長編に改稿版

第12話 闇が来る

 ごく普通の高校二年生、時坂光輝にとって日常とは取るに足らない変わり映えのしない毎日の連続だった。

 朝起きると両親や妹と一緒に朝食を取り、学校に行って勉強をして、帰ったら宿題をしたりテレビを見たりする。そんなどこにでもあるごく普通のありふれた毎日の繰り返しだ。

 今日も平凡な一日の学校生活が終わり、光輝は家に帰って自分の部屋の机で勉強をする。

 コツコツとペンを動かしていると、自分の部屋があるくせに人の部屋に来て人のベッドに寝転んで持参した漫画を読んでいた妹の希美が世間話を振ってきた。

 本だけは自分で持ってきて偉いねと思ってはいけない。妹の趣味は変わっているのだから。こっちの真面目な本を読んでくれた方がよほど為になるというものだ。

「お兄ちゃん、テレビで言ってたんだけど前世ってあるのかな?」

「無いだろ」

「カッパっていると思う?」

「いないだろ」

 光輝は面倒だと思いながら返事をする。希美は不満そうに唸った。

「うー、つまらない人間だね、お兄ちゃんは。もっと面白い返しをしてよ」

「お前は高校生にもなって何を期待しているんだよ」

「例えばね~……『クッ、その怪異なる存在に気づいたか。さすがは希美。我が崇高なる妹よ』みたいな」

「別にお前を面白がらせるつもりはないし。崇高な妹って何だよ。宿題の邪魔しないでくれる?」

 ここには普通の妹しかいません。その普通の妹が幼い頃から変わらない変な事を口走る。

「われが前世を思い出してカッパを召喚出来さえすれば……」

「馬鹿言ってないでお前も宿題しろよ。ほらこの部屋から出ていけー」

「ちょっとお兄ちゃん、あたしの本を取らないでよ」

 光輝は希美の手から本を取り上げ、それで釣りながら部屋の外まで誘導していく。

「ほら、自分の部屋に帰って勉強しろ」

 そして、出たところで希美の背中を押して本を渡し、ドアを閉めて部屋から追い出すことに成功した。

 ドアの向こうから希美の不満の声がする。

「もう、お兄ちゃん。今そんなことを言っているといつか思い知ることになるよ」

「俺が何を思い知るって言うんだ?」

「自らの……運命を! だよ」

「勝手に言ってろ」

 この妹はやっぱり普通では無いのかもしれない。

 言いたい事だけ言い残すと希美はパタパタと廊下を歩き去っていった。

 高校一年生にもなって夢物語を語っている妹を部屋から追い出すことに成功した光輝は宿題を片づけていく。

 終わらせて真面目な本を読んでその日は休むことにした。

 妹は空想の話が好きでよく非現実的な妄想を語っていたが、光輝は真面目で現実的な高校二年の少年だった。

 明日も変わらない生活が始まるだろう。カッパや前世なんて無くていい。

 普通なのが一番だと思っていた。


 町に東から朝日が昇る。

 いつもの繰り返される日常がまた始まる。今日も学校だ。

 光輝は物心が付いた頃からやっている習慣を今日も始めていく。

 着替えを済ませてリビングに向かった。

 両親と妹におはようの挨拶をする。先にパンを食べていた希美が文句を言った。

「お兄ちゃん、今日は昨日みたいに置いていっちゃやだよ」

「分かってる。昨日は日直だっただけだって」

 昨日の朝一人で早く出たことを希美はまだ根に持っているようだ。光輝と希美は同じ高校に通っている。二年生と一年生だ。

 もう高校生なんだし、友達を作って一緒に登校すればいいと思うが、希美はまだ光輝についてきていた。

 その理由をそれとなく訊くと、希美の答えはこうだった。

「中三の一年間の間、あたしと兄様は抗えぬ運命によって離れ離れでした。でも、こうして再会できた。取り戻したいの! あの頃を!」

「いつも家で一緒に会ってるだろ……」

 ともあれ希美はどうしても光輝と一緒に登校がしたいようであった。

 まあ、来たいというなら断る理由はない。周囲の目を少し我慢すればいいだけのことだ。希美もそのうち飽きて一緒に行きたいとは言わなくなるだろう。

 朝の準備を終えて、一緒に玄関を出た。

「行ってきまーす」

「あ、ちょっと待って」

 すぐに出ようとしたら、希美がちょっと待ってコールを掛けてきた。玄関の横にある犬小屋に向かって彼女は声を掛けた。

「行ってくるねー、ケルベロス」

「ワン!」

 飼い主の声に答える普通の犬、ケルベロス。別に首が三本あったり地獄の番犬をしたりはしていない。優しい純粋な瞳をして機嫌よく尻尾を振っているおとなしい我が家のペットだ。

 普通の犬にケルベロスという名前はどうなんだと光輝は思ったが、名付けた妹も両親も別に不満は無いようだった。

 妹が欲しいと言って飼い始めた犬だし、他に良い名前の案を出せと言われても困るので、光輝もその名前を受け入れておいた。

 空想好きの希美はモンスターにも興味があるらしいが、光輝はそんな妹が近所から変な人に思われなければいいなと願うのだった。

 元気な妹と一緒に朝の登校の道を歩いていく。

 歩きながら希美が今朝見たばかりのテレビの話題を振ってくる。

「お兄ちゃんの今日の運勢は最高だったね! 良い出会いがあるって言ってたよ」

「知ってる。俺も同じテレビ見てたし」

 希美はウキウキしている。良い笑顔だと思って見ていたらすぐにその顔がどんよりと曇ってしまった。

「あたしは最悪だったよ。良い出会い無いのかな……」

「学校に行けば友達に会えるだろ」

「そうだね。ラッキーアイテムの髑髏の腕輪も持ってきたから大丈夫だよね!」

「なんでそんな物を持ってるんだ……」

 そして、何でそんな物をラッキーアイテムに選んだんだ朝の番組。光輝は思ったが妹に突っ込むのは止めておいた。

 学校が近づいて同じように登校している生徒達が増えてきた。目立たない方がいいだろう。

 ラッキーアイテム『髑髏の腕輪』を目立つ場所に付けようとする希美を光輝は阻止した。

「ラッキーアイテムは人に見せない方がいいぞ」

「そうなの?」

「見られたらご利益が飛んでいきそうな気がするだろ」

「うん、そうだね。じゃあ、そうする」

 希美は神妙な顔をして怪しい髑髏の腕輪を鞄の奧に仕舞ってくれた。素直に言う事を聞いてくれて光輝は一安心。

 これで妹も自分も変な目で見られることは無いだろう。我が家の平和は守られた。妹はニコニコしている。

 兄が心配してくれて嬉しいと思っているのかもしれない。別にそんな気はない高貴は照れてそっぽを向いてしまう。

 やがて、学校に到着する。特に特筆することのないごく普通の学校だ。

 普通のどこにでもある平凡な校舎を入ってきた校門から眺めながら、光輝はここに初めて来た時に希美が呟いていたことを思い出した。

「この学校って実は裏で侵略者と戦う能力者を育ててたりしないのかな」

「学校は勉強をする場所だろ。そういうのは警察がやってるんじゃないか」

「機関か」

 希美の言っていることが分かりません。

「影の生徒会が先生をも恐れさせる権力を持っていたり」

「しないだろ」

「分からないよ」

「分かるよ」

 現実は見ての通りだった。希美の語るような怪しいことなんて何も無かった。学校が普通で何よりだ。

 普通が一番だと光輝は思うのだが、希美は不満そうだった。

「あたし達が気づいていないだけで……」

「そうだな。ずっと気づかなければいいな」

 平和ならそれでいい。お陰で何の心配も無く登校出来ている。

「じゃあ、あたしはこっちだから」

「帰りは一人で大丈夫だよな」

「うん、時間があったらそっちへ行くよ」

 昇降口を入って、希美は一年の教室へ、光輝は二年の自分の教室へ向かう。

 朝の学校はいつも通り賑やかだ。

 人の喧騒の中を通り抜け、教室に入って、光輝は自分の席に付いて鞄を置いた。

 ほっと安心の息を吐いていると、不意に横から声を掛けられてびっくりした。

「おはよう、時坂君」

「おはよう、凛堂さん」

 挨拶をしてきたのは隣の席の凛堂郁子だ。特に親しいわけでは無い、ロングの黒髪の似合う寡黙な少女だ。

 クラスのみんなともほとんど会話をしているのを見たことのない彼女が挨拶をしてくるなんて珍しい何かの前触れかと思っていたら、それっきり本を読み始めてしまった。ただの彼女の気まぐれだったようだ。

 気にしてもしょうがない。無表情で本を読み続ける彼女の考えなんて分からない。光輝は気にしないことにして授業の準備をすることにした。

 チャイムが鳴って、いつもの授業が始まる。先生の話を聞きながら今日も平和だと思っていたら、不意に隣で郁子が呟いた。

「今日の風は黒いわね」

「え?」

 不思議に思って彼女の視線を辿って窓の外を見るが、別に風は荒れてるわけでも色が付いてるわけでも無かった。天気の良いほのぼのとした朝だ。

 視線を窓から教室に戻すと、郁子は気にせず教科書を見ていた。ただの空耳だったのか何かの気まぐれだったのだろうか。

 隣にいるのにあまり口を利いたことのないクラスメイトを気にしてもしょうがないので、光輝は授業に意識を戻すことにした。

 先生が黒板にチョークを走らせる授業の時間が流れる。このクラスの生徒はみんな真面目で、光輝も置いていかれまいと意識した。

 数分が経った頃だろうか。

 いきなり窓ガラスやドアがガタガタと揺れだした。風が強くなったのだろうか、郁子が風がどうとか言ってたのはこれか、隣のクラスメイトは天気予報士かと思っていたら、いきなり窓ガラスが割れて黒い影が飛びこんできた。

 石が投げ込まれたわけでは無かった。鳥や蜂が飛びこんできたわけでも無かった。

 それには角があり、翼があり、牙や爪があった。現れたのは悪魔だった。最初はみんなわけが分からなかったが、一人が悲鳴を上げるとみんなが逃げ出した。光輝はただ黙って見ているしか出来なかった。隣の郁子が黙って見ていたからそうしてしまったのかもしれない。

 悪魔が凶悪的に見せる爪から逃げようと生徒達がドアに押し寄せるが、ドアは開かなかった。

 悪魔は語る。流暢な日本語で。

「無駄だ。ロックの魔法を掛けた。そのドアはもう内側からは開かない。お前達の中に闇の炎を受け継いだ者がいるはずだ。そいつを出せ」

 みんなには何の事か分からない。光輝も分からずに見ていると、郁子が悪魔の前に歩み出た。彼女はいつもの涼やかな顔を全く崩さず、悪魔を相手に恐れも好奇心も見せずに堂々と啖呵を切った。

「闇の者よ、この世界であなたの好きにはさせないわ」

「お前、ハンターか!」

 悪魔はみんなの知らない郁子のことを知っているようだった。みんなが彼女を頼りに見る中で、郁子は先生に向かって片手を伸ばして言った。

「先生、この前わたしから没収した剣を返して! 闇の者はあれで無ければ倒せない!」

「あれなら職員室に置いてあるぞ。凛堂、あんな物を学校に持ってきちゃ駄目だぞ」

「職員室ね」

 郁子は颯爽と行こうとするが、ドアは開かない。悪魔は言う。親切に二回目を。

「そのドアはロックの魔法を掛けているから内側からは開かんぞ。たとえハンターだとしてもな!」

「そうだったわね。どうしようかしら」

 悩んでしまう郁子。みんながハンターに何とかしてもらおう、あの変な奴をと頼りにして状況を見守る中で、光輝は思い切って言う事にした。

「悪魔よ、お前の狙いは何なんだ!」

 言ってしまってから希美みたいな言い回しになってしまったと恥じたが、悪魔が大真面目に返してくれたので助かった。

「俺は主様から命じられて闇の炎を宿す者を探しに来たのだ。この辺りにいるはずなのだが。おや、お前の右腕から感じる力は……」

「気づかれたか」

 悪魔が飛びかかるのと、郁子が光輝を突き飛ばしたのは同時だった。いきなり突き飛ばされた光輝はその勢いのまま机の角で頭を打ってしまう。

「痛い! 何をするんだ凛堂さん!」

「敵の狙いはあなたよ!」

「え!?」

「お前が炎を宿す者だな。主様の仰られた通り、ここにいた!」

 悪魔が光輝を追い詰めるようににじり寄る。郁子は悔し気だ。

「刀さえあれば……」

「すまんな、凛堂。玩具だと思ったんだ」

 先生が謝った時、ドアが開いて希美が姿を現した。

「お兄ちゃん! 何の騒ぎ……!?」

「しまった! 俺のロックの魔法は外側には鍵を掛けられないんだ!」

 悪魔の注意が逸れた隙に、郁子は光輝の手を掴んでダッシュした。

「チャンスよ! 後をお願い!」

「分かった」

 後を希美に託し、郁子と光輝は教室から廊下へ飛び出した。そのまま職員室を目指して走っていく。希美は恐れと興奮を我慢して悪魔と向かい合う。

「魔の者、いつか対峙することになるとは思っていたけど」

「お前は我を恐れず向かって来るか」

「お兄ちゃんは必ず戻ってくるよ。そういう人なんだ!」

「そうか。ならば待たせてもらうとしよう!」

 二人の間に一触即発の空気が流れる。

 悪魔は光輝と郁子を追っては来なかった。光輝は途中で郁子の手を振り払った。

「何が起きているんだ! 説明してくれたって良いだろう!」

「そうね」

 郁子は真面目な顔をして説明してくれる。教室の希美が心配だが、戻っても出来ることはない。

 今は合理的に判断しようと光輝は彼女から話を聞くことにした。

「わたしは闇のハンターギルドから派遣されてきたハンターよ。闇の王の生まれ変わりと推測されたあなたを監視するためにこの学校に通っていたの」

「僕が闇の王の生まれ変わり!?」

 まるで漫画か希美のような話だが、妹は何かを感じていたのだろうか。

 光輝には分からないので今は分かる人の話を伺った。

「詳しいことは知らないけど、上はそう判断したの。上の決定に従うのが下の仕事よ」

「何で敵は僕を狙って……」

「それは敵に訊いてちょうだい。今は急ぐわ」

 再び手を繋いで廊下を走る。授業中なので廊下には人気が無い。

 異性と手を繋ぐなんて恥ずかしいなと光輝は思うが、郁子が何も気にいていないようなので照れを我慢した。今はそんなことを気にしている場合では無いのだ。

「職員室。ここね」

「そうだね」

 日直の仕事で何回か来たことがあるので知っている。

 目的地に着いた郁子は光輝のびっくりするような勢いでそこのドアを開けた。

「ドアは静かに開けなさい!」

 先生に注意されるのも仕方がない乱暴な開け方だった。だが、郁子は動じなかった。

「緊急事態よ。静かにして」

 悪魔に対しても恐れを見せない郁子は先生に対しても恐れない。

 悪魔の現れた騒ぎは職員室にまでは届いていないようだった。先生達が問題児を見るような視線をぶつけてくる中で、光輝は気まずく思いながら彼女に代わって謝った。

「すみません、すみません」

 郁子は気にせず光輝の手を引いたまま職員室を通り、机に立てかけてあった剣を手に取った。

「あったわ、これがあれば奴と戦える!」

「じゃあ、早く戻ろうね」

 自分がついてきた意味はあったのだろうか。狙われているから意味はあるのか。光輝は自問自答した。

 先生方からの視線が気まずい職員室からすぐに出ようと光輝は思ったのだが、郁子はあろうことか手にしたばかりの剣を鞘から抜いて数回振った。

 白刃が宙に弧を描き、郁子は実に手慣れた動作でそれを鞘に収めた。

「うん、絶好調。勘は鈍ってないわ」

 彼女は実に誇らしげで満足そうだった。

「はいはい、分かったから早く戻ろうね。すみませんすみません」

 光輝の方はただ気まずさが増しただけだった。彼女の背中を押してみんなにあやまりながら職員室を出た。

 廊下に出て光輝は周囲を確認する。悪魔の姿は見えなかった。左右に素早く視線を走らせて郁子は言う。

「まだ教室にいるのかもしれないわ。行きましょう」

 素早く駆け出す少女。

「廊下は走っちゃ……」

 いけませんとは今更言える状況では無かった。光輝は急いで彼女の後を追った。


 廊下を風のように走り抜け、郁子は素早く教室のドアに辿りついた。光輝が追いついて声を掛ける暇も無かった。

 悪魔と戦う相談とかしなくて良かったのだろうか。きっと彼女は一人で戦えるのかもしれない。

 凛堂郁子は悪魔も認めるハンターを自称する少女なのだから。

「待たせたわね! 闇のハンターのお出ましよ!」

 剣を手にした郁子はまたびっくりするような勢いで教室のドアを開けた。光輝は今度は驚かなかった。だが、教室でいつもの授業が行われていたのには目が点になった。

 教壇に立っている先生がのんびりとした様子で訊いてくる。

「凛堂、剣は取ってきたのか?」

「ええ、この手に」

「じゃあ、早くそいつを何とかしてくれよ」

 先生は別にのんびりとしているわけでは無かった。どうすればいいか分からなかっただけだ。光輝はそう理解した。

 悪魔はまだいた。教室の後ろでまるで授業参観するかのように立っていた。

「待っていたぞ。お前が必ず戻ってくるとこいつが言っていたからな!」

「お兄ちゃん!」

 何と希美が悪魔に人質に取られていた。黒い爪のある手が希美の肩を掴んでいた。

「今度は逃げるなよ。逃げるとこいつが痛い目に合うからな!」

「くっ」

 人質が取られてはハンターもうかつに踏み込めない。膠着する状態で光輝は訊くことにした。

「お前の目的は何なんだ。僕に何の用があるんだ!」

「お前の中には闇の炎シャドウレクイエムが宿っているはずだ。それを渡せ」

「シャドウレクイエム?」

 初めて聞く名前だった。

 だが、その名を呟いた時だった。光輝の呼び声に呼応したかのように内なる闇が目覚める感覚がして、右腕が痛んだ。

「何だこれは。鎮まれ! 僕の右腕えええ!」

 反射的に叫んでしまう。

「お兄ちゃん! ついにそっちの道に……」

 魔の者に興味のある希美は目を煌めかせた。光輝の方はそれどころではない。別に妹の遊びに付き合っているわけではないのだ。

 ただ鎮まって欲しいと思ってるだけで。恥ずかしいと思って気を抜いた隙だった。

「違うよ! うわあああ!」

 闇が目覚めた。そう精神の奥深くで知覚するとともに、光輝の右腕から闇の炎が吹き上がった。教室のみんながそれを目撃した。

「これが王の力!」

「なんかすげえぜ!」

「シャドウレクイエム!」

「時坂君、それをしまいなさい!」

「僕にどうしろってんだ!」

「渡せ! それは真に王にふさわしい方の物だ!」

「キャ!」

「ちょっと待ってよ。うわあああ!」

 希美を突き飛ばして飛びかかってくる悪魔。光輝は暴走を抑えきれずに悪魔に腕を向けた。

 闇の炎が発射され、巻き込まれた悪魔は吹き飛び、教室の壁が破壊された。

 黒い物が外へと去っていき、そこで消滅した。涼しい風が入ってくる。

 静かになった教室で、光輝は唖然として立ち尽くした。

 教卓から先生が言う。

「時坂、後で職員室な」

「はい……」

 断る言葉を光輝は持っていなかった。

 途方に暮れる光輝の後ろでは郁子が剣を使えなくて手をうずうずさせ、しばらくしてその手を下ろして、剣を自分の机の横に立てかけて席に戻った。

 希美は闇に目覚めたかっこいい兄のために黒いマントを用意しないといけないなと思ったのだった。


 遠い異世界の城で、浴室の広い湯船に浸かりながら闇の王女リティシアは自分の使い魔がやられたことを察していた。

 美しい少女だ。年は光輝や希美とそう変わらないように見えるが、纏う魔の姫としての風格が彼女に威厳を与えていた。

「我が使い魔が倒されるとは。向こうの世界で動きがあったか」

 指先を見つめながら彼女は不吉に笑う。

「闇の炎シャドウレクイエム。この手に!」

 拳を握り、影が走る。新たな使い魔達が現世に向かって放たれていった。

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