第51話・時間泥棒とのこと



 時刻は午後五時ピッタリのこと。

 オレと、一緒にいたセイエイ、双子は光の粒子となって、イベント専用のサーバーへと飛ばされていた。



 飛ばされた先は風が冷たく吹き、近くで滝の、轟々とした騒音が聞こえる。


「周りを見たところ、滝の上って感じですね」


 足元は水で浸っていたが、エフェクトなのか、靴の先まで濡れていない。


「運営わかってるな。濡れた靴ほど不快なものはないってね」


 フィールドマップを確認すると、以前星藍が見せてくれたマップそのままだった。



「四方の水晶宮にいる龍神を倒すんでしたね」


「それでうまく行けば苦労しないけどね」


 セイエイの言葉に、双子が首をかしげる。

 セイエイは目の前を指で示した。


「なにか、モニュメントみたいなものがおいてありますね」


 周りを見渡すと、MMOだからということもあってか、多くのプレイヤーが周りを見ている。


「どうやら、あのモニュメントに触れると、別の場所に飛ばされるみたい」


 周囲を見ると、それ以外に、特に何かがあるわけではなかった。


「それからシャミセン、ステータスウィンドゥを見て」


 そう言われ、オレは自分のステータスを確認する。



 [71:25]



 ステータスのところにカウントが入っていた。


「残り時間、71時間25分?」


「ここに飛ばされてから、まだそんなに経っていないはずですよ?」


 オレと同様、自分のステータスを確認していた双子も、唖然としていた。


「おねえちゃんが言ってたよね? イベントは三日間を三時間に短縮しているって。つまり半日をリアルタイムの三十分にしているってことになる。それを計算すると三十分は秒数で一八〇〇秒。それを半日、十二時間を分に直すと七百二十分。秒数で言えば四万三千二百秒ってことになる」


 ということは、一日は八万六千四百秒になって、三日間はその三倍だから、二十五万九千二百秒になるから、それを三時間……百八十分、秒数にして一万八百秒になる。

 それを割るとなれば、一秒につき二四秒経過するってことか。


「でもリアルとの時間感覚は同じでも、実際は同じように動いていないって思うのが普通ですよね?」


 セイフウが怪訝な表情で言う。

 たしかここに飛ばされてから五分と経っていない。

 つまり、セイエイが話していることが本当なら、秒が分ということになってしまう。


「ただ、計算はそうでも、やっぱり一時間を24倍にするのはちょっとムリがある」


「秒速の感じ方は一緒でも、ゲーム内の時間の感覚は違うってことですね」


 そこはすこしばかり注意しなければいけないだろう。



「…………」


 セイエイが、自分のステータスとにらめっこをしている。

 その目は完全にバトキチだったので、話しかけにくい。


「――だいたい、アンダンテくらいか」


 ……ナンダンテ?


「音楽の速度記号のことですね。だいたい人が歩くスピードで演奏するって意味で使われます」


 メイゲツが応えてくれた。さすが鼓笛隊。


「たしかなスピードはわからないけど、まだ一時間経っていないってことは、感覚的には気にしなくてもいいかな」


「って、いいのかよ?」


 思わずツッコんでしまった。


「時間の感覚は人によって様々だから、これが正解だって事にはならない」


 要するに、いちいち気にしていたら、それに気を取られるってことですな。


「それから今リアルの時間と重ねていたら、だいたい十秒くらいで四分だった」


 ……思いっきり早くないですかね?

 それ以前に、気にするなって言った矢先に言うなよ。



「とりあえず、どこから攻略するかだな」


「ゴウコウから倒していって、東西南北の順番にやっていくというのはどうでしょうか?」


 ここは中国らしく、麻雀の東南西北ってのもいいかもしれん。


「……もしかして、星藍が言っていた、謎解きってのはこの事だったんじゃ?」


「三日間とは言ってましたけど、そのままの意味で捉えてはいけないってことですね」


 スピードクリアなんてこともありえるだろう。



 [70:50]



 色々会話してたら、ゲーム内の時間が一時間経ってた。


「だあああああぁっ! こうなったら適当に決めるぞ。どうせどこからでも攻略できるなら、あとは野となれ山となれだっ!」


 オレはなかば自棄糞に叫んだ。


「そんなんでいいんですか?」


 双子とセイエイはあきれた表情でオレを見る。

 オレ自身、今回のイベントをクリアできるとは思っていない。

 だからこそ、出たとこ勝負。



 モニュメントに手をかざすと、行き先が出てきた。

 ちなみに注意点も。


「一度決めたステージは、クリアするまで出られない……か」


 それくらい覚悟はしてます。

 オレは目をつむり、よっつあるボタンを同時に押した。



 ……しばらくして、目を開けると、最初にいた場所とは違い、雑草が生い茂った草原の中心に、オレは立っていた。


「さて、どこについたのやら」


 フィールドマップを広げてみる。



 【東海の水晶宮】



 というマップ名に、部屋と思われる四角がぽつんと一番下に表示されていた。



「マッピングしないとダメってことか」


 自分がどこにいるのかも分からないってことだな。

 とりあえずその水晶宮とやらを目指してみよう。

 その前に時間を確認してみると、[70:35]と出ていた。

 たしか、入る前は[70:50]だったから、迷ってるあいだに十五分くらい進んでいたということになるな。



 まっすぐ水晶宮まで歩いてみる。

 道中は、さほど珍しいことがなかったので省略。



「デケェ……」


 水晶宮の入り口は、大男でも住んでるんじゃないかと言いたくなるくらいの大きさだった。

 高さにして、おおよそ三メートル。

 デスペナはなくても、ヘタしたら部位損傷はありえるな。



 だいたいスタート地点から水晶宮まで、五分は歩いていたと思う。

 セイエイの計算を換算すると、十秒で四分だから、自分の感覚で五分は、おおよそ四十分くらいゲームの時間が経っているはずだ。

 それを確かめるように、残り時間を見てみた。


 [70:30]


「……えっ?」


 本当に五分しか経ってませんよ?


「あっと、どういうことですかね?」


 すこしばかり悩んでいると、セイエイからチャットがきた。



「シャミセン、今どこにいる?」


 疑問に満ちた声で電話先のセイエイが言う。


「フレンドリストで見れないのか?」


 そうたずねながら、オレもセイエイと双子が今どこにいるのかを、フレンドリストから見てみた。



 [セイエイ ???]

 [メイゲツ ???]

 [セイフウ ???]



 見事に全員の居場所がわからん。



「居場所がわからないのは仕方がないとして、それより時間の感覚が一緒なんだけど、どういうこと?」


「それはわたしもよくわからない。ただひとつ言えるのは、最初にいた場所はリアルとゲームの時間の隙間だったんじゃないかな?」


 リアルとゲームの時間の隙間?


「えっと、つまりあのフィールドはリアルでの時間感覚で、イベントの時間が表示されていたってことか?」


 そう考えると、ステージに入った途端、時間の感覚が正確になったのもうなずける。


「ほら、焦ってモニュメントに触れていたプレイヤーもいたから、早くしないとクリアできなくなるって思ったんじゃないかな」


 理不尽だ。人を焦らずという、運営にとっては絶好の理不尽じゃないか。



「ようはステージに入れば、後は時間の進み方が現実と一緒になるわけだな」


「……感覚がだけどね」


 現実では三時間でしかないが、ゲームの中は三日間だ。

 一日が終わっても一時間しか経っていない。


「とりあえず、周りを探索してみる。それで誰か知り合いにでも会えたら連絡してみるよ」


「わかった。シャミセン、気をつけてね」


 そう言うと、セイエイはチャットを切った。



 心配してくれているのは嬉しいのだけど。


「さて、どうするかな?」


 気付いたら、モンスターのお通りでございました。



 [ジアオシュア] Lv15 属性・水



 蛇のモンスターだった。

 見た目はマムシに近い。



「ライトニングでどうにか……」


 魔法の詠唱を始めようとした時、ジアオシュアは身体を大きく立てると、口をガバッと広げた。


「……っ、えっ?」


 なんかそこだけ大気の流れが変わったような気が……



「いあはにばろっ?」


 ジアオシュアは空気を振動させ、両耳を劈くほどの大音量の咆哮を上げた。


「な、なんだぁ?」


 オレは詠唱をすることすら忘れ、その場でのたうち回った。

 その瞬間、ジアオシュアが大空高く跳び上がり、オレを噛みつき出す。



「っねぇっ?」


 すんでのところで回避。どうやら[刹那の見切り]の効果が出てくれた。

 その瞬間、[緋炎の錫杖]で攻撃を仕掛ける。

 魔法効果が発動したが、水に対して火の攻撃は相性が悪い。

 ほとんど物理攻撃の判定しかでなかった。

 しかもクリティカルの判定もなし。

 ジアオシュアのHPは二割くらいしか減らなかった。



「あぁ、くそっ! まだ頭がガンガンする」


 あれをもう一度喰らったら、HP以前に、プレイヤーへの精神ダメージの負荷で倒れそうだ。

 モンスターとの間合いを保とうとするや、ジアオシュアは口を大きく開けた。


「って、言ってるそばからっ!」


 オレは弓のようにしてライトニングを放つ。

 これならいくらかは命中率が上がって、攻撃が通るはずだ。



 が、オレの狙いは予想以上に裏切られた。

 ――かすった?

 思った以上の眩暈と焦りで照準が定まらず、攻撃が当たらなかったようだ。


「くそっ!」


 オレは咄嗟に耳を塞いだ。



 ……ジアオシュアの咆哮は炸裂……しなかった?


「えっ?」


 オレはジアオシュアを見つめる。

 背中は矢で射抜かれており、ジアオシュアのHPが一気に0になっていく。

 ジアオシュアはそのまま、光の粒子となって散った。


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