第154話・心機一転とのこと


 ビコウから、一方的にデートの約束をされたオレは、去っていく彼女を呼び止める隙すら与えられず、ただただ黙って見送っていくことしかできなかった。

 まぁ、ビコウのプレイヤースキルなら、余程の運がなければそう安々と死ぬことはないだろう。逃げられる時は逃げればいいし。



「それにしても、ほんと言われっ放しだったな」


 ビコウが肯定も否定もしてくれたから良かったけど、自分があそこまで女々しいとは思わなかった。傍から見ればオレが悪いってのは見えるし、オレだって自分が惨めだと思う。

 完全に信頼度ガタ落ちだ。多分見放しても仕方ないと思えることをしたのに、ビコウは口ずから自分の本音を言ってくれたんだよな。

 そうしてしまった自分に嘆息すると、オレはギュッと利き手を握りしめ、自分の右頬を思い切り殴った。


「くぅ……」


 だらしのない呻き声。肉体的に痛みが走るってわけじゃない。このゲームには痛感というシステムがないが、精神的には痛みを感じている。

 まぁ、これで冷静になってきた。あんまりしたくないことだけど、今の一発は気付薬の代わりをじゅうぶん果たしてくれた。



「しっかし――デート……か」


 冷静に考えてみると、すごい約束をしたんだなと、冷静になればなるほど恥ずかしくなってきた。

 そういえば、デートなんて高校でも片手で足りるくらいしかして……いや、そういう相手がいなかったというかタイミングが無かったとしか言えないんだけどな。


「そういえば、今何時だ?」


 ふとそう思い、簡易ステータス上に表示されている時間表記を見てみると、【23:58】になっていた。

 さすがにこれ以上プレイする気もないし、今日はもう戻ろう。


「魔法盤展開っ!」


 周りに人がいないことを確認して、右手に魔法盤を取り出し、ダイアルを回していく。



 【WFXFTZVW】



 転移魔法の魔法文字がオレの頭上に展開されていく。

 行き先は[エメラルド・シティ]の宿屋にすると、オレの身体はスッと消えた。



 §



 翌日、大学で星藍とパッタリ会ったオレは、どう口火を切ればいいか悩んだのだが、


「おはよう、煌乃くん」


 と、星藍のほうから笑顔で挨拶された。


「お、おはよう」


 ぎこちない。うん、実にぎこちない返答。


「声がちいさいっ! おはようっ!」


 オレの態度にムッと来たのか、星藍は声を張り上げた。


「っはようっ!」


 反射的に、オレも声が大きくなった。

 おい? 昨日の今日なのに、そっちはなんとも思ってないの?


「もしかして、昨夜デートの約束したから顔合わせられないとかそんな理由?」


 思ったこと言われた。というかオレって顔に出やすい体質なのかね?


「そう思っただけ。まぁ……わたしもできればあんまり顔見られたくないかなぁって」


 そう言うや、星藍はオレからすこしだけ視線を逸らした。

 あれですか? 不良少女がちょっと頑張って告白したらO.K.をもらったのはいいけど、そのあとどうしたらいいのかわからないってそんな感じなんだろうか?

 ああいうのって、本人は断られる前提で告白するみたいだから、自分の予想していないことがあると、決まって聴牌テンパるらしいな。



「あっと、それで昨日はどうだった? 無事に拠点まで帰れたかな?」


「あぁ、テレポートで帰った」


 そう応えるや、星藍はやっぱりというよりは、


「うわぁ、それを使えるのと使えないのとじゃやっぱり違うね」


 と、嘆息まじりの声色で返してきた。


「転移魔法がある分、時間短縮できるから便利というべきか。NODはなんか星天の時と違って、システムの時点で運が味方になってない?」


 言われてみればたしかに。転移アイテムがあるにはあるけど、拠点に戻るくらいで、テレポートみたいに同じフィールドにいるフレンドのところに転移できるということができない。



「わたしも[O]の魔法文字を手に入れたいけど、第一も第二の拠点も結構見て回ってるからなぁ」


「見落としてるところとかあったりするんじゃないか?」


「見落としねぇ」


 ビコウはオレの言葉に対して上の空で返事をする。


「ほら、たとえばキーボードで間違って数字の[0]になっていたりとか」


 うん、自分でも無理があるじゃないだろうかと思う。

 でも、これ意外にあたっているかもしれん。気を抜くと[O]と入力したはずが[0]になっていることもあったりするし。

 ローマ字変換だとすぐわかるけど、英文だと後で気付くってことが多いんだよ。

 だからなのか、[I]と[l]も似ているから気をつけないといけないんだよな。


「うーん、でもなぁ……商品の値段はウィンドゥで表記されるからそれはないだろうし、ってことは看板の時点で見落としてたりするのかな」


「看板だけじゃないかもしれないぞ。例えば壁の落書きとか」


「あぁ、そういう考えもあるか」


 ……と、星藍は納得したともしてないともいえる表情でうなずいてみせた。



「それなら昨夜の詫びも入れて、今日はパーティをって、今日はバイトか」


「あはは、お誘いありがとう。でもわたしは今度の日曜日に約束してるからね。それなら恋華の世話を任せられる? テスト勉強してるみたいだけど、多分あの子のことだからそっちのけでNODに入ってそうだし」


 はて? なぜそこで恋華の名前が出てくる?

 というか勉強いいのかねぇ。


「恋華、どうかしたのか?」


「いやいや、ちょっとしたヤキモチを焼いてるんですよ」


 星藍は苦笑を浮かべながら、そう弁解した。


「――ヤキモチ?」


「顔に出てたらしいのよ。今朝わたしの様子が可笑しかったみたいで、理由を言ったら『ズルい』って睨まれた」


 ズルいって……、そもそもこっちは星藍から一方的に約束事をされただけなんだけど。

 なんか、前にもこんな反応されたことあったな。

 やばい、それだけで嫉妬するようなら、セイエイが一番闇堕ちしそうなタイプだよな。



「別にズルくはないけどなぁ」


 オレは腕を組みながらそう言う。それを見て、


「いや、恋華も恋華で煌乃くんのこと意識してるからなぁ。それが異性としてかどうかはまだあの子自身わかっていない気がするけど」


 と星藍が呟いたのが耳に入った。



「おはよっす。お二人さん」


 大学の正門から、鉄門の声が聞こえ、オレはそちらに目をやった。


「あぁおはよう」


「おはよう鉄門くん」


 あいも変わらない声で星藍はそう挨拶をする。

 聞き間違い? うん。たぶん聞き間違いだ。



 §



 ――うわぁ、わたしすごい約束しちゃったよ。

 シャミセンさんと別れたわたしは、彼との距離が遠のいていくほど、自分がなんということをしてしまったのか、冷静になるほど頭の中がグルグルとしてきていた。

 おそらく、今のわたしは顔が赤くなっていて、おかしな笑みを浮かべているはずだろう。


「わたし、失礼なこと言ってなかったかな? 勢いで言っちゃったから可笑しいことを言っていたかもしれないし」


 しかもヘタしたらぶん殴りそうだったものなぁ。



 まぁ、見ていてイラッとしたのは本当だった。

 好きな人が、他の、別の女の人のことを、いまだにウジウジと悩んでいるというのは、女子として一番イラッと来る。

 自分だけを見てほしいと願ってしまうのは、まぁしかたのないことだろうな。

 わたしもそんなことを、好きな人ができるたびに思ったことだったし。

 というか、自分がここまで醜女しこめだとは思わなかった。

 シャミセンさんが恋華やテンポウみたいな、他の女の子や女性と一緒にいても、ここまで嫉妬することはなかったはずなのに。

 どっちかといえば、自分は結構さばさばとした性格だと思っていたんだけどなぁ。

 やっぱり、元カノの話だったからだろうか。

 どちらにしろ雰囲気からしてデリケートな話だろうし、これ以上嫌われるようなことはしたくない。


「っていうか、明日大学だよ。どう逃げても同じ学科だから顔合わせるよぉっ!」


 そう考えると、また顔が熱くなってきた。



 だけど……シャミセンさんが見せたあの惨めな態度は、どこかで見たことがあった。


「あっ……」


 それがなんなんか、うっすらと思い出してきた。

 フチンが病気で亡くなったわたしのムチンの位牌の前で、肩を震わせていた時と同じだったんだ。

 あの時、フチンは日本の病院に入院していたムチンのお見舞いには一度も来ることがなかった。

 わたしもフチンが心配だったのと、学校があったから中国の実家に残っていて、結局一度だけしかムチンのお見舞いにはいけなかった。まぁ、いつもウェブカメラとかで会話はしていたけど。



 ただ、フチンに対しては、そのことでムチンの家族から一方的に虐げられていたことを今でも覚えている。

 もちろん行こうと思えば行けたと思うし、仕事が忙しかったというのをフチンは言い訳にはしていなかった。

 当時、今から二年くらい前のことになるけど、ちょうどVRギアの完成間際で、フチンが一人で作った、人の感情の脳波を読み取るシステム『マインド・プランダー』の人体テストで忙しかったことと、自分以上に神経をすり減らしていても、それを悟らせないために家族の前ではいつもどおりに振舞っていたことを知っていたから、ムチンも、フチンを最期まで病院に呼ぼうとはしなかったんだと思う。



 わたしも、そのことでフチンを恨んではいない。

 でも、フチン自身はどうなのか。ムチンの月命日なると決まって一人わびしく晩酌していると、実家のお手伝いさんから聞いている。

 ムチンのことを大事にしていたけど、VRギアの最終納期が迫っていて切羽詰まった状態だったからこそ、フチンは『マインド・プランダー』のシステム完成に躍起になっていた。

 だから、ムチンが亡くなったという報せがあった時も、フチンは抜けることができなかった。

 間違えて脳をおかしくしてしまうというデリケートなシステムだったからこそ、他の人に任せて扱わせてしまっては、フチンが懸念しているVRギアから人の脳波に刺激を与えるみたいなことがあったかもしれないからだ。



 だから言い訳をしなかった。

 VRギアが完成したのは、ムチンが死んでから三ヶ月経ってからで、ようやく落ち着いた頃、フチンとわたしは、ムチンの月命日の時に、ムチンの実家をたずねたことがあった。

 その時、ムチンの家族から言われたのは、言葉にするのも億劫なほどの罵詈雑言。

 わたしはなにも知らない、フチンがどんな気持ちだったのかって、ムチンが死んで一番つらいのはフチンだって言い返したかったけど、フチンがそれを制止し、ただ一人その集中攻撃を、なんの反論もせずにただ一言。

『自分は科学者であり研究者である。そしてそれに没頭するあまり、家族を犠牲にしてしまった。梓を殺してしまったのはこのわたしだと、いくらでも罵ってくれ』

 と、フチンは言った。

 それでムチンの家族が納得するとは思えなかったけど、わたしはフチンがやろうとしていたことの大変さを知っていたし、ムチンもフチンの仕事を大事にする気持ちを理解していたからこそ、病院に呼ばなかったんだと思う。



 脳に刺激を与えるということは、やはり人体に影響を与えるかもしれない。そう思ったから、できるかぎりフチンは自分一人の手でプログラムを組んだんだと思うし、頑なに禁じていたんだと思う。

 おそらく、やろうと思えばできたと思うし、どちらかと言うとそのほうが楽だったのかもしれない。


「……まさか」


 NODで起きている事件に対して、わたしは自分と関係しているのではないかと、シャミセンさんから聞いてからずっと思っていることがあった。

 今はそういうことができないように、フチン以外の人が扱えないよう強力なプロテクトが入れられているけど、初期の段階ではギアから脳波に刺激を与えるというのがあった。

 もちろん、プロテクトを外す事ができるのはフチンだけだ。

 いくらわたしがその娘だからといって、ゲーム以外は口に出さないようにしている。


「いちど連絡してみようかな」


 さすがにNODでの事件に関しては、フチンの耳にも入っているはずだ。

 聞くだけ聞いて、フチンの反応を窺おう。


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