第171話・月経とのこと



 星藍とのデートをした翌日の月曜日。

 その日はバイトが休みだったので、大学からまっすぐ家に帰り、夕方六時からのログインだ。


「さすがにそろそろ10くらいまでにはレベル上げしときたいな」


 今はまだ余裕をもってはいるが、高いレベルだと経験値の上がり具合の難しさもあるので、極力デスペナにならないよう注意しないといけない。


「と考えてるんだけどなぁ」


 うーむ、ゴリ押しする癖をどうにかしないといけない。後自惚れとか……。普段気をつけてるつもりなんだけどなぁ。

 さて、フレンドリストを見てみると、双子とハウルがログインしているようなので、今なにをしているかメッセージを送ってみる。

 というよりはパーティー経験値に便乗しようかという考え。



 ◇送り主:ハウル

 ◇件 名:Re.パーティー組めない?

 ・いまセイフウさんたちとパーティー組んでるから無理。



 ハウルからそんな返事が来てた。完全に考えを見透かされてる。

 ちなみに三人のXbを確認してみると、



 ◇ハウル/Xb8

 ◇セイフウ/Xb8

 ◇メイゲツ/Xb8



 になっていた。

 セイエイやビコウに至ってはともにXb10を超えているようだ。

 うん、完全に置いてけ堀だな。


「一人だと経験値そんなに期待できないんだよなぁ」


 星天遊戯で見たことのある名前のプレイヤーも、今となってはNODでもちらほらと見かけるようにはなったのだが、そちらでソロ中心にやっていた人も、パーティーにおける経験値付加が知れ渡ってからは、フィールドでその人達もパーティーを組んで戦闘をしているのを見かける。


「仕方ない、できる限り無理のない範囲でやるか」


 と言いたいところだけど、結局のところモンスターを見つける時はシングルエンカウントなのだけど、Xbに関しては完全にランダム設定になっている。

 なので拠点から半径を決めて、そこでレベルを上げたほうがいい。

 というよりは遠くに行き過ぎると前みたいにレベルの高いモンスターの集団に襲われたりするからだ。



 ◇メイゲツさまからメッセージが届きました。



 宿屋からいざフィールドに出ようとした時、メイゲツからメッセージが届いた。

 なんだろうかと、メッセージを開いてみると。……



 ◇送り主:メイゲツ

 ◇件 名:お聞きしたいことがあります。

 ・ジンリンさんに質問。今凄く胸が張って痛いんですけど?



 という内容だった。


「はっ? 胸が痛いってどういうこと?」


 今ジンリン呼び出しても、普通の、F&Aを応えるくらいのサボートフェアリーでしかない状態なんだよなぁ。

 たぶん本体は今日いないんじゃなかろうか。


[なにがあったの?]


 呪い系とか、そういう類の物なんだろうか?



 ◇送り主:メイゲツ

 ◇件 名:Re.Re.お聞きしたいことがあります。

 ・さっきまで水辺で休んでいて、そこの水を飲んだんですけど……、とりあえずテレポートでこちらに来てください。



 らしい。まぁ呼ばれた以上は行ってはみるけども、いったいなんだろうか。



 ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ ∂



 転移魔法テレポートでハウルたちのところへと行ってみる。

 マップを確認すると、拠点となる[エメラルド・シティ]から東にある、ちいさな川付近だった。

 周りを見渡してみると、ハウルと双子以外にも何人かプレイヤーがいるのだが、特に女性プレイヤーが蹲ったように倒れている。


「あ、煌兄ちゃん来た」


 ハウルがオレを見つけるや、「こっちに来て」と手招きをしていた。


「なんなの? この惨状」


 オレが想像してたよりも凄惨な状況なんだが。


「それはこっちが聞きたいんだけど……ジンリンさんはいないの?」


「残念ながら、今はただのシステムとしてのサポートフェアリーでしかないな」


 そう説明すると、ハウルとセイフウが愕然とした表情で肩を落としていた。


「というか、えっとどういうこと?」


「それを聞こうと思ったんだよ。なんか川の水を飲んだら急にメイゲツさんの体調が悪くなって……急に胸が張ったように痛くなったとか」


 あれ? 西遊記の話でそんなのがあったような記憶が…………。


「……えっと、もしかして周りで倒れていたりお腹を抱えて蹲っている女性プレイヤーも、川の水を飲んでメイゲツと似たような症状なの?」


「うーん、それはどうなんでしょうか。オレやハウルさんも川の水を飲んでますけど、なんともありませんでしたし」


 セイフウとハウルの顔色や簡易ステータスを見てみると、特になにも変化という変化がなかった。

 メイゲツに至ってもパッと見変化という変化がない。

 ということは川の水を飲んだだけではこういうことは起きない。

 もうひとつ、なにかがフラグとして立てられていたということか?


「あっと、ちょっと待っててくれな。今頭に過っていることにとても詳しい人に聞いてみるから」


 俺はビコウに、今現在起きていることをメールで聞いてみた。

 VRゲーム中でも登録しているメールアドレスで連絡が取れるというのはホント便利だね。

 ちなみにビコウは現在バイト中なんだが……大丈夫だろうか。



 ――五分くらいしてビコウからメールが来た。



 ◇送り主:ビコウ

 ◇件 名:Re.ちょい質問

 ・なんでNODにそんなイベントが有るんですか?



 という内容だった。短い文章からしてまだ彼女も核心があるというわけではないということか。

 一応現状を説明してみる。



 ◇送り主:ビコウ

 ◇件 名:Re.ちょい質問(追記)

 ・ハウルとセイフウも川の水を飲んでいるのに、胸やお腹が張ったみたいなことがないってことは、例えば生理によるストレスをギアが読み込んで、そういうイベントを起こしているみたいなことをあっても、まぁ無理ではないとは思いますけど。

 ・というか、そのイベントはそもそもモデルとなっている話の国が女性しか住んでいないことが前提の話になりますからね。

 ・星天では男女入り乱れてログインしていますし、ちょっと倫理的問題がありましたからさすがに自重しましたよ。



 文章からして、本当は入れたかったらしいな。

 そしてこの慌てようである。



 さて、解決方法についてはすこしばかり心あたりがある。

 要するにこれが西遊記でのアレだとすれば、如意神仙みたいなボスが持っているクスリみたいなのが必要になるってことだよな?


「うーん、しかしそういうクエスト受理があってもいい気がするんだけど」


「煌兄ちゃん、なにかわかった?」


「んっ? とりあえずビコウから思ったことを聞いてみたけど、どんなことか聞く勇気ある?」


「聞かないほうがいい?」


 確認するあたり、聞いたほうがいいとは思っているのだろうな。


「ぶん殴られること覚悟で聞くけど、ハウル、前に生理が来たのっていつくらいだ?」


「はっ? この緊急時になんでそんな非常識なことを聞くわけ?」


 目が怖い。握りこぶしが震えているしなぁ。


「いや、けっこう重要な事なんだよ」


「……あんまりスケジュールとか周期の管理をしているってわけじゃないからわからないけど、だいたい一週間くらい前だったかなぁ。といってもわたしあんまりそういう生理特有のストレスを感じたことってなかったから気付かなかっただけかもしれないけど」


 うん、状況が状況だからね、応えるのも致し方ないと納得したのだろう。ハウルははにかんだように応えてくれた。


「それじゃなんで生理だってわかったんですか? オレ生理ってまだなんであんまりそういうのわかりませんし、クラスメイトの女子の会話からしか聞かないんですよね」


 セイフウが、メイゲツの背中をさすりながら、視線をオレやハウルに向けている。

 そういう反応からして、セイフウはまだ月経がないってことでいいのかね。


「あぁ、起きてトイレに行ったら、ショーツにオリモノがドバっと」


「「…………ぁぅっ」」


 ハウルよ、サラッと言っているけど、聞かされている双子の表情を見てみろ、結構青褪めてるぞ。



「それで、この状況はいったいなんなんですか?」


「要するに妊娠したってことだな」


 オレの言葉に、ハウルと双子……ならびに声が聞こえていたらしい女性プレイヤーの皆さんがたは――、


「はっ?」


 といった表情でオレを凝視していた。


「いや、いやいやいや……わたしそんな誰かとヤッたなんてことありませんよっ! ててて……」


 メイゲツが慌てふためく。

 うん保健体育の勉強はしっかりしているようである。


「でもなぁ、川の水を飲んで急に胸が張るなんて――西遊記での話しか出て来ないしなぁ」


 もしかしたら他の作品でもあったんだろうけど、あんまり知らんし。



「……んっ? メイゲツどうかしたの?」


 急に背中を向けてしゃがみこんだメイゲツを、セイフウが気にかけるような声をかける。


「どうかし……」


 オレも気になったので、メイゲツの顔を覗きこもうとするや、


「こっち見ないでくださいっ!」


 怒られた。

 あれ? そういえばメイゲツから怒鳴られたのってこれが初めてかもしれない。


「もしかして……母乳が出てるとか――」


 メイゲツがピクリとカラダを動かした。正解らしい。


「鉄拳制裁っ!」


 ハウルの鋼拳がオレの顎にクリーンヒットする。


「コックスッ?」


 吹き飛ばされた? HTの変化は特にないけど、綺麗に入ったのかオレの身体は宙へと舞い、地面に叩きつけられた。

 あまりにも突然のことで、完全に油断してた。


「ストレートすぎでしょ? この状態でも恥ずかしいのにっ! だいたい煌兄ちゃんって結構デリカシーが無いこと言ってるよ?」


 ハウルの言うとおり、さすがにオレもデリカシーが無いこと言ってるなって自覚してる。

 でも事実そういう状況なのだ。デリカシーとかそんなことを言ってる場合ではない。



「ってもなんでこんな訳の分からないイベントが起きてるんだ?」


 もしかしてゲリライベントとかそんなやつ?


「といっても、ビコウは自重して自分から取り消したっていっているしなぁ」


 星天遊戯は基本的にビコウがイベントの提案とかしてるらしいから、彼女がなにかしら関わっているとは思っていたけど、メールの内容からして、この惨状に驚いてるんだよなぁ。


「解決方法はないの?」


「あればなにかしらクエストメッセージがきてないと可笑しいだろ?」


 メイゲツを見ると、


「シャミセンさん、エスカルピオってなにかわかります?」


 焦燥とした声で聞いてきた。


「クエストメッセージが来たの?」


 そう聞き返すや、メイゲツはちいさくうなずく。


「[エスカルピオの体液]を手に入れて、それを服薬まないといけないみたいです」


 聞いたことないけど。というか体液って……。


 ◇【マタニティ・アリス】

 ・神の子を孕みし処女は、皮肉にもその胎児を堕ろそうと成長と誕生を拒む。

 ・ならばと神は毒を持った蠍を処女の子宮へと忍ばせ、母子諸共殺そうと企てる。

 ◇クエスト受理をしますか?

 ・【は い】/【いいえ】



 ……なにこれ?


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