第27話・殺人者喰霊とのこと
「うし、あとはレイドボスのHP調整だな」
「西南のレイドボスはこのデザインで大丈夫ですかね?」
「そのふたつは名前が一緒だから、だまし絵みたいなことをしたら面白いよって、ビコウが言ってたな」
ここは[星天遊戯]の製作ルーム日本支部。
現在は大型アップデートとともに開始されるイベント[四龍討伐]の最終チェックをおこなっていた。
「ビコウもバトルデバッグをやってくれたからね。工夫すればレベル20でも勝てるようだ」
「それって、課金とかしてですか?」
「いやいや、あの子はそこまで鬼畜じゃないよ。ちゃんと無課金でもレベル20までならってことだ。もちろん装備品にもよるが」
「それでも推奨レベルが20ということですか。最近始めた人には厳しいですね」
製作者の一人が、ちいさくためいきをつく。
このゲームのレベルのあがりにくさを考えてのことであった。
「しかしずっとログインができるとはいえ、今回のデバッグはなかなか難航でしたね。だってこのゲームがサービス開始する前からやっていたんでしょ?」
「まぁ、彼女がやってみたいと言っていたからね。休憩のさいにシャミセンのところに行っていたみたいだし」
「彼女、彼のことけっこう気に入ってますね」
その言葉を聞いて、それを言ったスタッフ以外の、部屋にいる人間たちが笑みを零した。
意識不明のままベッドの上で眠っているビコウは、それを知っているスタッフからのお願いで、イベントのバトルデバッグを任されている。
その時は自分のデータをイベントサーバーと違う、ビコウのオリジナルキャラデータを別サーバーに保存しておき、最初からキャラメイクをしている。
まずキャラメイクのさいにつかう100ポイントを各パラメータにバランスよく振り分ける。
次に職業を選び、さらにそれに合わせたポイントの調整。
最初は魔法スキルと体現スキルはなしの状態でイベントに挑戦していき、徐々に自身のレベルを上げ、そのさいのポイントを振り分けていく。
そして素で倒せない場合は、なにかしらの魔法スキル、もしくは体現スキルを選んでいき、倒せる状態であるかどうかを確認していった。
そしてすこしクリアに無理があったり、レベル30でひとつでもクリアできない場合は、レイドボスの防御力を減らす代わりに攻撃力を上げたり、もしくはAGIを上げたりなど、スタッフと相談しながら、それこそ何万回といったデバッグ作業をおこなってきた。
その結果、彼女の判断では、素の状態で一人のレイドボスが倒せるギリギリのレベルが20だった。
といっても、本当に工夫しないと倒せないといったところだ。
ちなみに前回のイベントに参加したさい、シャミセンが見た彼女のステータスは、今まで成長させてきたビコウ自身のステータスである。レベルは50。現段階での最高レベルであった。
「さてとHPの調整もそうだが、レイドボスを倒した時にもらえる恩恵はどうする?」
「位置別にもらえるスキルを別にしたらどうだ?」
イベントまで残り一週間を切った。開始ギリギリまで製作作業が行われる。
そしてさらにイベントがおこなわれる土日の二日間も、バグがないかどうかを管理しなければいけない。
「[魔獣演武]とのキャラデータのコンバートは不具合がないし、今度の金曜日に土曜日までログイン不可のアップデートだ。それまでは死なんでくれ」
そう冗談を言うが、目は笑っていなかった。
「うわぁ死にそう。このイベント終わったら、ちょっと休憩ください」
のたぁとした口調で、スタッフは机に伏した。
それと同時に、部屋に大男が入ってきた。……ボースこと孫丑仁だ。
「あはは、通常イベントなら別に構わんがね。今度のイベントが終わったら、ちいさなイベントくらいだから、あまり気に病むことはないよ」
豪快な笑み。この人の下で働いていると、自然と疲れが取れるような、そんな癒やしがあるのではないかと思わせる笑みだった。
「リーダー、おつかれさまです。どうでした?」
「うむ、実際にシャミセンさんと会うことができた。まぁ今後はいちプレイヤーとしてゲームを楽しんでくれるようだ」
それを聞いて、
「それではこのゲームのシステムもお話に?」
と、たずねた。
「あぁ、人間が持つおおきくわけられた四つの感情。これをうまくゲームに反映できればと思い、このゲームの裏ステータスとして採用した。しかし、反面、感情がコントロールできなければ危険だということもわかった」
「それではこのシステムは
「いや、娘自身は自分がなったことで[凶神状態]の怖さを身を持って体験している反面、使いどころを間違えなければ強力なステータス上昇にもなると言っていた。本当に使いどころを間違えなければだがな」
「結局はプレイヤー自身の実力がものをいうことになるんですね」
ボースはそのシステムにより、ゲームにプレイヤー自身が投影できるかもしれない。そう思っていた。
ゲームという、あくまで幻想世界としてではなく、ゲームの中に自分がいるという、より現実に近い感覚を味わうことができるということだ。
ようするに小説を読んでいて感情移入をしているというのと同じである。
「そうだ。妻が作ったクッキーを差し入れに持ってきた」
そう言うと、ボースは紙袋からクッキーが入った袋と取り出し、部屋の中心にあるテーブルの上に置いた。
「あざーすっ!」
スタッフが次々とクッキーを取っていく。
「うめぇ、やっぱ奥さん料理うまいっすね」
「褒めてもなにもでらんぞ」
ボースは笑みを浮かべながら、スタッフ全員を見渡した時だった。
一人のスタッフが、ジッと[星天遊戯]のゲーム画面を見ている。
その表情は、警戒しているように険しかった。
「どうかしたのか?」
「あ、さきほどレベル5のプレイヤーが、レベル20のプレイヤーに倒されました」
「プレイヤーキラーか?」
「はい。名前はジャンティーレ。レッドネームです。初心者狩りとでも言ったところでしょう。今までに十人のプレイヤーを殺していますが、そのほとんどがレベル1から10までの初心者プレイヤーでした」
「プレイヤーキラーは相手のアイテムを盗むことができる。初心者救済用のEXPポーションは盗まれないように設定はしているが、プレイヤー自身がこれであきらめないでほしいところだな」
運営とて、プレイヤーキラー自体は黙認していた。
そのようなプレイスタイルも否定はできないからだ。
現実にできないことだからこそ、やってみたいというプレイヤーもいる。
しかし、経験値がモンスターを倒すよりも高いというのはすこし考えものだった。
「デスペナによるお金の減少を、30%に設定したほうがいいかもしれないな」
モンスターによるデスペナは、けっきょくプレイヤーの判断による負けだ。油断していたという戒めもある。
しかしプレイヤーどうしによるものは、同意はないにしろ、レベルや力の差によるものがあり、すこし
「ちょ、ちょっと待ってください?」
先ほどプレイヤーを殺したジャンティーレに動きがあった。
「どうかしたのか?」
「今、ジャンティーレが森のダンジョンで粒子になりました」
プレイヤーが粒子になったということは、死んだということになる。
フィールドの中で起きた一瞬の出来事だった。
「映像っ! ジャンティーレと一緒にいたプレイヤーが誰かわかるか?」
急ぎスタッフがフィールドに誰がいたのかを調べる。
ジャンティーレがいたポイント近くのプレイヤーを見ていく。
そのプレイヤーがどの軌道で動いたのかを調べると、ジャンティーレとぶつかったプレイヤーがいた。
「ローロ?」
スタッフはそのプレイヤーのデータを出した。
【ローロ】/【職業:暗殺者】
◇Lv:30
◇HP30/30 ◇MP30/30
・【STR:30】
・【VIT:20】
・【DEX:50】
・【AGI:100】
・【INT:30】
・【LUK:15】
「異常なほどのAGIだが、
「スキルは? [忍び足]を持っているか? それか[一撃必中]」
「確認してみます。……どちらも持っています。しかし[一撃必中]はLUKにつよく依存していますから、このステータスでは成功率は極めて低いかと」
「命中率を上げる魔法スキルや体現スキルはどうだ?」
「[死点]という体現スキルを持っているようです。これに[一撃必中]が重なれば、一撃で倒せなくてもクリティカルは持っていけそうです」
「そうなると、装備品でLUKを補っているということか」
「武器に[毒針]を装備しています。これなら急所に当てられれば、一撃で倒せますが、やはり運によるものが大きいかと」
ボースはすこしばかり考える。
「このローロというプレイヤー。レッドネームだが、倒したプレイヤーのリストは出せるか?」
「すこし待ってください」
そう言うと、スタッフはローロが今まで殺してきたプレイヤーのリストを出した。
[ウルバノ] Lv:22 *レッド・ネーム
[クリストフ] Lv:26 *レッド・ネーム
[ガリエナ] Lv:25 *レッド・ネーム
[カナッチ] Lv:18 *レッド・ネーム
[アンキーゼ] Lv:20 *レッド・ネーム
[スクッリ] Lv:15 *レッド・ネーム
[ジョアッキーノ]Lv:23 *レッド・ネーム
[ジャンティーレ]Lv:27 *レッド・ネーム
合計八人のプレイヤーを殺しているが、そのすべてがプレイヤーキラーであった。
「[プレイヤーキラーキリング]?」
プレイヤーを殺すことができるシステムが存在するMMOゲームには、プレイヤーを殺して経験値を得るプレイヤーキラーが存在する。ならば当然それのみを狙って経験値を得る、[プレイヤーキラーキリング]、通称PKKがいても可笑しくはない。
「LUKはさほど大きくないが、このローロというプレイヤー、目をつけていたほうがいいだろうな」
ボースは自分の机に坐り、大型モニターを見つめた。
シャミセンの、三桁あるLUKとは違う。まるでプレイヤースキルで運を補っているような、ローロの暗殺における成功率の高さに、ボースは頭を抱えていた。
「次のイベント、なにごともなく終わって欲しいがな」
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