こぼれ落ちた雨と
ハルスカ
こぼれ落ちた雨と
6月下旬、曇天模様。
俊は雨が嫌いだ。
雨が降るとタータンが滑ってスパイクのかかりが悪い。
ある程度の風なら、考慮された記録になるのだが雨の場合はそれもない。
一週間前、地区予選があった。
小学校5年生の時から陸上をしていた俊は、その頃からずっとスプリンターだった。
正確に言えばずっとスプリンターにしがみついていた。
『俊、スプリンターはな生まれつきなんだよ。』
先輩はずっと200mに懸けていたが、高3にあがる前の冬にマイルに転向していった。
200mと400mはトレーニングも、スタートからゴールまでの走りも全然違うのに、先輩は居残り練を毎日続けてマイルではそこそこの成績を残していた。
俺には出来ない。
スプリンター、短距離を走るには柔らかくて伸びのいい筋肉が必要で、筋肉の質は鍛えたところで生まれつきのものだから変わることはない。わかっていた。
でも俊にとって400mリレーを走ることがずっと憧れだった。
一瞬の呼吸のズレも許されないバトン渡し。4人で100mを繋いでゴールする瞬間が俊にとっての金ピカだった。
大会当日は雨が降っていた。
でもあの時の俺にはそんなのは関係なくて、最後の大会で初めてリレーメンバーに選ばれたことに高揚していた。
ずっとこの日を思い描いてきたんだ。やっと憧れが憧れではなくなる。
いつもの調子でスパイクを取り付けて、トラックの感触を確かめる。
タータンの独特な反発も今なら最高のバネにできる気がした、大丈夫。
スターターが鳴る。
一走は2年生だ、少し固いか?スタートがわずかに遅れたように見えた。
地区予選を抜けて県大会に進むには最低でもここで2着にならないといけない。
いまは3位、まだいける。
二走の俺はスピードに乗れるギリギリの速さで走り出す、よし。バトン渡しは悪くない。
2位との差が少し縮まった。
小5の時からの憧れだ、まだ終わらせたくなかった。
一走は直線からスタートするため二走の100mはカーブになる。
傾きに体重をのせてさらに差を縮める。
キュッ
雨に濡れたタータンは滑りやすい。スパイクがうまくかからなくて踏ん張りがきかなくなる。
何が起きたかすぐにはわからなかった。
ただひとつだけ、俺の憧れは終わったんだなと思った。
大会が終わって一週間、スパイクも練習着も陸上を思い出すようなものは全て押し入れの奥に閉まった。
捨ててしまえば完全に忘れられるとも思ったが、それすらもできない。
頬が濡れる。
俊は雨が嫌いだった。
ただ今はこのまま永遠に降り続けて、世界の輪郭をぼんやりと覆い隠してほしかった。
こぼれ落ちた雨と ハルスカ @afm41x
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