第160話・心猿とのこと
セイエイたちは慌てていた様子から察して、あれから一度もログインしていないようだ。
さて、一度ログアウトしてトイレ休憩を挟んでふたたびログインしようかと思った時だった。
――ピコンッ。
と、[線]の着信音がスマホから聞こえ、視線をそちらへと向けた。
「んっ? 誰か送ってきたか?」
何気なくスマホを手に取り、画面を見た刹那、脂汗とただならぬ緊張感がオレの全身が駆け巡った。
◇ローロ:シャミセンさんは煌乃くんだったのかい?
それはたしかに、ローロさんからのメッセージだった。
自分から仕向けたくせに、いざその時になると身体がガチガチに凍り付いて、指先が震えている。
覚悟くらい決めろよ。お前は死線のその先に土足で踏み込もうとしているんだから…………。
◇シャミセン:こ、こんにちわ。お久しぶりです朗さん
◇ローロ:おっ、おれの名前を知ってるってことはそうなるのか
◇シャミセン:そうなりますね
◇ローロ:こうやってお互いリアルでの知り合いとして会話するのは二年くらいぶりか?
◇シャミセン:現実では。ゲームだと二十日前に頼まれたアイテムを持ってきたくらいです。
◇ローロ:そうだったね。しかしキミの運には本当に助かる。レアアイテムが簡単に手に入れられるんだから。
◇シャミセン:今はお仕事ですか?
◇ローロ:出張先からさっき東京に戻ったところだよ。白水さんからメッセージをもらっていたけど、仕事が立て込んでいてね。
◇シャミセン:お疲れ様です。ただちょっと今回のことは正直賭けでした。
オレは素直に、ローロさんが朗さんだったことが疑心暗鬼だったことを本人に伝えた。
ジンリンが言っていたことは正直半信半疑だったが、こうやってローロさん本人が、最初の一言でそれを肯定してくれているのだ。
◇シャミセン:やっぱり、決め手は水連ですか?
◇ローロ:うん。漣のハンドルネームだったからね。それを知っているのはおれ以外だと煌乃くんと斑鳩さんくらいかな。
……さて、どう切り出すか。
◇シャミセン:あの、すごく失礼な話になるんですけど。
◇ローロ:なんだい? 昔の誼だ。なんでも聞いてくれ。
◇シャミセン:それなら聞きます……漣の自殺の理由は、やっぱりイジメによるものですか?
しばしの沈黙。さすがにちょっと話が突飛過ぎたか。
◇ローロ:漣はイジメに耐え切れないで死んだんだ。それ以外に考えられない。
文章からは感情が読み込めない。
だけど、ローロさんの言葉は鋭くオレの不謹慎な態度に喝を入れていた。
やっぱり、家族が言うかぎり漣の自殺はイジメが原因だったのか。
まぁ、家族がそう言っているんだからそうなのだろう。
◇シャミセン:すみません、嫌なことを思い出させるようなことを聞いてしまって、ちょっと最近になって妙に漣のことを思い出すことが多かったので。
◇ローロ:いや、漣もキミのことが好きだったからね。そうやって思い出してくれるだけで本人は嬉しいと思うよ。
おい待て? 漣
◇シャミセン:オレ、あいつのこと学校じゃイジってましたよ?
◇ローロ:それは本人もわかっていたと思う。君がやっていることは自分にかまってほしいという男の子のソレだってね。
なんとまぁ、オレそんなふうに見られていたのか。
今更ながらすごいはずかしい。
◇ローロ:だからこそ、あの子は君をイジメている人間の中に入れていなかったと思うぞ。
そのメッセージを見て、オレはわずかながらも違和感を覚えた。
◇シャミセン:あのローロさん、なんでイジメていたやつの名前を知ってるんですか?
たしかオレの知っているかぎり、連が投身自殺をしたことはテレビで報道はされて、イジメが原因だったということも報道された。
だけど、イジメによる自殺でよくある、イジメていた人間を告発みたいなことはなかったはずだ。
◇ローロ:あぁ、すまない失言だったね。連の葬式が終わった後、あいつのパソコンを整理していた時にファイルが出て来たんだ。クラスメイトの名前が赤くなった表計算のファイルがね。
――赤くなった?
◇シャミセン:それじゃぁつまり、その赤いのが漣をイジメていたやつってことですか?
◇ローロ:ええ。小学校の時から中学までのが。
高校の時がないのはわかっている。オレや鉄門と一緒にいたからだ。
オレは高校を普通に受験して入ったし、漣と鉄門以外はオレの祖父ちゃんがやってる道場に入っていたことと、中学で柔道やってたの知らないようだったけど、鉄門が剣道の有段者ってのが広まっていたこともあってそれを避けていたのか、漣を表立ってイジメられていたという話を聞いてはいなかった。
◇ローロ:そろそろいいぁな? これから同僚と食事にいかないと。
ローロさんからそう聞かれたオレは、すこし「んっ?」っと思った。
◇シャミセン:もしかして車の運転ですか?
◇ローロ:おや、どうしてそう思ったんだい?
◇シャミセン:いや車の中でも会話はできるけど、終了を促されたので。
◇ローロ:あはは正解。昔も今もながら運転はダメだからね。
それはたしかにそうだ。というか未だにやってるアホがいるけどね。そんなに急いでいるならハンドフリーマイクを使え。
◇シャミセン:わかりました。それじゃまたよろしくお願いします。
◇ローロ:ひさしぶりに話ができてよかったよ。
それから、ローロさんからのメッセージは来なかった。
ローロさんを[線]のフレンドリストに入れて、オレはスマホの画面をスリープ状態にした。
∽
翌日、土曜日。連日の疲れがたまっていたのか、お昼まで惰眠を貪っていた。
「レポートも終わってるし、いちおう資格の勉強くらいはしておきたいけど」
そういうことをやる気がでてこない。
「まぁ、ゲームは別だけどね」
というわけで、NODにログインして、ジンリンが言っていたクエストに挑戦してみましょうか。
§
時刻現在は午後四時四三分。
「時間がゾロ目になったら、時が止まりそうな気がするのは気のせいだろうか」
このたとえばなしが分かる人っているかなぁ。昔、祖父ちゃんがオレや従姉妹に見せた子供向けのホラー映画の設定だっけか。
「ボクはその映画を見たことがありませんので、なんとも」
まぁ俺の父親が子供の時の映画らしいから、ジンリンが知らないのもまぁムリはないか。
「ところで、昨日教えてくれたクエストについて、なんかヒントなり触りとか」
「うーん、ボクはスタッフとはいえプレイヤーの監視が主ですからね。だからあまりプレイヤー個人に情報を提供するというのは」
「まぁ、聞いみただけで」
「いや、そうじゃなくてですね、ちょっと仕組みがわからないというか」
仕組みがわからない?
「なんかアイテムを集めろとかそういうやつ?」
「まぁそんなところですね。いちおう必要になるアイテムのリストがあるんですけど読みます?」
見せてもらえるのなら喜んで。
というよりは北の魔女のクエストに関係しているらしく、そのクエストに挑戦しているプレイヤーにはかならず渡すようにとされているアイテムリストなんだとか。
そのアイテムのうち、必要なものを持ってふたたび北の魔女のところへと訪れれば、クエストクリアになるそうだ。
◇[ノーズウィッチの烙印書]を手に入れました。
おそらくジンリンがオレに向けてアイテムを送ってくれたのだろう、アイテムストレージを確認し、それを取り出してみる。
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◇サスナーマウスのカード
◇アプリコットカウのカード
◇ピーチタイガーのカード
◇ウィステリアラピットのカード
◇アイリスドラゴのカード
◇バタフライスネークのカード
◇ポアホースのカード
◇ムーンシープのカード
◇ジュファモンキーのカード
◇ディアチキンのカード
◇ウィロードッグのカード
◇ポーロウニアポアのカード
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以上、十二枚のカードのリストが、[ノーズウィッチの烙印書]に記されていた。
「マウス、カウ、タイガー、スネークにラピット……、これって十二支じゃないか」
リストの順番的にそう考えて間違いはないだろう。
さて、その頭に入っているのもなにかしらの単語なのだろうけど、これも[十二]に関係しているのかもしれない。
「星座……はないか」
星座だけをカテゴライズすると、十二なんて少ない数にはならない。
かといって、牡牛とか双子とかはないだろうし。
それだったら
となれば、それとは別の、[十二]に関係しているものということになる。
「うぅむ」
「あの、ヒントほしいですか?」
悩んでいるオレに対して、ジンリンがそう聞いてきた。
「教えてもらえるなら」
「あのですね、このクエストを考えたスタッフの話では、まずリストの順番と動物の名前、その頭についている単語の法則がわかれば、知っている人ならすぐにわかるみたいなことを言ってましたよ」
たしかに、カードリストの順番は、ネズミ・ウシ・トラ・ウサギ・リュウ……と、十二支の順番になっている。
となれば、引っかかっている十二も、それに準じているわけだ。
「それと、北の魔女のクエストですけど、[雪降る月夜の楼閣をジッと見上げる笠地蔵]らしいです」
「それがこのリストに書かれているやつで必要なものってことか」
「らしいです。まぁリストを見ただけでわかる人もいるみたいですけど」
いちおうあとでビコウに聞いてみるか。たしか今日はセイエイやサクラさんと一緒に買い物に行っているからログインするのは夜あたりとか言ってたっけ。
‰ ‰ ‰ ‰
さてあれから四時間くらいやってるわけですが、
「経験値が30くらいまでしかない」
労働時間と比較しても、さすがに低すぎる。
うーん、やっぱりパーティー経験値のほうがいいってことか。
◇ビコウさまからメッセージが届いています。
モンスターを探すかと思った矢先、ビコウからメッセージが来ていた。
【そこまで気付いていて、なんでわからないんですか?】
いつもどおり、メッセージタイトルでのツッコミだった。
いやいちおう意見を聞こうと思ったんですけど、そういう言い方はないんじゃ。
【ビコウはわかったのか?】と、聞いてみる。
送ってからすぐに返事が届いた。
【これ、**の順番ですよ】
ん? NGコード入った?
「クエストの正解に当てはまる単語があったんだと思います」
そういえばメッセージでもNGがはいるんだったな。
【ちょNGになった】
メッセージタイトルからも察して、本人はネタバレとは思っていなかったようだ。
【ヒントだけでも。三月三日は何の日ですか?】
「そりゃ雛祭りとか耳の日とかあるよな」
「あとは****なんていいますよね」
ジンリンが何かを言ったようだけど、NGコードに引っかかったらしく、雑音しか聞こえなかった。
ただ、おそらくだけどそれしか思い浮かばないな。
「ってことは……」
あぁ、そういうことね。北の魔女が欲しているカードがなんなのか断片的にだけどわかってきた。
「でも、こういうアイテムを未だにゲットしていないんだけど」
「それはそうですよ。このカードリストはまず北の魔女のところに行って、クエスト受理がされないとアイテムをゲットできないようになっていますから」
まだフラグのスイッチが押されていないってことか。
「まぁ、それはいいけど……すこしのあいだ、誰かいないか見てみるか」
そう考えながらフレンドリストを開いてみた。
今現在NODにログインしているのは、テンポウだけだった。
ビコウはメッセージを送った後、おそらく家の誰かに呼ばれたのかログアウトしているみたいだ。
そういえば、テンポウとプレイするのってNODの中じゃあまりなかったな。
星天の時は二人だけでパーティーを組むのはだいたい五二回位はあったか。
その時はモンスター討伐だったり、シュエットさんやローロさんから頼まれたレアドロップアイテムを手に入れるためだったり。
テンポウの幸運値って、ビコウの次に高かったからな。
そういうわけなのかどうかはわからないけど、たいていドロップアイテム関係はよくテンポウとビコウ、ほんでオレの三人でよく組まされてた気がする。
【今パーティー組める?】
いちおう誘いのメールを送っておこう。
【大丈夫ですよ】
三分ほどして、テンポウから返事のメッセージが来た。
ただ、一言で済ませられるくらいだったのか、メッセージタイトルだけで本文には何も書かれていない。場所くらい教えて欲しかった。
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