第153話・目釘とのこと


「おふたりとも大丈夫でしたか?」


 スィームルグ状態のワンシアが、ゆっくりと地面へと降下していく。

 そのさい、ワンシアは空気を読んでか、他のプレイヤーが自分たちが目視できないくらいの高い場所から、それこそ見つかりにくい場所に降りられるよう、細心の注意を払っていた。

 降り着いた場所は、[エメラルド・シティ]から北へと続く道を遮る森の奥地の拓けた場所。


「よっと」


 ワンシアの背中から、まずオレが降り、ビコウに手を差し伸べながら、彼女を降ろさせる。


「ワンシア、ありがとうな」


 ワンシアの身体をゆっくりと撫でる。柔らかい羽毛が結構気持ちいい。

 不意にワンシアの顔を窺ってみると、彼女は目を細めてた。気持ちいいのだろう。

 ワンシアの身体から手を放すや、彼女の身体に光が発せられ、元の仔狐状態に戻った。



「それにしてもすごい怖かった」


 ペタンと、地面におしりをつけるビコウ。


「もしかして、こういうことがあるから、できれば魔法の箒で空を飛んで欲しいってことだろうな」


 あるいは今のステータスでは制御できないってところだろう。


「[FLY]なんて誰でも思いつきますからね」


「だよなぁ。っていうか無尽蔵って可笑しくね?」


 ジンリンの顔色を凝視しながら、そうたずねてみる。


「あ、あまり説明できなかったボクの責任でもありますから、文句は受け入れますけど」


 うん。そこは認めるしかないよな。


「それにしても今のはいったいなんだったんでしょうか?」


 おそらくワンシアが変身したスィームルグについてだろう。


「心当たりがあるとすれば、[サイレント・ノーツ]で、***や斑鳩と一緒に討伐クエストした時に出て来たやつなんだよなぁ」


 ――あれ? いまたしかに言ったはずだよな?

 それなのに、なんで言葉に雑音が入った?

 このゲームって、プレイヤーの発音にもNGワードってあるんかね。


「シャミセンさん、今なんか聞こえない部分があったんですけど?」


 ビコウが怪訝な表情でオレを見据える。

 やっぱり聞こえていないみたいだ。


「いや、[サイレント・ノーツ]で斑鳩のほかに***っていうプレイヤーと――」


 やっぱりそうだ。あいつの、[エレン]の名前だけがなぜかNGワードに引っかかっているんだ。

 掲示板でザンリがNGになるということは、なにかしらクエストに関係のあることだから、まぁしかたのないことだなと思った。

 だけど、なんでいちプレイヤーであるはずの[エレン]の名前がNGワードになっていたのか。



「おいジンリン……」


 睨むような声でジンリンに声をかける。


「なんで……***が言えないんだよ?」


「なにを聞きたいんですか? 途中口籠った声だったので聞き取れませんでした」


 ジンリンはビコウの時と同様、オレの発言の一部が聞こえなかったのか、首をかしげながら聞き返してきた。


「ジンリンは運営側の人間だから、オレの今言ったことはわかってんだろ? それともあれか? 発音に関しても高性能システムかなんかで発音の時点でNGコードに引っかかるってか?」


 なんだよその、文字チャットで打ち込んだ言葉にNGコードがあったら即行NGにされるみたいなシステムは。


「運営側?」


「…………」


「***がNODにどんな関わりがあるのか、オレは知らねぇよっ! でもなぁ、***がNGコードに引っかかるってことは、それはつまりこのゲームのクエストや内容に深く関わっているってことだ。そうじゃなかったら、そもそもラディッシュさんがNGにならなかったことに違和感がある」


 オレはまくし立てるように、ジンリンに詰め寄った。



「[その質問は、リストに載っていません]」


 悍ましく、光のない瞳でジンリンはそう答えた。


「おいっ! なに言ってるっ! オレは単純に***がこのゲームと関係しているのかって聞いてるんだよっ!」


「[その質問は、リストに載っていません]」


 ふたたび発せられたジンリンの言葉は、それこそシステム的な返答だった。


「おいこらぁっ! 逃げんなっ! 単純に、このゲームに***が関係しているのかって聞いてるんだよっ! それをなんで自分の口で話せないっ! それともあれか? 運営的に答えられないってことなのか?」


 その態度が、ジンリンがエレンのことを話すことを拒むかのような態度が気に入らず、オレの苛立ちは怒髪天を貫きかねないでいた。


「シャミセンさんっ!」


 咄嗟にビコウがオレの腕を掴み、ジンリンを離そうとする。

 気付けば、オレは左手がジンリンを掴み、彼女の身体を握りつぶそうとしていた。


「落ち着いてくださいっ! なにが気に食わなかったのかはわかりませんけど、人が答えないからって、無理矢理聞き出そうとすればそれはただの拷問ですよっ!」


 必死にオレからジンリンを助けようとするビコウに諭され、オレはジンリンを自分の手から開放した。

 そのさい、ジンリンは光の粒子となって、その場から消えた。



「はぁ……はぁ……」


 目の前が真っ暗になる。

 身体を地面に寝かせ、真っ暗な空を見る。

 ザワザワと、木々がオレを嘲笑していた。


「くぅそぉ……」


 両手で顔を覆う。嫌なことが頭の中でグチャグチャになって整理が追いつかなくなってきた。

 結果が変わるわけじゃないのに、その結果が覆ってくれることを自分の中で期待しているなによりの証拠だな。



「シャミセンさん」


「なんだよ……」


 ビコウの問いかけに、オレはぶっきらぼうに返す。


「ちょっとわたしの顔見てください」


 ビコウがそう言ってきたが、見る気力も、余裕すらねぇ。


「なにがあったのかは知りませんけど、そんな人に八つ当りしないといけないくらいだったら、このゲームやめたらどうです? やってて面白いですか?」


 ……面白くないってか? そりゃぁそうだよなぁ。まったく関係のない人からしてみればそう見えるはずだ――



 不意にビコウがオレの身体に乗りかかるや、オレの両手首をつかみとり、無理矢理手を顔から剥がした。


「今のシャミセンさん、目が死んでますよ」


 オレの目を見つめながら、ビコウは真っ直ぐな目で言った。


「お前に、オレのなにがわかるんだよ」


「わかりませんよそんなもんっ! 人間ですからっ! 神様じゃありませんからねっ! 人がどんなことを考えているとかそれがわかればいちいち人の顔色を窺わずに済むからすごい楽ですよっ! でもねぇっ! それでもなにを思っているのか、どんな気持ちなのかって、人の目や表情っていうのは、言葉以上に伝わるんですよっ! 今のシャミセンさんの目って……見ていてイライラするんですよ」


「だったらほっとけばいいだろ?」


「ほっとけるわけないじゃないですかっ! ほっといたらなにをするかわからないっ! そんな目なんですよっ! 今のシャミセンさんの眼はっ!」


 ビコウはオレを責めるような声を、一度落ち着かせ、


「恋華が小学生の時イジメられていたの知ってますよね? 中国にある実家に親戚で集まった時だって、あの子を責めるような人はいなかった。ウェブカメラであの子と顔を見ながら話しても、わたしにはムリにでも明るくしていたのがすごく伝わるんです。よく言うじゃないですか、別の気持ちなのに、それを悟らせないように笑っている人の目が笑ってないって……あれ、間違ってないと思いますよ」


 今のオレの眼は、その時の恋華と同じだって言いたいのかよ。


「そういうの見てて、イライラするんですよ」


「そりゃぁそうだろうなぁ。オレだってイライラするよ」


「……っ、シャミセンさん、ちょっと歯を食いしばってください」


 ビコウはそう冷たく言い放つや、オレの頬をおもいっきり殴った。

 ――地雷を踏んだようだ。



「ごぶぅらぁっ?」


「シャミセンさん、ひとつ勘違いしてますよ。わたしはそういう恋華に苛立ったんじゃなくて、恋華を安心させられない自分にイライラしていたんですよ。知ってますよね? わたしも中国で混血児ハーフだからって、そんなつまらない理由でイジメられていたってこと」


 ビコウはゆっくりとオレの顔を近づける。


「わたしが植物人間になったことだって、あの子は自分のせいだって責任を感じてた。わたしの軽はずみな行動であの子に感じなくてもいい責務を叩きつけてしまった。そんなことを、ちょっと考えればすぐわかるのに、後先考えなかった自分にすごくイライラするんですよ。でも目の前で困っている人がいたら助けてしまうのは、根本的にわたしの中にあるからしかたがないじゃないですか? 見て見ぬふりできない人間ですし、そういう性格を治す気なんてさらっさらないですよぉっ!」


 うん。それは別にオレも文句はない。

 ビコウがそういうやつだって、短い付き合いでも理解できていたからだ。



「ビコウ、水系の魔法ってなにか使えないか?」


「強さはどれくらいで?」


「そうだな。おもいっきり、滝行できるくらいの強さで」


 そうお願いすると、


「魔法盤展開っ!」


 ビコウは左手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



 【AYWFVAYXX】



 ビコウの頭上に魔法文字が展開されていく。

 そして上空から、激しい水がオレとビコウに叩きつけられた。



 フレンド同士だからHTの変化はほとんどない。

 だけど激しい水の感触は、しっかりと感じられる。

 今の状態なら、気付かれないよな。


「ビコウ、ありがとうな」


「前に言いましたよね。自分で抱えるくらいだったら誰かに話した方がいいって。シャミセンさんはなんでもそうですけど、独り善がりなんですよ。そう云う人は決まって自分が我慢すれば、自分一人の力でどうにかしないとって思い込んでしまう。悩み事くらい、愚痴くらいいくらでも聞いてあげますよ。その分わたしの愚痴も聞いてもらいますけどね」


 再び顔を両手で隠したが、今度はビコウからの制止はなかった。


「……っ……」


 グズグズとした声がオレの耳元で響き渡る。

 十九の、大学一年生の大柄の野郎が情けなく、みっともなく、異性の前で嗚咽している。


「ゲームの中でくらい、現実を忘れられたらいいんですけどね。現実にできないことができるのがゲームの醍醐味だと思うんですよ。でも現実がちょっとでも水を差してきたら、それだけで現実に戻されているって気がして、あんまりいい気持ちにならないと思いますよ」


 ビコウの呟きを聞きながら、オレは漣にしてしまった取り返しのつかないあやまちと……助けられなかった後悔や、誰かに八つ当りしてしまう自分に対しての苛立ちにただただ慟哭を上げていた。



 ±



「落ち着きました?」


 さっきまでとは違い、ビコウの声は柔らかい。


「落ち着いた。というか完全にオレが悪い。十割十分オレが悪い」


「それってパーセンテージに直すと、110%になるんですけど」


 クスクスと、ビコウはちいさく笑みをこぼしている。


「それくらいビコウやジンリンに悪いことをしたって思ってる」


 うん、完全にオレの八つ当りだったし、ジンリンがログアウトしたのだって、もしかしたら他のスタッフに呼ばれて、已む無しだったのかもしれない。

 そもそも、オレの聞き方自体が悪かった。

 あれじゃぁ、取調室で無理矢理犯人に仕立てようとしているようなものだったじゃないか。


「わたしは気にしてませんよ。シャミセンさんが誰かに対して本気で怒るってことは、恋華や共通のフレンドから聞いたり、他のプレイヤーが掲示板に書き込んでましたからね」


 ちらりとビコウを見てみると、ゆっくりと指折り数え始めていた。


「えっと、今日は十月七日で木曜日だから……シャミセンさん、今度の日曜日って、たしか夕方からシフト入ってましたよね?」


 と、オレを見るや、そう聞いてきた。


「いちおう入ってるけど、なんで?」


「……その日って、なにか用事とかあります?」


「これといって、特になにも」


 冷静になってきたから応対ができてるけど、はて、ビコウはなにを企ててる?


「そうか……それじゃぁ、わたしとデートしましょう、、、、、、、、。拒否権はありませんからね」


 なにかもう、決定事項だと言わんばかりに、ビコウはオレに言い放った。



 ♭



 ――[あるゲームのスタッフルーム]



「おい、聞いたか?」


「あぁ、聞いた聞いた。このゲーム打ち切りらしいな」


「マジかよぉ、結構ログインしてくるユーザーも多かったのになぁ。多い時は二十万くらい余裕だったのに、なにが原因だ?」


「なんでも、ゲームの中で不具合が起きたらしい」


「不具合? 具体的にどんなエラーが起きてる?」


「オレも詳しい話を聞いてないけど、ほら召喚獣を別の方法で手に入れようとしたプレイヤーがいたみたいなんだけどな」


「もしかして[対なるもの]か……」


「たぶんな……あのルシフェルを手に入れるには、その方法しか今のところなかったからな」


「たしか、それをあのセイレーンが手に入れてなかったか? ここ最近ログインしていないみたいだが」


「その取り巻きだった[シャミセン]と[斑鳩]も見ないな。ログを見てたらリア友だってのはわかっていたけど、三人して引退したってか?」


「うーむ、それに関してはユーザーの自由だから、オレたちがどうこう言うことじゃないだろう。それで、終了するのはいつなんだ?」


「そのことだが、今季までらしい」


「そうか。それじゃぁハッキリとした時期がわかるまではいつもどおり季節限定とか、時期を見てのイベントでいいな」


「「了解」」


 こうして彼ら[サイレント・ノーツ]のスタッフが、サービス終了に対しての噂話をしたのは、宝生漣が投身自殺してから三日後のことであり、[サイレント・ノーツ]という名前のMMORPGが正式にサービス終了したのは、VRギアが一般発売、並びに[魔獣演舞]のサービスが開始する、ほんの一年前のことであった。


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