第178話・禍福とのこと
「ミュアミャァ」
突然現れた緑毛彗眼の西表山猫。
子猫特有の、甲高くもか細い声をあげながら、それでも必死にセイエイが被っている帽子からズレ落ちないよう爪を立たせている。
「シャミセ~ン」
それとは対照的にさっきから助けを求めるようなセイエイの目。
普段とは違って、中学生というよりは幼稚園児みたいな感じだ。
あれか? 大きな犬にあったようなそんな恐怖心に近いものを感じているんだろうか。
「もしかして猫嫌い?」
「嫌いじゃないけど、さっきから離れてくれない」
セイエイはブルブルと首を振る。
激しく振っていないところからして、子猫を振り下ろそうとしているわけではないようだ。
夏休みのあいだ、オレの部屋に香憐と一緒に来て、オレから宿題を手伝ってもらっている時の雑談のさい、猫カフェに行ったと言ってるから猫アレルギーってわけじゃないだろうし、そもそもここは仮想現実であって、
「それならそのままでもいいのではないかのう? 別に悪いことをしておるわけでもあるまいに。猫好きとしては少々羨ましくもあるぞ」
レスファウルの言うとおり、猫に好かれるって動物好きにはたまらないらしいしなぁ。嫌いじゃないならそれでいいんじゃないか?
「…………っ」
セイエイはジッとオレを見つめ、無言の圧力を向けてきた。
当人にとっては、オレが思っている以上に深刻らしい。
「じゃぁなんで嫌なの?」
強めの声色で聞いてみるや、
「この子テイムなのか召喚獣なのかよくわからない」
と、セイエイは観念したのか、頭に乗っかっている子猫を優しく抱えた。
「テイムか召喚獣かわからない?」
「普通、条件があるんだろうけど、それがなくて、戦闘が終わったらいきなりわたしのテイムモンスターになってた」
召喚獣やテイムならなにかしら条件があるのに、それが気付けば自分のテイムになっていた。
どう対処したらいいかわからないってことか。
「みゃぁみゃぁ」
子猫がなにか訴えているようだけど。
「なにを言っているのかサッパリじゃな」
「だなぁ」
レスファウルともども、頭を抱えるオレ。
正直動物の言葉なんて……言葉――。
「いるじゃん。通訳」
ワンシアに通訳してもらおう。
「魔法盤展開っ!」
【CDJJZQ】
魔法盤のダイアルを回していき、召喚魔法の魔法文字を展開していく。
◇テイムモンスターが召喚されました。
・テイムマスターのJT最大値の30%がテイムモンスターのJTに振り分けられます。
ワンシアを召喚したという情報とともに、目の前には仔狐状態のワンシアが召喚されると、ワンシアはセイエイの足元へと歩み寄った。
セイエイは子猫をゆっくりと自分の足元へと下ろすと、ワンシアはそれを確認してから子猫へと近寄る。
「みゃぁみゃぁ」
「うむうむ、ほうほう」
こっちからすれば鳴いているようにしか聞こえないんだけど、ワンシアは子猫の訴えに耳を貸していた。
「うむ、
「なんで? なんでオレのせい?」
「うむ、この小娘……いやこの子猫の訴えによりますと『なにもしてないのに鎖に繋がられて、人が詫びを請おうとしても、問答無用に鎖を揺らされて言葉を遮るのです』ということでございます」
ワンシアの言葉に、セイエイとレスファウルの蔑視がオレに集中した。
「いや、というか一番危険視されてたのそいつだからね」
モノヴェールの妙な動きを止めていただけなんだけど、なんでこんな仕打ちを受けないといけないんでしょうか?
「シャミセン、イジメだめ」
セイエイが子猫を抱え、ムッとした表情で言い放った。
「セイエイがいうと冗談に聞こえないから」
うん、実際イジメに遭っていた人の言葉って胸にズンってくるな。
「冗談じゃないけど」
「それで、結局そいつはテイムなの?」
「妾やチルルの場合は、星天遊戯からのコンバートによるものですから
ワンシアがジンリンを見上げる。
そのジンリンは、すこしばかり考えるような素振りをすると、
「シャミセンさま、このゲームが[サイレント・ノーツ]と似ている部分があるとおっしゃっていましたが、召喚獣を手に入れる場合はどうしていましたか?」
とオレに問いかけてきた。
「問答無用で実力を見せる」
つまりは勝負して勝てってことだな。
テイムの場合は条件がよくわからないけど。
「妾は
仔狐状態だけど、胸を張った口調で主張するワンシア。
オレ別になにもしてないんですけど。
「それならワンシアの言う通りですね」
んっ? ということは、この子猫はセイエイを気に入ったってこと?
「わたしなにもしてないんだけど」
「みゃぁみゃぁ」
子猫がなにか言っているが、
「セイエイさまは自分を心配してくれていたようですよ」
ワンシアの通訳で思い出した。
「あれってフラグになっていたってこと?」
「ちょっと可哀想に見えていただけなんだけど」
セイエイはうぅむと困惑した表情を見せる。
当人はそうでも、子猫は嬉しかったみたいだぞ。
とにかくテイムになったんだからいいんじゃないの?
しばらくして、セイエイからテイムモンスターの情報をスクショした添付ファイルがメッセージとして送られてきた。
◇ヴェルシャ/属性【風】【闇】
・緑毛彗眼の猫。
・主を求めて彷徨うが、生まれ持ったその不運体質によって周りから虐げられている。
・しかしこの猫を大切にしたものは必ず幸福が訪れると言われているが、それが叶う前に捨てられてしまうため、この話が本当なのかどうかさえ誰一人確認できていない。
・猫はじぶんの可能性を知られぬまま彷徨い、不運をもたらし続ける。
「あれ? なんかこういう設定の神様っていなかった?」
「あれですね。吉祥天と黒闇天」
ジンリンに助言され、オレはちいさくうなずいた。
「それってなに?」
セイエイが子猫を抱え、オレやジンリンに聞いてきた。
「昔、ある山奥に住んでいる若い夫婦のところに美しい娘が訪ねにやってきた。その娘が『自分は吉祥天で、福徳を授けに来ました』と名乗り出たんだ。幸福の女神が来たもんだから夫婦は家に招き入れるんだけど、吉祥天は黒闇天という貧乏神といつも一緒に行動しているんだ。家の人間からすれば不幸を家の中に入れたくないから、黒闇天を家から追い出すと……」
「吉祥天も一緒に出て行ったわけだ」
オチを言う前にセイエイが口を挟んできた。
「まぁそういうことだ」
僥倖と奇禍。思いがけない禍福は大小様々で、それをどう受け止めるかはその人の自由だけど……。
「自分が不幸だと思っていても他の人からしてみればたいしたことじゃないかもしれないし、かと言ってその逆もまた然りで」
「っ……、シャミセンさまは今幸せなことってあります?」
「そうだな、こうやってバカみたいに笑えることじゃないか?」
「バカみたいにですか……」
「こうやって誰かと一緒になってゲームをやったり、情報を交換することは少なくてもオレは不幸だとは思わないしな」
というか、幸せとか不幸だとかそんなのは自分がどう出るかで決まるもんだと思っている。
漣が死んだことよりも出会ったことは不幸だとは思えないからな。
「みゃぁみゃぁみゃぁ」
「ジンリン、この子に名前つけるの手伝ってくれる?」
当然目の前で子猫の名前の相談をジンリンに持ちかけているセイエイと出会ったことだって不幸だなんて思っていない。
「なぁセイエイ、綾姫と出会って、それが自分のクラスメイトだって知った時、不幸だって思ったか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
首をかしげられた。言っている意味がわからないといった表情だ。
「そういうことだ」
すこしだけ意地悪に、答えはあえて教えない。
もし恋華がイジメを苦に自殺していたら、香憐と出会うことなんてなかっただろうし、オレとだってそうだろう。
「綾姫と昨日星天で遊んだし、シャミセンのこともいろいろ話してる。それに教室で一人じゃなくなったから、嫌な気持ちにはならない」
セイエイは左腕手首を一瞥した。
そこはかつて彼女がリストカットしていた部位だったが、今はもうそんなことはしていないと、ビコウから聞いている。
その時の痕が残っていても、セイエイはそれを隠そうとはしていない。
リストカットがイジメを受けたことによるストレスから招じたものであったとしても、彼女自身と、彼女を心配している人も傷つけていることことを、彼女は知ったからだ。
「それにわたし、シャミセンや綾姫のこと大好きだけど?」
VRの中であったとしても、セイエイ……恋華の声色はほがらかだった。
この声を聞いて、不幸だと誰がいえよう。
恋華は根が素直だからこそ、嘘をつくのが苦手で、ちょっとした声色の変化ですぐに気付かれてしまう。
逆に言えば、彼女にとって、オレや香憐に出会ったことは不幸なことじゃないという表れでもあるなによりの証拠だった。
あと……今の言葉はただ友達という意味であって、告白じゃないよね?
「そういう反応をするから、ビコウさまや周りのフレンドからロリコンだって言われるんですよ」
ワンシアから嘆息を交えたツッコミを食らう。
えっと、もしかして顔に出てたんだろうか。
「幸せの先には不幸があり、また不幸の先には幸せがある。幸せに自惚れれば
一瞬、ジンリンは言葉を押し殺した。
「ただ幸せは有限ですが、そろそろ進まないと時間がありませんよ」
なんかごまかされた感がすごいんだけど。
◇神魔誕生まで【1:53】
クエストの制限時間が二時間切ってる。
「セイエイ、『ヤンイェン』って名前はどうだ?」
「ヤンイェン?」
「それはどんな意味があるんじゃ?」
「中国語で【陽炎】という意味がありますけど」
オレ以外の三人と二匹はどういう意味で決めたのだろうかと、オレを凝視する。
「その猫は禍福をもたらすんだろ? どっちも手に取って見ることなんてできない陽炎のようなもんだろうなって思っただけだけど」
深い意味なんてない。ただふと思い浮かんだ言葉が出て来ただけだ。
深く考えて、石橋を渡ったところで、この先なにが起きるかなんて多分余程頭のいい人間だけだ。
オレは自分が頭がいいだなんて思ってもいないし、思いたくもない。
「もし、オレが後先考えられるガキだったら……*をあんな目に遭わすことなんてなかったんだろうな」
思い出すたびに嫌悪感が増していく。
漣がイジメられ始めたのは結局オレが招いたことだ。
そこだけは決して変わらないし、変えられない。
「シャミセンさま」
「なに?」
「すくなくとも……*は***が**大**な**な***とを**だな***っ**ない*」
ジンリンがなにかを言ったようだけど、NGコードに引っかかったのか、雑音が多くて聞き取れなかった。
「えっと、なんて言ったの?」
「…………っ」
聞き返してみるが、ジンリンはそれこそ不安に押しつぶされそうな辛さと、オレに伝えようとしたことがNGコードに引っかかっていることに困惑しているという複雑な表情を見せていた。
「あ、いえなんでもないです。ちょっと今後のことを伝えようかと思ったんですけど、なんかNGが入ってしまったみたいですね」
苦し紛れなジンリンの言葉に、オレはすこし違和感を覚える。
それは彼女がオレに伝えようとしたことが、彼女にとって重要なことだったのではないか。そう思えてならなかった。
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