第27話 光輝 VS 翔介
戦いが始まる。
闇の王と一流のハンターの戦いが。
このバスケットのコートの中で。
「それでは試合を始めてください」
審判が笛をピーと吹くとともに翔介がドリブルを始める。
さすがは郁子をも黙らせる闇のハンターだ。彼の動きには隙が無い。
実力は郁子より上と見ていいだろう。
光輝はせめてもと言葉で揺さぶりを試みる。
「良かったのか? 妹を賭けの対象にして」
「何がだ?」
「僕が勝ったら本当にもらうかんななな」
言葉がもつれたのは仕方が無かった。自分で言ってて恥ずかしかったのだから。
「フッ」
その隙を見逃す翔介では無かった。隙が無くても抜けただろうが、そこは彼も鮮やかに決めたかったのだろう。
ハンターは素早く光輝の横を駆け抜け、鮮やかにシュートを決めてみせた。
「キャー、素敵―」
「翔介様―」
観衆の女子達が盛り上がる。
ただ戦うだけではない。見せることも意識したプレイだ。
余裕を見せられていることに光輝は歯噛みする。
「光輝も頑張れよー」
「郁子ちゃんが見てるぞー」
観衆の男子達は無責任な応援を飛ばす。
言われなくても負けるつもりはない。彼女が見ている。
郁子の姿を探すと赤くなって俯いていた。クラスの女子達にいろいろ吹き込まれているようだ。余計なことはしないで欲しかった。
ボールを受け取り、今度は光輝の攻める番となる。
防御でも翔介に隙は見えなかった。
破れかぶれでここから投げてもジャンプして取られるんじゃないか。
そう思わせる俊敏さと力強さが彼からは感じられた。
それでも攻める隙を探す。
光輝が状況を伺いながらボールを撥ねさせていると、今度は翔介の方から話しかけてきた。
さっきの光輝のように揺さぶりを掛けようというつもりではないだろうが、一応警戒する。
「君はこの世界を支配するつもりは無いのか?」
「なんだって?」
あまりの突拍子のない発言にボールが滑りそうになってしまった。光輝は慌てて体勢を戻した。
翔介は少し笑って話を続けた。
「だって、君は闇の王なのだろう? そうしても不思議はないと俺は思うのだがね」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しいか」
光輝にとっては話にならないことだった。
「そんな人の迷惑になることが出来るわけないだろう」
あんたの妹じゃあるまいし、という言葉は呑み込んでおいた。
郁子が見ている。うかつな発言は慎んでおいた。
「お兄ちゃん、頑張ってー」
リティシアから応援が飛んだ。他にも応援してくれる人達がいる。
光輝は動こうとする。
その瞬間には翔介が動いていた。光輝の手からボールが消えた。
奪われたと気づいたのは少し後だった。
あまりにも鮮やかで素早いハンターの動きだった。
彼は勝ち誇るでもない爽やかな笑みを浮かべた。
「フッ、隙があったね」
「やろう!」
それからも光輝は果敢に攻めるが、戦いと運動能力に優れた翔介を攻め落とすことは出来なかったのだった。
「ゲームセット!」
審判が無情な試合終了を告げる。
その頃には光輝はもうヘトヘトになっていて、終わるとともに地面にへたりこんでしまった。
翔介も汗は掻いていたが、こちらはまだ全然平気のようだった。
彼は白い歯を煌めかせて爽やかなスポーツマン気取りで手を差し出してきた。
「良い勝負だったよ」
「どこがだよ!」
スコアボードの方なんて見たら、後ろめたくて死にそうになってしまう。
彼は言う。光輝の無力さを馬鹿にすることもせずに。
「君は勝負を投げ出さずに最後まで全力で俺に挑んできた。戦う者には必要な素質だ」
「そうかよ」
そう言われてみると悪い気はしないかもしれない。
我ながら現金だと思いながらも、せいぜい卑屈さは見せずに、良いライバルを気取って手を取って立ち上がってやった。
それが今見せてやれるせいぜいものあがきだろう。
「お兄ちゃん、かっこよかったでー」
「ん、そうか」
リティシアが飛び付いて喜んでくる。
事態を恥ずかしがって見ていた郁子もやっとクラスメイトから解放されたようだ。
落ち着いて安心の息を吐いていた。
勝負が無事に終わったならまあいいかと、光輝は思うことにしたのだった。
少しは鍛えないといけないなとも思いながら。
運動で汗を掻いたら喉が渇いてしまった。
勝負が終わった後の時間で行われた体育の授業を済ませ、光輝が運動場の隅っこの水道の蛇口を捻って水を飲んでいると、隣に翔介がやってきて声を掛けてきた。
「君は闇の世界の動きをどれだけ知っている?」
「んー、特には」
勝負はしたが、別に彼とは仲が悪いわけではない。
光輝はクラスメイトとして気楽に答えた。
ダークラーの討伐以来向こうの世界には行っていない。
光輝の知っていることは何も無かった。同じくずっとこっちの世界にいて学校にも一緒に通っているリティシアに訊いても答えられないはずだ。
知っているかもしれないゼネルは今朝向こうの世界に帰ってしまった。
何も知りませんと答えるのも無知をさらすようで恥ずかしい。だから知っていることだけでも話しておこうと思った。
「ゼネルが今朝用事があるって向こうに帰ったよ。しばらく戻ってこないんだって」
「そうか……」
その情報をどう受け取ったのか、翔介はしばらく考えていた。
光輝としてはしばらく国に用事があるから帰っただけだろとしか思わなかったが。
ゼネルは光輝やリティシアのように呑気に学校生活だけを送っているわけじゃないのだから、向こうでやることもあるのだろう。
翔介はしばらく考えてから顔を上げて言った。
「君も闇の動きには気を付けておいた方がいい」
「ああ、分かった」
真剣味を増した彼の瞳に頷く。
何かあるかはどうかとして。
闇の王として知っておいた方がいいだろうなとは思ったのだった。
そうは思っても光輝に得られる情報源はそれほど無かった。
隣の席には闇のハンターである郁子が座っている。でも、彼女は翔介の妹だ。
彼女の知っていることなら当然翔介も知っているだろう。
光輝だけの新しい情報源としてはふさわしくないと思った。
明るく学校のことを話しかけてくるリティシアに「闇の世界はどうなっている?」と話しかけるのも何だか気が引けた。
せっかくこっちで楽しくやっているのに、余計なことに気を回させたくは無かった。
希美に……光輝は考えるのを止めた。
彼女はただの人間だ。闇の世界のことなんて光輝以上に知っているはずが無かった。
闇がどうとかで彼女と話が盛り上がっても困る。
彼女の教室の前まで来て、光輝は踵を返した。
下級生の声で賑わう階の廊下を歩き、非常階段に出た。
ならばダークラーなら知っているかと思い、飼育小屋に向かったのだが、
「わあ、ドラゴンだー」
「ドラゴンかわいいねー」
訊ねようと思ったダークラーは子供達に囲まれて遊ばれていた。
いつの間にこの場所は一般に解放されたのだろうか。
まあ、珍しい動物がいると噂を聞いたら、学校にでも見に来たくなるものなのかもしれない。
ともあれ、とても訊ける雰囲気じゃない。
闇の王だーとかこの場所で騒がれでもしたら、たまったものではない。
光輝は気づかれないうちに立ち去ることにする。
訊ける相手がいない。
本当に闇の世界のことなんて気にする必要があるのだろうか。
「ゼネルが帰ってきてから訊けばいいか」
光輝はそう結論を付けて、無理には気にしないことにして、日々の生活を過ごすことにしたのだった。
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