第43話・忍冬とのこと
オレとセイエイが、裏山の隠しダンジョンへとみんなを先導する。
表の、滝壺の底に人一人が通れるくらいのくぼみがあり、そこから中へと入っていく。
アクアラングの効果はみんなの頭上に、ゲージとしてわかりやすく表示されており、洞窟の中に入った時には、残りが[24:25]と出ており、秒数でカウントされている。だいたい移動にかかった時間は五分くらいだった。
「裏山の中にこんなところがあったんですね」
ハウルが洞窟の中を見渡す。
本来なら真っ暗な洞窟なのだが、オレが装備している緋炎の錫杖のおかげで、ぼんやりとオレの周りが光っていた。
どうやらカンテラと同じ効果があるようだ。
「カンテラいらずだな」
斑鳩がオレの考えと同じことをおっしゃいましたよ。
「さてと……ナツカ。いちおうたずねるけど、ビコウはまだ向こうにいるはずだよな?」
「そのはずよ。本人は今度のイベントの最終チェック中だろうから」
今回、オレとハウル、斑鳩の三人は、セイエイからのフレンドメッセージでここに呼ばれている。
双子はナツカから誘われての参加だ。
セイエイもなぜ叔母であるビコウに呼ばれたのかがわからないといったところ。
そうなると、知っているのはナツカ、テンポウ、ケンレンの三人となる。
「あれ? サクラ、ログアウトしてる」
虚空にメニューウィンドウを出していたセイエイがみんなを見渡した。
「たぶん、用事があって出かけてるんじゃないかしら? ほら表でメイゲツが説明したじゃない」
ナツカの説明に、オレは「あぁ」とうなずいた。
本来、ゲームをログアウトする場合は、宿屋や、できるだけ安全な場所でなければ、悪質なプレイヤーに何をされるかわからない。
なのでまだあまり誰も知らない場所なら、モンスターが出てこないかぎりは安全……といえるのだろう。
「ケンレンたちがこのダンジョンへの行き方を知ったのは」
「それなら昨夜ビコウから教えてもらったのよ。と言っても、私たちの中でアクアラングを誰も覚えてなくて、偶然サクラさんが魔法スキルで覚えてたから」
……はてな?
「シャミセンさん、もしかして私たちのどっちかが覚えてると思ってました?」
テンポウにそう指摘されたので、オレは素直にうなずいた。
「いや覚えてはいたのよ……ビコウがね。彼女と一緒に行動する時は水中にいるモンスターを倒す時によく使ってたんだけど」
「……カッパなのに?」
オレがそうたずねる。
「いや、ちょっとなにを言ってるかわからないんだけど?」
ケンレンがあきれた表情でオレを一瞥する。
「と言っても、パーティーの一人が覚えておけばストックの入れ替えでどうにかなりますから、わたしたちが覚えておかなくてもいいかなっていうのが本当の理由ですね」
テンポウが苦笑を見せる。
「そういえば、[アクアラングの書]ってセイエイからもらったんだっけ?」
「スキルの書は無限に使える。だから購入した本は書庫に直してる。サクラがもしもの場合を考えてわたしに[アクアラングの書]を渡してた」
ふと見た時のセイエイの目は赤かった。[火眼金睛]のスキルを発動させているのだろう。
「便利だな、それ」
「これ夜狩りに便利。でもシャミセンは夜狩りをする時は気をつけた方がいい」
なにを言ってるのだろうかと思ったが、セイエイは指で、手に持っていた緋炎の錫杖を示した。
「それで相手に居場所がわかる。居場所がバレただけでかなり危ない」
「十分気をつけます」
それ以前に、キミは夜は寝なさいな。
夜更かしは身体に毒ですわな。
ナツカがマップみたいなものを取り出す。
「ある程度は完成してるんだな」
「いや、これはビコウからスクショをもらったのよ。ここに行けって印がついてる」
そう言いながら、ナツカは地図の中央あたりを指さした。
「わたし、ここ知ってる」
オレの横から覗きこむようにして、セイエイもマップを見つめていた。
あれ? なんかすごい嫌な予感がする。
今度は確実に……だ。というか、なんとなく思い出してきた。
問題の場所は、地図を見ながらだったためか、ものの二、三分で到着した。
「足元気をつけて」
セイエイがそう注意を払う。
場所を知らない他のみんなは慎重になっていた。
「なぁ、ナツカ、本当にここで合ってるのか?」
「ええ。地図を見る限りではね。でもこの先にはなにもないような気がするんだけど」
ぼんやりとした光の中、ナツカが首をかしげる。
「この先は行き止まり。だから落ちる」
セイエイがそう口走りやがりました。
うんそうだね。下は池だから大丈夫……とは限らんでしょ?
あの後、このダンジョンが改変されてる場合もあるんだぞ?
オレはまだいいよ? 土毒蛾の指環があるからゆっくり落ちることは可能だ。
でも他の人たち、キミも含めて、デスペナの可能性がありますよ。
「他にその場所に行ける道がない。そうなるとここから落ちるしかない」
「お、落ちるって……本気で言ってるのか?」
ほら、他の人たちが疑い出したよ。
「落ちたら落ちたで、わたしを恨んでもいい。それくらいの覚悟がないと、こんなこと言えない」
あ、結構自信はあるのね。命あずけてもいいのかしら?
そう思った時だった。
「――えっ?」
セイエイがオレの言葉なんて聞く耳持たないと云わんばかりに手を握り取るや、ヒョイッと、迷いなんて最初からないように奈落へと飛び込んだ。
いくらゲームの中の世界でも、すこしは心構えをさせてほしい。
「くそっ!」
オレは咄嗟に、近くにいたナツカの手を握った。
「へっ? ちょっ?」
突然のことでバランスを崩したナツカが、今度はケンレンの手を握り、セイフウ、テンポウ、ハウル、斑鳩、メイゲツの順に、それこそ数珠つなぎのようにして、奈落へと落ちていった。
さすがに[土毒蛾の指環]による効果なんてありませんでした。
完全に定員オーバーだ。
ふと上を見上げると、チルルがオレたちを追いかけるように落ちてきた。
うん、主人思いのいい狐だけども、キミまで落ちることないんだけどね。
ドバーンと、大きな水飛沫が聞こえた。
「ワプッ! ザップッ!」
下がたまり池のままで助かったのかどうかはさておき、あまりに突然の事だったため、全員が溺れそうになっていた。
「[チャージ]ッ! [アクアラング]ッ!」
オレの身体は空気の膜に包み込まれ、ゆっくりと体勢を整えていった。
「大丈夫ですか? みなさん」
声が聞こえ、そちらへと振り返る。……サクラさんだった。
池のはずれにある地面のところでなにやら作業をしていたようだ。
「サクラ、ログインしてた?」
セイエイが立ち泳ぎをするようにして、水に浮かんでいる。
「今用事から戻ってきました。というかお嬢、もしかして上の穴から飛び込んだんじゃないでしょうね?」
そう訊かれ、セイエイは素直にうなずく。
それを見て、サクラさんは誰から見ても、あきれたと言った様子で頭を抱えていた。
従者の悩みなんだろうなぁ。まぁオレも彼女に巻き込まれてますから、もう慣れました。
「あれ? なんかすごくいい匂いが?」
斑鳩が鼻をひくつかせる。
というか、錫杖どこに行った?
咄嗟にナツカの手を握ったから、上で落としたかもしれん。
「あのシャミセンさん、これ」
泳ぎながらオレに近づいて来たハウルが錫杖をわたしてくれた。
「チルルが持ってきてくれました」
「本当によくできた狐だこと」
あとで褒美としていっぱい撫でくりまわしてやる。
「うぉ、まぶしっ!」
斑鳩がなんか妙なこと口走ってますが?
その視線の先に目をやると――
「うぉ、まぶしっ!」
オレも同じこと言ってました。
「……つかぬことをお訊きしますけどサクラさん、どうして水着なんですか?」
ケンレンがあきれた表情を見せております。
よくよく見てみると、サクラさんは、パレオっていうんだっけ? 下ビキニの上に布を巻きつけている。
大人というか、妖艶な雰囲気がしてて似合っていた。
「まぁ、あれです。例のことで日本サーバーにだけ与えられた健全的対策ですね」
サクラさんがオレを見ながら言う。
その原因の根源は、あなたの主にあるんですが、もうツッコむのはやめよう。
これに関しては、オレのリアルの身体がいくつあっても足りない。
「こ、ここは……て、天国なのか」
「いい匂い、もしかしてなにか作ってる?」
「はい。ゲームの中とはいえお腹は空きますから、バーベキューなんてどうでしょうか?」
岸へと上がったオレたちは、サクラさんの近くへと歩み寄っていた。
「それはいいとして、どうやって水着に?」
ナツカがサクラさんにたずねる。
「今着けている装備品を全部外して、服装の状態を下着にしてから水着に着替えるんですよ。そうすると見た目が水着を着た状態になります」
サクラさんの説明を聞きながら、オレはセイエイを一瞥した。
「サクラ、水着ってなにがある?」
「…………」
オレ以外にも、セイエイを見た全員が絶句している。
なにせ、セイエイはサクラさんの説明を聞き終える前に、装備品を全部外して、軽装の状態を下着にしていたのだ。
可愛らしいピンクの下着が、無垢な彼女には似合っていたのだが……。
いくらなんでも、異性に裸を見られることにたいして無頓着すぎる。
「お、お嬢っ! 水着はあとでトレードでわたしますから、それより身体を隠してくださいっ!」
あまりに自然な流れだったためか、女子たちの慌てっぷりは異常だった。
「セイエイ、とりあえず理由を聞くぞ? どうして説明を聞き終える前に服を脱いだ?」
オレの質問に対して、
「濡れたから。濡れた服は脱いで乾かすのが普通じゃないの?」
下着姿のセイエイが、キョトンとした表情で首をかしげている。
忘れてた。この子、こういう子だった。
「おいシャミセン、俺は今日という日がどれだけの価値になるものなのか、今身を持って幸せとして感じている」
なんか斑鳩が勝手に感動しております。
オレはもう、セイエイに関してはそれ以上のものを見てるのだが、見た目に反して、中身は色んな意味でネジがはずれてますけどね。
ほんと、精神年齢が見た目よりも一回り幼いんじゃないかと思えてしまう。
「ってか、男はむこうを向けっ!」
「ひゃ、ひゃいぃっ!」
ケンレンの剣幕な怒声に、オレと斑鳩は咄嗟にうしろを振り向いた。
あ、この状況って録画できないんだろうか?
ちょっとためしに録画機能を使ってみるか。…………
「中学生の下着姿なんて録画したら、たたっ斬るわよ? いくらシャミセンのLUKが高くても、避けられないってくらい身動きを封じれば、私たちの本気の攻撃で即死だからねぇ」
ケンレンのおぞましい声が聞こえたので、俺は[録画]を押そうとしていた指を、ゆっくりと引っ込めた。
「ふふふ、シャミセンあまいな」
含み笑いを浮かべながら斑鳩がオレに耳打ちをする。
「録画ができないのなら、連写すればいいのさ」
あ、その方法があったか。
だが、しかし、彼女の無垢な性格に尊重を以って、オレはこう主張する。
「だが、斑鳩。お前はそれで満足か? データに残ったものでお前の心は満足にさせられるのか?」
「シャミセン、それはいったいどういうことだ?」
おどろいた表情で聞き返す斑鳩。オレは言葉を続けた。
「オレたちにはVRギアのHDDよりも、課金の15TBもの録画用保存サーバーなんかより、はるかに容量がでかい心のメモリーがあるじゃないか。あの少女の恥じらいのない姿を、オレたちはVRという形で目の前で見た。オレたちはこの目に焼き付けたじゃないか。ゲームのキャラじゃない。VRでキャラメイクされてはいるが、一人のあどけない少女の姿を、それは誰にも消すことのできない永久の記憶となるのだ」
「シャ、シャミセン……いや師匠っ! おれが間違ってました。思い出というのは形ではなく記憶に残るものなのですね」
「そうだ。わかってくれたか」
男二人、熱く語る。むさ苦しことこの上なし。
うまくまとまったような気がするが、実は振り返った瞬間、つまりセイエイが下着になっていたのを、こっそり連写してました。
バレたら半殺しじゃすまないのは確実だが……。
バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ。――――
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