第151話・誤算とのこと


 自室に戻ったオレは、コーヒーカップを机の隅に、邪魔にならない程度の場所に置くと、視線をPCのモニターに向けた。

 オレを待っている間、ビコウとボースさんが話をしているようだけど、それに関しては特に記す気はないので省略。



 ◇シャミセン:すみませんボースさん。お待たせしました。

 ◇ボース:いえいえ、大丈夫です。こっちは妹と他愛もない話をしてましたから。

 ◇ビコウ:あれ? わたしに対してはないんですか?

 ◇シャミセン:ビコウも待たせてごめん。

 ◇シャミセン:それじゃぁ、改めてボースさんに聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?

 ◇ボース:はい。ゲームに関係していることでなければ。

 ◇シャミセン:VRギアのビーターに対して、そのプレイヤーのアカウントデータが入ったまま贈呈することはあったんですか?



 ボースさんに聞きたかったのはこれだ。

 テストプレイヤーに製品をプレゼントする。

 これはある意味バイト代と考えていい。

 昔、一般の人が応募して採用されたボスキャラが出てくるゲームソフトが、それこそ世界で八本しかない特別なソフトに、かなりの高値がついていたというのを聞いたことがある。

 これも云ってしまえばバイト代と大差ない。

 つまりは、VRギアをテストプレイヤーに贈呈することもそれに近いことになる。



 ◇ボース:テストプレイヤーの募集をしたさい、協力してくれた御礼として製品をプレゼントすることは決まっていましたから、それに関しては間違いではありません。

 ◇ボース:ですが、テストプレイ時のアカウントデータが入ったままというのはないと思います。

 ◇ボース:現在のVRギアのシステムプログラミングのアップデートはネットワークによる自動更新でやっていますが、発売前には何度かデザイン変更や数スペックが行われています。

 ◇シャミセン:ということは、まずテスト時のアカウントが入っている事自体がないってことで理解すればいいんでしょうか?

 ◇ボース:はい。それで間違いはありません。

 ◇ビコウ:わたしや恋華はフチンからプレゼントされたものだったけど、アカウントデータが入っていないまっさらな状態でもらってたからね。

 ◇ビコウ:兄の言っていることのほうが正解だと思うよ。│

 ◇シャミセン:ってことは、オレが聞いたのは偽証だったってことか。



 運営の人に改めて聞いてみてよかったと思う。

 でも、なんでジンリンはそんなことをオレに言ったんだろうか。

 オレをあざむくためだったのなら、そもそも関係のない漣の名前を出さないはずだ。

 いくら知り合いだったということを知っていても、どこまでオレと漣の関係性を知っていたか。

 いっちゃ悪いが、漣が大切に持っていたオレとの写真がその原因だったとしても、さほど気にすることじゃないはず。



 ◇ビコウ:シャミセンさーん、もしかして落ちました?

 ◇シャミセン:いや落ちてない。ちょっと思慮にふけてた。

 ◇ビコウ:今サクラがお風呂から出たって珠海さんが部屋に入ってきて教えてくれました。

 ◇ビコウ:恋華はまだ星天のほうにログインしているだろうから、先にドロンさせてもらいます。

 ◇シャミセン:ドロンって、使い方わかってる?

 ◇ビコウ:えっ? 会話や周りから抜けたり、消えたりするからドロンって云うんじゃないんですか?

 ◇シャミセン:今自分が抜けるって意味で使ったよね?

 ◇ビコウ:はい。そのつもりで言いましたけど。

 ◇ビコウ:え? もしかして間違って使ってます?

 ◇ボース:それ使い方逆だぞ。周りの人が消えた人に対してドロンしたって言うんだ。

 ◇ビコウ:鬱死……

 ◇シャミセン:死ぬなっ! 生きろっ!

 ◇ビコウ:冗談ですよ。うわぁでもマジですかぁ。穴があったら入りたい。わたし逆の意味で使ってたのかぁ。

 ◇ビコウ:あ、待たせるのもあれなので、お風呂入ってきます。



 ビコウが抜けると、さてどうしたものか。

 野郎二人。特に聞きたいことというか、話すことがないんだよね。

 そう考えていると、ボースさんからオレにたずねるような書き込みがログされてきた。



 ◇ボース:そういえば、今日はシャミセンさん星天にログインしてなかったんですね。

 ◇シャミセン:あ、今NODに重点をおいてますから。

 ◇ボース:そうでしたか。

 ◇ボース:掲示板でも結構シャミセンさんのこと盛り上がってますからね。最近見なかったり、NODで見たことがあるって情報も来てますよ。

 ◇ボース:モテる男はつらいですな。

 ◇シャミセン:モテた試しはないですよ。

 ◇ボース:いえいえ、恋華や星藍が二人で楽しそうに話をしているので、それに耳を傾けてみると、決まってシャミセンさんのことを言ってますよ。

 ◇ボース:二人にとっては一番の話題になるからじゃないですかね。

 ◇シャミセン:あの二人、どんな話してるんですか?

 ◇ボース:シャミセンさんのLUKだったら、あのアイテムが取れるんじゃないかとかみたいなことですね。

 ◇ボース:運営側の人間としても、シャミセンさんのLUKには注視しているんですよ。

 ◇シャミセン:あぁ、なんかNODでもそれで色々と修正されているみたいなことを言われましたよ。

 ◇ボース:そのジンリンとか言うサポートフェアリーからですか?

 ◇シャミセン:はい。なんかNPCじゃなくて、運営のスタッフがボイスチャットでオレを監視していたみたいなんですよ。

 ◇ボース:特定のプレイヤーを監視するということはないとは思いますけど、それじゃぁあの話もそれに関わっているんでしょうか?

 ◇シャミセン:話ってなんですか?

 ◇ボース:いや、NODで問題があったっていう噂があったんですけど、あくまで噂の域から出ていないので。

 ◇シャミセン:もしかして、ベータ時のテストプレイヤーが不慮の事故に遭ったっていうやつですか?



 そう書き込んでみると、しばしの静寂が訪れた。



 ◇ボース:どうして知ってるんですか?

 ◇シャミセン:そのジンリンから教えてもらいました。VRギアのデータも壊れていたみたいなことも言ってましたし。



 その後書き込まれた、ボースさんの返信は、前にジンリンから聞いたことと大差なかった。

 やはりVRギアに搭載されている人の脳波を読み込んでステータスに反映させるみたいなことはあっても、ギアから相手の脳波に訴えるといった禁忌を犯すプログラミングはされていないということだった。


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