第29話・現実邂逅とのこと



「くらえ[フレア]ッ!」


 オレは目の前の大熊蜂にチャージを込めたフレアを放つ。


「くげぇえええっ!」


 大熊蜂は炎に焼かれ、光の粒子となって散っていく。


「よし、これでレベルあが……」


 オレの声が突然途切れ、HPが一気に0へと落ちていく。


「な、なんだよ……これ……」


 オレはうしろをゆっくりと振り返る。

 そこには……



 目を赤く染め、ジッとオレを睨むように見つめている彼女の姿があった。



 ジリリリリ……と目覚ましが鳴り響き、それにおどろいたオレは、ベッドの上から転げ落ちた。


「いっつぅ?」


 突然のことに混乱し、なにが起きたのかさっぱりわからん。

 そして色々と思い出していく。……夢の内容も。


「うわぁ、ありえねぇって……」


 夢の中でも[星天遊戯]をやっていること自体もそうだが、その中で仲間と思われる女性にうしろから刺される。


「もし今後こういうことにならないように気をつけよう」


 よく考えたら、かなり女性プレイヤーと知り合ってる。

 みんなゲームとして把握してるだろうけど、場合によっては現実と区別がつかなくなることもあるって聞いたことがあった。


「まぁ若干一名思い当たる節はあるんだけど」


 転げ落ちたのと悩みで頭を抱えながら、オレはいまだに鳴り響いているスマホに手をのばし、目覚ましを切った。

 ……時間は現在朝の六時。日曜なんだから夜更かししてもいいと思う。


「日々是精進。日曜でも普段通りの生活をってね」


 オレは眠気を覚ますため、洗面所へと向かった。



 顔を洗い、朝食ができるまでのあいだ[星天遊戯]にログインした。というよりは確認するためだ。


「お、運よくセイエイがログインしてる」


 フレンド一覧を見ると、ビコウは別サーバーにいるためか、こっちのサーバーにいない時はフレンド一覧に点灯がつかないようだ。

 他のメンバーを見ると、セイエイだけがログインしている。


「まぁ、朝はやいしな……ってか、もしかしてまた夜更かししてるのか?」


 一日のログイン時間が制限されているとはいえ、最大十二時間だ。


「しかしこれって、考えると結構ひっかけがあるよな」


 そう思ったのは、このログイン制限をいつから加算されるかだ。



 その日最初のログインが十八時に入ったとして、六時間後の二四時になる前に一度ログアウトして入り直せば、その一日のログイン制限時間が十二時間にリセットされる。それを全部連続で使った場合は十八時間のプレイとなる。

 これを昼の十二時から二十三時五九分くらいにログアウトし、二十四時になってからふたたびログインすれば、二十四時間プレイすることになるが、残り半分(午後十二時間)はログインできない。


「しかもこれって親が時間制限もできるみたいだしな」


 オレはセイエイに『おはよう。今どこにいる?』とメッセージを送る。

 さて、今日は何秒で来るか。



 一分経過。意外に遅かった。


「えっと、フレンドの居場所って調べられないのか?」


 フレンドの名前を選ぶと、今どこにいるのかが表示された。


 [セイエイ]現在地・聖牛邸


 とのこと。


「聖牛邸ってことはボースさんのところか」


 転移アイテムがあれば、一度行った場所なので行けなくはないが……あいにく持ち合わせがなかった。


「今後のことを考えて転移アイテムをいくつか持っておいたほうがいいな」


 と考えてはいるのだけど、


「一個千Nはちょっと考えものだな」


 そう考えていると、電話のアイコンが震えだした。



 それを選ぶと、


「シャミセン? なんか用事?」


 と声が聞こえた。


「セイエイ?」


 オレはあまりにおどろいてしまい、素っ頓狂な声をあげてしまう。


「そんなにおどろくこと? フレンド登録してるんだから、電話すればいいのに」


 いつもはオレがツッコむのに、これに関しては逆にセイエイから冷静にツッコまれてしまった。

 言われてみればそうだ。基本みんな自分のことでいそがしいと思って、メッセージで用事をすませている。

 だから、昨日のセイエイじゃないが、それが癖になってしまっていた。


「えっと、今日はまた早いな、もしかしてまた夜更かしか?」


「……ちゃんと寝た。さっきログインしたばかり。マスターに依頼品持って行くところ」


 ちょっと不貞腐れた声。頬を膨らませてるセイエイの姿が目に浮かぶ。


「ごめんごめん。それでさ、今日のことだけど」


「今日? みんなで集まるって話?」


 ――みんな? どういうことだろうか?


「みんなってことは、ほかにも来るってことか?」


「うん。わたしとサクラ、それからナツカとケンレン、テンポウも来る。あとナツカが双子も誘ってるって」


 双子ってことは、もしかしてメイゲツとセイフウのことだろう。

 女子プレイヤー七人。それって、女子会じゃないのか?


「そ、そんなところにオレが入っていいのか?」


「大丈夫。みんなシャミセンのこと知ってる」


 いや、ゲームでは知ってるけど、リアルに会ってるの、今のところセイエイのほかにボースさんとサクラさんくらいだぞ?



「シャミセン、見た目そんなに可笑しくない。だから大丈夫」


「その心は?」


「……? ネットゲームだと顔が見えないからその人の裏の顔が出やすい。でもシャミセンみんなから優しいって言われてる。だから大丈夫。それに昨日ちゃんとわたしの悪い癖を指摘してくれた」


 それを聞いてオレは、セイエイは人をちゃんと見てるんだなと思った。裏の顔が出やすいということは、それがプレイスタイルに出るということだ。


「ありがとうな。それで何時にどこで集合なんだ?」


「昼の一時。東京駅にお願い」


 昨日と同じか。しかし二日連続で会えるとは思わなかった。


「そうか、それじゃぁ昨日みたいに目印付けたほうがいいな」


「うん、それみんなに伝えておく。先に見つけた人はシャミセンの横独占できる」


 あれ? なんか今妙な殺気を感じたような。


「それじゃぁ、そろそろ朝ごはんだからログアウトするね」


 そう言うと、セイエイは通話を切り、ログアウトした。

 時間はすでに朝七時を回ろうとしていた。



 昼の十二時五十分。東京駅はいつものように賑わっていた。

 オレは【Real】と書かれている帽子をかぶって、駅構内で咲夢かセイエイ……恋華が来るのを待っていた。

 いちおうオレの顔を知ってるのは、今日集まるメンバーの中でこの二人だけだ。すぐに見つける可能性があるとしたら彼女たちだろう。


「そういえば、セイエイの[線]アカウントを登録してたっけ……」


 オレはセイエイに[線]メッセージを送る。


『東京駅に今きた』


 そうするといつものことながら、セイエイから早いメッセージが来た。



『知ってる』


 …………はい?


『えっ? どういうこと?』


『今遠くから見てる。話しかけたいけど、それじゃぁゲームにならない』


『ゲームって?』


『シャミセンを見つけるゲーム。私とサクラは昨日シャミセンと会ってるから顔知ってる。でもみんな知らない』


『まぁ、たしかに』


『だからみんなにはヒントだけやった。今のところそれに該当する人は一人だけ』


 ヒントというと、オレが今かぶっている帽子だ。

 たしかに見渡してみると、オレと同じ帽子の人はいない。


『わかった。それじゃオレは鬼ってことだな?』


『うん。でもごめん』


 んっ? どうかしたのか?


『シャミセン見つけるより先に、私が見つかった』


 そうメッセージを送るセイエイの連絡が途絶える。



 周りを見渡すと、ある一角に女子六名が固まっているのが見え、その中心にセイエイの姿があった。

 それを遠目で見ていると、セイエイはオレに気付いているようで、すこしばかり助けてほしいといった表情を浮かべている。


「ってことはあの五人がオフ会のメンバーってことか?」


 それこそ社会人から大学生、高校生に中学生と小学生……。

 幅広すぎりゃしませんかね?

 そんなことを考えていたら、一人の女性がオレの方へと歩いてきた。赤い髪をしたスレンダーな女性だった。……赤い髪?


「すこしよろしいですか?」


「あ、はい」


 オレは突然声をかけられたが、平然を装って返事をする。


「もしかしてシャミセンさんですか?」


 うん。この声、どことなく彼女に似ている。というか本人だ。


「もしかしてケンレン?」


 そう聞き返すと、赤髪の女性はちいさく笑みを浮かべる。


「うわぁ、マジで? ちょっと本当に?」


 ケンレンの、小躍りするほどのはしゃぎっぶり。


「お、落ち着け。というか人見てるから」


「あ、はははごめんごめん。でもセイエイが言っていたとおりね」


 オレはそれを聞いてセイエイを見やった。


「いちおう聞くけど、セイエイはオレについていったいなにを?」


「優しそうな男性だったから、優男だって」


 オレはそれを聞いて、肩を落とした。


「あのさぁ、優男って意味わかってるのか、あのお嬢さまは?」


「……多分知らないと思うわよ?」


 ケンレンも優男の意味はわかっていたようだ。困惑した表情で苦笑を浮かべている。

 『優男』というのは『からだつきや振る舞いが優美な男性』という意味がある。ようするに男性アイドルのことだと思えばわかりやすい。

 とてもじゃないが、オレにそこまでの力量はないと自覚する。


「まぁ、恋は盲目って言うでしょ?」


「さいですか」


 オレはあえてスルーした。



 ケンレンがオレの名前を当てたのが聞こえたのか、セイエイ以外の、四人の女性少女もオレのほうへと歩み寄ってきた。


「うわぁ、まさか本当に会えるとは思ってませんでした」


 と最初に声をかけてきたのはツインテールの、高校生くらいの少女。


「ツインテール? ってことは、キミはテンポウ?」


「はい。はじめましてシャミセンさん。川上里桜かわがみりおといいます」


 いきなり名出し。


「こっちでははじめまして」


 メガネをかけた社会人っぽい女性。イメージで当ててみる。


「ナツカか?」


「そう大正解。ちなみに私も名前をさらしておくわね。林田陽花はやしだはるかといいます」


 そう言いながら、ナツカはオレに手を差し伸べる。オレはそれに応対するように握手を交わした。


「テンポウもそうだけど、オフ会とはいえ名バレしていいのか?」


「あ、実を言うと私もそうだけど、テンポウもあまりVRゲームをやってるってこと知られたくないみたいなのよ」


 あ、それだったら納得。知り合いが見ている可能性を考えて、ゲーム内での名前を出さないようにするための策だ。


「それはいいとして、ローロさんに武器の相談できた?」


「それは大丈夫。昨日お願いして、一両日したら新しい武器をこしらえてくれるってさ」


「それはよかったわ」


 それを聞いて、ナツカはすこしばかり笑みを浮かべる。



 さて、残り二名。見た目が似ているので、メイゲツとセイフウだと思う。昨日二人と会って、小学生だということは聞いていたからだ。

 が、双子というものに会った試しがないので、どっちがどっちなのかかわからない。

 その二人が、ジッとオレを見つめている。


「はじめまして、中西楓なかにしかえでといいます」


 一人目は、なんとも柔らかい口調。


「はじめまして、中西流凪るなといいます」


 二人目はちょっと強い口調だった。

 見た目は本当に似ていて、二人とも色はちがうが、同じ柄の服をきているし、スカートを履いている。

 とてもじゃないが、見た目だけでは判断ができない。



「シャミセン、この二人、どっちがどっちかわかる」


 ナツカがクククと笑っている。どうやら答えを知っているようだ。

 正解の確率は1/2。いやどちらかが嘘を言っていればその確率はあてにならない。

 ここはあえて、彼女たちの口調にかけてみる。


「楓ちゃんがセイフウ。流凪ちゃんがメイゲツ。これが正解だ」


「ファイナル・アンサー?」


「ファ、ファイナル・アンサー」


 オレとナツカの沈黙の間が続く。



「残念」


 と、落胆するナツカ。オレは双子を一瞥した。


「本当に逆なの?」


 あえてたずねる。双子は首をかしげるという同じ仕草を見せた。


「陽花さん、間違えないでくださいよ」


 楓ちゃんが頬をふくらませる。


「あれ? そっちが流凪ちゃんじゃなかったっけ?」


 そう言いながら、ナツカは楓ちゃんを見やる。


「間違ってますよ。わたしは楓のほうです。二人一緒だと間違えるから、違う色の服を着ているのに」


 頬をふくらませるように楓ちゃんは口を窄めた。


「と、いうことは?」


「はい正解です。私はメイゲツ。妹の楓がセイフウです」


 ナツカに詰め寄っていないほう。流凪ちゃんが笑顔で応えてくれた。



「でもよくわかりましたね? わからないようにゲームの中と違う態度を取っていたのに」


 流凪ちゃんが首をかしげる。

 いちおうわかりやすく言うと、黒の服を着ているのが流凪ちゃん。明るめの服を着ているのが楓ちゃんだ。


「二人の名前だよ。楓ちゃんには風が入っている。流凪ちゃんはスペイン語で『月』のことをいうからね」


 オレがそう答えるや、双子の姉妹はおおきく、ほがらかな笑みを見せてくれた。



 そうこう話をしていると、うしろから柏手が二、三発鳴った。


「自己紹介もいいけど、そろそろ咲夢さんのところに行かないと映画始まっちゃうわよ」


 そう指示を出しているのはケンレンだった。


「あ、そういえば私も自己紹介してなかったわ。谷川愛理沙たにがわありさよ。よろしくねシャミセン」


 みんなが自分の本名を晒している手前、オレもさすがに自分の名前を言ったほうがいいなと思った。



「えっと、オレの名前は薺煌乃といいます。薺は春の七草のナズナ。煌乃は煌めくにすなわちと書きます」


 そう自己紹介をする。もちろんどういう字を書くのか、みんなすぐに気付かなかったみたいなので、オレはスマホの手書きメモに自分の名前を書いてみせた。


「それで『こうだい』って読むんだ」


 みんなの反応は、オレの名前の漢字を知った、中学の時の同級生と似たような、もしくはそのままの反応だった。


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