第61話・執着心とのこと
楓の後を追いかけていた流凪は、楓の言葉に苛立ちを感じていた。
もちろん逃げるようにその場を立ち去ったことにもあるのだが、一緒にいてどうしてそんなことになってしまったのかだ。
「もう、どこに行ったの?」
一度立ち止まり、楓をチャットで呼びかけた。
「流凪?」
「楓? いまどこにいるの?」
苛立ちが先立ってしまい、流凪の声色は強い。
「水晶宮の入り口」
「そこで待ってて、今迎えに行くから」
「…………」
楓の返事がない。
「楓? どうかしたの?」
「……っ、ぃぇ゛ぇ」
声が途切れ途切れで聞き取れない。
もしや、何かに襲われたんじゃ?
流凪はすぐに楓のステータスを見た。
パーティーメンバーのステータスは簡易として、HPとMPがメニュー画面として表示される。
その中にある楓のステータスにこれといった異常はみつからなかった。
「楓、待っててすぐに行くから」
流凪がチャットを切ろうとした時だった。
「にぃげてぇ……」
微かに聞こえた妹の悲鳴を最後に……流凪の右胸を弓矢が一閃した。
「おい、こっちに人が倒れてるぞ」
双子を追いかけながら、セイフウが走っていった水晶宮の方へと急いでいたオレは、他のプレイヤーの声で足を止める。
「ちょっと手を貸してくれっ! まだ息があるみたいなんだ」
なんだろうか? 仲間の一人が毒かなにかにやられたりしているのだろうか。
ただ、嫌な悪寒が、さっきから……いや、双子を探そうと思った時からしていた。
「どうかしたんですか?」
オレが助けを求めているプレイヤーに声をかけた時だった。
「あぁ、あんたなにか上級の万能薬を持っていないか? さっきから色々と試しているんだが、この子のHPがどんどん削れてしまうんだ」
そう声をかける魔術師の男性が困惑したようにオレを見る。
「それだったら、オレの装備品をお貸しします。もちろんあとで返してもらいますけど」
オレの[玉兎の法衣]なら常時HPが回復する。
それに運が良かったら、状態異常も回復してくれるはずだ。
装備品を[玉兎の法衣]から[紫雲の法衣]に変更する。
「これを彼女に着させてください」
オレは脱いだ[玉兎の法衣]を魔術師に渡した。
「これは[玉兎の法衣]じゃないですか? しかもかなり状態がいい」
なんかアイテムの鑑定されたらしい。
魔術師は[玉兎の法衣]を早速仲間の少女に……。
「……っ?」
オレはその少女に言葉を失う。
「メ……メイゲ……ツ?」
「あんた、この子のことを知ってるのか?」
「え、ええ……オレのパーティーメンバーです」
「あんたっ! この子がこんな状態だったのに見捨てたのか?」
魔術師がオレに掴みかかった。
そんなの……オレが聞きたい……。
「どうして? メイゲツッ! いったい何があった?」
オレがメイゲツに声をかけても、彼女はオレに視線を向けるだけでなにも答えない。
メイゲツのステータスを確認する。
魔術師の言うとおり、バッドステータスがどこにも見当たらない。
いや、もしかすると簡易ステータスが見えないからであって、本当はなにか状態異常にかかっているのかもしれない。
メイゲツのステータスを、それこそ目が皿になるくらいに注視した。
「……[カース・ノア]?」
聞き覚えのない文字がセイフウとメイゲツに表示されている。
メイゲツのHPが徐々に削られていて、[玉兎の法衣]の回復量がその呪いによるHP減少を下回っていた。
「すみません。オレが持っている上級のHP回復ポーションを渡しておきます。もし自動回復で手に負えなくなった時に使ってください」
「おい、あんた仲間を見捨てるつもりか? それにオレはクエストをクリアしないといけないんだぞ?」
たしかに魔術師の言うとおり、オレはメイゲツを見捨てていると思われてもしかたがないだろう。
「お願いです。二時間……いや一時間でもいいですから、その子をモンスターから守ってやってくれませんか?」
オレはその場に、魔術師に向かって土下座をする。
「お、おい……オレはそこまでして欲しいなんて言ってないぞ」
「確認したいことがあるんです。もしその子にもなにか起きていたとしたら、それは単独行動を許してしまったオレの責任なんです」
オレは必死に魔術師を説得する。
「……っ、わかった。ただし一時間だけだぞっ! それ以上待たされたら……オレはこの子を見捨てる」
魔術師は言葉を荒らげさせた。
「今回のイベントは他のプレイヤーを見殺しにしてもレッドネームにはならないようだからな」
魔術師の憤怒の表情が、顔を上げずとも感じ取れた。
「大丈夫ですよ。あなたはたぶんこの子を見捨てることなんてしないだろうから」
オレはなぜかこの言葉が口から出てきた。
ハッキリとそう言うや、魔術師はあきれた表情を見せる。
その表情が、もしかすると、オレをそう言わせてしまった原因なのかもしれない。
「それじゃぁ、オレは急ぎますから。頼んだぞ――」
そう言うと、オレはセイフウがいると思われる水晶宮の方へと走った。
必死の表情で水晶宮へと走っていくシャミセンを見送りながら、魔術師は被っていたフードをゆっくりと脱いていく。
その顔は凛々しく、眉目秀麗といえるほどであった。
歳は……たとえるならば高校生くらいである。
「変身解除」
そう唱えるや、男性だった魔術師の姿は、徐々に少女の姿へと変わっていく。
栗色のショートカットに金色の瞳。
小柄な体躯とは不釣り合いの特徴的な大きな胸。
「相手に呪いをかけるだけでもMPをかなり消費するというのに、更には強い絆や思いでつながっているプレイヤーどうしを同じ呪いにかける遠隔魔法。こんなのまだ実装されていないはずだし、もしあったとしてもイベントでの使用は禁止にしていたはず。まさかとは思うけどシステムエラー?」
そう愚痴をこぼすように少女――ビコウは歯を軋らせるかのような、険しい表情を見せた。
「首尾はどうだ?」
水晶宮の一室、薄暗い場所にセイフウの姿があった。
彼女の四肢は鎖に繋がれ、身動きがとれないでいる。
首には毒を仕込まれた首輪がハメられており、動こうものならその毒が全身を駆け巡り、一撃でHPが全壊するほどの猛毒であった。
「あんたも趣味が悪いわね」
そんなセイフウを見ながら、ラプシンはひずんだ笑みをクレマシオンに向ける。
「いや……お前のほうこそ趣味が悪い。こいつに[カース・ノア]っていう相手のHPをどんどん削っていくっていうやつをかけてるんだからな」
「きゃはは、これはゲームなんだからそういうのがあってもいいでしょ?」
ラプシンはせせら笑いながら、セイフウの顎に手を添える。
「それにしてももったいないわぁ。こんなチャーミングな女の子をゲームとはいえ傷つけないといけないんだから」
身を捩らせながら、ラプシンは自分の指先で、セイフウの唇に触れる。
「おいおい、冗談は顔だけにしろよ」
「あら? ダマされる方が悪いのよ」
クレマシオンに視線を向けながら、ラプシンはセイフウの胸元を破り裂いた。
気を失っているためか、セイフウは悲鳴をあげない。
「きゃははっ! いいわ、悲鳴もあげられず、無様に、為すがまま、されるがまま、幼い身体に苦情の限りで嬲られる姿は……いつ見てもいいものねぇ」
ラプシンは気を失っているセイフウの胸元に手のひらを添える。
ちいさくも膨らみのあるその胸の柔らかさに、ラプシンはさらに顔を紅潮させていく。
「いいっ! いいわぁっ! なんという幸福でしょう? このゲームは本当にいいわ。 VR最高よぉっ! こんな事をしても……バレなきゃいいんだからねぇ」
「おい、こいつのもう片方のヤツは片付けたのか?」
「あぁ、たしかメイゲツだっけ? その子だったら
突然、ラプシンの声が捉える。
「えっ?」
唖然とした声でラプシンは自分のお腹を見やった。
ドクドクと血が流れ落ちている。
「な、なによ……これ? 血ぃ? どこから? いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ?」
あまりに突然のことで、ラプシンは半狂乱に陥る。
なにせ、周りには自分以外にはクレマシオンしかいない。
セイフウの存在は、身動きが取れないということから、彼女の意識から除外されていた。
「くそっ! どこから攻撃してきた? 出てこいやぁっ! 卑怯もんがぁっ!」
「それをお前が言うか?」
と、クレマシオンはあきれた表情を見せる。
「落ち着け、遠距離攻撃が可能なモンスターがいるのかもしれん」
「はぁ? あんたねぇ? ここならモンスターが入ってこないって言ってなかった? ――[ケアライク]」
ラプシンは怒りをクレマシオンに向けながらも、回復魔法で傷ついた自分のお腹を癒していく。
その一瞬だった。
「きゃぁああああああっ?」
ラプシンの右肩に閃光が走る。
そして脱臼したように、ラプシンの右腕は支えを失う。
「な、なによぉ? これっ?」
ラプシンは魔法詠唱を始める。
「[エアブラスト]ッ!」
「おいっ! 待てっ! こんな狭い場所でそんな強力な魔法を使うなっ!」
クレマシオンが止めに入ったが、魔法詠唱が終わってしまっては意味がない。
激しい風の刃が部屋全体に吹き荒れ、あらゆる建造物を切り刻んでいく。
「どこっ? どこに逃げやがったぁ?」
ラプシンの目の焦点が定まっていない。
だからこそ、本来ならコントロールできるはずの魔法が、今はそれこそ子供が駄々をこねるような、無差別の攻撃へと変わっていた。
建造物が風の刃で傷を負っていく。
それまもちろん、セイフウを縛り上げていた鎖にも影響を与えていた。
鎖は頑丈なものではない。
傷を負っていけば、次第に削れ切れていく。
それが……『彼の狙い』だった。
「っ?」
ふと、なにかしらの違和感を覚えたクレマシオンは周りを見渡した。
そこには本来なければいけないものが存在していない。
「おいっ? あのクソガキッ! どこに行きやがった?」
「はぁ? なにを言ってるの? 鎖につながってるんだから逃げることなんて――」
怪訝な表情を浮かべながら、ラプシンは周りを見渡す。
そこにはセイフウの姿、形、影すらなかった。
「な、なによこれぇ? もしかして死んだ?」
「いや、徐々にHPが削られていたとしても、そんなに時間は経っていないはずだっ! お前が変に魔法を使うから、その隙に逃げっちまったんだよっ?」
「わ、私のせいだって言いたいわけ? 見えないモンスターが出てきてなにもできないでいたあんたに言われたくないわね」
クレマシオンとラプシンが衝突する。
一触即発の状態であった。
「大丈夫か? セイフウ」
オレはそうセイフウに声をかける。
「…………っ? シャミセンさん?」
セイフウは唇をちいさく動かす。
顔色は青でもなく紫でもない……薄い黄緑かかったものだ。
セイフウが、なぜ自分のところに来れたのかというような目でオレに訴えてる。
答えは簡単。フィールドマップで場所把握できました。
これパーティー解散していない以上は、仲間の位置が確認できるようになっている。言い換えればGPSみたいなものだな。
ラプシンたちが混乱しているあいだ、オレは[影狼の毛皮]で身を隠して暗躍する。
そしてセイフウを縛り上げている鎖にライトニングでダメージを与えて切れたところを救助する。
というのが最初の考えだったのだが、ラブシンが無差別の攻撃魔法を放ったことが功を奏した。
「ごめんな……元はといえばオレが悪いのに」
「い、いや……わた――オレのほうこそ……、シャミセンさんがモニュメントが見つけられなくて苛立ってるのわかっているはずなのに、あんな口を出すようなことを言ってしまって」
セイフウはちいさく、「ごめんなさい」と頭を下げた。
セイフウはなにも悪くなんてない。
それはオレが一番わかっている。
セイフウにHP全回復のポーションを飲ませ、すこし落ち着かせる。
「あいつらに襲われたのは、水晶宮に入ってからか?」
そうたずねると、セイフウはうなずいてみせた。
「でも……」
「隠れている時にあいつらが言っていたことを聞いてる。あいつら……オレの仲間に酷い目に遭わせやがって」
オレはゆっくりと弓を引くようにライトニングの詠唱を始める。
狙うは……薄汚い笑い声でセイフウとメイゲツを傷つけたラプシンだ。
突然、オレの全身を舐めまわすような殺気がすると同時に、パラパラと、なにかが壊れる音が耳障りのように響きだした。
「ほぅ? そんなところにいたのか?」
クレマシオンの声が、オレの目の前から聞こえる。
「――なっ?」
オレは言葉が出なかった。
いや、出せなかった。
そこには、歪みの笑みを浮かべながら、オレを見下ろしているクレマシオンの姿があった。
そして――ヤツの背後には、このゲームではまだ見たことがない、首が三つある獣の姿があった。
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