第172話・天蠍座とのこと



 クエストの内容文からして、処女懐胎みたいなもの?

 あれって神の子を孕むみたいな、そういう伝説でしか聞いたことないんだけど。

 しかしまぁ、それがどうしてオレにクエストメッセージが来てるんでしょうか?

 こういうのはだいたい呪い……と言っていいのだろうかわからないけど、それにかかっているメイゲツにメッセージが来ていることは、彼女の言葉から察して然りだが、それがなんでオレにも来てるの?


「な、なんか周囲にいるフレンドにも同じメッセージが来ているみたいです」


 メイゲツが応えてくれた。ということはハウルとセイフウにも同じようなメッセージが来てるってことか?


「[マタニティー・アリス]って」


「直訳して[妊娠した少女]ってことだろうか?」


「ストレートすぎない?」


 オレに聞くなよ。解決方法どころか、エスカルピオっていうのがどこにいるのかもわからないっていうのに。


「とにかく一度宿屋に戻ろう。というかメイゲツ……」


「なんですか?」


「苦しくない? 仕立屋に行って胸が苦しくないように調整した方がいいだろうし」


「苦しくはないですけど、なんか痒くなってきました」


 メイゲツは胸元を覆うように立ち上がった。

 多分母乳が乾いて乳頭あたりが気触かぶれてきたんだろうな。

 とりあえず、メイゲツを先に拠点の宿屋に送ったほうがいいな。


「一応パーティー解除はしておくけど、なにかあったらメッセージ送ってきて」


 保護者であるセイフウが、メイゲツにそう口利きをする。

 メイゲツはちいさく頷くが、再び胸元に手をやっていた。

 止まっていた母乳がまた出て来たってことだろうか。

 うーん、もしかするとメイゲツって母乳の出がいいのかもしれない。実際母乳のほうが栄養が高くていいって聞くしな。

 と本人の前では言わないでおこう。



 ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



 転移魔法テレポートを使って、[エメラルド・シティ]の宿屋へと舞い戻ったオレは、メイゲツを自分のホームへと案内した。


「…………っ」


 部屋の周りをキョロキョロとしているメイゲツ。


「んっ? どうかしたの?」


「いや、初期設定のままなんだなぁって」


 初期設定?


「えっと、町に家具とか売られているんですよ。それを買ったり、木工や石工といったスキルみたいなもので自由に作ったりできるんです。――もしかして知らなかったんですか?」


 今はじめて知りました。


「それにクエスト受理が必要になりますけど、切り落とした木を加工してタンスやテーブルにして売るみたいなことも可能みたいですよ」


 まぁこのままでも気にしないし、そもそもそんなにホームに居るなんてことないしなぁ。


「ちなみにメイゲツの部屋ってどんなふうなの?」


「スクショ撮ってますので見てみます?」


 メイゲツは虚空にウィンドゥを開く。

 しばらくして彼女から画像が添付されたメッセージが来た。

 壁紙は月と花。月に叢雲花に風といったところだろうか。

 家具は赤褐色せっかっしょくのタンスや、ラビットの羽毛で作られた羽毛ベッド。

 タンスの上には人形が置かれているが、どうやら白水さんがNODでの生産スキルのテストで抉らえたものなんだとか。


「あ、そういえばシュエットさんいましたよ」


「えっ? メッセージにもなにも来て――」


「いや、フレンド以外のメッセージ拒否してる人がなにを云ってるんですか」


 痛いところを突っ込まれた。


「もしかして、シュエットさんこっちでも裁縫関係の……」


「ですね。わたし達の服も仕立ててもらおうかなって思ってます」


 メイゲツは立ち上がり、ぐるりと身体を回す。


「野郎にはそんな機能ないみたいだしなぁ」


「星天の方でも意外に女性客が多かったみたいですよ」


 というかセンスの問題では無いだろうか。



「一応ログアウトできるかどうか試してみてくれる?」


 状況が状況だから、ハウルとセイフウにもクエストの受理をしないように口止めしている。


「――できるみたいですけど、しないほうがいいかもしれません」


「バッドステータスが出るってこと?」


「それに近いですね。ログアウトすると[神の子があなたを離そうとしません]って出て、ログアウトしようとしても[神の子があなたを離そうとしません]って出るんです」


 同じことの繰り返しか……。


「ってことは、実質ログアウトはできないってことになるな」


「今日は宿題もしてますし、ご飯も食べてますから大丈夫だとは思いますけど……でもなんでこんなことが?」


 ジンリンがいればなぁ、運営がどういう考えでこんなクエストを考えたのかってのがわかるんだが、ジンリンが自分から出て来ていない以上、まだシステム上でのサポートフェアリーのままってことになるな。



[ビコウさまからメールが届いています。]


 今仕事中だよね?

 メールが来たのはいいけど、ちゃんと仕事してほしい。


[NODの開発チームを兼任している星天のスタッフに聞いてみた。なんでも星天遊戯のシステムを流用している部分にあったものがそのままの形で入っていたらしくて、なんか誰かが面白がって作っていたデータがそのままNODに流れていたみたい]


 結局星天遊戯が噛んでたってことじゃないかっ!

 ビコウからのメールが連続できた。


[とりあえず必要なアイテムを飲めば治るみたいだけど、多分期限があると思う。受理されればクエストクリアするまでログアウト不可能。まぁ難しいクエストじゃないらしいけど、わたしはあくまでバトルデバッグまでしか口が出せなかったから]


 ビコウも知らなかったってことか。


「ビコウさんからのメールですか?」


「クエストを受理するのは少し待っててほしいみたいだな。ただどういうクエストなのかはビコウも知らないみたいだ」


「……でもシャミセンさんだってなにか用事があるんじゃ」


「別に用事っていう用事はないしね」


「……犠牲になるのはわたしだけですよね?」


「こらっ」


 コツンと、メイゲツの頭を軽く小突く。


「な、なにをするんですか?」


 叩かれた頭を両手で押さえながら、メイゲツはオレを睨んできた。


「自己犠牲はあんまり関心しないんだよ。それに他にも似たようなプレイヤーがいたんだし、その人たちから情報を集めることだって可能なはずだぜ」


「クエストを開始した人もいるかもしれないってことですか?」


 というよりは、そこにハウルとセイフウをそこにおいてきた理由は、ひとえに情報を集めて欲しかったのだ。

 慌ててクエストを始めた人もいるかもしれない。

 あくまでゲームとしてと考える人がほとんどだろうけど……。

 念には念をだ。



[ハウルさまからメッセージが届きました。]


「噂をすればなんとやら」


 早速届いたメッセージを開く。


[警戒してクエストを始めようか躊躇っている人がほとんどだった。それとやっぱり煌兄ちゃんの推理は合っていると思う。胸が張ったりお腹の中から誰かに蹴られるようなことが起きている人のほとんどがここ数日の開きがあるけど、生理が来ている人だけだったみたい。試しにもう一回川の水を飲んでみたけど、なんともなかったから、それで間違いないと思う]


 という内容だった。なんともまぁ危険なことをしなさる。

 が、これで確信できたとも言える。


「やっぱりVRギアが脳波から生理痛とかのストレスを読み込んでこういうアホみたいなバッドステータスを着けているってことか」


 さて、問題はそのクエストに必要とされている[エスカルピオの体液]なんだけど……。


[ハウルさまからメッセージが届きました。]


 んっ? 連続でハウルからメッセージが来てる。


[クエストを開始した人がいるけど、なんか文章がメッセージとして届いていて、それを解読しないといけないみたい。もしクエストを開始する気でいるならくれぐれも注意して]


 どんなメッセージなんだろうか?



「試してみますか?」


「最悪デスペナじゃ済まない気がするんだけど」


「その時はその時です。シャミセンさんのこと信じてますから」


 信じるって、君も頑張らないといけないんですけど。

 まぁ覚悟を決めた人の目って、曇もなにもないんだよなぁ。

 しかたない。後は野となれ山となれだ。



 *************


 メイゲツさまが[マタニティー・アリス]のクエストを受理されました。

 現在ログインしているプレイヤーのフレンドにメッセージが送られます。


 *************



 という文章がオレのメッセージボックスに送られる。

 続けて……



 *************


 四人の兵隊が言い争っていました。


 クライムの男[人間の体には十六匹の獅子が買われている]


 骸骨スクレットの男「人間の口には弦が張られている」


 デコイの男「人間の耳にはカタツムリがいる」


 本能アンスタンの男「人間の胸には鳥が隠れている」


 この中で[うそつき]は誰?


 *************



 うん。多分すごく簡単。

 なにも慌てるようなことはないのだ。

 その言葉を知ってさえいれば、さほど難しいことじゃない。

 ヒントがすべての答えだからだ。


 メッセージにはリンクが貼られており、四人の兵隊の名前それぞれにリンクを表すアンダーバーが入れられていた。


「それじゃ骸骨スクレットの男の項目をタッチすればいいんだな」


「えっ? もうわかったんですか?」


 あまりのスピードクリアだったらしく、メイゲツがギョッとしている。

 いやいや、これ……そのままの意味でいい気がするぞ。


「答え知りたい?」


「解説しながらじゃないと納得ができないんですけど」


 多分そうだろうな。

 なにせ……ヒントがその答えなのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る