第16話 ハンターの実力

 光輝にとってはいろいろあった日だったが、学校にはいつもの日常の風景が広がっている。

 生徒達は何も知らずにそれぞれの部活動に励んでいる。

 教室に戻って鞄を手に取って帰ろうとすると、郁子が声を掛けてきた。

 ハンターを自称する変わった少女だが女の子には違いないので、光輝の心臓はちょっと跳ね上がってしまう。

「では、光輝さん。一緒に帰りましょうか」

「凛堂さんは部活に入ってないの?」

「わたしには使命があります。部活にかまけている暇は無いわ」

「そうですか」

 郁子の個人的な事情には光輝が首を突っ込むことではないだろう。

 時折敬語の混じる彼女に光輝は誘われるままに一緒に下校することになった。


 特に話すことはなく、お互いに無言だった。郁子は手に剣を下げ周囲を警戒している様子だったが、何かが襲ってくることは無かった。

 二人は気づいていなかった。背後から忍び寄ってきていた者に。

 奴は下駄箱から靴を出した光輝の背後からいきなり跳び付いてきた。

「お兄ちゃーーん、一緒に帰ろーーー」

「希美か! お前、父さんと母さんと一緒に行かなかったのか?」

 出発する時に静かだったのはもう車に乗っていたからだと思っていたのに。

 しがみついてきた彼女を回して振る。希美は離れなかった。

 肩越しに鼻のくっつきそうな距離で話しかけてきた。妹とはいえ、人の目のあるところで勘弁して欲しかった。

「うん、あたしにとってはお兄ちゃんの方が気になるし、夫婦水入らずを邪魔するのも悪いからね」

「そういう問題じゃないだろう」

 そう、両親は別に遊びに行ったわけじゃない。悪魔に狙われている光輝から離れるために避難したのだ。そういう話だったはずだ。

 温泉旅行とか言ってた気もするが。

「僕を狙ってまた悪魔が狙ってくるかもしれないんだぞ」

「仕方ないわね」

 仲睦まじい兄妹を、郁子はまるで姉のように穏やかに見つめていた。調和を乱す闇から世界を守るハンターとして宣言する。

「あなたも妹さんもわたしが守るわ」

「よろしくお願いします」

 希美がやっと背中から離れてくれて礼儀正しく挨拶していた。

 郁子の実力を光輝は知らないが、きっと頼りになるのだろう。

 悪魔が光輝を狙ってどう来るのかは知らないが。

 今は彼女に任せることにした。


 その頃、人間界に新たにやってきた三匹の悪魔達は、通学路の途中にある空き地に集まって会議をしていた。

 子供達は近所にあるおしゃれな公園の方に遊びに行っているので、草のぼうぼうに伸びた寂れたこの空き地にやってくる人はいなかった。

 悪魔は言う。

「奴はこの辺りにいるらしいな」

「闇の炎を持つ人間か。ハンターが守っているらしいな」

「うかつに踏み込んでもやられるだけだろう。作戦を立てることにしよう」

 こうして慎重な悪魔の提案で、彼らは作戦を立て始めた。

 主であるリティシアのために、王の闇の炎を手に入れるために。


 そうとは知らない光輝達一行。三人で一緒に通学路を家に向かって歩いていく。

 もうすぐ空き地の前を通る。そんな時。

 郁子が不意に立ち止まって静止を促してきた。

「待って。敵がいるわ」

「敵?」

 そう言われても光輝にはいつもの通学路の景色しか見えない。

 希美が緊張にそわそわする前で、郁子は光輝に向かって言った。

「いい機会ね。そのコンタクトの力を試してみましょう」

「コンタクトの力か」

 そう言えば忘れるところだったが、目にあのコンタクトを付けたままだった。

 人は何にでも慣れるものなのだろうか、眼帯を付けているのにも手に包帯を巻いているのにももう普通のこととして気にしないようになってしまっていた。

 改めて意識して恥ずかしくなってしまうが今はそんな場合じゃない。

 郁子は待っている。悪魔はいつまで待っているか分からない。

 光輝は眼帯を上にずらして、黄色いコンタクトの力で悪魔を探ってみた。

 傍で希美が小さく声を上げる。

「お兄ちゃん、邪眼! とか言わないの?」

「言わないよ」

「魔眼! とかは?」

「言わないよ」

 言わなくても使える物になぜ言う必要があるのか。希美の言っている邪眼とか魔眼とかは何なのか。光輝には分からなかった。

 郁子も特には何も言わなかった。希美だけが何だかうずうずしていた。

 光輝は黄色いコンタクトを通して闇の力を探す。そして、見つけた。

 空き地に三匹の悪魔達がいる。

 裸眼では壁が邪魔になって見えないが、コンタクトは壁の向こうの闇の力を見つけていた。

「確かにいるね、三匹。どうするの? 逃げるの?」

「今逃げても悪魔達は後で襲ってくるでしょうね。今のうちに仕掛けましょう」

「先手必勝か」

「晩飯前に片づけよう」

 希美も賛成して方針が決まった。

「わたしがやるわ。あなた達は見ていて」

 郁子がそう言うので光輝は彼女に任せることにした。

 ハンターの実力を見るのにもちょうどいい機会かもしれない。

 緊張の空気の中、郁子は壁の角から様子を伺った。

 不意を打つのかと思っていたら勢いよく飛びこんだ。そして、堂々と宣言した。

「そこまでよ! 悪魔達!」

「げっ! 闇のハンターか!」

「俺達を狩っているという」

「待てよ。話し合おうじゃないか。俺達は闇の炎さえ手に入れられればいいんだ」

「話にならないわね」

 好戦的なのは悪魔よりも郁子の方だった。

 悪魔の提案を郁子は一言で切り捨てる。そして、言った。

「闇の炎をあなた達に渡さないのが、今のわたしの仕事よ!」

 話にならないのはどちらだろうか。悪魔か郁子か。今はどちらでも良かった。

 頼りになるハンターが剣を構えて斬り掛かっていく。

「成敗!」

「うぎゃー!」

 さっそく悪魔の一体が斬り伏せられた。

「こいつ強いぞ!」

「何て強さだ……強そうに見えないのに!」

 悪魔の言葉には光輝も同感だった。前は見る機会が無かったが、今郁子の実力を間の辺りにしていた。

 悪魔はうろたえていた。

「待てよ。お前も同じ闇の者だろう。だから、ここは協力して……」

「同じ闇の者だからよ。だから、わたし達は同胞が人様に迷惑を掛けないように目を光らせているの」

「くっ」

 引く気のない郁子。実力で敵わない悪魔の取れる選択はあまり無かった。

「ここまで強いハンターがいるとは計算違いだぜ。退くぞ!」

 二体の悪魔達は飛び去っていった。

 また前のように希美が人質に取られないように光輝は身構えていたが、その必要が無くなってほっと安心した。

 悪魔が去って空き地が元の平穏を取り戻す。

 郁子が斬って闇となって消えた一体を気にして希美が言った。 

「こいつ死んだの?」

 質問に郁子は気楽に剣をしまって答えた。

「こいつらは使い魔だから主がいれば何度でも蘇るわ。でも、復活するためには一度主のところに戻らないといけないけどね。魔力と手間も必要だからしばらく現れることはないわ」

「主というのは?」

「リティシアでしょうね」

「僕の……」

「前世の妹か……」

 前世というのはどうなんだと思ったが、事実そうみたいなので特に口を挟むことは無かった。

 妹が前世の妹のことを訊いてくる。

「お兄ちゃんの前世の妹ってどんな人なの?」

「知らないよ。そんなの」

「それって薄情じゃない?」

「そう言われても……」

 どう答えろというのだろうか。前世のことなんて。光輝は何も覚えていなかった。

 郁子もよく知らないようだった。

「リティシアが何かをやったという騒ぎはほとんど無いし、わたしはずっとこっちで暮らしていたから」

「だよね」

 ともかく分からないことを考えてもしょうがない。

 今は家に帰ることにしたのだった。


 人間界とは次元を隔てた場所にある魔の世界。

 そこの荒野に建つ不気味な魔城の広間で、かつて王の物だった玉座に腰かけ、リティシアは悪魔からの報告を受けていた。

 美しい少女だ。今の彼女は闇の王女と呼ばれるにふさわしい豪奢なドレスを身に纏い、支配者にふさわしい威厳のあるたたずまいを見せている。

 あまり芳しくない話にも、闇の王女リティシアは不機嫌になることもなく、その綺麗な顔に笑みさえ浮かべて悪魔からの報告を受け取った。

「そうか、兄様にはハンターの味方がついているのか」

 しばらく反芻するように考え、彼女は再び口を開いた。

「って、ハンターって何?」

 今度は少し驚いたような口調が出ていた。

「我らと同じ闇の者でありながら、同胞を退治して回っている者でございます」

 リティシアの素朴な疑問に恭しく答えたのは、前の王の補佐も務めていた司祭の老人ゼネルだった。その瞳は野心の光を湛えている。

 リティシアはたいして興味無さそうだった。

「ふーん、何でそんなことするんやろなあ」

「奴らの考えなど分かりません。それよりリティシア様。素が出ておりますぞ」

「む」

 リティシアはすぐに表情を引き締めた。

「そやった。王らしく……でしたね」

「そうでございます」

 王として王らしく振る舞う。そのように教育したのはゼネルだった。

 たまに子供っぽい素が出るのが困る。もっともだからこそかつての王より便利に扱えるのだが。そう思いながらゼネルは話をした。

「ハンターを避けて行動することを考えねばなりませんな」

「わたしはそのようなことはしない」

「と言われますと?」

 再び威厳を見せる王女にゼネルは話を伺う。彼女を自分の都合のいいように影から支配しようと企むゼネルだったが、彼女の意思を無視することはしなかった。

 そもそもリティシア自身に支配者と認められる器が無ければ、ゼネルの支配も成り立たないからだ。

 そのことが今回のことにも大きく関わっていた。

 王が不在となり、リティシアが実質的にトップとなった今の魔界だが、かつての王の力に魅せられた魔族は数多く、リティシアに心からの忠誠を誓う魔族は決して多いとは言えなかった。

 王の妹だから従う。そんな形だけの忠誠では不足だ。

 支配するには王の力が必要。闇の炎シャドウレクイエムが。ゼネルはその確信を強く深めていた。

「兄様の操っていた闇の炎シャドウレクイエム。様々な敵を葬ってきたその強さと美しさをわたしは忘れはしない」

 遠い日を思うようにリティシアは語り、玉座から立ち上がった。

「手に入れるには、やはりわたし自身が出迎えねばなるまいな」

「まさか、行かれるのですか。人間界に」

 驚きを見せるゼネルに、リティシアは美しく頷いた。

「うん、お兄ちゃんに会いに行くでー」

「はあ」

 まるでピクニックに行くような態度を見せるリティシアに、ゼネルはちょっとため息を吐いて忠告するのだった。

「外ではそのような軽はずみな態度を取ってはいけませんぞ」

「分かってるって。あたしはお兄ちゃんに恥を搔かせることはせんからね。出陣するぞ!」

 そして、闇の王女リティシアは私的な配下を引きつれて行動を開始したのだった。

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