

 武器の先からうずを巻いた風の刃が噴出し、マッドゴートの全身を飲み込む。


「弱点属性が入っているからダメージは結構あるはずだけど」


 それでもダメージは概ね五割を切ったような形だった。

 だけど、妙な部分も分かった。


「ディレイがあるのか」


「さすがに毎ターン回復されていては不公平ですからね。ちなみにXbとは関係なしに三ターンほどのディレイが設定されています」


 たしかディレイのターン消費は自分の攻撃タイミングの時に処理されるんだったな。


「つまり今攻撃を仕掛ければ――」


「倒せるってことですっ!」


 ジンリンも同じことを考えていたようだ。


「魔法盤展開っ!」


 魔法盤のダイアルを回していく。



 【ANQMFVZCNZQ】



 魔法文字が展開されていき、[サンド・チルドレン]をマッドゴートへと向ける。

 光の矢がマッドゴートの喉笛を突き刺す。

 ダメージ判定はほとんどない。



「なにをしておる? まさか失敗したわけではないな?」


 いまだにフンクアイと対峙しているレスファウルがオレを糾弾する。


「……いいんだよ。これで――[魔法発動]」


 オレの言葉を合図に、マッドゴートの首元を中心に激しい風がモンスターの全身を内部から切り刻んでいく。

 その光景のなんと残酷なことか。

 カラダはズタズタに切り裂かれ、さらに回復スキルのディレイは解除されてはおらず、飛び出した眼球でさえも空中分解するかのように風の刃に切り刻まれていく。



 ◇経験値[8]を手に入れました。現在[26/80

 ◇魔法盤の熟練値が上がりました。



 レスファウルもちょうどフンクアイを倒すことができたらしく、二匹分の経験値が入った。


「い、今なにをした?」


 唖然とした目でオレを見据えるレスファウル。


「このゲームって英語の単語とかが認識されると、それに準じた魔法が発動されるってのはさすがに知っているだろ?」


「うむ、最初はそれに手間取ってしまったがな。だがそれが今の奇妙な魔法と関係があるのか?」


「今のは[風の侵食]って意味で魔法文字を展開させたんだよ」


 オレの説明を聞くや、レスファウルはほぅ……と関心した声を上げた。



[シャミセーン]


 ボイスチャットにセイエイの声が聞こえた。


「どうかしたか?」


[なんかいきなり経験値が入ったんだけど、なにか戦闘でもあった?]


 離れていても一緒のパーティーなら経験値が入るようだ。

 セイエイの声はなんとも驚いていて不安そうな声だった。


「んっ、今モンスターを二匹倒したところ。そっちはどうだ?」


 そう聞き返すと、


[ワンシアに教えてもらいながら走っているけど、あとひとつ区切りを過ぎたら目的の場所につくみたい]


 と応えた。っていうか、走りながらしゃべってるのセイエイ?


「あっと、ちょっとそこで一度オレたちが来るまで待っててくれ。ついでに【陰行shadow】って魔法を使ってモンスターから見つからないようにな」


 オレは以前テンポウが使っていた魔法文字をセイエイに伝える。

 たしかセイエイが持っている魔法文字なら使え――。

 いやセイエイって[W]の魔法文字って持ってたっけ?


[わかった。それじゃ急いできてね]


 たずねようとした前にセイエイから会話を来られた。

 文句を言ってこないってことは、テンポウから魔法文字のトレードをしてもらったってことだろうか。


「とりあえずセイエイには途中で待っていてくれるようお願いした」


「うむ、JTが回復次第先を進むか」


 クエストの制限時間を確認する。



 ◇神魔誕生まで……【1:24】



 残り時間が九〇分を切っていた。


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