第71話・海淵とのこと
ロクジビコウは暗闇の中、ジッと目の前を見据えていた。
彼女は、かならずやシャミセンとセイエイが自分に再挑戦してくることを、それこそ運命とでも言わんばかりにうすうすと感じている。
シャミセンの噂をロクジビコウは知っている。
そのステータス、LUKが際立っていることも知っていた。
だからこそ、シャミセンがふたたびここに来ることを願っている。
シャミセンが、すくなからずとも
賭博師の強みは、それこそ諦めの悪さにあるだろう。
もちろん勝負に勝っていれば、そのまま追い込まず、勝ち逃げする。それもまたひとつの勝利といえよう。
もしくは相手を完膚なきまでに負かせる。
それもまたひとつの勝利である。
しかし負けている勝負の場合、自分が勝てるまでやってしまうということも、また賭博師の悪癖といえよう。
そのせいで、ギャンブルによる借金をギャンブルで返すなどといった悪循環が生じてしまう。
気配を感じ、ロクジビコウはそちらに視線を向ける。
暗闇で本来はなにも見えない。
しかし、彼女にも体現スキルとして[火眼金睛]が備わっていた。
だからこそ、そこに双剣を構えた少女ひとりの姿が見えるや、怪訝な表情で、その少女を見据えた。
「まさかのひとりか……」
「…………」
「よもや、あの法術士は諦めたといったところか」
ロクジビコウは嘆息をつく。
自分が賭けていたことがハズれると同時に、シャミセンをそこまでのプレイヤーだったと烙印を押す。
それを少女……セイエイにも口にしたが、セイエイは表情に変化を見せなかった。
「して、キミはどうしてここに来た?」
「返してもらいに来た」
たった一言。
「うむ、しかしなんだね? キミはすでにかなりのレベルだ。これ以上強くなる理由がどこにある?」
「レベルのカンストしてない。いちおうまだレベル50までいってないから」
「しかし、キミに勝るプレイヤーなど限られているだろ? しかもこのイベントでメダルのかけらをすべて手に入れ、いったいなにがしたい?」
「ポイントはステータスに振り分けるのが普通だと思うけど?」
セイエイは、それこそくびをかしげる。
プレイヤーとして、自分のステータスを強くさせることは、極めて普通であり、自分の基礎値を上げることもまた普通である。
シャミセンのように極振りではないにしろ、極端にひとつのパラメータが際立って高くしているプレイヤーも中にはいるが、セイエイはどちらかと言うと遊撃に重視している。
だからこそ、彼女は腑に落ちないことがあった。
「あなた……ビコウさんとはどこで会ったの? あの人そんなに通常のフィールドに出ることってないのだけど」
「んっ? あぁ、ビコウか……そうだな。つい先日……私がログインしたところ偶然遭遇してな――たしか[ヒャクガンマクン]が出てきたあたりだったか」
それを聞いて、なるほどそういうことか……とセイエイは勘付く。
あの時、シャミセンをそっちのけで、池の中で泳いでいた時に感じた妙な気配。
イベントで不正をしていないか監視するため、クエスト専用のフィールドにプレイヤーとして出ていたコウマが話していたこと。
そして、低レベルのプレイヤーであるラプシンが[カース・ノア]という上級呪術系スキルを覚えていたこと。
そして、今証言したロクジビコウの言葉。
それらすべて、彼女なら……それが可能だということになる。
点と点がつながった。
それこそ、常闇にちいさく光る星座のように。
すべてがひとつの星座のごとくつながった。
「まぁ、私を倒すのだとしたら諦めなさい。あなたにビコウを倒すことはできない」
ロクジビコウはスッと立ち上がった。
その様子は火眼金睛状態のセイエイには見えている。
眼前にはビコウに化けたロクジビコウの姿があった。
その空気の中に暖かみなどない。
あるのは凍えるほどに冷たい殺意だった。
「[三昧火]っ!」
セイエイはSTR増加のスキルを唱える。
暗闇の中、赤と青の炎がゆらゆらと漂わせ、それに照らされるように、セイエイの表情は険しくなっていく。
「残念。私のスキル[幻影]の効果で、あなたの体現スキルはすべて無効化されるわ」
その言葉に、セイエイはちいさく笑みを浮かべた。
彼女の簡易ステータスにSTR上昇のマークが表示されている。
「だけど、これは無効化されているの?」
それを悟られないよう、セイエイはスッとうしろへと間合いを広げるや、双剣を構えた。
「[
振り下ろされた青鉾刀のひとふりが、力強い一陣の風を作り出し、ロクジビコウを包み込んだ。
「くっ?」
ロクジビコウの身体が空中に飛ばされたと同時に、セイエイは一蹴で間合いをレッドゾーンに持っていくや、
「[闇烏」っ!」
双剣を縦横無尽に切り出し、ロクジビコウにぶつけていく。
しかし、[闇烏]は剣術……体現スキルとされているため、その能力は[幻影]によって無効化されており、通常のSTRでしかない。
「ムダなことを」
ロクジビコウはケラケラと笑う。
「[牛鬼]っ!」
セイエイはその笑い声を無視するかのように、地面に落ちるすんでのところで身をひるがえし、その勢いのまま双剣をロクジビコウにたたきつけた。
ドゴンという地が揺らぐ音が暗闇の中でこだまする。
「ぐぅ……ぬぅ――あっ?」
ロクジビコウがはじめて苦痛の表情を見せた。
セイエイは純粋に、今自分が装備しているアイテムの効果でロクジビコウに勝負をしている。
「く、くそっ! くそくそくそ……」
ロクジビコウは予想にもしていないことにいらだちを覚える。
自分が変身しているプレイヤーは誰なのか、自分が知っている中でもっとも最強であるビコウだ。
そのビコウが……ステータスを真似ているとはいえ、そのビコウがただの攻撃に負けるようなことがあってはならない。
「きぃさまぁっ! なんだその装備は?」
ロクジビコウはセイエイに向かって糾弾する。
「なにって、おねえちゃんとフチンが作ったものだけど?」
セイエイはロクジビコウの質問に対して、素直にそう応えた。
「チート装備かっ! やはり家族のこととなると吐き気がするくらいに卑しいなっ! この豚がぁっ!」
その言葉に、セイエイは、静かに……カチンと来た。
「別に自分がどう言われようといいけど、勝手に真似といて文句言わないでくれる? それに、私の装備ってちょっと癖があるんだよ」
セイエイはそう言うと、装備品の説明文をロクジビコウに言って聞かせた。
[忌魂の洋装+5] ∨+27 I+29 ランク?
倒したモンスター、もしくはプレイヤーのHPの10%を回復することができる。
[青鋒刀一式] S+11 A+10 ランク?
通常攻撃のさい、LUK%の確率で強力な風を起こすことができる。
ただし戦闘開始時に体現スキルを使用した場合、この効果は使用できない。(体現スキルを使用する前に、そのスキルが無効化されている場合、その効果は相殺され、装備品の効果が適用される)
[青鋒刀二式] S+11 A+10 ランク?
通常攻撃のさい、LUKの確率で強力な風を起こすことができる。
ただし戦闘開始時に体現スキルを使用した場合、この効果は使用できない。(体現スキルを使用する前に、そのスキルが無効化されている場合、その効果は相殺され、装備品の効果が適用される)
[牛鬼の腕輪+α5] S+23 ランク?
通常攻撃時、LUK%の確率でSTRが基礎値の二倍になる。
ただし戦闘開始時に体現スキルを使用した場合、この効果は使用できない。(体現スキルを使用する前に、そのスキルが無効化されている場合、その効果は相殺され、装備品の効果が適用される)
[インウの首飾り] I+16 ランク?
相手の魔法効果に対して、自身のINTが相手のINTを上回った場合、40%の確率で無効化することができる。
ただし戦闘開始時に体現スキルを使用した場合、この効果は使用できない。(体現スキルを使用する前に、そのスキルが無効化されている場合、その効果は相殺され、装備品の効果が適用される)
[紫炎の指環] I+24 ランク?
相手の攻撃を30%の確率で無効化にすることができる。
ただし戦闘開始時に体現スキルを使用した場合、この効果は使用できない。(体現スキルを使用する前に、そのスキルが無効化されている場合、その効果は相殺され、装備品の効果が適用される)
これらすべてが、今セイエイが装備しているユニーク装備がもつ効果である。
戦闘開始時に体現スキルを使用すると、アイテムが持つ効果は戦闘が終了するまで無効化されているということだ。
「こ、こんな……だってあなた最初に……」
ロクジビコウは怪訝な表情を見せる。
「いつもだったら、[韋駄天]を使ってるけど、最初に唱えたのは[三昧火]。これは体現スキルじゃなくて妖術……魔法スキルになる」
セイエイはちいさく笑みを浮かべた。
自分が装備しているアイテムの弱点は、彼女が一番よく熟知している。
[韋駄天]を使用すれば、それは体現スキルであるため、アイテムの効果はすべて無条件で無効化される。
しかし、セイエイが戦闘開始時に唱えたのは[三昧火]のみで、その後にロクジビコウは体現スキル無効化を使用している。
セイエイがなぜあの時、なにもできずロクジビコウに倒されたのか。
これは彼女の悪癖によるものだった。
彼女は戦闘開始時にAGI上昇の体現スキル[韋駄天]を使い、先制をとって戦いを有利にさせる。
それが彼女のいつもの戦闘スタイルであり、それと同時に悪癖でもあった。
相手が持つスキルを知らなかった。
だからこそ先に体現スキルを使用したことで、装備品の効果は全て無効化される。
その後に、相手が体現スキル無効化を使用しても、先にアイテムの効果が無効化されてしまい、為す術もなく殺されたのだ。
セイエイが考えていた賭けはこれにあった。
もしロクジビコウが持つ[幻影]が、その言葉を詠唱してからでないと発動しないのか、自動発動のスキルなのか……そのどちらかしかない。
「くそっ! やっぱりムカつくっ! 殺すっ! 殺してやるっ!」
ロクジビコウは如意金箍棒を振りまわり、その余りあるリーチを使ってセイエイに襲いかかった。
セイエイはスッと双剣を構え、その攻撃を受け止めた。
「シャミセンッ!」
セイエイは虚空に向かって叫ぶ。
「なっ?」
その言葉に唖然とするロクジビコウは、周りを険しい表情で見渡した。
そこにいるのは、自身が振り下ろした如意金箍棒を受け止めているセイエイのみ。
「くそっ! どこだっ! どこに……」
殺気を感じ、ロクジビコウは通路の方に目をやった。
その暗闇にちいさな光が灯される。
それこそライターの火をつけるほどにちいさな光だった。
「[ワンチュエン]ッ! [ライティング・ブラスト]ォッ!」
その暗闇からシャミセンの声が響き渡ると同時に、ロクジビコウの喉に細い光の矢が突き刺さった。
「こ、これは……?」
目を大きく見開き、おどろきと恐怖満ちるロクジビコウの表情。
クリティカルの判定。それにより[ライティング・ブラスト]の効果でふたたびダメージが追加される。
「ま、まさかこれがあのチート魔法か……っ!」
そう叫ぶが、ロクジビコウの表情には余裕がある。
「……っ?」
その様子にセイエイは眉をしかめる。
「なぜ、そういった表情が浮かべられるか……わかるか?」
ロクジビコウはゆっくりとセイエイを、そして自分との間合いをグリーンにまで縮め、そこから魔法を放ったシャミセンを見据える。
「自分のステータスに表示されている時間を見てみなさい」
シャミセンとセイエイは互いのステータスを確認する。
「ク、クエスト時間が残り三十分を切ってる?」
それはシャミセンとセイエイにとって信じられない事実だった。
そしてその数値は、あの時ステージに入る前に起きた、クエスト時間が減少するスピードよりも早かった。
「そういうこと。つまり……ここはクエスト専用のサーバーではなく、ただのサーバーの中というわけぇっ! ざぁんねぇんだったわぁねぇ」
ケラケラケラと、ロクジビコウは、ビコウの姿で破顔する。
「くそっ! でも時間切れになる前にお前を倒せば済むだけの話だろっ!」
オレとセイエイは武器を構え、ロクジビコウを見据える。
[ライティング・ブラスト]の効果が切れる。
ロクジビコウのHPは50%削られただけだ。
「残念無念また来世。そろそろ時間切れね」
「[颶風]っ!」
セイエイが刀剣を振り下ろす。
しかし先ほど見たような激しい風は起きなかった。
「ざぁんねぇんっ! そんな簡単に効果は発動されぇるゎけぇないでぇでしょぉっ! がぁぁあっ! くぅぎゃはははははっ!」
ロクジビコウは腹を抱える。
「はぁっ!」
セイエイの連続攻撃。しかしそのすべてをロクジビコウは如意金箍棒で受け止めていく。
「さぁ、運命のカウントダウンといきましょうかっ!」
ロクジビコウはゆっくりと手を前にかざし、人差し指、中指、薬指の三本をシャミセンとセイエイに向けた。
「さあぁあん……」
ロクジビコウは指折り数え始める。
それよりも前にやつを倒さないと……
「にぃいいい……」
一瞬の焦り。たった一撃で倒せなどしない。
「いぃちぃぃ……」
そしてその宣告は、無情にもその戦いに終りを告げる。
「ゼェロォォ……」
ロクジビコウがカウントゼロを告げた瞬間、オレとセイエイの身体が光の粒子となる。
「くそっ! くそくそくそくそっ! てめぇ覚えてろっ! 盗られたもんはぜってぇ取り返すっ! [紫雲の法衣]もっ! ビコウを騙ってお前に傷つけられたセイエイの気持ちも全部なぁっ!」
オレは、それこそ負け惜しみに叫んだ。
消え行く意識の中、シャミセンはロクジビコウを睨みつける。
そこで見たロクジビコウの素顔……。
それを見るや、シャミセンは唖然とする。
正体に気付いたセイエイですら、それを確認するまでは信じられなかった。
なぜ彼女が[星天遊戯]のサーバーの中にいるのかを。
そこにいたのは……あの時、ビコウが殺したはずの――マミマミの姿だった。
彼女はシャミセンとセイエイを、それこそ嘲笑するように顔を歪め、嗤った。
「きゃはははははははは……」
暗闇にこだまする。気持ちの悪い悪女の冷罵。
それがシャミセンとセイエイに、耳鳴りとして響き渡った。
ケラケラと……
ケラケラケラケラと……――
なんども、なんども繰り返される嘲笑。
そして二人の画面には、イベントクエストの『失敗』を告げる二文字が、ただただ赤く表示されていた。
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